バレンタイン特別戦
バレンタイン特別戦
バレンタインデー。
今日はそういう日らしい。いわく。
もっとも、の国とレナードさんの国とじゃやることはいくらか違っているらしいけど。
の国では、女の子が好きな人やお世話になった人にチョコレートを贈る日だそうだ。
「と、いうわけで」
が袋いっぱいの材料と調理器具を見回しながら言う。
「がんばっておいしいの作るから、期待しててね」
おおっ、と歓声が上がった。
も結構、料理とかうまいからな。
楽しみだな……♪
できれば「好きな人」で欲しいとこだけど。
チョコレートの匂いが台所から漂ってきてから、だいぶ経って。
「おまたせー! できたよ、特製チョコレートケーキ!」
明るい声と共にが応接室に現れた。
手にチョコレートケーキの乗ったトレーを持って。
「ほう、なかなかおいしそうだね」
「うん、すごくいい匂い!」
ギブソン先輩とルウ、早く食べたいとばかりに目を輝かせている。
「あせらないで、ちゃんとみんなの分はあるから」
はニコニコ笑いながら、ケーキのお皿をみんなに配っていく。
「おいしい!」
「いいねぇ、これくらいの甘さなら大歓迎だぜ」
本当においしい。
は「えへへ……」と照れ笑いをしている。
「ごちそうさまでした!」
「さん、ありがとうございます」
やがてみんな食べ終えて、口々にお礼を言った。
お粗末さまでした、とが返す。
「さて、それじゃ片づけを……」
立ち上がったが、ぴたりと固まった。
なにやら嫌な予感がして、の視線を追うと。
「…………」
物欲しそうな顔でレイムさんが、ドアの陰からに視線を送っていた。
ここは先輩の屋敷だぞ、とかいう常識的な意見も彼には通用しない。
どうせ、バレンタインデーの話を聞きつけて自分ももらおうと思ったのだろうが……
バレンタインデーにチョコレートが欲しくて、物陰から無言の催促をする大悪魔。
サプレスの悪魔や天使達が見たら、あまりの姿に嘆くかもしれない。
「何しに来たんですか、変態害虫悪魔」
そう言いつつ、アメルがモーニングスターを振るう。
だけど、レイムさんはガレアノを盾にして防いだ。
……自分の部下だろ、一応……
「甘いです! この『忠実な部下1ことガレアノシールド』の前には、あなたの攻撃など通じません!!」
……ガレアノ、殴られる直前まで嫌がってたように見えたけど。
「誰か、忠実の意味を教えてやれよ……」
疲れたようなつぶやき。多分フォルテだろう。
「ちょっとアメル、ここで暴れないで! レイムさんも……」
「では、私の分のチョコレートはくださるんですか?」
とりなそうとしたに、レイムさんは嬉々として向き直った。
尻尾を振る犬、おねだりをする子どものように目を輝かせている。
「でも、ケーキは今ので全部……」
「では、用意してください!! 私は一日千秋、ここでお待ちしていますから!!」
「……ここは我々の屋敷なんだが……」
ぽつりとギブソン先輩がつぶやくが、誰も聞いていない。
「ど、どうしよう……」
が困った顔で俺達を振り返る。
「やるな。無視しろ」
「でも、放っておいたらそれこそずっとここに居座るわよ?」
「だな……そうなったらアメルやロッカも黙っているわけないだろうし」
俺達が困っていると。
「……要は、さんがチョコレートをくれれば満足するんでしょう?」
任せて、というような笑みをアメルは浮かべた。
そして、を引っ張ってソファーの陰……レイムさんからは見えないところまで移動する。
「これをあげますから渡してきてください」
「え、でも……」
「大丈夫です。ちゃんと食べて、と言うのも忘れないでください」
「う、うん……」
そんな会話が聞こえた後、が立ち上がってレイムさんの所まで歩き出した。
その手には、きれいに包装された箱がある。
「えと、これをあげますから……」
「ああっ、ありがとうございますさん!!」
「ちゃんと、食べてくださいね……」
「ええもちろんですとも!!」
ものすごく嬉しそうにレイムさんは箱を受け取ると、包装をあっという間に破いた。
そして箱を開け、中身をすべて口に入れる。その間3秒。
……しばしの沈黙の後。
「○★▲□♭♯▽◎☆◆〜〜〜〜〜っ!?」
よくわからない悲鳴を上げて、レイムさんは倒れた。
泡を吹いてるけど、顔は幸せそうだ。
「あ、アメル!? 一体何、あれは!?」
「こんなこともあろうかと作っておいたんですよ。役に立ってよかったです」
いや、確かに役に立ったんだろうけど……
何をどうやったら、悪魔が倒れるほどになるんだ!?
「味オンチのネスティさんですら、一撃の威力ですからね」
ああ、それなら確かに強力……って、
「じゃあ、この前ネスが倒れたって大騒ぎになったのアメルの仕業か――――!?」
道理で、何やってもなかなか治らないわけだよ!
そういえばネス、ここ数日アメルの料理に恐る恐る手をつけてたし……
「ネスティさんの犠牲は無駄にしませんよ。そういうわけで、あたしはこの害虫を捨ててきますから」
「僕も行くよ」
アメルとロッカは空恐ろしいまでの笑みで、レイムさんを引きずって出て行く。
後にはなんともいえない空気。
「なんか、メルギトスよりアメルを何とかしたほうが世界のためっぽいのは気のせいか……?」
フォルテのつぶやきに、反応はまったく返ってこなかった。
ただ、全員青ざめてはいた。
追記:帰ってきたアメルは、「やっぱり流砂の谷に埋めて砂でも浴びせておくか、簀巻きにして崖から吊るしておけばよかったかも」とかつぶやいていた。
何をしてきたのか、いまだに真相は闇の中だ。知りたくもないけど。
うちのガレアノ、すっかりレイムの盾にされてます。
聖女様VSレイム、バレンタインでもこんなです。何入れた一体。
そしてネスファンの方ごめんなさい。この聖女様は女帝ですので。
流砂の谷で砂浴びるって痛いだろうな……(遠目)
2004.2.3