KISS PANIC!


 ばたんっ! と大きな音を立てて扉が開いた。
 「ん?」
 部屋にいたネスティとイオス、そしてミモザが怪訝そうに振り向くと。
 息を切らせたマグナとリューグが、ぶかぶかの服を着た幼女を抱えてテーブルの下へ飛び込むところだった。

 三人はなんともいえない表情を浮かべた。
 そしてネスティが、テーブルの下を覗き込む。
 「マグナ? 何をして……」
 「頼む、俺達はここにはいない。そういうことにしてくれっ!!」
 切羽詰ったような返事を返して、マグナ達は石のように沈黙した。
 「なんなんだ、いった……」

 再びばたんっ、と扉が開いた。
 今度は黒いオーラを伴って。
 「さん、ここに来ませんでした?」
 「隠すといいことありませんよ……」
 鬼のような形相で尋ねるアメルとロッカ。
 いいことどころか、その場で全員抹殺しかねないような雰囲気である。

 「い、いや……」
 「僕達は見てないが……」
 嘘は言っていない。
 彼らが見たのはマグナとリューグ、そして幼女だ。
 この場合、アメル達の質問も悪かったと言える。ではなく、マグナとリューグが来なかったかと聞けば状況は変わっていただろう。

 「そうですか」
 そうとも気づかず、あっさり納得する二人。
 そのまま踵を返すと、他の部屋へと出て行った。

 ドアが閉まる音が、静まり返った部屋に響くと。
 「……ありがとう」
 「助かった……」
 もぞもぞと、テーブルの下からマグナ達が疲れきった表情で這い出てきた。
 幼女にいたっては、あからさまにほっとしている。

 「ところで、その子は?」
 ミモザが幼女を見て尋ねる。
 「あー、実は……」





 「なるほどねぇ……」
 「あの変態、またろくでもないことを……」
 事情を知ったミモザ達は、幼女…小さくなったを見下ろしながらつぶやいた。
 言われてみれば、確かに面影はある。

 「いっそ、全員にキスしちゃえば? 自分は違うってわかれば諦めるんじゃない?」
 「できませんよ!!」
 ミモザの提案に、は即効で否定を返した。
 残りの面々……つまり男性陣は、難しい表情でうんうんうなずいている。

 「それ以前に、それで納得するとも思えんな」
 「本命がわかったら血の雨が降るぞ……」
 「やりかねないな、あの三人なら……」
 自分が本命だと本気で信じているだけに、ありうる話だ。

 「こんなところにいましたか」
 嬉々としてドアを開け、現れたのは要注意人物その三…もといレイム。
 はたから見れば幼女に迫るロリコンなのだが、事実はそんな甘いものではない。
 まして、今のには抵抗手段がないのだ。

 「さん、照れることはありませんよ。さあ!」
 そう言いつつ、電光石火でに近づいて…
 「失せろ変態!」
 「ヘキサボルテージ!!」
 イオスとネスティの攻撃を食らって吹っ飛んだ。

 が、すぐに起き上がる。
 「な、なんのこれしき……」
 「ひっ……」
 が後ずさる。
 頭から血をだくだく流しつつ、ゆっくり迫ってくる様ははっきり言って怖い。


 がすっ、どす!!


 鈍い音の後、再びレイムはばったり倒れた。
 その後ろには、槍を構えたロッカとメイスを持ったアメルがいる。
 「何やってるんですか変態悪魔」
 「さんの唇を奪うなんて百万年早いです」

 それを横目で見つつ、マグナはにそっと耳打ちした。
 「……今のうちに逃げるぞ」
 「うん」
 レイムはアメル達に任せても問題ないだろう。
 なんとか安全な所に移動して、を元に戻す方策を考えなければ。

 「ネスティ、イオス。あんた達も手伝ってあげれば?」
 思いついたように告げられたミモザの言葉に、驚いたのは言われた当人達。
 「なっ、先輩!?」
 「どうして僕達が……」

 「屋敷壊されたらたまんないから、よそへ誘導してちょうだい。でないと、あんた達がちゃん好きだってあの二人にばらすわよ?」
 あの二人=アメルとロッカにが好きとばらされるということは、二人の抹殺リストに名前が挙がるということである。
 彼女達を敵に回すほど、彼らも無謀ではなく。
 「……はい」
 首を縦に振るしか道はなかった。

 「行かせはしません! というわけで先手必勝!!」
 レイムの声が響いたかと思うと、一瞬黒い火花が部屋を満たした。
 「うくっ!?」
 それがパラ・ダリオだと気づいた時には、レイム以外の全員がまともに召喚術を受けた。
 次々に、ばたばたと倒れていく。

 「ふふふふふ、これで邪魔者は動けません! さあ、いきますよさん!!」
 やはり倒れているににじり寄るレイム。
 このままは、変態の毒牙にかかってしまうのか!?


 どごっ、ざす!!


 期待の救世主……と言うべきかどうか。
 レイムの脳天に一撃を加えた者達……アメルとロッカは、何事もなさそうに悠然と立っていた。
 「ふっ、この程度であたしの動きを封じようとはなめられたものですね!」
 「宇宙からの石版、装備しておいて正解でしたね」
 ロッカはともかく、アメルには全然通じていなかったようである。
 恐るべし、豊穣の天使。

 そして、二人はレイムに襲いかかる。
 部屋に響き渡るすさまじい音。
 ……あまりに恐ろしい光景なので、詳細は省く。

 「ふう、後はさんを……」
 「ちょ、ちょっと……やめてくださいぃ〜〜〜〜っ!!」
 悲鳴に振り向けば、に今にも迫ろうとしているレイムの姿が。
 驚いて確認してみると、アメル達の足元にはズタボロのキュラーが転がっていた。
 「なっ……いつの間に!?」
 そうしている間にも、レイムの顔はの唇まであと数センチまで近づき…

 「ち・か・づ・く・な・変態!!」
 ばきっ、どかっとレイムをぶん殴り、から引き離そうとするマグナとリューグ。
 どうにかマヒから復活したらしい。

 「少なくとも貴様に彼女の唇はやれるか!!」
 「を放せ!!」
 やはりマヒから回復したイオスとネスティも加わり、事態は大岡裁きもどきと化す。
 もちろん、引っ張られているのはだ。
 「ちょっ……みんな、痛いっ……!」
 しかし、大岡裁きと違って放してくれる者はいない。

 「ん〜〜〜〜〜っ……」
 妨害にもめげず、身を乗り出すようにしてレイムが唇を突き出せば、
 「や・め・ろ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 マグナなりリューグなりがその妨害にかかり、
 「さあさん、今元に……」
 「だからやめろっ!!」
 「嫌がっているだろうっ!?」
 その間にロッカやアメルがキスしようとすれば、イオスやネスティがどうにか止めようとし。
 そんなことが延々と続いて……

 「貴様などに奪われるくらいなら!」
 「あっ、何してやがるテメエ!!」
 「そんなことしてる場合じゃ……って、どさくさに紛れて何やってる!!」
 「痛っ!? 今本気で叩いたな、ネス!?」
 「うふふふふふふふ、いい度胸ですねゴキブリども……」

 ……彼らの脳裏から本来の目的がすっ飛ぶのに、さほど時間はかからなかった。
 いつの間にかイオスやマグナまでキス争奪戦に加わっていて。
 ネスティやリューグも一見すると真面目に止めているようだが、その表情には嫉妬が混ざっていたりする。

 の方は引っ張られ続けて、すでに限界に達していた。
 もはや顔は真っ赤を通り越して、真っ青になりつつある。
 さすがに見かねたミモザが、強引にでも止めようとサモナイト石を取り出した時。


 ぽむ。


 突然煙が上がった。
 引っ張られていた身体は、急激にその大きさを増す。
 「……え?」
 全員の時が止まった。
 その視線の中心には呆然と立つ。元の18歳の姿だ。
 「元に……戻った?」

 どういうことだと言いたげな視線が、今度はレイムに向く。
 レイムはしばし考え……ポン、と手を打った。
 「薬が不完全だったようですね……帰って改良せねば。そして今度こそ……!」
 「何が今度こそですか」
 「無事帰れると思ってるんですか?」
 いつもの数倍増しの暗黒オーラを発揮しながら、アメルとロッカがレイムににじり寄る。

 だが、一番怒っていたのは豊穣の天使でも静かなる勇者でもなく。
 「……あ・ん・た・た・ち?」
 再び時が凍りつく。
 声の主……にっこり笑顔のは、しかしアメル達以上に空恐ろしい雰囲気をまとっていた。
 「いきなり変な薬で子どもにされて、キス迫られて追い回されるわマヒさせられるわ引っ張られるわ、挙句の果てに『薬は不完全でした』……?」
 絶対零度の声。
 アメルやレイムですら、蛇に睨まれた蛙のごとく動かない。

 「……、さん?」
 「あ、あの……落ち着いて……」
 「問答……」
 サモナイト石を構えつつ、はゆっくりと言葉を紡ぐ。
 マグナ達やミモザ…要するにアメル、ロッカ、レイム以外…はすでに部屋の外へと逃げ出していた。伊達に逃げ慣れてはいない。

 「無用――――っ!!」
 の叫びと共に、召喚術の嵐が部屋を襲った。





 後に、冒険者F氏(25)はこう語る。
 「いやあ、驚いたぜ。帰ってきたら、アメルやロッカが倒れている中で、がものすごい顔して立ってるんだからな。レイム? そういやいたな。ボロボロのくせにやけに嬉しそうな顔だったけどな。マグナやリューグは『を怒らせるようなことは絶対するな』って口そろえて言うし……確かに、キレたアメルよりおっかなかったけどな」





 ちなみに。
 「レイム様……この際ニンゲンでもいいから、治癒してくれぇ……」
 ガレアノは玄関の隅で忘れ去られていた。



終われ。


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10万ヒット企画、夜月 ゆか様のリクエストです。
…わかる人にだけわかるネタで始まり、結局相手なしで締め。
別に幼児化である必要なかったですが、これで続編は書いてみたいかも?
リクエストとは何か違ってしまった気もしますが、まあ「前途〜」だからってことで(おい)
夜月様、こんなものでよろしければどうぞ。


2003.11.19  天音