おいでませ平行世界? [3]
「メイメイさん、メイメイさーん!」
声を張り上げても、シルターン風の店の主にして謎の占い師は現れない。
またつぶれているのかもしれないが、少なくとも今の目の届く範囲にはいない。
仕方がない。
はため息をつきながらそれをカウンターの上に置く。
そして一言。
「『超神水』があるんですけど」
どたん、がたがたと奥から物音が響いた。
そして矢のようにすっ飛んでくる一つの影。
「あの大吟醸が!? どこ、どこにあるの!? あたしのお酒―――――っ!!」
「……いるじゃないですか」
あまりにお約束すぎる反応に、はがっくりと肩を落としたのだった。
「ふーん、なるほど。またずいぶんと面白い運勢の持ち主だと思っていたけど……」
話を聞き終えると、メイメイは不躾なくらいを見つめた。
なんか前にもこんなことあったな、と思いつつ。
「あの……信じてくれるんですか?」
「まあね。なんかこう……この世界には馴染まないような気を感じるし。嘘や冗談を言ってるようにも見えないからねぇ」
「はあ……」
思っていたよりあっさり話が進んでしまい、拍子抜けしてしまう。
頼っておいてなんだが、やはり変わった人だ。
「それで……その、帰る方法なんですけど……」
「うーん、そうねえ……」
メイメイは少し考え込んだ。
「……なくもないんだけど……帰れるって保証はないわよ?」
つまり、彼女の術をもってしても帰るのはたやすいことではないのだろう。
それでも、あきらめたくはなかった。
「いいです。可能性があるなら、お願いします」
「そう? でも、どのみちすぐには無理よ。準備しておくから、明日またいらっしゃい」
「……はい」
明日また、ということはイコール明日まで特にすることがないわけで。
「どうしよっかなー……」
違う世界とはいえ、今いるところはゼラムには変わりないのだ。
もしかしたら細かい違いは発見できるかもしれないが、今更見て回っても新鮮味などない。
(戻ったら、誰か話し相手になってくれるかなー……)
そう思いながら歩いていたら。
「それはいくらなんでもまずいって!!」
「考え直すんだっ、二人ともっ!!」
やけに慌てた声が聞こえてきた。
しかも、聞き慣れたものが。
まさか、と思いつつ目をそちらにやると…
「何言ってるんですか、さんの一大事なんですよ!! 思い切り不本意ですが仕方ありません、さん救出のためだと言えばあのジジガキ総帥も協力しますよ」
「ジジガキ……って、だから槍はしまってくれよロッカ!!」
「やめてくれ、蒼の派閥全体を敵に回す気かっ!?」
「……なんなのよ、一体……」
アメル(なぜか片手にモーニングスター)とロッカ(すでに槍を持って攻撃態勢)を、マグナとネスティが必死になって止めていた。
「助かったよ、ありがとう……」
「どういたしまして、お疲れさま」
マグナは、ベンチにぐったりともたれて。
は、げんなりとその隣に腰掛けて。
同時にため息をついた。
メイメイの店でのことを話した上で、どうにかアメルとロッカを納得させ蒼の派閥襲撃を回避したのが数分前。
下手すればメルギトスに襲撃されるよりもやばい状況になりかねなかったのだから、マグナやネスティが必死になるのも当然で。
(いつもこうじゃ、大変だろうなぁ……)
思わずこちらのマグナ達に同情してしまうだった。
「アメル達の気持ちもわかるんだけど。俺だって方法があるならなんだって試したいし」
「って子のこと、心配?」
「うん……」
それきり、マグナは黙り込んだ。
痛いほどの沈黙が横たわる。
「……マグナ?」
「ん、何?」
「その……聞いてもいいかな? って女の子のこと」
「……いい子だよ。事故で呼ばれて帰れなくなったっていうのに俺を責めないで、むしろ一生懸命ついていこうとしてて。時々無理して、すごく落ち込むこともあるんだけど……」
始めはぽつりぽつりと話していたのが、次第に口調が滑らかになっていき、顔にも笑みが浮かんでいく。
そんなマグナの様子を見れば、彼がをどう思っているのかおぼろげにでも察することはできた。
「俺の先祖やゲイルのことを知った時も、のおかげで前を向けたんだ。本当に、感謝してるよ」
「……なんとなく、わかった気がするな。アメル達が必死になる理由」
「あ……そういえばごめん。君には迷惑かけてばっかりで……」
「いいよ。何とかしたいのはこっちも同じだし」
そう言いつつ、は元の世界のマグナ達を思い出していた。
今頃彼らはどうしているだろう。
今この世界にいない「彼女」は、自分の代わりにそこにいるんだろうか。
「……で、結局何の用なんですかミモザ先輩?」
憮然としてソファーに腰掛けているマグナ。
いきなり「ちょっといいかしら」と呼び出され、そのままずっと待たされているのだ。
「もうちょっとだから♪」
やけに楽しそうな先輩の口調に、なにやら一抹の不安を覚えた時。
「やだっ、絶対変だって!!」
「そんなことないですって、さあ!」
「ちょっ、アメル、あっ、あ――――っ!?」
叫びながら、押されるように……というか実際押されたのだろうが……現れた少女は。
「あ……」
マグナと一瞬だけ目が合ったが、すぐに恥ずかしそうに目を伏せる。
の服装は、さっき見たときとずいぶん変わっていた。
リボンとレースをふんだんにあしらった、ふわふわのワンピース。
頭の上でその存在感を主張する、大きなリボン。
「うんうん、結構似合ってるじゃないちゃん」
「あの、一体何を……?」
黙りこんだをちらりと見つつ、マグナはミモザに尋ねた。
「簡単な話よ。この子を連れて買い物に行ってきなさい。先輩命令よ」
「……はい?」
謎の命令をされ、思わず聞き返してしまう。
そうしている間にも、「これが買い物メモです」とアメルが紙片をマグナの手に握らせる。
「えっと、だったら……」
「行ってらっしゃい」
「行くのはいいんですけど、何でわざわざ俺……」
「「行ってらっしゃい」」
「……はい」
仕方なくうなずく。
何かたくらんでいるのは明白だったが、どうあがいても逆らえない先輩に(ある意味)最終兵器聖女様まで加わってはマグナに逃げ道はない。
「……そういうわけみたいだし、行こうか」
こくん、とうなずく。
それから視線をミモザ達に移して、
「あの……せめて着替えを……」
「「だめ(です)」」
ぴったり同時に却下された。
(なんでこうなったんだろう……)
ピ○クハ○スばりのふりふりワンピース姿でマグナの横を歩くは、どこか遠い目をしていた。
『違う世界とはいえマグナだもの、それとなく聞き出してみれば? ついでにデートの予行演習でもしてらっしゃい』
というミモザの案が『ちゃんの恋を応援しよう大作戦』会議で通ってしまい、本人の意思が置き去りにされたまま話が進んだ結果がこれである。
確かにミモザの言っていることにも一理ある。
平行世界だからいくらかの違いがあるものの、隣の彼も「マグナ」には違いない。
質問すればたいがいのことには答えてくれるだろう。
だが、どうもこちらのマグナをダシにしているみたいで気分のいいものではない。
それになにより、
(こんな格好する意味はあるのかな……?)
ところが、意味はあったりする。
「よしよし、行ったわね」
「でも、いいの? マグナ、緊張しているみたいだけど……」
「無理もないと思いますよ。さん、かわいいですし」
……尾行しているミモザ達にとってのみ。
周りに色恋ネタはあるにはあった。
だが、その中心である人物がとことん鈍いのだから張り合いがなかった。
ときたら、どんなにそれらしい話題を振っても「え? みんな好きだよ?」「危なっかしいから心配だってんでしょ、まったく子どもじゃないってのに」で終わりなのだ。
いつだったか試しに「イオスって誰が好きだと思う?」と訊いてみた時など、自分以外の女性陣を一通り挙げ、終いにはルヴァイドの名前まで出す始末だった。
自分が恋愛対象にされるとは微塵も考えていないらしい。
そんなこんなでやきもきしていたところに、(違う世界の)マグナに恋する少女の登場である。
こんな面白そうなことを見逃すミモザ達ではない。
「買い物もすぐには終わらないように品物を選んでおきましたし、あとはさん次第です」
にこにこ微笑むアメル。
尾行……というか出刃亀に参加している他のメンバーも、やや身を乗り出しつつ状況を見守っている。
「……何か違うような気がするんだけど……」
ただ一人、トリスだけが明後日の方向を向きながら小声でつぶやいた。
その頃、もう一方の世界では。
「なんだか知らないけど、妙にマグナをどつきたい気分だわ」
「やめてくれアメル、マグナを殺す気かっ!?」
どこからか100tハンマーを取り出したアメルを、ネスティが再び止めていた。
「!?」
突然蒼白な顔で立ち上がったマグナを、はきょとんと見つめた。
「どうしたのマグナ、急に立ち上がったりして?」
「いや、よくわからないけど一刻も早く移動した方がよさそうな予感が……」
マグナ、特殊能力「危険察知(アメル関連)」発動中。
思ったより長くなっちゃったんでここで切ります。
どちらの世界にせよ苦労人なマグナ。案外どちらの主人公ともいいコンビかも。
それぞれの話はまだ続きます。
デート(もどき)ははたしてミモザ達の期待通りになるか!?
2004.5.30