酔姫の小夜曲

 「……で、何がどうしてこうなったのか、説明してほしいんだが?」
 隣に立つ兄弟子の冷え冷えとした声を聞きながら、でも心は相づちを打ちたい気分だった。
 見張られながらもようやく出された課題を片づけ、茶でも飲もうと書庫から降りてきたマグナが見たものは。

 だらだらと脂汗をかくフォルテとバルレル、そして。
 「ん〜〜……」
 「…………」
 その横で空の酒瓶と一緒に転がっているトリスとの姿だった。







酔姫の小夜曲


 聞き出したことのあらましは、だいたい予想通りだった。
 軽いいたずら(バルレルに関しては日頃の飲酒禁止に対する仕返しもあったらしい)のつもりで果実酒をジュースと偽りトリスに飲ませたら、通りがかったにうまいからとすすめてしまい。
 口当たりがよかったため、二人とも酒と気づかずに飲みまくったらしい。
 そして、酔っ払い二名のできあがりである。

 「まさか、あそこまで弱いとはな……」
 「知らなくても嘘を言って飲ませないでくれ」
 ネスティは頭を抱えて嘆息した。

 「みんなも、止めてくれたっていいだろ?」
 「そうは言うけどねぇ……」
 「俺達が気づいたときには、二人ともできあがっていたからな」
 「トリスは脱ごうとするし、は暴れるし……」
 居合わせた面々を見れば、ネスティ以上に疲れた顔が並んでいる。中には平手や引っかかれた跡がある者もいた。

 「まあ、バルレル君とフォルテさんを怒るのは後でもできますから……」
 にこにこ笑顔だが、アメルの顔や口調には怒りの微粒子が浮かんでいる。
 言われた当人達はもちろん、関係ないはずのマグナ達まで青ざめた。

 「とりあえず、トリスとをベッドまで運びましょうね」
 『なら、俺(僕)がを……』
 ぴたりと唱和する数名の言葉。
 そして、視線が絡み合った。

 「……勉強したばかりでお疲れでしょう?」
 「別に何ともないよ、これぐらい」
 「君達こそ、稽古で疲れてるんじゃないのか?」
 「バカにするな、こいつらとは鍛え方が違う」
 「テメエに任せられるかよ、元誘拐犯」

 マグナ、ネスティ、ロッカ、リューグ、イオス。
 彼らの脳裏を占めていたのは「は絶対自分が運ぶんだ」という思いであり。
 言外に込められたものは、やや黒めのオーラとなって周囲に立ちこめていた。
 名乗り出た五人はに好意を持っていて、しかも互いを恋敵と認識しているのだからなおさらだ。
 『って言うかテメエら邪魔だよ、さっさと引っ込んで俺に譲れ』
 ……この場面をそのまま額にでも納めれば、そんな題名の絵ができあがるだろう。

 あまりの光景に、傍観者達はトリスを運ぶどころか動くことも口を挟むこともできず。
 勝負は実力行使へと発展するかに見えた。

 「……ん〜〜? なぁにやってんのよぉ、あらしもまぜろぉ〜〜〜〜」
 妙に場違いな、へにゃへにゃした声が割り込んだのはその時だった。
 「……って、ありゃぁ?」
 ずしりと、マグナの背に重みがかかった。
 次に感じたのは、熱すぎるほどの体温。

 「!?」
 「あははぁ、ごめぇん」
 マグナの背中にしがみついたまま、騒ぎの発端はだらしなく笑った。
 酒気混じりの吐息が鼻につく。

 「ねー、なんの話ぃ? まぜてよぉ〜」
 「いや、別に君には関係……」
 「あ〜、またそーやってのけものにするぅ〜〜〜」
 「そうじゃなくて、これは男同士の話……」
 「ひどいぞー、男女差別だぁ〜。訴えてやるー」

 もはや争うどころではなかった。
 ピントのずれまくった酔っ払いに引っかき回され、いつしか話はどんどんとずれていく。

 「……だいたい、キュラーなんか割烹着着てごはんでも作ってろってのよぉ」
 『はあ……』
 相づちを打ちつつ、「なんでこんな話になったんだろう……」と全員が思ったが、面倒なので誰も口に出さなかった。

 「レイムの奴だってさぁ……」
 今度は何を言い出すのかと思いきや、そこでの声は途切れる。
 そのままふらりと倒れ……

 「え、あ、わあっ!!」
 とっさに支えるマグナ。
 は何事かつぶやいた後、マグナにくたりともたれて目を閉じた。
 そのまますぐに静かな寝息を立て始める。

 「……寝ちゃったよ……」
 「……ってことは……」
 奇妙な沈黙がしばし流れた。
 「……マグナにお願いするってことで、いいですよね? 皆さん」
 ぽんとマグナの肩に手を置き、笑顔で告げるアメル。
 彼女に逆らえる勇者は、この場にいなかった。







 「よっ……と」
 どうにか部屋までたどり着くと、をベッドに横たえてやる。
 とさり、とベッドに沈む身体。

 「……マグナ?」
 それで目が覚めたのだろうか。
 赤く火照った顔、潤んだ瞳で見上げてくるはまたいつもとは違って。
 どきん、と心臓が高鳴る。

 「え、ええと……」
 いろいろな感情が入り交じって、何をしたらいいかわからなくて。
 それでもやっとの事で、マグナは一つの回答を見つけだした。
 「の、のど乾かないか? 俺、水持ってくるから……」
 落ち着く時間がほしいのもあって、マグナはその場を離れようとした。
 だが、上着をに掴まれてそれはできなかった。

 「……やだ」
 彼女にしてはいやに弱々しい声。
 「……いっちゃ、やだ……」
 すがるような目は、親とはぐれた子どものようで。
 さすがに振り切ることはできず、マグナはその場に座り込んだ。

 がふらつきながらも身を起こす。
 そのままマグナにしがみつくと、顔をマグナの胸に埋めた。
 「なっ……!?」
 突然のことと、伝わってくる熱にマグナの鼓動はさらに速くなる。
 どうしようと思うが、とっさにの背に回してしまった手は貼りついたように動かない。

 「ごめん、今だけ……今だけだから……」
 かすれた声でが言う。
 「このままで、いさせて……」
 ぎゅっと、しがみつく手に力がこもる。
 泣いているようにも怯えているようにも見えて、マグナはそっとの頭をなでた。

 考えてみれば、がこうやって甘えてきたのは初めてのような気がする。
 いつも元気で、マグナ達を引っ張ったり振り回したりすることもあって。
 彼女だって悩みや不安と無縁ではないことを忘れそうになる。

 「あったかくて……気持ちいーや……」
 どこかぼんやりした声が、かろうじて聞こえた。
 「こうしてると、なんか安心、す……」

 寄りかかる身体が、ふっと重くなった。
 の手が、力を失って落ちる。
 呼吸が寝息のそれに変わったのを確認して、マグナはをもう一度ベッドに横たえた。
 それからの手を握る。
 熱いその手が、今はひどく儚いもののように感じる。

 「……大丈夫だよ」
 何に怯えているのかはわからないけど。
 自分に何ができるのかはわからないけど。
 「俺が、守るから」
 剣を取ったり、杖を握ったりするだけじゃなくて。
 を苦しめるすべてのものから、彼女の心を守ってみせる。
 彼女が、マグナ達にそうしてくれたように。

 「……おやすみ、
 せめて今夜は、幸せな夢を見られますように。







 翌日、二日酔いのの面倒を誰が見るかでもめるのだが、それはまた別の戦い。



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10万ヒット企画、六花様のリクエストです。
……はたしてこれは甘いのか?(聞くな) 一部微妙に黒いし(汗)
酔っぱらった主人公に何させようか迷いましたが、結局こういう形に。
六花様、こんなのでよろしければどうぞ。


2003.5.20  天音