新春独占
「う……やだ、もう勘弁……」
「だめだ。まだまだこれからだろう?」
「そんな、こと……言われても……」
「そんな顔をしても無駄だ。たまには僕を満足させてみろ」
「だっ、て……もう……」
そして、限界が来た。
「無理――――!!」
私は両腕を大きく開きながら、後ろへ反り返った。
その勢いで、どうもペンまで放り投げたような気がする。
「音を上げるのが早いぞ。まだ半分もいってないじゃないか」
呆れたように、ネスがため息をつく。
「休憩くらいさせてよ! 肩凝った、首痛い!」
だって、もう一時間以上も課題やらされてんだよ!?
そこまで集中力が続くわけないでしょ!?
……これが、ネスが私の一日自由権を獲得した結果である。
「自由にしていいのなら、溜まった課題を片付けてもらおうか」
などと言われ、カンヅメが決定。
そして、休憩なしでお勉強やらされて(多分)一時間以上。
……「気が散るだろう」とか言われて時計隠されたから、正確な時間は知らないけど。
「うぅ〜、なんかめちゃくちゃ筋が固いぃ〜」
そのせいで、首なんてもうガチガチに固くなっていた。
ああ、右手がジンジンする……
ネスはやれやれ、といわんばかりにため息をついた。
「わかった、ただし今日中に片付けるんだぞ。困るのは君なんだからな」
「……はぁい」
まあ、わかってはいる。
今、私がこうして召喚術の勉強ができるのはネスのおかげなんだってこと。
本当なら、派閥の召喚師に責められても仕方がないことを、彼はあえてやってくれている。
それでも、やっぱり机に向かって勉強するのは苦手だ。
ネスみたいな優等生タイプは、きっと私みたいな勉強苦手なタイプの気持ちなんてわからないんだろうな……
「……なんか、全然新年って気がしない……」
「そんなものは気の持ちようだろう」
ついこぼした一言は、ネスにあっさり一刀両断された。
鬼っ……新年早々これはないと思うんだけど……
……って、そういえば。
「ネス、今日って一日中私の課題見るつもりなの?」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
かなり不審そうな目を向けられる。
「あ、そういうことじゃなくて。……ラウルさんに挨拶に行かなくていいのかなー、って思って」
血がつながってないとはいえ、お父さんだ。
新年の挨拶くらい、してくればいいのに。
「君の課題を終わらせてから、と思ったんだが……」
言いつつ、視線の先には私の手元。
……つまり、あまり片付いてない課題の山。
要するに、私のせいだ、と。
「……わかりました、がんばって早く片付けますっ。だから、質問とかは許してくれるわよね?」
怒りを感じつつ、でも確かに自分が悪いので、私はそう申し出た。
ノーヒントではさすがにきつい。
「……ああ。理解しないで勘で埋められても困るからな」
なんてむかつくこと、いちいち言うかなこの人は。
けどその顔には、かすかに笑みが浮かんでいた。
だから私も、文句は飲み込んだ。
「終わったぁ〜〜〜……」
どうにか課題を片付け、ネスを送り出した後、私は思い切りへばっていた。
外から聞こえてきた声からすると、マグナとトリスも一緒に出て行ったようだ。
あの三人にとって、ラウル師範は本当のお父さんみたいなものだし。
「お父さん、か……」
今頃どうしているだろう。
身近にいた時は好きとかいうわけではなかったけど、離れて思い出すとなんとなく寂しい。
それに、もう何年も会ってないような気がする。実際はそんなことないのに。
……ああ、だめだ。
思い出したら、母さんの料理食べたくなってきた。
「……やめ、やめっ!」
わざと大声を出して、嫌な考えを頭から追い出した。
叶わないものを望んだって、不毛なだけだ。
少なくとも、今すぐになんて絶対無理。
「……お茶でも飲むかな」
することがなく、とりあえず思いついたことを口にする。
ついでに何かつまめば、少しは気が晴れるかもしれない。
「ん、おいしい」
お茶の熱さと、お菓子の甘味がのどにしみる。
勉強は苦手だけど、やっぱり終わった後のおやつは格別だ。
こっちに来る前は学校帰りに、みんなでたい焼き屋さんによってクリームやチョコ味を……
「って、だから思い出してどうするんだって」
セルフツッコミがちょっとむなしい。
不幸にもというか幸いにというか、他のみんなもなにがしかの用事で出払ってるらしく、ここでお茶飲んでるのは私一人だ。
ネスには「たまには親子水入らずでゆっくりしてきたら」と言ってあるので、しばらくは戻ってこないだろう。
折角の新年、課題の終わってない私なんかに拘束されてない方がいいに決まってる。
「……っていうか、なに正月早々ブルーになってんのよ私」
口に出したら、余計にむなしくなってきた。
なにやってるんだか。
……お父さんとかなんとか考えたから、少しばかりホームシックみたいなものになってるのかもしれない。
「はぁ……」
ため息ひとつ。ついでに、テーブルに突っ伏し状態。
……本当に、何やってるんだろう。
それからどれくらい、こうしていただろうか。
背後で、ドアの開く音がした。
「?」
あ、ネスだ。
「はぁ……まったく、なぜこんなところで寝ているんだ」
寝てないよ。
けど、なんだか起き上がるのも億劫で。
「起きろ、風邪をひくぞ」
ゆすられる感覚が、なぜか逆に心地よくて。
どうか、してるな……
「…………」
ため息とともに、手が離れる。
あ……呆れて行っちゃうか。
ま、いいや……なんか、ホントに眠くなってきたかも……
「……折角師範が、君も一緒に夕飯をどうだと言ってくださったのにな。しかたがない、おいて行くか」
「えっ!?」
ぼそりとつぶやかれた言葉に思わず跳ね起きる。
目の前には、やっと起きたかといわんばかりのネスの顔。
やっ……やられたっ!
「ひどい……」
「あいにくだが、狸寝入りかどうかは見抜ける」
さいですか……
まあ、確かにマグナやトリスあたりはやりそうだけど。
「ほら、早く支度しろ」
「え?」
「だから、師範と夕食を食べに行くんだ」
あ、こっちはホントなのか。
てっきり起こすための嘘かと思ってた。
「でも、私が混ざっちゃっていいの?」
「変な気を回すな、招待したのは師範だ。一度ゆっくり話をしてみたかった、とな」
……まあ、一人でいても沈むだけだし。
今日はお言葉に甘えさせてもらおう。
「……それじゃ、お邪魔させていただきます」
……んで、二時間後。
「どうかな、お味の方は?」
「あ、これもおいしいですけど……あの、二人とも寝かせてきた方がいいのでは……」
視線の先には、ラウル師範の許可をいいことにお酒を飲みまくって見事に潰れたマグナとトリス。
まあ、師範の前で脱ぎださなかっただけマシかもしれない。
「僕が寝かせてきます。ほら、立つんだトリス」
「うぅ〜?」
ネスが肩を貸す格好で、トリスがふらふらと出て行く。
兄弟子も大変だ。
「あの、今日は本当にありがとうございます」
「ふふ、わしも楽しかったよ。ネスに感謝したいくらいじゃ」
「え、ネス……?」
なんでそこで、ネスが出てくるんだろう。
「実はな、あの子がお前さんを呼んで来てもいいかと言ってきたんじゃよ」
「え、ネスが?」
「何か思うところがあったんじゃろうな」
ラウル師範は穏やかに微笑んだ。
……ひょっとしてネス、ホームシックのこと気付いてたんじゃ……
いや、まさかね。
「マグナ達も気に入っておるようじゃしな。さん、これからもわしの子ども達を頼むよ」
「あっ、いえ、こちらこそ! むしろこっちがお世話になりっぱなしですし!」
うわ、どうしよう。深々と頭下げられたら、余計に照れる。
でも、やっぱり師範って「いいお父さん」だなあ……
今はどうなるかわからないけど、もし元の世界に帰ったら父さんと母さんに何かしてあげよう。
私達がそんな風に談笑してる、すぐ近く。
トリスを寝かせて戻ってきたネスが、ドアの影で少し困ったように苦笑いしていたことを――私は知らない。
ホームシックとおとうさん。
……すいません、甘くなくて。
2009.1.3