どんな事だって、今なら、出来そうな気がする
―――――君の、為に。
† SNOW †
「おっはよ、アメル!」
思い切り後ろから抱きつくと、驚いたのか、アメルは小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ?!・・・もう、、驚かさないで下さい。お早うございます」
振り向いて、不満げにそう言うアメル。
それでも挨拶を忘れないのが彼女らしいといえば彼女らしい。私は苦笑した。
「ゴメンゴメン。ね、それよりさ。雪、降ってる?」
せかすように尋ねる。目が覚めた瞬間・・・ううん、昨晩から、このことばかりが気になっていて。
私は、楽しみにしていたのだ。
―――――ホワイトクリスマス、ってやつを。
リィンバウムにクリスマスがあると知ったのは、ついこの間のこと。
アメルとロッカからその話を聞いたとき、私はレナードと顔を見合わせてしまった。
「リィンバウムにも、クリスマスなんてあるんだね・・・」
「ジーザス」
この調子なら、バレンタインとかホワイトデーとかもあるのかな?
なんて二人で話し込んでしまったってのはまぁ余談なんだけれど。
それから、徐々にクリスマスモードに突入していく街の様子を見るのが、ここのところの私の楽しみとなっていた。
元の世界にいたときと同じ。
外の空気はどんどん冷えていくのに、どんどん、胸の中に、暖かくて楽しげな空気が溜まっていって。
クリスマス。聖なる夜。
キリストの生まれた日だとかそう言うことは全く気にせずに、
私は純粋にクリスマスというイベントを心待ちにしていた。
そして、今日が・・・クリスマス・イヴ。
「私ね、ホワイトクリスマスって見たこと無いのよ」
「そうなんですか?」
白状すると、アメルが意外そうにそう聞き返してきた。紅茶のカップを私の前にそっと置きながら。
私は彼女に紅茶の礼を言ってから、続けた。
「うん。私の住んでいたところ、南国って訳じゃないんだけどまぁ暖かいし、都会で滅多に雪降らなくて。
雪降るのは、大抵年明けてからかな。だから、此処ならホワイトクリスマス見れるかなって、楽しみにしているの」
「そうなんですか・・・」
紅茶を一口飲んでから顔を上げたアメルは、どこか遠くを見つめるような眼をしていた。
「あたしは、何度かありますよ。雪が降ると、元々土が悪くてなかなか育たないお野菜が、
更にダメになってしまうんで、大人達は雪を嫌ってましたけど・・・でも、クリスマスだけは特別で」
「へぇ・・・そうなんだ。いいなぁ・・・」
思わず羨望のまなざしをアメルに向けてしまう。
一度で良いから、ホワイトクリスマスになればいいのに。きっと、さぞかしロマンチックなんだろうなぁ。
―――――と、そんな会話を、ギブミモ邸の応接室でしているときのことだった。
「ただいまぁ〜!」
玄関の方から、声。この声は・・・
「あ、マグナさん、戻ってきたみたいですね」
やっぱり。クリスマスパーティー用の買い出しに行っていたマグナが、戻ってきたらしい。
ちなみに今屋敷の中にいるのは、私、アメル、そして今戻ってきたマグナだけ。
他の面々はそれぞれ買い出しやらなにやらで出払ってしまっている。
私とアメルはツリーの飾り付け役で、その仕事も既に終えてしまっていたのだ。
―――――応接室に、大きな買い物袋を抱えて入ってきたマグナは、
私の持っている紅茶のカップを見て、アメルに行った。
「アメル、悪いけどさ、俺にも紅茶淹れてくれないかな?」
「あ、ハイ。今用意してきますね」
ぱたぱたと、アメルが台所へと姿を消す。それを見届けたマグナは、私の隣に腰を下ろしてきた。
「お疲れ」
「疲れたよ。すっげー重いんだもん」
「寒かった、外?」
鼻の赤いマグナに、多少の期待を込めて尋ねる。しかし、残念なことにマグナは首を横に振った。
「そうでもないぜ。あ、そりゃ寒いっちゃぁ寒いけど・・・でも昨日程じゃない」
その言葉に、私が落胆したのは言うまでもなく。
「そっかぁ・・・」
「・・・?」
項垂れてしまった私を不思議に思ったのか、マグナが私の顔をのぞき込んできた。
心配そうな、子犬みたいな眼が私を見つめる。
「どうしたんだ、?どこか具合でも?」
彼のあまりの心配ぶりに、私は慌てて顔を上げた。
「あ、そういうわけじゃないんだ。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・寒くないんじゃ、雪降らないよね、きっと」
ぼそりと、呟くように、言う。
マグナは私を見て、首を傾げた。
「雪降って欲しい・・・のか?どうして?」
「ホワイトクリスマス・・・私、一回もホワイトクリスマスになったことが無くて」
「ホワイト・・・?・・・ああ、そう言うことか・・・」
ようやく合点がいったらしい。マグナが何度も頷く。
「でも雪降らないんじゃしょうがないよね。ううむ・・・一回で良いから見たかったんだけどなぁ・・・」
私は呟いて、ため息を付いた。まぁ、ぐだぐだ言ってもどうにもならないモンはどうにもならないんだけどね。
冷めてしまった紅茶を一気に飲み干し、カップをテーブルに置く。
その間、マグナが、何か考え込んでいるような表情で私を見ていることに、私は気付いていなかった・・・。
それに気付いたのは、夕方近くなってのことだった。
二階にある自室に戻って、何をするでもなくボーっとしていたときのこと。
みんな買い出しから戻ってきて、階下ではクリスマスパーティーの用意がぼちぼち始まっている。
そろそろ降りて手伝おうかなぁ、と、そんなことをぼんやり考えていたとき。
それは唐突に、私の視界に飛び込んできた。
「―――――嘘・・・?」
窓の外から見えるのは、ちょっと曇った十二月の空。
その殺風景な景色の中に・・・何か、小さな白いモノが、ふわふわ漂い始めたのだ。
「え?え・・・ホントっ??」
思わず、窓へと駆け寄る。
窓ガラスにへばりつくようにして、私は、空から舞い降りてくる白いモノを眺めた。
それはふわふわと漂って、やがて私の視界から消えて。
「・・・雪・・・っ!」
呟いた瞬間、私は思いきり窓を開け放っていた。
真冬の冷気が、暖まった部屋に容赦なく飛び込んでくるが、そんなこと気にしない。
風にはためくカーテンを脇に押し寄せて、私は、空中に大きく手を差し出した。
冬の妖精が、私の手のひらに舞い降りる。
それは心地よい冷たさを感じさせた後、儚く消えていく―――――・・・
―――――はずだったのだが。
「・・・・。あれ?」
おかしい。手のひらに乗ったそれは、いつまで経っても溶ける気配がない。
ていうか、よくよく見てみたら形がちょっとおかしい。
嫌な予感がして、私は、それをそっと指でつまみ上げてみた。
それは、雪ではなく・・・
「・・・紙?」
そう。空から降ってきているのは、紙吹雪の時みたいに小さく切り刻まれた、白い紙だったのだ。
しかし、一体どうして紙が空から・・・?
不思議に思った私は、窓から身を乗り出して、そして身体を無理にひねって空を仰いでみた。
「あ」
「・・・」
屋根の上にいるマグナと眼があった。
「だって・・・が、雪が降って欲しいって言ったから・・・」
顔色をネスティ顔負けってな位に白くして、がたがた震えている彼に
暖かいココアを用意してあげてから、私はため息を付いた。
「だからって、あんな寒空の下・・・ただでさえ屋根の上なんて高いところは
気温が下がるのに、あんなところで・・・紙をばらまいてるなんて・・・」
呆れてモノも言えない、とまでは言わなかった。
彼が私のためを想ってしてくれたことなのだから。
なんと、この無鉄砲なワンコは、私が雪が降るのを望んでいたからといって、この寒い中屋根に上がり、
そこから小さく切った紙を降らせて私を喜ばせようとしてくれていたのだ。
そりゃ、嬉しいけど・・・なんていうか・・・
それで風邪でも引かれたらこっちが後味悪い感じがするっていうか・・・。
でも嬉しいと想った私は、素直に彼に礼を言った。
「ありがとう、マグナ。その気持ちだけで嬉しい」
マグナの表情は晴れなかった。
雪が降らずとも、クリスマスは楽しい。パーティーの準備も。
楽しめる程度の慌ただしさの中、パーティーの準備は着々と進んでいった。
「コレ、運んで下さいっ!」
「はいは〜い!」
アメルが作った料理を広間に運ぶのが、私の主な仕事。
お皿を無理な体勢でいくつか持って、私は早足に広間まで向かった。
広間では、ちびっ子達が飾り付けをし、他の面々はテーブルなどのセッティングをしている。
「お、うまそうじゃねーか」
「あ、コラ、フォルテ!つまみ食いは・・・」
突然、どこからともなく現れたフォルテが、お皿の料理をつまみ食いしようと手を伸ばしてきた。
複数のお皿を抱えて両手がふさがっている私には、それを防ぎたくても防げない。
なんとか身体をひねって、彼から皿を遠ざけようとした。・・・と。
「やめなさい」
見事な音と共に、ケイナの裏拳が彼の顔面にめり込む。
もんどり打って倒れる彼を後目に、ケイナは優雅に、優しく微笑みかけてくれた。
「さ、もう大丈夫よ」
「あ、ありがとう・・・」
絨毯に血の海を沈めているフォルテを踏まないように避けながら(助ける気は更々ない)、
私はテーブルに向かって、お皿をそこに置いた。
「あー・・・疲れた・・・」
しびれてしまった腕を振って、感覚を取り戻そうとしてみる。まだ料理は出来上がってくるだろうし、
すぐに台所に戻らなくてはいけない。レシィが手伝っているとはいえ、二人だけでこの大勢の
食事を作るのって凄い大変そうだし。出来る限り手伝ってあげなきゃね。
「にしても、マグナ何処に行っちゃったんだろう・・・手伝って欲しいのになぁ、お皿運び」
・・・と、ついさっきから姿が見えないマグナのことを考えながら、私が再度台所に向かおうとした
―――――その時だった。
「っ!!!」
突然、広間に響いた大声。
それがマグナのものだと理解したときには既に、今まで外に出ていたのか、顔色が悪く、そして
頬だけ赤く染めたマグナが私の腕を引っ張っていた。その手は凄く冷たい。
「マグナ?今まで何処に行って・・・」
「良いから来て!」
「え?ちょっ・・・」
問答無用とはまさにこのこと。突然広間に飛び込んできて、突然私を引っ張った彼は、
私に有無言う隙も与えないまま、私を屋敷の外へと引きずり出していた。
力じゃ彼に敵うはずもない私は、大人しく彼に付いていくしかなくて。
「寒っ」
コートも何も着てないのに冬空の下に引っぱり出された私は、小さく毒づいた。
そのまま、高級住宅街の中を早足で進んでいく。
―――――と、その時、私は気付いた。
空から何か、白いモノが舞い降りてきていることに。
コレは、もしかして・・・・・
(雪・・・?本物の・・・?)
「さ、着いたよ」
と、唐突にマグナの声がして、私は我に返った。いつの間にか、高級住宅街を抜けて導きの庭園に来ていたらしい。
カップルらしい二人が、庭園内をちらほら歩いている。
そして―――――・・・
「・・・・うわぁ・・・っ」
顔を上げた私の目の前に、巨大なツリーがあった。
「綺麗・・・」
あちこちに色とりどりのライトがついていて、それが交互に光っていて。
そのライトの周りには、可愛らしい飾りがぶら下がっていて。ライトの光を浴びて幻想的に光っている。
そして―――――その飾りに、その枝に、うっすらとつもった・・・真っ白い雪。
本物の、雪。
「雪が降ってる・・・」
「ずっと、此処で空を見てたんだ」
マグナの穏やかな声が、耳元で聞こえた。
それは雪のように、静かで、柔らかくて、儚くて。
「雪が見たいって言ってて・・・でも俺にはどうすることもできなくて・・・
紙吹雪作戦は失敗しちゃったし・・・だから、ここに来て、ずっと―――――祈ってた」
「・・・祈ってた?」
彼の顔を見上げた。
彼は優しい、暖かい微笑みで、私を包み込んでくれた。
「『雪が降りますように・・・の為に』って祈ってた。ずっと・・・」
空を仰ぐマグナの横顔は、ツリーのライトに照らされて、とても、綺麗で。
「一生懸命、祈ったから」
「マグナ・・・」
何でだろう。
嬉しいのに、嬉しくて仕方がないのに、涙がこぼれそうになってきた。
嬉しくて仕方がないから、涙がこぼれそうになってきた。
―――――私は、静かに空を見上げた。
「・・・ありがとう、マグナ。すごい・・・嬉しいよ」
ゆっくりと舞い降りる雪が、優しく私たちに触れた。
そして、コートも着ていない所為で冷え切った私の身体を、急に、大きな熱が包み込んだ。
「ゴメン。いきなり連れ出して。でもどうしてもすぐに見せたくて。寒い・・・よな」
彼の問いに、私はゆっくり首を横に振る。
「ううん。こうしてれば・・・暖かいから」
私を抱きしめてくれるマグナの体温が、とても心地よい。
私の頬を、冷たい雪がそっと撫でて。次の瞬間、マグナの手のひらに暖められる。
―――――唇に降りてきた暖かい感触に、私はゆっくり目を閉じた。
「そろそろ、戻ろっか」
「そうだね」
二人きりで過ごす聖夜も、悪くはない。でも、今は―――――
「みんな待ってるだろうから」
「うん」
待っていてくれる人が居るから。
手をつないで、歩き出す。寒さは感じなかった。
大好きな人の存在と、そして、私たちを待っていてくれる、優しい居場所。
それだけで、充分あったかかったから―――――・・・
どれだけ冷たくても
どれだけ寒くても
きっと 凍えることはない
この心が 凍り付くことはない
だって 君が居るから
暖かく笑ってくれる 君が居るから
だから どんなことだって 今なら 出来そうな気がするんだ
―――――君の 笑顔のために。
Merry Christmas!!
Fin・・・
あー・・・
ついにやっちゃいました。クリスマス限定配布ドリーム第一段、マグナです。
甘い?甘くない?もうよく分かりませんが。
とりあえず書いてみました、の為に頑張るマグナ君をお届けします。
―――――ていうか、ねぇ?いくら雪を見せてあげたいからって紙吹雪ってのはどうよ?とか
自分で書いたくせに自分でツッコミたくなっちゃう様なシーンが満載です、このドリーム。
でもマグナの単純・・・失礼。純粋さなら、それくらいやってのけるかなぁ、って。
でも真冬に、コート無しで外に連れ出されるって辛いよねぇ・・・(←経験者)。
ちなみに澪もホワイトクリスマスになったこと無いんですよ。東京で年内に雪が降るってのは
珍しいですよね。
でも今年はこの間結構つもりましたね。アレがクリスマスの日に来てくれれば良かったのに・・・
まぁ何はともあれ、此処まで読んで下さって有り難うございました!
Merry Christmas!
2002,12,18 水音 澪
強奪犯のコメント(笑)
水音さんの配布クリスマスドリーム、マグナ編です。
紙吹雪降らせたり、お祈りしたりするマグナがかわいいです。
降ってきてよかったね、二人とも。
水音さん、掲載許可ありがとうございました!
★back★