風邪ひきのクリスマス

 クリスマスが楽しくない一日となるのは、だいたい2パターンに分かれると思う。

 ひとつは、過ごす相手を含め、予定そのものがない場合。
 もうひとつは、なんらかの事情でクリスマスどころじゃない場合。
 そう、ちょうど――



 「ごほっ、げほっ!! ……くしゅん、ふぇっくしゅっ!!」

 ……こんな具合に。








風邪ひきのクリスマス







 「大丈夫ですか、?」
 「うー……あんまり大丈夫じゃない……」
 アメルの問いかけに、私は半ば意識朦朧の状態で答えた。
 あぅー……のど痛い、鼻水つらい……

 昨日からなんかちょっとボーっとするなと思ってたら、今朝しっかり風邪ひいてた。
 あーあ……よりにもよって、今日かぁ……
 楽しみにしてたんだけどな、クリスマスパーティ。

 「プレゼントは机の上に置いてあるから、持ってってよ。私は最後の余ったやつでいいから」
 「え、でも……」
 「もう料理作っちゃったんでしょ? 大将から薬もらったし、寝てればごはん食べれるくらいにはなると思うから気にしないで」
 アメルなりに気を使ってるんだろうけど、さすがに起き上がれる状態じゃないし、かといって私ひとりのために中止とかにしちゃうのもなんか悪い。
 残念だけど、今回ばかりは仕方ない。

 「とにかく、私は寝るから。おやすみ……」
 アメルにこれ以上言わせないために、さっさと目を閉じる。
 「あの、?」
 まだ何かアメルが話しかけてるのが聞こえたけど、薬が効いてきたのか、意識がゆっくり遠ざかっていった。






 「メリークリスマス、さん」
 ふと、そんな声が聞こえた。
 っていうか……なんか、すごく聞きたくない部類の声に聞こえたんだけど……

 「おはようございます。お目覚めですか?」
 ベッドから起き上がると……そこには、なぜかレイムがいた。
 ……いや、百歩譲って、いるのはいいとして。

 「……そのカッコは何の冗談?」
 そう。問題なのは、その服装だった。
 いつものハート柄吟遊詩人スタイルの代わりに、赤に白いファーつきの服。
 頭には同じく、赤の三角帽子。
 要するに、ありきたりな言い方をすればサンタクロースの衣装。
 そしてとどめは、腰から下をすっぽり包んでいる毛糸の袋。

 「クリスマスプレゼントです」
 「……は?」
 言われて見れば、毛糸の袋は一部だけ出っ張っている部分があって、靴下のように見えなくもない。
 だけど、だ。

 「まさかとは思うけど……『プレゼントは私です』なんてベタなネタなんてことは……」
 「何言ってるんですか」
 レイムが真剣な顔で否定するので、一瞬安心した。
 「ネタじゃなくて、本気ですよ」
 ……一瞬だけ。

 「どうぞ、護衛獣兼下僕として使ってくださいご主人様」
 「いらない。帰って」
 冗談だろうが本気だろうが、こいつにイエスなんて言いたくない。

 「そんなっ、つれない!」
 本当に泣きそうな顔で、レイムが腰にしがみつく。
 ……って、何やってる――――!?
 「だあぁっ、抱きつかないでっ!! 離れて――――!!」
 「ああっ、いいですっ!! もっとぶってください女王様――――!!」
 ちょっと、怖っ!! 何かキャラ違う!!



 ごん。



 突然、鈍くて重い音が響いた。
 レイムから力が抜け、その場にばったり崩れ落ちる。

 「無事ですか、さん」
 そこにはにっこり笑顔のアメルが……って、
 「色々言いたいことはあるんだけど……とりあえず、そのハンマーは何?」
 アメルの手には、女の子じゃ到底振り上げられないような大きなハンマーがあった。
 気のせいか、100tとか書いてあるように見えるんだけど。

 「害虫退治用に決まってるじゃないですか」
 「害虫って……」
 「まったく、毎度毎度何ふざけたこと抜かしてるんですか」
 私のつぶやきを無視して、冷たい視線を倒れてるレイムに向ける。
 あれ? アメルもいつもと違う……

 「さんの護衛獣の座は、このあたしのものです!!」
 「ちが――――うっ!!」
 堂々と言ったアメルに、私は思わずつっこんでしまった。
 その瞬間、レイムががばりと起き上がる。
 「そうです、違います! 私のものですよ!!」
 「だからそうじゃなくて!! 私はそんなもの……」

 いらない、と続けようとしたけど言えなかった。
 アメルとレイムの間の空気が、異様に殺気だったものへと変わったからだ。
 例えるなら、睨みあうライオンとトラ。エイリアンとプレデター。ハブとマングース……って、これは違うか。
 いやいや、そうじゃないってば。

 「覚悟なさい変態害虫悪魔!!」
 「それはこちらのセリフです、極悪黒天使!!」
 もはやこっちの存在そっちのけで、戦い始める二人。
 ハンマー、モーニングスター、銃にバズーカ。
 使ってないはずの武器を次々に繰り出し、激闘は続いていく。

 「さあ、出番です!! レヴァティーンさん!!」
 アメルがサモナイト石を掲げて、高らかに叫ぶ。
 ……ちょっと待てぃ!! ここが室内だってこと、忘れてないかあんたら!?

 「ちょっ、アメル!! やめ……」
 て、を言う前に。



 辺りは光に包まれた。







 「わあっ!?」
 「きゃっ!?」
 横からの悲鳴に我に返ると、トリスが呆然と立ち尽くしていた。

 「あ……あれ?」
 「……、大丈夫? うなされてたけど……」
 「あ、うん……」
 トリスに答えてから、私は部屋を見回した。
 うーん、よく覚えてないけど……なんか、いろんな意味で踏み込んじゃいけない世界の夢を見たような……
 ……やめた。思い出さない方がいいような気もするし。

 「ごはん、食べられそう? アメルがおかゆ作ってくれたみたいだけど……」
 「うん」
 「それじゃ、持ってくるから待ってて」
 そのまま、トリスは部屋を出て行った。
 途端、静かになる部屋。

 今頃、盛り上がってるんだろうな……パーティ。
 あーあ、なんでこんな日に風邪ひいちゃったんだろ。

 そりゃ、悪化させたりうつしたりするわけにいかないけど。
 やっぱり、寂しいな……こういう時って。

 かちゃり、とドアが開いた。
 「お待たせー」
 トリスがおかゆの載ったトレーを持って入ってくる。
 「具合、どう?」
 その後ろから、マグナがひょっこり顔を出す。
 いや、マグナだけではなかった。

 「お、結構元気そうじゃない」
 「よかったです〜」
 ぞろぞろと、みんなが入ってくる。

 「え? どしたのみんな? パーティやってたんじゃ……」
 「ちょっと、気になって」
 「おみまい、なの」
 マグナの言葉に、ハサハが付け足すように言った。

 シオンの大将が、自分と私の額に手を当てた。
 「熱は下がったようですが……具合はどうです?」
 「あ、はい。大将の薬、よく効いたみたいです」
 「そうですか。それはよかった」

 「でも、まだ無理はしないほうがいいわ」
 ミモザはそう言うと、みんなに向き直った。
 「さあ、さっさと用事を済ます!! ちゃんはまだ病人なんだから!」
 え? 用事?
 マグナが私の近くへと歩いてくる。
 その腕には、箱がふたつ。

 「これ、プレゼント交換のプレゼント」
 ちょっと大きめの箱を、マグナは私の膝の上に置いた。
 「それから、これは俺達から」
 もうひとつの箱を、その横に並べる。

 「え? マグナ達から、って……」
 「、最近寒そうにしていただろ? だから風邪ひいたんじゃないか、って話になって」
 「それでわざわざ? ……ダメだよ、そんなの悪いって!」
 中身が何にせよ、防寒具なんて安いものじゃないのに。

 「だからこれで暖かくして、風邪ひかないようにしてほしいんだよ」
 なあみんな、とマグナが後ろを振り返る。

 「そうですよ」
 「お前、倒れるまで無理するしな」
 「こういう時くらい、甘えたっていいのよ」

 ああどうしよう。
 嬉しいのに、なんか泣きそうになる。

 「これ……開けてみて、いい?」
 「もちろん」
 リボンを取って、包み紙を取って。
 やがて現れたのは……身体をすっぽりと覆えそうなくらい、大きなストールだった。

 「色とか、適当に選んじゃったけど……どう?」
 「うん、きれいな色。ありがとう」
 広げて、両手に乗せる。
 うわ、意外に軽い。
 「軽くてあったかそうだし……ん?」

 持ち上げたストールから、はらりと何かが落ちる。
 これは……カード?
 二つ折りのそれを拾い上げて、開いてみる。

 「ぷっ」
 中身を見た瞬間、私は思わず吹き出してしまった。
 だって、これって……

 「くっ……あははっ」
 「ど、どうしたの?」
 「何笑ってるんだ?」
 「だって、これじゃ卒業の寄せ書きだって!! あははははっ!!」

 ハガキ二枚くらいの大きさのカードには、みんなのメッセージが名前つきでびっしり書かれていた。
 あるものは大きく、またあるものは隙間を埋めるようにちまちまと書かれているそれは、まさに寄せ書き状態。
 色紙じゃないんだからさあ。

 「あははは……っ、ごほっ、けほっ!!」
 笑ってたら、またせきが出てきた。
 しまった、まだ治ってなかったんだっけ。

 「はーいはいはい、これ以上は身体に障るからここまで!」
 パンパンと手を叩きながら、ミモザ。
 ごめん、とかじゃあね、とか口々に言いながら、マグナ達は部屋から出て行く。
 ぱたんとドアが閉まって、再び部屋は静かになった。

 呼吸をなんとか整えて、もう一回さっきのカードに目を通す。
 『はやくげんきになってあそぼうね  ユエル』
 『これから稽古後は特に気をつけろ。うつされちゃたまんねえ  リューグ』
 『さっさと治せよー  フォルテ』
 『しばらく風邪に効くお食事作ります。食べたいものがあったら言ってくださいね  アメル』
 エトセトラ、エトセトラ。

 変なの。
 風邪のことばっかりのクリスマスカードなのに、まだみんながすぐ側に立ってるような気がする。

 ケーキもツリーも華やかさもないクリスマス。
 なのに、悪くない感じ。

 「幸せ者かもね、私」
 もらったストールを抱きしめて、私は少しだけその温もりを感じていた。







 Merry Christmas.
 聖なる日に、ささやかな祝福を。



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急ごしらえクリスマス夢。
文中の夢が「前途」っぽいのは仕様です(笑)
メッセージは、さすがに全員分考える根性ありませんでした。

2005.12.21