君が側にいれば


ただ、それだけで。






†Could you catch the happiness?†






「むぅ~・・・」

私は唸っていた。非常に困っていた。何故って?
―――――手が、届かないからだ。

「あとちょっとなんだけどなぁ・・・」

本当に、あとちょっと。ぎりぎりで手が届くところなのに・・・・
そのちょっとが、足りないのだ。
決して私、背は低くない。ていうかトリスとアメルよりフツーに高い。
そして当然ながら、女性にしては長身のモーリンよりは普通に低いんだけどそんなのはどうでも良くて。
とにかく!背が低い訳じゃ無いんだから届くはずなのに・・・

「届かない・・・」

私の手の中には、大きめの星一つ。
そして目の前のツリーには、何かが足りない。
そう、私の手の中にあるこの星だ。
さっきから私は、この星をツリーのてっぺんにつけようとして、四苦八苦しているのだ。
当然のことながら、こんなの、背の高い誰か・・・フォルテとかネスティとかに頼めば楽につけて貰えるんだろうけど。
でも、それじゃあ意味がないのだ。私がつけたいのだ。
何故って?それは―――――・・・

「何やってるんだ?」

と、その時だった。唐突に背後から声が掛かったかと思うと・・・

「届かないのか?貸してみろ」

私が持っていた星が、何者かに奪われた。

「あっ、ちょっ・・・」

止める間もないとは、まさにこのこと。私が慌てて振り向いたときには、その人物は私から取り上げた
星を、クリスマスツリーのてっぺんに楽々つけてしまっていて。

「ほら、ついたぞ。まったく・・・届かないなら無駄に足掻かず素直に助けを呼べばいいものを・・・」

私は、その長身の人物―――――ネスティを、思いっきり睨み付けた。

―――――なにすんのよっ、馬鹿っ!!!」

人助けをしたつもりが、礼を言われるならまだしも罵倒されてしまったネスティは、
唖然として私を見つめていた。









「だからって馬鹿は無いだろ、馬鹿は。少なくとも僕は・・・」

「善意で手を出したんだって言いたいんでしょ?分かってる。ゴメン」

アメルの淹れてくれた紅茶を飲みながら憮然として答えると、ネスティは小さくため息を付いたみたいだった。
その横では、アメルが曖昧な笑みを浮かべている。

「『ツリーのてっぺんに星をつけた人は、幸せを手に入れることが出来る』
・・・確かに、聞いた覚えありますよ、そのジンクス」

「それで君はそれを実行しようとした訳か。届かないのに」

「届いたもん!ネスティが手出ししなきゃ、もう少しで・・・」

「それで、善意で手を貸そうとした僕を『馬鹿』呼ばわりか」

「う゛・・・」

「まぁまぁネスティさん、みぃの気持ちも分かってあげて下さいよ」

アメルがなだめてくれたお陰で、ネスティもこれ以上文句を言うのを諦めたみたいだ。
私は胸中でアメルに感謝しながら、紅茶を口に含んだ。


―――――クリスマスツリーのてっぺんに星をつけた人は、幸せを手に入れることが出来る。


それは、こっちの世界に来る直前、親友から聞いたジンクスだった。
もっとも、私にそれを教えた人物はそんなモノ全然信じていなくって。

『・・・ってウチの姪っ子がこんなジンクス信じててさ。クリスマスのたびに、届かないくせに
ツリーに星をつけたがるんだって。だからお父さんがいつもだっこしてつけさせてあげてるんだってさ』

そんな他愛もない雑談の中で、私はそのジンクスを知ったんだ。そして、思った。
今度のクリスマスに、実行してみよう、と。
その直後にこっちの世界に呼ばれてしまったわけだから、私は『今度のクリスマス』・・・つまり
今日、そのジンクスを試してみることにしたんだ。
けれど。
ネスティに邪魔されてしまった。
彼に悪気がないのは重々承知なんだけど、それでも何て言うか・・・悔しい。釈然としない。

「さてと・・・そろそろみんなが買い出しから戻ってくる頃だと思うんで、パーティーの準備、始めちゃいましょうか」

剣呑とした私たちの雰囲気を察したアメルが、そう言って席を立った。

みぃ、手伝って下さい」

「りょうか~い」

いい加減気持ちを切り替えなきゃね。たかがジンクス一つにうだうだしているなんて、つまんない。
せっかくのクリスマスなんだから。
私は紅茶を一気に飲み干すと、アメルの後を追って席を立った。









クリスマスってのは、たとえ忙しいパーティーの準備でも楽しく感じるモノだ。
愉快な慌ただしさの中、ギブミモ邸の広間は徐々にその空気をクリスマスっぽいモノに変えていった。

みぃ!そこの輪飾り取ってくれるかい?」

「はーい」

元気に返事をしながら、イスの上に乗ったモーリン(飾り付け担当)に、ちびっ子達が折り紙で作った
輪飾りを手渡す。輪飾りは現在進行形で増えていっているモノで、多分今頃、隣の部屋では
ちびっ子達による輪飾り制作もなかなか盛り上がってるんだろう。

「お、うまそうだな・・・」

「おやめ」

ゴスッ。

「ヘブッ?!」

向こうのテーブルでは、つまみ食いをしようとしたフォルテが見事にケイナに撃沈されていたりして。
楽しい雰囲気が、この屋敷に満ちている。

「みんな~、ケーキ買ってきたよ」

「パッフェルさんがおまけしてくれたの!凄いおいしそうだよっ!」

広間に入ってきたギブソンとルゥが抱えているケーキの箱の大きさ、量を見て、みんなが一瞬だけ静まり返る。

「先輩・・・正気ですか?」

礼儀正しいネスティが、ギブソンに失礼極まりない台詞を吐いた、その時。

みぃ!」

遠くからアメルの呼ぶ声を聞き取った私は、とりあえず甘党二人へのツッコミは後回しにして、台所に向かった。

「アメル、呼んだ?」

良いながら顔を覗かせると、あわただしげに料理に取りかかるアメルとレシィの姿が。
あれだけの大所帯の食事を、たった二人きりで作ってるんだ。さぞかし大変だろう。
アメルはせかせかと私の元へ駆け寄ってくると、メモをよこしてきた。

「ごめんなさい。買い物お願いできます?どうしても足りないモノがあって・・・」

「ああ、いいよ。此処に書かれたモノ買ってくればいいのね?」

アメルから手渡されたメモ。そこには、几帳面で、でも可愛らしい綺麗な文字が並んでいた。
―――――びっしりと。
『買い物』って・・・こりゃ、スゴイ量だぞ。

―――――この量、一人で持つのは・・・無理っぽい?」

おそるおそるアメルに尋ねると、彼女は本当にすまなさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい・・・誰かお手伝いしてくれる人、探して貰えませんか?スゴイ量だから・・・」

「あー・・・了解。」

私は、一体どれだけの荷物になるのか想像して、顔を顰めながら台所を出た。
さて。誰に手伝って貰おう。
ハッキリ言って、このメモに書かれている量は本当にハンパ無い。一人で持とうモノなら
何日掛かるかわかんないわよってくらい。
アメルは「足りないモノ」って言い方をしていたけれど、この分だと買い出し班が思いっきりミスったんだろう。
何せメンバーがマグナとトリスとフォルテとミニスだ。日頃から、買い物時の買い忘れが目立つ面々。
私はため息を付きながら、広間に戻った。
誰に手伝って貰うか?此処に来るまでに、既に決めてある。

「ネスティ!」

喧噪に負けないように大声で呼ぶと、モーリンでは手の届かないところの飾り付けを手伝っていた彼は緩慢にこちらを向いた。

「何だ?」

「ちょっとね、買い出し行くんだけど・・・量がハンパ無いからさ、手伝ってくれる?」

「ああ・・・構わないが。」

あら、以外。
彼はあっさり私にそう言うと、モーリンに断ってからこちらに来た。
「どうして僕が」とか「買い出し班に頼めばいいだろう」とか言うと思ってたんだけど。

「早くコートを着てこい。アメルからの頼みなんだろう?急いだ方が良いんじゃないか?」

「あ、はい・・・」

せかす彼に慌てて返事をして、私は自室にコートを取りに行った。
でも、やけに素直な彼が、気になる。

(もしかして・・・さっきの・・・私がつけようとしていた星をつけちゃったこと、一応気にしてるのかな?)

・・・そんなわけないか。
私はコートを羽織って、階段を駆け下りた。











やはり、ネスティに一緒に来てもらって正解だったと思う。
予想通り、買ったモノの量はとても一人で持ちきれるようなモノではなく。
ネスティが三つ袋を抱えて、私が一つ。でもこの一つだけでも相当重い。私はフラフラになりながら歩いた。
ネスティも、大きな袋三つ抱えて流石に辛そうだ。

「もう一人、連れてくれば良かったかな・・・」

「いや、あっちも忙しいからな。買い物にそんなに人数は割けないだろう」

「でも、重・・・」

「確かに」

そんな色気のない会話をしながら、導きの庭園を通り抜けて、高級住宅街へ向かう。
―――――と、その時。何か光るモノが、私の視界に入った。

「・・・わぁ・・・綺麗・・・」

思わず、足を止めて呟く。つられてこちらを見たネスティが、「すごいな・・・」と呟いた。
私たちの目の前に、巨大なツリーがあった。
あちこちにつけられたライトが、色とりどりの光を発し、それらを受けきらきら幻想的に輝く
ツリーの飾りが、更に神秘的な雰囲気を醸し出していた。
そして。とても高いツリーのてっぺんにある、ひときわ大きな、星。

「すごい・・・毎年飾ってるの、此処で?」

ネスティに尋ねると、彼はツリーを見上げたまま答えた。

「ああ。だが・・・今年はいつにもまして豪勢だな」

「ふぅん・・・」

いつまでも、見つめていたい。
それほどにツリーは綺麗だった。でも、ずっと此処にいるわけにもいかない。今は買ったモノを
アメルに届けなくてはいけないんだ。

「あとで、見に来ればいい。今は急ぐぞ」

「・・・うん」

にべない彼の言葉に渋々頷いて、私はツリーに背を向けた。











パーティーは、スゴイ盛り上がりを見せた。
甘党二人が片っ端からケーキを片づけていく中、ミニス率いるちびっ子軍がクリスマスソングを歌い、
その後悪のりしたフォルテ達が大騒ぎをしようとしてケイナに沈められ。
それを見て、みんな笑って。
プレゼント交換もした。私の所に回ってきたプレゼントは、ネスティが用意したモノだった。
シンプルなデザインの万年筆に、その万年筆に良く合いそうなシックな手帳。
彼らしい。そして私はスゴイそれが気に入った。
―――――そして。夜中。パーティーも終わり、みんなが部屋に戻り始めた頃。
私はそっと屋敷を抜け出して、ツリーの前に来ていた。
凄く寒くて、なんか雪とか降り始めちゃっているけど、じっと、一人でツリーを見上げる。
幻想的なツリーは、ただ優しい光を私に与えてくれていた。
―――――と。

「やっぱり・・・此処にいたのか」

背後から、声。振り向かずともわかる、特徴のある低い声。

「来たんだ・・・ネスティ」

「ああ。女性の夜歩きは危ないぞ」

「大丈夫だよ。今日はクリスマスなんだから」

私が言うと、彼は一瞬だけ顔を顰めたが・・・やがて「やれやれ」と苦笑いすると、静かに私の横に立った。

「綺麗だね」

「ああ」

「・・・」

「・・・」

短い受け答えのあと、しばらく沈黙が続いて。
やがて。

「あのツリー・・・」

口火を切ったのは、私の方だった。

「何だ?」

「あのツリーのさ、てっぺんの星・・・・」

上を向いて、腕を伸ばして。凄く高いところにある星を指さす。ネスティの視線が、私の指先を追った。

「あれが、どうかしたのか?」

「・・・あの星をつけた人はさ、きっと、スゴイ幸せを手に入れたんだろうね」

「・・・みぃ・・・」

彼の視線が、こちらを向いたのが、気配で分かった。
私はゆっくり手を下ろすと、ネスティに向き直る。そして、そっと、彼の手を取った。

「何を・・・」

「おっきな、手」

そのまま、彼の手をそっと開かせて。そして、私の手を重ねる。
大きさの全く違う二つの手は、同じくらい冷えていて、赤くなっていたけれど。

「おっきな手。私のと全然違う。きっとネスティは、このおっきな手で、幸せを捕まえられるよ」

そう言って、彼に微笑みかける。私の笑みに、ネスティはとまどったような曖昧な表情を返した。
私はそっと、彼の手から自分の手を離して、そしてその手を高く掲げて見せた。

「私のは、どうかな?」

尋ねる。

「小さい手。ネスティのと比べたら、全然小さい。コレで、幸せ捕まえられるかなぁ?」

どう思う?視線だけで尋ねた。でも、ネスティは何も答えなかった。
何も答えずに、ただ、私を凝視したあと・・・その視線を、自分の手に移した。

「確かに・・・僕のこの手なら、幸せをつかめるかも知れないな」

―――――ひどく、小さな声だった。注意していないと聞き逃してしまいそうなほどに。
舞い降りる雪の音に、かき消されてしまいそうなくらいに。
そして、次の瞬間。

「・・・え?」

私の身体は、いつの間にか、ネスティに抱きしめられていた。

「でも・・・手の大きさなんて、関係ないんだ・・・僕はそう思う」

「ネス・・・ティ?」

「本当に欲しい物なら、本当に手に入れたい幸せなら・・・手で掴もうとせずに、こうやって、抱え込んでしまえばいい。
誰にも取られないように、何処にも飛んでいってしまわないように、堅く抱きしめてしまえばいい。
しっかり、捕まえてしまえばいい」

「・・・」

冷え切ったからだが、徐々に、暖かくなってくる。彼の大きな体温が、私を優しく包んでくれる。

―――――捕まえた」

耳元で、そう、囁かれた。

みぃ・・・手放したくない、僕の幸せ。こうやって抱え込んでしまえばいい」

「ネスティ・・・」

何とも言えない気持ちが、胸の中に込み上げてきた。
暖かい、気持ち。
雪の冷たさも、空気の冷たさも、気にならないくらい暖かい気持ち。



―――――手の大きさなんて、関係ないんだ―――――



そうだ。関係ない。
本当に手に入れたい幸せなら、抱え込んでしまえばいい。
誰にも取られないように。ずっと、私の側にいて貰えるように。
この小さな手でも、しっかり、包み込めるように。

―――――私も、捕まえたっ」

彼にだけ聞こえるような、小さな声で。
囁いてから、私は、ネスティの背中に腕を回して、彼を抱きしめた。
彼が私にそうしているみたいに、しっかりと。
大切な、『幸せ』だから。


決して離れないように。
―――――大切な『幸せ』に、そっと、口づけた。










側にいるだけで『幸せ』になれる

側にいてくれなければ『幸せ』になれない

君だけ

決して手放せない 大切な存在

他には何もいらないと誓える

他には何も望まないと誓える

君が側にいれば

ただ それだけで。


―――――僕は 『幸せ』なんだ。






Merry Christmas!






Fin・・・




はい!クリスマス限定配布ドリーム第2段、ネスティです。
なんかもう登場人物がことごとく偽物なのは気にしちゃいけません。気にしたら七日後に・・・(何)。

―――――クリスマスです。
道行くカップルに石を投げたくなる、そんな季節です(止めろ)。
澪は今年も女友達とカラオケに行く予定です。んでB'z歌ってきます。稲葉さんラブですってんな事は
どうだっていいんです。
とりあえず、今回の配布ドリーム、サモバージョンは6人のお相手を用意してありまして。
その全てに共通するモノを『ツリー』と『キス』にしようと思ったんですけど。
無理そうです(殴)。ネスのでいっぱいいっぱいです。テンパってます思い切り。
こんな駄作ですが、楽しんでいただければ幸いです。では・・・

Merry Christmas!


2002,12,18 水音 澪


強奪犯のコメント(笑)
水音さんの配布クリスマスドリーム、ネスティ編です。
ベタ甘なセリフも、ネスに言わせるとしっくりくるから不思議。
「幸せを捕まえる」の辺り、特に素敵でした。
水音さん、掲載許可ありがとうございました!



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