某月某日。
が風邪をひいた。
風邪をひいた日
「ごほっ、けほっ……うぅー、頭痛い……寒い……」
せきの後、が苦しそうに呻く。
熱があるみたいで、顔もなんとなく赤い。
「食欲はありますか?」
アメルが心配そうに問いかけた。
「うー……なんとか」
「それじゃ、栄養のあるもの作ってきますね。……っと、その前に……」
アメルは袖口から(の割には長い)棒を引っ張り出すと、
どんっ!
天井を思い切り突いた。
途端、
どすっ!!
……天井からレイムさんが落ちてきた。
もちろん去ってくれるわけなどなく、そのまま「さーん、この私があなたのウィルスを口移しで♪」とか言いながらベッドに駆け寄ろうとする。
「…………」
「ふがっ!?」
そこへロッカがすばやくレイムさんに袋をかぶせた。
そして、口だけでなく全体をロープでぐるぐる巻きにして縛り、さらにでかい箱(どこから出したんだ?)に放り込んでふたを閉め、鎖を箱全体に巻きつけて鍵までかけた。
がきん、と音が響く。反対に黙り込む俺達。
「それじゃ、これを捨ててきます」
にこやかに笑うと、ロッカは台車に箱を乗せて部屋を出て行く。
……ああしても、また出てくるんだろうな……レイムさん……
が治るまでおとなしくしてくれればいいけど。
「……今は、休んで早く治すことだな」
いち早く立ち直ったネスが言う。
熱っぽい顔で、がうなずいた。
「……うん。ごめんね、これからって時に……」
「いいのよ。色々あったから疲れがたまっていたんでしょうし」
「しっかり食って寝れば治るだろ」
みんなの言葉を聞いても、は申し訳なさそうな表情のままだ。
こういう時くらい、気にしなくてもいいのに……
「さて、そろそろ行くぞ」
「そうね、あんまり長居してもが休めないし……」
「今作ってきますから、ごはんはもう少し待っててくださいね」
口々に言葉をにかけながら、俺達はの部屋を後にした。
……さて、どうしよう。
、辛そうだったし……何かしてやれないかな。
……俺が風邪ひいたときはどうだったっけ。
記憶を必死に探ってみる。
……そうだ!!
「ネス、ちょっといいかな?」
俺は前を歩くネスに声をかけた。
さて……起きてるかな?
寝てたら……まあ、仕方ないか。もったいないけど。
軽くノックすると、やがて小さい声で「……はい?」と返事があった。
俺はそっとドアを開けた。
「俺だけど……今、大丈夫?」
「……うん」
横になったまま、がうなずく。
「寝てるとこごめん。これ、作ってきたんだ」
トレーに乗ったカップをに渡す。
湯気と一緒に甘い匂い。
はカップを手に取ると、軽く吹いて冷ましてから一口飲んだ。
「……これ、はちみつとリンゴ?」
「うん。俺が風邪ひいた時、師範やネスがよく作ってくれたんだ」
俺は毎回作ってもらう側だったので、さっきネスに聞くまで作り方はよく知らなかったけど。
はじめはゆっくり飲んでいたも、一口が二口、二口が三口とだんだん勢いが出てきて、カップはすぐに空になった。
「ごちそうさま。おいしかった」
「そっか、よかった。あとは体があったかいうちに寝れば、明日には元気になるよ」
不思議なものだよな。昔師範によく言われていた言葉を、俺がこうやってに言っているなんて。
「うん。……あのね、マグナ……寝るまででいいから、ここにいてくれる?」
もちろん、俺に断る理由なんてない。
風邪ひいた時って、なんか寂しいしな。
俺がうなずくと、は安心したように目を閉じた。
やがて、寝息が聞こえてくる。
もう少しこの安らかな寝顔を見ているくらいは……いいよな?
こんな機会、もうないだろうし。今日はアメル達も気を使っているみたいだから。
俺はしばらく、眠るを見つめていた。
明日には元気になっていればいいなと思いながら。
で。
「……まったく」
「ネスぅ……そんな嫌そうなため息つくなよ……っ、ごほっ! げほっ!!」
……今度は俺が風邪をひいた。の回復と入れ替わりに。
「もう少しで食事ができるそうだから、食べたらさっさと寝て治せ」
「……うー」
だめだ。頭痛いしぼんやりして、返事する気力もない。
だるい……
寝ちゃおうかなと目を閉じた時、の声が聞こえてきた。
「お待たせー。あ、ネスティもいるんだ。ちょうどよかった」
「ちょうどよかったって……これは……」
「うん。マグナは……あれ? 寝ちゃった?」
「ね、寝てないよっ」
俺は気力を振り絞って起きた。
「はい、ごはん。それと、元気のもと」
出されたトレイには、俺の食事と三つのカップ。
カップからは甘い匂い。
「これ……」
「うん、こないだマグナが作ってくれたやつ。ネスティも看病してくれてるし、あたし達は風邪予防ってことで」
あたしはひいちゃったばかりだけどね、とは笑った。
一口飲むと、リンゴとはちみつの甘さが口いっぱいに広がっていく。
昔、師範に作ってもらったのと変わらない味。
「栄養とって、しっかり休んで。そうすればマグナも、すぐに治るよ」
……あったかいよな、こういうのって。
なんだか少しだけ、幸せな気分だった。
風邪も、案外悪くないかもしれない。
ちなみに、箱詰めされて捨てられたレイムはといえば。
「ふぇっくしょい!! うぅ……あの青触覚、ハルシェ湖に放り込みやがって……」
「わかりましたから、さっさとそれ食べて寝てください」
「ああさん……あなたの愛情こもった看病さえ受けられれば、こんな風邪ごときすぐに治せるのに……」
「……というか、なぜ風邪をひいているんですかレイム様」
……屋敷で寝込んでいた。
ギャグ少なめ。でも微妙に甘い……かな?
「前途」マグナは本編ではえらい目に遭いまくりなので、たまにはいいでしょう。
聖女様の袖は四次元ポケット……のわけないです。多分。
悪魔が風邪ひくのかどうかは……つっこまない方向で。
2004.12.8