聖女様のバレンタイン
聖女様のバレンタイン
「アメルはチョコ用意しないの?」
バレンタインの準備をしながら、がふと気づいたように問いかけた。
「え?」
「せっかくのバレンタインなんだから、何もしないのもつまらないんじゃない?」
「でも、あたしには告白したい男の人なんて……」
意中の人なら目の前にいるのだが。
「そうじゃなくて、おじいさんに感謝の気持ちを込めてとか。誰にあげたっていいんだよ、あたし達も友達同士で作って交換したし」
「そうなんですか?」
なるほど。
好きな男にあげなくてはいけないという決まりではないらしい。
つまり、アメルからにチョコレートを渡してもいいわけだ。
「そうだ! 女の子みんなでチョコ交換しない? あたしもアメルやみんなのチョコ食べてみたいし」
「やりましょう」
即答である。
の希望なら、蹴る理由は無い。
もちろん、『みんな』の部分はアメルの脳内で削除されているが。
「それじゃ、初めての人はチョコクッキーを教えるから」
そんな訳で、バレンタイン当日は女性陣だけのお菓子作り会と相成った。
チョコレートやバターの香りが台所に漂う中、それぞれが材料と格闘する。
「そうそう、その調子で混ぜて。……って、ケイナ! 一気に入れすぎ、それはちょっとずつ混ぜて……」
「あとはこれを、っと……」
「あれ? 生クリームどこ?」
「あーっ! お砂糖きれちゃった!!」
わいわい、がやがや。
多少のトラブルはあったが、和気藹々とした雰囲気で時は流れていった。
「はい、後は焼きあがればおしまい。お疲れ様」
「うまくできるかな?」
少し不安そうなのはミニスとユエル。共に料理自体初めてだ。
「大丈夫、簡単なレシピだし。ここまでうまくできてたもの、おいしくできるよ」
「そうだといいなあ……」
そして、当然のことながら焼けるまでの時間は結構かかるもので。
「さ、焼けるまで後片付けしましょ。チョコレートやバターはかなりしつこいから、洗う前にそこのボロ布で拭いて」
「うん」
調理器具の数が多いので、自然と役割分担ができる。
大まかな汚れをふき取る者、それをさらに水洗いする者。
アメルとは洗い物を拭く役に回っていた。
「なんか、懐かしいなあ」
泡だて器を拭きながら、がつぶやいた。
「前にも、こんなことやったことがあるんですか?」
「うん。ちょうどミニスくらいの時かな……初めて友達とクッキー作って、その時好きだった男の子にあげたの。結局ふられちゃったけど」
「そうなんですか……」
きっとかわいかったんでしょうね、とアメルは当時のを想像する。
ついでに、名も顔も知らぬ相手に呪いの念波を送ることも忘れなかった。
「楽しみだな、アメルのチョコ」
「うふふ、期待してくださいね」
心の中で、アメルはやった! とばかりに拍手していた。
邪魔者……もとい、野郎どもにはできないことだ。
恋敵の顔を思い浮かべながら、密かな優越感を感じずにはいられない。
「あ、いい匂い」
「どれもおいしそうですね」
「冷めたら、みんなで試食会しようね」
「賛成!」
出来上がった菓子は、どれも見栄えは悪くない出来だった。
あとは味がよければ問題なしだ。
「アメルのはどれ?」
「あれですよ。チョコレートと木の実のケーキ。さん、好きでしたよね?」
「え、作ってくれたの!?」
が嬉しそうに破顔する。
ああ、この笑顔が見られただけでも作ったかいがある。
ふと、呼び鈴が鳴った。
「あれ、誰だろ?」
気になったのか、が玄関ホールへと出ていく。
なんとなく嫌な予感がして、アメルもその後に続いた。
そして、彼女達が見たものは。
「…………」
「こんにちは」
ドアの前で、マグナが固まっている。
そのドアの向こうには、レイムがいた。
……なぜか頭にリボンをつけ、ゴスロリ風のワンピースというとんでもない格好……つまり女装姿だったが。
「レイムさん……? なんですか、その格好は」
ややあって、ようやく衝撃から立ち直ったらしいが戸惑いがちに尋ねる。
「いいえ、私は美しくてエクセレントなレイムというナイスガイではありません。私はレイナと申します」
「…………」
全員、沈黙。
「私、実は前々からさんに憧れていまして……ぜひ、これを受け取っていただければと……」
「……アメル」
疲れたように、が一言。
「はい」
「……周りに被害出さない程度にね」
返答の代わりに、アメルはレイムに飛び掛りながらモーニングスターを一振りした。
悲鳴を上げて飛んでいくゴスロリ服の物体を追って、そのまま外へと飛び出していく。
あとには呆然と佇むマグナと。
「レイムさん……いくらなんでもそこまでするか……?」
マグナのつぶやきは、玄関ホールに虚ろに響くだけだった。
結論。
最大の障害は、やっぱり変態の存在自体。
前途バレンタイン、聖女様バージョンです。
作って交換、は女の子同士の特権です。
もちろん、夢主に他意はありません。みんなでやれば楽しい、程度です。
そして、やっぱり変態は来ます(笑)
2006.2.12