新春独占
 翌日。

 「君の世界の正月を教えてくれ」
 私の一日自由権を勝ち取ったイオスは、こんなことをのたまったのだった。





 「なるほど。それで、私の所ですか」
 「うん、大将ならお雑煮とか作ってるかなーと思って」

 そんなわけで、私とイオスはシオンの大将の屋台にいる。
 口で説明するよりいいし。

 「そういうことなら、ご希望に添えると思います。どうぞ」
 狭いカウンターに置かれた重箱に、しばし絶句。

 「……大将」
 「はい、何でしょう?」
 「つかぬ事を伺いますが……これ、全部大将一人で?」
 「はい、といっても大したものではありませんが」

 充分大したことあります。

 いくら小さなお重とはいえ、おせちのメジャーどころはしっかり押さえてあるし。
 一品一品の量は少なめな分、品数がいっぱいあるし。
 ……確かおせちって、作るの結構めんどくさいって聞いたことある。

 「ウチの母さんだって、売ってるので済ますやつが多いのに……」
 「おや、そうなのですか?」
 というか、おせち料理を全部作る人って、少なくとも私は聞いたことない。
 誰も食べないからおせちはない、って友達もいたし。

 「……? 何だ、これは?」
 不思議そうにイオスが指さしたのは、昆布巻き。
 あ、イオスはおせち自体初めてだっけ。
 「それは昆布巻きです。具を昆布という海藻で巻いて煮たもので、『喜ぶ』のごろあわせから縁起物として食べられているのですよ」
 さすが大将、私より説明がうまい。

 「おせちはこのように、縁起を担いだお料理が多いのですよ。例えばこの黒豆は、『まめに働く』の意味がこめられています」
 「なるほど」
 うわ、イオスが熱心に聞き入ってる。
 私もある程度は意味知ってるけど、結局好き嫌い優先になってるからなあ。

 「あ、きんとんいただきます」
 説明している大将に軽く許可を取ってから、私はきんとんをお箸でつまんで食べた。
 ……おいしい。甘いんだけど、売ってるやつみたいにしつこい甘さじゃなくて。
 イオスも大将の説明を聞きながら、昆布巻きや海老を食べている。

 「よろしければお雑煮もどうぞ」
 大将が笑顔でお椀を出してくる。
 ああ、久しぶりに出汁のきいたお汁の匂いかぐと安心するな。
 お餅をお箸で引っ張ると、面白いほど伸びる。

 「これも大将が?」
 「はい、この前弟子の分まで作りまして」
 「そうなんですか……ん、どうしたのイオス?」
 ふと気づくと、イオスがまた不思議そうにこっちを見ていた。

 「それは……そのように、伸びるものなのか?」
 「あ、お餅のこと? うん、伸びるよ」
 「そうそう、忘れるところでした。イオスさんは初めてでしょうから、よく噛んで食べてくださいね。喉に詰まらせたら大変ですから」

 「喉に詰まる……そうなのか?」
 「うん」
 わかった、と言うと、イオスはもくもくとお餅を噛み始めた。
 ホント、一生懸命に噛んでる……うわどうしよう、ちょっとかわいいかもしれない。
 「? どうした、僕は何かおかしなことをしたか?」
 「え? あ、ううん、そんなことないけど」
 「そうなのか?」
 マズい、顔に出てたみたい……

 「あとは、これでしょうか」
 言いながら大将が出してきたのは、漆器の盃。
 あ、お屠蘇か。
 「さんは……大丈夫ですか?」
 「あ、すみません。私、お酒はちょっと……」
 「……酒なのか、これは」
 「はい、お屠蘇といいます。無病息災を願って飲むものですよ」

 イオスは少し盃を見つめ、それから一口。
 「……変わった味がするな」
 「はい、薬膳酒ですから」
 「そうなんですか?」
 ウチの父さんたちはただの日本酒を飲んでたから、そういうのがお屠蘇だと思ってた。

 「君の世界では違うのか?」
 「うん、日本酒……じゃなくて、えーと……お米のお酒が一般的みたい」
 リィンバウムだと、日本酒って言い方しないんだよねー。
 こういう時、世界の違いってものを感じる。

 「他には? 何か違いはないのか?」
 「えっと……いきなり言われても、そんなすぐには……」
 お屠蘇だって知らなかったんだもの。
 「まあまあ、急かせてもさんだって思い出しにくいでしょう?」
 大将が助け舟を出してくれた。
 やっぱり大将って、おとなの男の人って感じだ。

 「お屠蘇の代わりといっては何ですが、さんにはこれを」
 私の目の前に置かれたのは……わ、お汁粉だ!
 お茶もついてる。
 「ありがとうございますー! 私、これ好きなんですよ♪」
 「それならよかった、熱いのでお気をつけて」

 私は久々のお汁粉に、思いきり浮かれてて。
 隣のイオスが顔をしかめていることに、その時全く気づいていなかった。







 「イオス……どうしたの?」
 「……おかわり」
 「えっと……さすがに飲みすぎだと思うけど……」

 どういうわけだか、さっきからイオスはお屠蘇を飲みまくっていた。
 ……いったい、今何杯目よ?

 「おかわり」
 って、もう空けたんかいっ!!
 あー、もう見てらんない!!

 「これ以上はダメ!!」
 大将に渡る前に、イオスの手から盃をひったくる。
 「……返せ」
 そう言われても、そんな赤い顔見たら「はいそうですか」と返せるわけないでしょ……

 「明らかに飲みすぎ。というわけで、もうストップ」
 「君には関係ないだろう」
 すでに口調も、寝ぼけてるようなそれになってしまっている。

 「私が嫌だ、だからもう飲まない!」
 強い口調で言ってやると、イオスが不機嫌そうに顔をしかめた。

 「……僕だって、嫌だ」
 「え?」
 「なんで君と、同じ世界じゃ、ないのに……その男と楽し、そうにしゃべって、るんだ……」
 えーと……あれ?
 その男って……大将のこと?

 「君を、元の世界に……帰して、やれないなら……せめて、君の……世界のことを、理解して……」
 そこまで言って。
 イオスの首が、かくんと落ちた。
 そのまま、カウンターの上に崩れ落ちる。

 ……どうすりゃいいのよ、この状態。
 私が困り果てていると、大将がこっちに来てイオスを抱え上げた。
 「もっと楽な体制で、寝かせておきましょうね」
 「あ、はい」
 そっか、酔ってるんだから寝かせた方がいいのか。

 「さん、傍についててくださいね」
 「はい」
 「私は仕込みをしていますので、何かあったら呼んでください」
 「はい」
 はー……なんかどっと疲れた。

 私の気持ちなんてお構いなしというように、イオスは寝息を立てている。
 こうやって黙ってるとかっこいいのに。
 なんで、あんな子供みたいなところがあるんだろう。

 「ん……」
 もごもごとイオスの口が動く。
 まさか吐いたりはしないよね……と不安になった、その時。

 「……」
 やっと聞こえるくらい小さな声が、私を呼ぶ。
 続いて、
 「好き、だ……」



 ……へ?



 脳みそがそれを理解するのに、数秒かかった。

 ええと、それはどういう意味の好き?
 確認したいところだけど、この場合は聞かなかったことにするべきなんだろうか……?

 平和そうに眠りこけるイオスを見つめながら、私は誰にも相談できそうにない問題に困り果てた。




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大将にヤキモチを焼く隊長の図。
そして寝言告白に困るの巻。



2008.1.1