番外寸劇シンデレラ風味
番外寸劇シンデレラ風味


 昔々、あるところにというかわいそうな女の子がいました。
 どうかわいそうかというと、二人の義姉に毎日いじめられている……のではなく。

 「何言ってるんですか、この腹黒天使」
 「そっちこそ、この変態悪魔」
 義姉達の仲がすこぶる悪く、しょっちゅうケンカに巻き込まれ、後始末までする羽目になるからです。

 「さんは私と愛の手料理を食べるんです」
 「違いますよ、あたしとお風呂に入るんです」
 ……しかも、どちらも超がつくほどの義妹マニアでした。

 はこの時ばかりは何もできません。
 一度両方とも実行してあげようとしたら、今度はどちらが先か後かでもめてしまい、結局泥沼になったことは記憶に新しいのです。

 「今日という今日は決着を付けます!」
 「望むところです!」
 「……お願いだから、壁壊したり近所にクレーター作ったりしないでよ」
 としては、それだけ言うのが精一杯です。
 そして今日も、義姉達の戦いによる轟音が近所迷惑をもたらし、痛み分けになるであろう義姉達のためには薬を用意するのでした。







 そんなある日のこと。
 「舞踏会?」
 「ええ、王子の花嫁選びのためだそうですよ」
 着飾りながら、義姉その1ことアメルが言います。
 その横では、義姉その2のレイムも準備しています。
 ドレス姿でも違和感ないから不思議です。

 「舞踏会かぁ……行ってみたいな」
 だって年頃の乙女です。
 きれいなドレスや、王子様に憧れを持つものです。

 ですが、義姉達はそれを許しません。
 「いけません! 私だってさんの愛らしいドレス姿をじっくり鑑賞し、ついでに結婚もしたいくらいですが……余計な邪魔者を増やしたりしたら面倒です! せめて私が王子を骨抜きにしてこの国を手に入れるまで待っていて下さい!!」
 「そうですよ! あたしもさんに素敵なドレスを着せて、目一杯愛でてあげたいですが……さんのそばにあたし以外の人がいるなんて耐えられません! あたしがこの国を乗っ取ったら、お城に住まわせてドレスでもなんでも用意してあげますから!!」

 何もいりませんからその思考回路をどうにかしてくださいお義姉様方。

 しかし、この義姉達の「都合のいいことしか聞こえません仕様」な耳にはそんなこと言っても無駄です。
 (本人は)幸せな未来予想図を描きながら、義姉達は意気揚々とお城へと出かけていきました。

 「はぁ……」
 義姉達を見送ると、は安心したようにため息をつきました。
 やはり毎日あんな戦いを見ていたら、平穏な時間が欲しいもの。
 そして。

 「王子様か……」
 思考はまだ見ぬ王子に向かいます。
 「きっと素敵な人なんだろうな……」
 義姉さん達よりは、と心でしっかり付け加えます。
 なにせあの義姉達に囲まれて暮らしているのです。
 せめて普通の人と普通の恋愛をして、普通の結婚をして普通の家庭を築きたいと思うのも無理からぬことでしょう。

 「そんなあなたのお願い、叶えてさしあげましょう!」
 「きゃあっ!?」
 突然後ろから声をかけられ、は驚いて飛び退きました。
 いつの間にいたのか、すぐ側に黒いローブを着た女性がいます。

 「あの……誰ですかあなた?」
 「アルバイトの魔女です」
 魔女ってアルバイトでなれるものなのか、という疑問が生じなくもないのですが。
 きりないのでとっとといきましょう。

 「そのアルバイトの魔女さんが何の用です?」
 「言ったじゃないですか、お願い叶えてさしあげますって。今日中に100人のお願いを叶えないとお給料なしなんですよ。というわけで、ドレスや足も用意しますからお城に行って来てください私の幸せのために」
 「あなたのためですかぁ!?」
 「ではいきます」

 のツッコミも無視して、魔女は呪文を唱え始めました。
 色とりどりの石をのまわりにばらまき、それに杖を向けます。
 ぽむ、とやけにかわいらしい音と光と煙。それらがすっかり消えた後には。

 「ドレスと馬車はいいんだけど……なんで馬のところにポワソとタケシー……?」
 「しょうがないじゃないですか、私まだランクCしか呼べないんですから!」
 これでもちゃんと走りますよ、という魔女を見ながらはまあいいか、と思いました。
 義姉達の行動に比べたらかわいいものです。
 それにドレスも気に入りましたし、堂々と舞踏会にも行けます。

 「お気に召していただけたようですね。では、これにサインを」
 魔女が差し出した紙には、ずらりと様々な名前が記されていました。
 は一番最後に自分の名前を付け加えます。
 「ありがとうございますっ! これであと10人……」
 魔女は嬉しそうに涙を流しました。

 「ありがとうございました。それじゃ、行ってきます」
 そんな魔女にお礼を言うと、は馬車に乗り込みました。
 「いえこちらこそ、いってらっしゃいませ。……あ、魔法は12時になったら解けちゃいますから!」
 そして馬車はごとごとと、お城に向かって走り出しました。






 さて、その舞踏会。
 主役であるマグナ王子は、かなり憂鬱でした。

 「なあネス……どうしてもこの中からか?」
 「当たり前だろうマグ……いや、王子。この国の後継者が、妻どころか婚約者もなしでは……」
 「けどさあ、ああいうのばっかりじゃ嫌にもなるだろ?」
 王子が指さす先には、火花を散らし合う栗色の髪の少女と銀髪の女性(?)。
 二人ともそれなりに美しいのですが、鋭い視線とまとう殺気がそれを台無しにしています。
 警護の兵士ですら、びびって近づきません。

 「結局、みんな俺なんてどうだっていいんだ。ほしいのは国や財産……」
 「王子……」
 側近のネスティが、悲しげな目で王子を見ます。
 「マグナ」ではなく「王子」としてしか扱われないことを、よく知っていたからです。

 その時、人々の間からどよめきが起こりました。
 彼らの視線は、入り口から入ってくる少女に注がれています。
 「? どうしたんだろう?」
 さすがに王子も気になって、その少女を近くで見ようと近づきます。

 一方その少女……言うまでもなくですが。
 「あ、あれ? なんかみんな見てるけど……どっか変だったのかな?」
 周囲の「美しい……」等々のささやきにも気づかず、おろおろしていました。
 (ど、どうしよう……やっぱり来ない方がよかったかな?)
 あまりの恥ずかしさにそう思った、まさにその時。

 「こんばんは。初めて見る顔だね」
 王子が声をかけてきました。
 「あ、こんばんは……」
 は反射的に返事をしながら、ほっと胸をなで下ろしました。
 慣れない場でも、普通に接してくれる人がいるだけで違います。
 ちなみには、目の前にいるのが王子だとは気づいていませんでした。

 「よかったら、俺と……踊ってくれないか?」
 王子はは他の女性達と違うと感じていました。
 今までまわりにいた人々が持つような、下心やどす黒い感情はまったく感じられません。

 はきょとんと王子を見ていましたが、彼には義姉達と一緒では感じられないような安心感がありましたし、何より誘ってもらえたのが嬉しかったので、
 「はい、喜んで」
 にっこり笑顔で応じました。
 王子はその笑顔に、一気に魅了状態になりました。
 見事なまでの一目惚れです。



 「……あら?」
 まだレイムと火花を散らせていたアメルは、ふと会場の変化に気づいてその中心に視線を向けました。
 するとびっくり。見慣れないドレス姿でしたが、そこにいるのはではありませんか。

 「な、どうしてさんが……」
 「しかも一緒にいるのは、王子じゃないですか……!」
 アメルとレイムは、文字通り凍りつきました。
 このままではこの国を手に入れるどころか、を王子にかっさらわれてしまいます。

 「……そうはいきません」
 「さんは私のものです」
 不敵でどこか壊れた笑みを浮かべながら、二人は同時に呪文を唱え始めました。



 そんなことはつゆ知らず、王子と踊っていたですが。
 「……! ごめんっ!!」
 突然王子がを抱き寄せ、横に飛びました。
 それから少し遅れて、シャインセイバーがさっきまで達のいたところに突き刺さりました。

 「なんだっ!?」
 「くせ者かっ!?」
 「王子、こちらへ!!」

 舞踏会は一転、蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。

 「君も早く逃げて!!」
 「でも……あっ!?」
 が気づいたときには、エビルスパイクが雨のように王子目がけて降り注ぐところでした。

 しかし王子は焦らず騒がず、
 「はっ!」
 剣一振りでエビルスパイクをすべて落としてしまいました。
 これでも剣技は勉強より得意だったのです。
 はぽーっと王子に見とれていました。かっこいい姿にときめくのはよくあることです。

 しかし、義姉達は面白いわけありません。
 「ただのお坊ちゃんだと思ったら……なかなかやりますね」
 「うふふふふ……さんにあんな表情させていいのは、このあたしだけです!!」
 もはや誰も近づけないようなオーラをまき散らしながら、二人はさらに強力な呪文を唱え出しました。

 「おわあぁぁぁぁっ!?」
 誰かが悲鳴を上げました。
 無理もありません。天兵とツヴァイレライが、一度に現れたのですから。
 素人目でもとんでもないことぐらいわかります。

 そんなまわりにお構いなしで、王子目がけて召喚術が発動しました。
 ものすごい轟音がし、あたりに煙が立ちこめます。
 誰もが血塗れで転がる王子を想像しました。

 が。
 「ふぅ……大丈夫ですか?」
 「あ、ああ……ありがとう……」
 やや呆然と、王子が言いました。
 二人のまわりには、膜のような淡い光。

 義姉達の仕業だと気づいたが、とっさにスペルバリアを使ったのです。
 ちなみに効果は単体、しかも一回きりですがちゃんとすべて防いでいます。
 恋する乙女は強いのです。

 は義姉達を振り返りました。
 「何やってるのこんなところでまで! あれほど人の迷惑になるようなことはしないでって言ってるのに!!」
 「あ、いやその、これは……」
 「そんなことする義姉さん達なんてもう知らない!大っ嫌い!!」


 ガガ――――ン!!


 ……という音が聞こえそうなくらい、義姉二人はショックで真っ白になりました。
 何やらぶつぶつつぶやきながら、お城の兵士に連行されていきます。

 どうやら一件落着らしいと、その場の全員が安堵のため息をついた時。


 ごぉ――ん、ごぉ――ん……


 12時を告げる鐘の音が鳴り出しました。
 魔女の言葉を思い出し、は慌てて王子から離れます。

 「ごめんなさい、もう帰らないと……ありがとうございましたそれでは!!」
 一息にそう言うと、はダッシュで会場を飛び出しました。
 さっき以上の大恥はごめんです。

 「あっ……待って!!」
 当然ながらそれを追う王子。
 さすがに勉強より剣が得意なだけあって、足はなかなか速いです。
 しかもは、慣れない高いヒールを履いていました。

 「あああっ、走りにくい!!」
 はためらいもせずにガラスの靴を脱ぐと、思い切り投げ捨てました。
 王子が一瞬、それに気を取られて足を止めます。
 その隙を逃さず、は猛スピードで馬車に乗り込んでその場を去っていきました。

 「行っちゃったな……」
 王子はしょんぼりと肩を落としました。
 階段に残るのは、脱ぎ捨てられたガラスの靴……

 「手がかりもないし……どうしよう」
 あれ? ガラスの靴は?
 ……え? 落ちた衝撃で壊れた!?
 どうするんですかこの先!?







 そして一ヶ月後。
 「やっと見つけた……」
 「え!?あ、あなたどうしてここに!?」
 突然家を尋ねてきた王子に、は驚きました。
 しかも王子はなんだか疲れて、服も少しよれたりしています。

 「どこの誰かわからなかったから、国中探したんだ……」
 「僕はやめろって言ったんだが、な」
 側近のネスティが、呆れたように言いました。

 「どうしても君に会いたかったんだ……俺といっしょに来てくれるかい?」
 「ええ、もちろ……」


 『ちょぉぉぉっと待ったぁっっ!!』


 割り込んだ声に、ぎょっとしつつ振り返れば。
 「やっぱり、脱獄してきて正解でしたね!!」
 「いくら王子でも、あたしのさんを渡すわけにはいきません!!」
 服を血塗れにした義姉達が、鬼気迫る表情で出てきました。
 「え、義姉さん達 ?王子って……この人が!?」
 知らされた真実に、はパニック状態です。

 「覚悟なさい!!」
 武器を構えて、義姉達は王子に飛びかかります。
 ですが、それが王子に届くより早く。

 「だからやめてってばパラ・ダリオーーーっ!!」
 の召喚術が義姉達を直撃しました。
 二人とも、体が麻痺してばったり倒れます。

 「さあ、今のうちに逃げましょう!」
 「え、でも城に戻れば……」
 「ダメです。義姉さん達のことだから、お城ごと破壊しかねません!!」
 義姉達の性格をよく知っているからこそのセリフでした。

 王子はとまどったようにと義姉達を見ていましたが、
 「わかった。君がそう言うなら……」
 の手を取って城とは反対方向に走り出しました。
 「あっ、ちょっと待て!城は、国はどうするんだっ!?おいっ!!」
 ネスティも慌てて後を追いました。







 そして。
 街道を歩く、男二人と女一人の旅人達がいました。

 「、大丈夫か?」
 「平気よ、これぐらい。マグナの方が大変なんじゃない?」
 「いや、城じゃこういうことできなかったからね。楽しいぐらいだよ」
 「まったく、王子ともあろうものが犯罪者のごとく逃げ回るような旅など……」
 「ネス、ダメだろ? 『王子』じゃなくて『マグナ』」
 「ああ、わかってるさマグナ! ……はあ……」

 「見つけましたよっ!!」
 「さんを返してください!!」
 茂みから現れるの義姉二人。

 「おっと、追っ手がもう来ちゃった」
 「じゃ、俺達はそういうことで」
 『待ちなさぁぁぁいっっ!!』
 後ろから来るのは恐ろしい形相の二人なのに、当の本人達は笑っています。

 「マグナ、君は……変わったな」
 いっしょに逃げながら、ネスティはぽそりとつぶやきました。
 「そうか?」
 「ああ、城にいたときよりも生き生きとしている」
 「だろうな」

 だって、大切な人がいるから。
 光をくれた人がいるから。
 一緒なら、何も怖くない。

 幸せな恋人達+1の逃亡生活は、もうしばらく続きそうです。




 おしまい。



back

やっちまいました…な童話ネタ、「前途〜」キャストです。
某所のシンデレラネタに触発されて書いてしまいました。あー楽しかった。
意外に好評だった暴走義姉二人。本当に国乗っ取りそうです。
そしてオチは逃避行。二人(+1)に幸あれ(笑)