おいでませ平行世界? [8]


 そして、その日はやってきた。

 「あら、いらっしゃ〜い♪」
 やや緊張気味でやってきたに対し、彼女――メイメイはいつものように出迎えた。
 「準備はできているけど……また、ずいぶんと大勢で来たわねえ」
 「はあ……みんなついてきちゃって……」

 の後ろには、マグナやアメルを始めとした面々が勢ぞろいしている。
 彼らもやはり、術の結果や仲間である少女の安否が気になるのだろう。

 「そうね、ちょうどいいし……やり方を簡単に説明するわね」
 「え?」
 「この術にはね、媒介する人がいるのよ。つまり、あなた達の中での帰りを強く望んでいる人……」
 「それならあたしが!!」
 「いや、僕が」
 身を乗り出して立候補するアメルとロッカ。
 ちなみにマグナは出遅れたせいもあって、右手が所在なさそうに小さく上げられている。

 「こら、最後まで聞きなさいって。この子の世界にもその人が必要なのよ。この子の帰りを強く望んでいる、同じ存在がね」
 に視線を向けながらメイメイが言う。
 そしてゆっくりと全員に視線を滑らせ、マグナの前で止まった。
 「例えばマグナ、あなたがいくらあの子の帰りを望んでいても、この子の世界のあなたが彼女の帰りを同じくらい望んでいないと術は成立しない。……それでもやる?」

 はメイメイの「帰れる保障はない」という言葉の意味を、やっと理解した。
 それぞれの世界で同じ人物が、自分とが帰ってくるよう強く思わなければならないのだ。
 こちらのマグナやアメルがの帰りを望んでいるのは間違いない。だが、向こう側のマグナ達が同じくらい自分の帰りを望んでいるかといえば……わからない。ものが目に見えて量れるわけではない分、ほとんど賭けだ。
 だが、今のところ他に方法はない。
 ここで諦めてしまえば、他の手段が見つかるまでアメルの暴走や変態の襲撃が日常茶飯事の世界で暮らすことになってしまう。

 「……やります」
 ははっきりと、メイメイに告げた。





 「手順は覚えたわね?」
 「……はい」

 メイメイにうなずきつつ、はもう一度頭の中で術の手順を確認する。
 まず、マグナ達に協力してもらって向こうの世界への道を作ってもらう。
 ただし、このままでは不完全なので通ることはできない。そこで、向こう側のマグナ達に呼びかける必要がある。
 彼らのうち条件を満たした誰かの協力を得てはじめて、帰り道を作ることができる。
 それができれば、あとはがそこをくぐるだけだ。

 「それじゃ、みんな……お願い」
 「うん」
 「わかりました」
 「よし、それじゃ始めるわよ」
 メイメイの呪文が朗々と響く。
 全員の思いは仲間である少女の帰還、ただひとつ。

 「……王命に於いて、疾く、為したまえ!」
 呪文が終わると同時にぱきん、と音がした。
 の目の前の空気が揺らぐ。

 「さあ、今のうちに呼びかけて! あまり長く持たないから」
 はうなずくと、おそらく元の世界につながっているであろう空間に向かって声を張り上げた。
 「誰か、聞こえる!? 聞こえたら返事して!!」







 その頃。
 「……で、どうするんだよ結局?」
 もう一方の世界、ギブソン・ミモザ邸の応接室では、屋敷にいる者全員が困った表情を浮かべていた。
 「書庫には手がかりになりそうなものはなかったし」
 「その……ぱられるわーるど? そこから帰る方法は知らないの?」
 「悪い、俺達もそこまでは……」

 何の手がかりもないまま、二日目突入である。
 のことも心配だし、の事情も考えれば何とかしてやりたいところだが……方法がわからなければどうしようもない。

 「……派閥の資料、あたってこようか?」
 ため息をつきながらマグナ。
 「うーん、そうだなあ……」
 もちろん、手がかりが見つかる可能性は低い。異世界は異世界でも、平行世界は召喚術で開かれる世界と違う。まだ「名もなき世界」からの召喚方法を探す方が簡単だろう。
 だが、他に心当たりはない。
 「うん、それじゃ……」

 『……か、……こえ……たら……じし……』

 数人が、怪訝な表情を浮かべた。
 「今、何か聞こえなかった?」
 「……やっぱり?」
 「そうか? 俺は別に……」

 『……え、マグナ、トリス、ネス、アメル、それから……ああもうとにかく、誰か聞こえてるなら返事して大至急!!』
 全員の時が止まった。
 数日ぶりに聞く声。忘れようがない。
 「!?」
 「どこにいるの!?」

 『あ、よかった、通じた……今どこら辺に誰がいるの?』
 「先輩の屋敷にみんないるよ。それより、どこにいるんだよ?」
 問いつつマグナが辺りを見回すが、それらしい人影が見当たらない。

 『時間がないから簡単に言うよ。今メイメイさんに頼んで帰り道を作っているところなの。何とか声ぐらいは飛ばせるみたいなんだけど……このままじゃまだ通れないのよ。そっちから穴を開けてもらわないと』
 「穴を開けるって……どうやって?」
 『私が帰れるよう強く願って! それだけでいいから!』
 切羽詰った声の割には簡単な内容だ。
 疑問はあるが、がそう言っているのならやるしかない。

 「……わかった」
 「それだけでいいのね?」
 『うん。それと、って子はそっちにいる?』
 突然自分の名を呼ばれて、はえ、と小さく声を漏らした。
 「うん、今あたし達といっしょにいるわ!」
 『道ができたら、その子にそこを通れば帰れるって言っておいて。……任せたよ』
 それきり、の声はしなくなった。

 「あたし、帰れるの……?」
 が呆然とつぶやく。
 「の言うとおりならね。とにかく、早く道を作らないと!」
 マグナの言葉に、を除く全員がうなずいた。

 (…………)
 脳裏に描くのは声の主である少女。
 いつも元気で、時々突飛な行動もするけれど、本当は人一倍傷ついていて。
 いつの間にか、大きな存在となっていた彼女。

 帰ってきてほしい。
 すぐにでも。会いたい。

 「…………!?」
 瞬間、世界が光に包まれた。







 「開いた!!」
 光が収まると、の目の前に大きな穴があった。
 これで、帰れる。

 「、それじゃ……」
 はマグナにひとつうなずく。
 最初から最後まで、彼には世話になった。
 「ありがとう、短い間だったけどここやみんなのことは忘れないよ」

 大変な目にも遭った。
 元の世界とのギャップにも悩んだ。
 それでもこの世界のマグナ達は、元の世界のマグナ達とは違った意味で仲間だった。

 帰ろうと、道に向き直ったとき。
 「お待ちなさい!」
 がこっと音がして、レイムが現れた。
 ……なぜかメイメイの店の引き出しから。

 「出たぁぁぁぁっ!? っていうか、どっから出てきたのよ!?」
 「ふっ、私に不可能はありません!」
 「不可能すぎでしょうがぁっ!」
 どう見たって引き出しは、赤ん坊が入るのかすら怪しいサイズだ。

 「細かいことはさておいて」
 「細かくない細かくない」
 マグナがつっこむが、レイムは無視している。

 「さん、本当に戻ってもいいんですか? 戻っても大変なだけでしょうに」
 「いや、ここだって充分に大変……」
 のつっこみもやはり無視である。

 「私の元にくれば、給料月1000万バーム、交通費補助、三食昼寝おやつ付き、その他諸々豪華特典もつけます!! いかがです?」
 「あ、でしたら私が」
 「パッフェルさん?」
 手を上げたパッフェルに、アメルが笑顔を向ける。
 だが当然、目は笑っていない。
 「あははは……冗談ですよ、冗談」
 でも声が残念そうだったりする。

 「だいたい、給料って何? そういうからには仕事があるんでしょ?」
 「もちろん、私の側近です!」
 「やらんわっ!!」
 「お気に召さないようでしたら、私の愛人でも。パパと呼んでいいですよ♪」
 「誰が呼ぶかっっ!!」
 叫んでから、はぜーはーと荒い息をついた。
 ……疲れる。

 「さっきから黙って聞いてれば、何勝手なこと言ってるんですか。部下は間に合っているでしょう」
 一歩前に踏み出すアメル。当然その手にはモーニングスター。
 対するレイムは、無意味に胸をそらしている。
 「ふふふ、わかっていませんね……悪魔王たるもの、はべらすならむさくて陰気な男より愛らしい美少女でしょう!!」
 「ああ、なるほど」
 「納得するなっ!!」
 例によってフォルテがケイナにどつかれているが、誰も気にしていない。

 「そんなことは許しません」
 アメルがさらに一歩踏み出す。
 「さんは、あたしのお姉さまにこそふさわしいんです!!」
 「だから、なんでそうなるのっ!?」
 が叫ぶが、二人とも聞いちゃいない。
 互いにじりじりと距離を詰め……

 「今日という今日は、生まれてきたことを後悔させてあげます!!」
 「それはこちらのセリフです!!」
 ぶつかり合うアメルとレイム。
 速すぎて、もはや視認不可能だ。

 「……えーと。あの二人はほっといてもいいんじゃないか?」
 「そ、そうだね……」
 マグナの言葉に引きつり顔でうなずくと、は再び道へと向かって…


 がすっ!!


 「……え゙」
 から数歩先がへこんだ。
 よく見れば壁や床、天井のいたるところが次々とへこんでいく。

 「ちょっと、アメル! やめ……」
 言い終わる前に、今度はの真横が轟音と共に割れる。
 これではうかつに動けない。
 なんとかして、二人の動きさえ止められれば……

 そこで、にやけくそのアイデアが閃いた。
 ……あまりにも陳腐すぎる手だが、案外あのレイムなら有効かもしれない。
 はあらぬ方向を指さし、叫んだ。
 「あっ、がナース服着てベリーダンス踊ってる!!」
 「ぬわんですってぇぇぇっっ!!」
 器用に空中で止まったまま、辺りをきょろきょろ見回すレイム。

 「隙ありっ!!」
 バットのごとく、アメルがモーニングスターを振る。


 がすっ!! どごぉぉぉん!!


 「さんのナース姿ぁぁぁ……」
 メイメイの店の壁を突き破って、変態が飛んでいく。
 「……ホントに引っかかったよ……」
 「ああ……」
 「そうね……」
 急速に小さくなっていくその姿を、達は遠い目で見つめていた。

 「……って、んなことしてる場合じゃなかった!!」
 慌てて道を振り返ると、穴に変化が起こっていた。
 明らかに、先程より小さくなっている。

 「うそっ、もう閉じ始めてる!?」
 「早く、そろそろ限界よ!!」
 急かすメイメイ。
 そうしている間にも、穴は小さくなっていく。
 すでに人間が通れる大きさではなくなりつつあった。

 「間に合えっ……」
 は走りながら、必死に手を伸ばす。
 絶対に帰るのだ。一緒に戦ってきた仲間達の元へ。
 約束を果たすために。

 道はほとんど閉じかかっている。
 それでも、諦めない。
 「……っ!!」
 子猫がやっと通れそうなくらいになった穴に、右腕を突っ込む。

 次の瞬間、強い光が再び辺りを飲み込んだ。





 辺り一面真っ白だった。
 いるのは自分だけ。

 ――いや。
 前方から何か近づいてくる。
 近づくにつれ、それが人間……少女であることはわかった。

 顔がよく見える距離になると、少女と目が合った。
 彼女は満面の笑みを浮かべる。
 そして、そのまますれ違って――





 「……え?」
 気が付くと、ギブソン・ミモザ邸の応接室に立っていた。
 マグナ達も呆然と立ち尽くしていたが、が漏らした声で我に返る。

 「……? 本当になんだな!?」
 「よかった、戻ってこれたのね!」
 わっと集まってくるマグナ達。
 その中にアメルの姿を認めたは、思わず口を開いていた。

 「……アメル、変態は?」
 「? 何の話ですか、?」
 首を傾げるアメルに、は思わず抱きついた。
 「よ……よかったぁぁっ、普通のアメルだよぉぉっ!! ちゃんと帰ってこれたんだーーーーっ!!」
 「えっ、え?」
 わあわあ泣くの背中をさすりながら、アメルは困惑顔でマグナ達と顔を見合わせる。

 「一体何があったんでしょう……?」
 「さあ……?」





 そして……

 「あ……」
 はメイメイの店にいた。
 なぜかあちこち割れていたり穴が開いていたりするが。
 ついでに見慣れた仲間たちが全員そろっていたりするが。

 マグナが一歩踏み出す。
 「……よかっ」
 「無事ですかさん!」
 「ケガとかありませんか!? 変なことされたりとかはっ!?」
 みなまで言う前に、マグナはアメルとロッカに突き飛ばされた。
 どごんっ、とやけに重い音がした。

 「あ、あたしは大丈夫だけど……それより今マグナ、どごんって……」
 「おぉーひぃーさぁーしぃーぶぅーりぃーでぇーすぅーー!!」
 の問いを遮って、ドップラー効果を伴った声が飛んでくる。
 その主は……

 「さぁーーん!! 今度こそ生のナース姿をば!!」
 「もう復活したんですか。しつこいですよ変態害虫!!」
 扉を破壊して現れたレイムに、アメルがモーニングスター片手に迎え撃つ。
 ロッカとシオンもそれに加わり、メイメイの店は再び戦場と化した。

 「ええと……大丈夫、マグナ?」
 治癒の召喚術をマグナにかけながら、が問う。
 「うん、なんとか平気」

 とりあえず大丈夫そうになったのを確認すると、は召喚獣を送還して目前の戦いを見た。
 向こうの世界に比べると毎日が騒々しいし、変な人もいて平穏には程遠い。
 なのに、この光景を見て「帰ってきたんだ」と実感する日が来るとは。

 「マグナ」
 「うん、何?」
 「……ただいま」
 マグナはやわらかく微笑んだ。
 「おかえり、







 「なるほどねえ……」
 も含め全員が落ち着いたあと、ようやくそれぞれに何があったのか聞くことができた。
 ただ、向こうの世界がどういう世界だったのかは、は決して語ろうとしなかったが。

 「結局両思いだったってわけ? なんでさっさと告白しないのかしら、ちゃんも向こうのマグナも?」
 なので、話は自然と向こうのマグナとの話題になる。
 「……まあ、それは難しいんじゃないかな。危ないし」
 主にマグナが、の一言をはかろうじて飲み込んだ。
 無論、何が危ないのかわからない他の面々は、一様に疑問符を浮かべていたが。

 「でも、その二人なら大丈夫だと思うよ」
 恋敵は多いかもしれない。
 それでも、のことが好きだと言ったマグナならばきっと負けないだろう。
 彼の力になりたいと思うがそばにいるのならば、なおのこと。
 本人達が気づいていないだけで、絆はあるのだから。

 (だからがんばれ、向こうのマグナ)
 別世界の友に、はそっと声援を送った。







 「……また、レイムさんが来たの?」
 「うん……」
 破壊されまくった屋敷の室内を呆然と見ながらのの問いに、マグナは力なくうなずいた。
 この様子では、修繕代を稼ぐためまた数日間バイトの日々だろう。
 メイメイの店に関しては、店主本人が「ああ、大丈夫よぉ。今度お礼も兼ねていいお酒持ってきてくれればねぇ」の一言で済ませてくれたのがせめてもの救いだが。

 「仕方ないなあ、また明日からパッフェルさんとこ行かないと」
 「そうだな。……なあ、
 「なあに?」
 「向こうの世界にいた方が……よかったんじゃないか?」
 の反応やの話からして、もう一つの世界は比較的平和そうな感じだ。アメルも暴れたりしないし、レイムが毎日のようにやってくることもない。
 会えなくなるのはつらいが、いっそそういう所にいた方がにとっていいことなのかもしれない。

 しかし、は首を横に振った。
 「……ううん、向こうのマグナ達にはあたしは必要ないもの」
 あそこは確かに温かくて幸せな空間だったけど、本来いるべきところじゃない気はずっとしていた。
 いくら同じ顔でも、の知るマグナ達とは別人。歩んできた時間も、思っていることも違う。
 そこにいた少女のポジションに自分がおさまったところで、務まるわけがない。
 向こうの世界のマグナが、こちらのマグナの代わりにならなかったのと同じように。

 「あたしにとってのマグナ達は、この世界にいるマグナ達だよ」
 「……そうか」
 の答えに、マグナはほっと胸をなでおろした。
 理由はどうあれ、彼女はこの世界の自分達を選んでくれた。それが嬉しかった。







 ……余談だが。

 「できました!」
 己の屋敷の地下で歓声を上げるレイム。
 変な薬やら呪法陣やらに囲まれて彼が何をやっているかといえば……これまたとんでもないことだったりした。

 「ふふふふふふふふ、これで理論上はさんの世界につながるはずです」
 「レイム様、もういいかげん諦めた方が……」
 疲れたようにキュラー。
 言っても無駄なことは本人もわかっているのだが……

 「何を言っているのです! 愛らしい部下ゲットのため、諦めるわけにはいかないのです!!」
 「……だからといってずっと爆発ばかり起こされては、この屋敷も持たないと思うのですが……」
 実験と称した謎の術で、爆発が起こること十数回。
 もちろん無理矢理助手にされたガレアノとキュラーも巻き込まれて、全身黒こげになっている。

 「キュラー。失敗は成功の元という言葉を知らないのですか?」
 「……限度っていうものがありますよ」

 レイムの野望(?)が叶うかどうかは、彼の今後の努力にかかっている……かもしれない。


End?


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やっと完結です。……長かった。
他にもエピソードはあったんですが、際限なくなってしまうので最低限に済ませました。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
ネタができたらまた書く可能性はある……かも?

2004.9.26