ROUND-01 異人館で逢いましょう
トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
……ではなく。
音楽室のドアを開けると、そこは立派そうな廊下だった。
えーと、いや、ちょっと待て。
深呼吸してから後ろを180度振り返れば、見慣れた学校の廊下。
再び真後ろに方向転換すれば、ドアの向こうにはなんだかどっかのお屋敷っぽい廊下。
ドアを開けたらまた廊下、というのもシュールだ。
でも、問題はそこじゃなくて。
「音楽室のドア、だよね……やっぱり」
ドアの横についている札には、くっきりと太字で『音楽室』。
でも、なんで?
少なくとも、午前中の授業の時にはごく普通の音楽室だったのに。
「異次元に繋がった、とか」
なんとなく口にしてから、ちょっと虚しくなった。
んなアホな。どこのファンタジー小説だよそれ。
とはいえ、あたしのプリン製脳みそじゃ、それ以上に納得できる説は浮かばず。
……とりあえず、それは置いておこう。あたしじゃわかるわけないし。
でも、本当になんなんだろうこれ?
試しに一歩中へと踏み出してみると、音楽室のそれとは違うじゅうたんの感触。
壁についている灯りも、よくわからないけど高そうな感じだ。
そして、窓から見える風景。
「学校の近くじゃ……ないよね、うん」
どう考えても見覚えないし。
というか、やけにヨーロッパっぽい建物が見えるような気がするんですけど……?
……見ちゃいけないものを見たような……
結論。
「……見なかったことにしよう」
第一、「音楽室のドアを開けたらどこかのお屋敷に繋がりました」なんて言ったってバカにされるのがオチだ。
今日は見たいドラマもあるし、ぱっぱと掃除当番済ませてとっとと帰ろう。そうしよう。
無理矢理己に言い聞かせ、学校の廊下に戻ろうとした時だった。
『ふはははははは――――――っ!!』
変な笑い声が聞こえてきたかと思うと、横から何かが突進して来た。
突然のことで避けられず、あたしは床へと倒れ伏す。
い、痛い……
どうにか起き上がろうとすると、今度は、
「待ちやがれ異次元物体X!!」
続いてジャキンとかドォンとか色々な音。
ひ……ひぃ―――――っ!!
なになになに!? なんなのこのこっちに飛んでくるナイフだの鎖だの銃弾は―――――っっ!!
パニックになりつつも、かろうじて残っていた本能が逃げろと告げる。
は、早くここから離れないと……殺される……!!
まともに立てないので、じりじりと腹ばいの状態のままドアへ向かう。
もう少し、もう少し……学校の廊下側からドアを閉めれば……!
ごすっっ!!
頭に何かが直撃し、目の前が真っ暗になる。
薄れていく意識の中で、ばたんとドアの閉まるような音を聞いた気がした。
「……ん?」
投げナイフを拾いながら、彼……ロード・セバスチャンはふとドアの前を見た。
べったりと貼られたバイオハザードマーク……ここデーデマン家でも特に危険区域と認定されたドアの前に、見慣れない人間が転がっていたからだ。
服装や髪型から察するに、どうやら少女のようだが……
「おい謎生物。なんだあれは? お前の新しい玩具か?」
『何故俺に聞く?』
問いかけられた人……と言うべきか言わないべきか。
鎖で手足どころか全身をぐるぐる巻きにされ、ボンレスハムのごとく団子状態になって転がっているそれは、けだるそうに聞き返した。
「あそこはお前の部屋だろうが。また妙なところから持ってきたんじゃないか?」
『俺は知らんぞ』
心当たりはさておいて。
とりあえず気絶しているらしい少女をどうするべきか考えようとしたところで。
「セバスチャ……って、どうしたんですかその人!!」
角からひょこっと顔をのぞかせた使用人が、顔面蒼白で固まった。
「ああ、Aか。……不幸な事故だ」
その答えに、Aと呼ばれた使用人は虚ろな表情で団子状のそれに視線を移した。
「ああなるほど、またヘイヂか……」
が、すぐに我に返る。
「って、それよりその人ボロボロじゃないですか! ヘイヂはともかく、普通の人じゃ死にますよ!! とにかく、えっとえっと」
「どうした、何騒いでるんだA君?」
「デイビッドさぁぁん!! ちょうどいいところに!!」
通路の反対側から現れた金髪の青年に、Aはしっかと飛びついた。
飛びつかれた方はといえば、不思議そうに辺りを見回し……
おもむろにまだ片付け中のセバスチャンに問うた。
「なあハニー。ヘイヂはともかく、そこに転がってんのは誰だ?」
「知らん。いつの間にかいた」
「ふぅん。ま、怪我してるみたいだし」
ひょいと少女を抱えあげると、青年……デイビッドはすたすたと歩き出した。
そのあとをAが、おろおろしながらついていく。
「……今回の修理費はどれぐらいかかるか……」
ぼそりとつぶやくセバスチャン。
そこかよ、とつっこむ勇者はあいにくこの場にはいなかった。
目を開けると、真っ白な天井が見えた。
あー、なんか豪華なシャンデリアがぶら下がってる。
キラキラしててきれいだな……
……って、ちょっと待て。シャンデリア?
「お、気がついたか?」
頭に浮かんだ疑問符がはっきり形になる前に、ひょこっと誰かがこちらをのぞきこんできた。
そして、あたしの思考は一瞬停止した。
輝くような金髪。瞳の色はブルー。
……ええと、この外人のお兄さんはドチラサマデスカ?
「ん? どうした、どっか痛いか? 一応、手当てはしたんだが」
「あ、いえ、大丈夫です」
あ、でもよく見るとかっこいいかも。
「あああ、よかったぁ……」
金髪お兄さんの横では、茶髪のお兄さんが滝のように涙を流していた。
なぜか、マンガに出てくる召使のようなカッコをしているけど。
……そういえば、金髪お兄さんはコックみたいな服を着ている。
「おいおい泣くなよA君」
「だってぇデイビッドさぁぁん、アレに巻き込まれたみたいだから死んじゃうかと思いましたよぉぉぉ」
ちょっと待て(って、こんなのばっかりだな今日は)、A君とやら。
死ぬってなんだ、死ぬって? そんな物騒なことだったのか!?
そこはかとなく嫌な予感がしてきた時、
「お、気がついたようだな」
また、誰かが入ってきた。
今度の人は、黒目黒髪だ。これまたマンガに出てくるような、執事っぽい服を着ている。
なんか、きれいだけど……ちょっと怖そうな感じの人だな。
「早速聞きたいんだが、お前はどこの誰で、何故あそこにいた?」
「は?」
有無を言わさず、といった感じで黒髪お兄さん。
いきなりのことで事態が飲み込めず、思わず間抜けな反応をしてしまった。
「だから……」
「まあまあハニー。ここは俺に任せて」
再度尋ねようとする黒髪お兄さんを、金髪お兄さんがやんわりと制した。
そしてにっこりと微笑む。
「さて、最初の質問だ。お嬢ちゃんはどこから来たんだ?」
「どこ、って……」
えーと。
ここは内装からして、さっきのお屋敷の別のところなんだろうけど。
「あのう……ここって、県立××高校じゃないです、よね……?」
期待を僅かに込めて訊いたところ、三人とも変な顔をした。
「ケンリツ……なんだって?」
「どこだかは知らんが、違うぞ」
「フラン○フルトに、そんな所ありましたっけ?」
ああやっぱり違うのね……って、
「すいませんそこの人。今何て言いましたか?」
茶髪お兄さんに向かって尋ねる。
「え? そんな所ありまし……」
「その前です。どこに、って言いました?」
「フラン○フルトに、ですけど……」
「……すいません、もう一回」
「……フラン○フルト」
あああぁぁぁっ、やっぱり聞き間違いじゃなかったぁっ!!
明らかに外国の地名だよっ!! いや、もしかしたら地球じゃないかもしれないけど!!
何がどうしてこんなことにぃぃっ!!
……あ、そうか。
夢だ。これは夢なのよね、うん。
なら、とりあえず寝なおそう。
「……おい?」
「あの、ちょっと?」
聞こえない聞こえない。幻聴幻聴。
「まー、現実逃避したくなるのはわかるけどよー」
「そりゃ確かにねぇ、あんな目に遭っちゃ」
しつこい夢だなあ。いいかげん終われって。
「……って、ちょっとセバスチャン!! 何する気ですかっっ!!」
「起こそうとしているだけだが……」
「それのどこが『だけ』ですかっ!! それ以前に死にますよっっ!!」
「言ってることの割に過激だなハニー。ま、そんなところもいいけどな」
「笑ってないで止めてくださいデイビッドさぁぁん!!」
やたらに騒がしくなってきたので仕方なく目を開けたら。
「だな、とりあえずしまえよハニー。この子は普通の人間かもしれないだろ」
「そうですよっ!! 旦那様みたいに慣れてるわけでも、ヘイヂみたく不死身なわけでもないんですからっっ!!」
わめく茶髪お兄さんと、のほほんと引っ掛かることを言う金髪お兄さんが抑えているのは、釘バットを持った黒髪お兄さんだったりした。
……って、冷静に観察してる場合じゃなくて!!
「ちょっ、なんですかそれ!?」
「釘バットだが」
「見ればわかる! そうじゃなくて、何そんなもん振りかざしてるの!!」
「いや、寝てるようだから起こそうと」
「その前に永眠するわっ!!」
もはや、敬語を使うことも忘れて怒鳴るあたし。
鬼だ……コイツ、絶対鬼だ!!
「んで、ここがお嬢ちゃんの倒れてたとこだ」
なにやら嫌なマークのついたドアを手で示す金髪お兄さん……確か名前はデイビッド。
あれから彼が軌道修正してくれたおかげで、どうにか本題に戻れたのだ。
あと二人の名前も聞けた。
黒髪お兄さんがセバスチャン。
茶髪お兄さんの「A」はあだ名か何かだと思っていたら、本当に名前らしい。
……なんていうか、滅茶苦茶な設定の夢だなぁ……我ながら。
「ドアを開けたらここだったんですよね? なら、可能性としてはここが一番高いんですが……」
「まあ、開けてりゃそのうち繋がるだろ」
考え込むA君の横を通り抜けて、セバスチャンがドアに手をかけた。
そのままがちゃりとドアを開ける。
「…………」
今度はどこでもドアですか?
向こうに見えるのって、どう見ても砂漠なんですが。
「ここか?」
無表情で問うセバスチャン。
んなわけないでしょーが。
「違います」
そうか、と言うとセバスチャンはドアを閉めた。
そして、再び開ける。
「ここか?」
「違います」
火山の上になんか住めるか。
しかも現在進行形で噴火してるし。
「ここか?」
「違いますってば」
宇宙空間なんて、生身の人間生きられるか。
「ここか?」
「違……っ、っていうか寒っ!!」
えーと、南極? 北極? よくわかんないけど。
いや、マジで何この屋敷!?
それに、これは本当に夢?
この凍りつくような寒さも、さっき火山が見えた時の焼けるような熱も?
こっちの不安をよそに、セバスチャンがドアの開閉を繰り返す。
そして、どれぐらい経っただろうか。
「……なあ、とりあえず夕飯にしたらどうだ?」
「……そうします」
デイビッドさんがそう言った時には、あたしは精も根も尽き果てていた。
ああ、青かったお空がもう真っ暗……
「けどさー、真面目な話。特定の場所に繋げられないの?」
もしゃもしゃと夕食を食べながら、この屋敷の旦那様が問う。
……見た目かなり小さい男の子だけど、れっきとした成人男性らしい。
まあ、もはやこのくらいでは驚かなくなってきたけど。
訊かれた方はううむ、とうなった。
こっちは見た目は小さい女の子……だろう。多分。
断言できないのは、なんというか……妙に得体の知れない雰囲気があるからだ。
なんでって言われるとわからないけど。
この子はヘイヂって呼ばれてた、確か。
『まあ、できなくもないが……』
「ホントっ!?」
思わず身を乗り出すあたし。
よかった、帰れるんだ。
そう思ったのもつかの間。
『十年はかかるぞ』
ぴたりと沈黙。
じゅうねん、って……そんなに待てるかっ!!
と怒鳴りたかったが、あまりの脱力感に行動を起こせなかった。
「……繋がるまでガンバリマス」
「それはいいけどな、お嬢ちゃん。それまでどうするんだ?」
デイビッドさんの言葉に、あたしは思わず「は?」と問い返した。
どうするって……何が?
「行くあてないんだろ。いつ帰れるかもわからんのに、メシとかどうする気なんだ?」
…………
まったく考えてませんでした。はい。
「普通なら『ここに置いてやってもいいんじゃないですか』とか言うべきなんでしょうけど……」
困った顔のA君の横で、うんうんうなずいているもう一人の召使さんとメイドさん。
その理由は……なんとなく見当がつく。
「けど、他に頼める所とかあるのか? お隣さんなら引き受けてくれるかも知れんが」
デイビッドさんの言葉と同時に、再び沈黙。
でも、さっきと雰囲気が違う。
召使いの皆さんは青い顔してがたがた震えてるし。
「やめとけ。ユーゼフ様に借りを作ったら、何を要求されるかわからん」
セバスチャンが心底嫌そうに言った。
「……だな」
やっぱり青ざめた表情でうなずくデイビッドさん。
……お隣さんって何者だ。
気にはなったけど、なぜか怖くて訊けなかった。
「……仕方がない」
ため息をつくセバスチャン。
「この未確認物体の不始末に余計な金をかけるわけにいかん。客室が空いてるからそこで寝ろ」
「は?」
やたら偉そうな発言に、思わず唖然。
けどそれは、あたしだけではなかったらしい。
『俺の不始末とはなんだっ!!』
「やかましい地底生物!! そもそもお前の部屋が原因で、面倒なことになったんだろうがっ!!」
飛びかかってきたヘイヂを捕まえたセバスチャン、そのまま両手でゲンコツぐりぐりの刑に入る。
って、拳が半分以上頭にめり込んでますけど……どう見ても。
こ、怖えぇ……この人を怒らせるのだけはやめよう。
「即刻直せ今すぐ直せ光のごとく直せ!!」
「ハニー、その前にヘイヂが潰れるぞ」
「この程度でこいつが死ぬかっ!! いや殺す、今日こそ殺す!!」
……えーと。
とりあえずデイビッドさんを手伝ってこの状況を止めるべきか、下手に手を出さずにいるべきか。
どうしようか迷っているところに、ぽんと肩をたたかれた。
「大変なことになっちゃったわね……あなたも」
そこにいたのはメイドさん。
どんよりと暗雲を背負ってそうな彼女には、どこか同情の色も見える。
「で、でもきっとすぐに帰れますよ! 大丈夫!!」
その隣にはA君。
あの、励ましてくれるのはいいけど……顔引きつってますよ。
「まあとりあえず……」
もう一人の召使いさんがあたしの手を引っ張る。
やや虚ろなその視線の先では、セバスチャンが槍やら鞭やらをものすごい速さで繰り出しているところだった。
人間技じゃないぞ、これは……
「ここは危ないから避難した方がいいぞ」
「はい……」
これが、あたしと彼らとの出会い。
そして、危険と非常識な日々の始まりだった。
宣言してから思いきり時間たってしまいましたが、とにかくセバスチャン夢第一話です。
でも名前変換なし。一応日本の女子高生設定です。
そして、管理人初のお題連載です。さー全部書ききれるか自分!?
2007.2.28