おいでませ平行世界? [4]


 「…………」
 「…………」

 ……気まずい。
 会話らしい会話もないまま、マグナとは歩を進めていた。
 の場合、ふりふりのワンピースを着て歩いているのが恥ずかしかったのもあるが、ミモザ達の「作戦」に無理矢理乗せられてしまったマグナになんとなく罪悪感を感じていた。

 マグナはマグナで、この状態を何とかしようと思ってはいるのだが、話題も何も思いつかない。
 緊張気味だといってもいい。
 かわいい子だな程度の認識はあったのだが、リボンとレースのワンピース姿はまた人形めいた愛らしさがあり、という少女の魅力をよりいっそう引き立てていた。
 いくら意中の相手がいるとはいえ、マグナだって男だ。
 かわいい女の子と二人きりで出かければ緊張もする。





 「うーっ、じれったいわね」
 その様子を、ミモザは民家の陰から歯噛みしながら見つめていた。
 横でアメルもうなずいている。
 「困りましたね。何かきっかけがあればいいのかも……」

 「あ」
 ふと、トリスが声を上げた。
 「どうしたの?」
 「あそこから来るのって……」
 「あっ!?」
 トリスが指さした先を見て、ミモザがしまったという表情になった。

 「なんでこんなときにあの子が来るのよ……!」
 ちょうどマグナ達の進行方向から、ハサハが歩いてきていた。





 「あれ、ハサハ?」
 通りの向こうからやってくる自分の護衛獣を見つけて、マグナは首を傾げた。
 人見知りの激しい彼女が、一人で出歩くなんて珍しい。
 ハサハの方もマグナ達に気づいたらしく、そのまままっすぐこちらに向かってきた。

 「どうしたんだ、こんなところで?」
 「おあげ、たべさせてもらったの……」
 言いながら、背後の屋台を指さすハサハ。
 そういえば、ここはシオンの屋台の近くだ。
 「そうか。よかったな、ハサハ」
 嬉しそうにハサハはうなずいた。

 「おにいちゃんたちは、おでかけ……?」
 「うん、買い物だけど……」

 しばらくマグナとハサハのやり取りを見守っていただったが、しゃがみこんでハサハと視線を合わせた。
 「ハサハちゃんも、一緒に行く?」
 ハサハは少しの間じっ、とを見ていたが。
 「…………」
 こくこく、とうなずいた。





 「ああもう、なんでこうなっちゃうのよ!?」
 ミモザが舌打ちする。
 ハサハは精神年齢が見た目同様幼いので、こういう話に参加することはなく……その場にいなくても特に気になることはなかった。
 よって、今回ばかりは完璧に彼女のことを忘れていたというわけだ。

 「でも、かえってよかったんじゃないですか? ほら、さっきより打ち解けてますし」
 「確かにそうだけど……」
 アメルの言うとおりではある。
 二人の間にあった緊張感は失せていた。
 ただ、ハサハを交えて楽しそうに会話している光景は……なんというか、意図していたものとはだいぶ違う。

 「まあ、マグナらしいって言えばマグナらしいけど」
 「そうですね」
 他のメンバーは、どちらかといえばアメルの意見に近いらしく穏やかに事を見守っていた。





 「それから次は……魚用の香草セット? あれ、確かあっちのお店じゃないと売ってなかったはずだけど……」
 「買うものも見事にバラバラだし……何考えてるんだミモザ先輩達?」
 不審に思いつつも、マグナ達は着実に買い物をこなしていた。
 とはいえ、何軒もの店へと移動している上そのたびに荷物が増えていくのだから疲れ始めていたが。

 そういえば、とはハサハに視線を向けた。
 「ハサハちゃん、大丈夫?」
 「…………」
 こくこくうなずいていたが、それとは裏腹に足取りはちょっと怪しい。
 表情もなんとなく、疲れているように見える。

 「……ちょっと休憩していこうか。あたしも疲れちゃったし」
 「そうだな」
 幸い通りには、何ヶ所かにベンチがある。
 誰も座っていないところを見つけると、三人は並んで座った。

 「ちょうどいいわ、ついでに荷物をまとめちゃおう。それ貸して」
 「うん……あれ?」
 持っていた荷物を渡そうとして、マグナは膝に何か重みがかかるのを感じた。
 視線を動かすと、そこには寝てしまったハサハがいた。

 「やっぱり疲れていたんだな」
 そっとハサハの頭をなでながら、マグナは困ったような笑みを浮かべた。
 何度か「休むか?」とか「先に戻っててもいい」とか言ったのだが、ハサハは頑として休もうとも帰ろうともしなかった。
 それどころか荷物を自分から持とうとしていたので、一番軽い荷物でどうにか納得してもらったのだが。

 「無理しなくてもよかったのにな」
 「きっと、マグナのお手伝いがしたかったんだよ」
 は微笑んで、眠るハサハを見つめる。
 この小さな護衛獣も、多分自分と同じ。
 召喚主の役に立ちたくて、一生懸命がんばっている。

 見ていてわかった。
 ご主人様とかそういうのではなく、ハサハはただ純粋にマグナが大好きだから。
 彼女なりに、どうすれば彼が喜んでくれるか考えたんだろう。

 「そうだよね。……あたしも、負けてられないな……」
 「え?」





 「おおっ、なんかいい雰囲気じゃない?」
 やや身を乗り出しがちなミモザの顔には、わくわくとめいっぱい書かれている。
 呆れ気味のトリスを除けば、全員似たり寄ったりの反応だった。
 「よしっ、そこで告白よ!」
 「デートの予行練習じゃなかったんですか、ミモザ先輩……?」

 マグナの想い人は隣に座る少女ではないし、その少女が好きなのもそこにいるマグナではない。
 だから、ミモザ達が期待しているようなことにはならない。
 ……そのはずなのだが、すでに彼女達の中ではそれは片隅に追いやられているようだ。
 かといって水を差してどうにかなるような先輩でもないので、トリスも止められないままここまできてしまったのだが。

 「……?」
 ふと、がこちらに視線を向けた。
 何かに気づいたような、そんな表情。

 「もしかして……ばれた?」
 「あっ!」
 が立ち上がって、完全にこちらを向く。
 ポケットを探り、出てきた手には何かを握り締めている。
 そこからわずかに光が漏れているのに気づいたのは、前方にいたごく数名だけだった。

 「……の元、疾く出でて戒めの雷を!」
 風に乗って聞こえてきた声の後、かなりの魔力を頭上に感じた。
 とっさに振り仰いだ者は、召喚の門が開くのを見る。
 「……盟約において、ミモザ・ロランジェが命じる……!」

 ミモザが叫ぶと同時に、辺りを光が覆いつくした。





 「ふう、間に合ったわ……」
 召喚術の結界の中で、ミモザはほうと息をついた。
 まさか街中で、しかもつけられているのに気づいたからといってあんな強力なのを使ってくるとは。

 「えっ!?」
 パタパタと近づいてきたが、ミモザ達の姿を認めて驚いた。
 少し遅れてやってきたマグナは、驚きつつも「やっぱり」と言いたげな顔をしている。
 ハサハは……まだ目が覚めていないこともあり、よくわかっていないようだった。

 「ミモザさん達だったんですか!? ごめんなさい、てっきりレイムさんかと思って、つい……」
 「つい、で召喚術使うものなの……?」
 疲れきった声でトリス。

 「まあまあ、この子もきっと大変だったのよ」
 「あ、そうか。あなたもメルギトスにひどい目に合わされたの?」
 「……まあ、ひどい目というかなんというか」
 遠い目をしてが言う。
 の世界のメルギトスを知らないマグナ達は、きっと彼女もつらい思いをしてきたんだろうなと思っていた。
 知らないことは幸いである。

 「……それはさておき」
 は顔を笑顔に切り替えると、ミモザ達にずい、と荷物を差し出した。
 「さすがにちょっと荷物が多くなってきたんですよね。あたし達はまだ買い物が残ってますから、もし手が空いてるようだったら持って帰ってくれません?」
 にこにこにこにこ。
 う、とミモザ達が声を漏らした。
 邪気のない笑顔なだけに、変に怒られるより突っぱねにくい。

 「って、実はすごいのかも……」
 彼女の強さを垣間見た気がしたマグナだった。





 「それで、俺に何をやったら喜ぶか訊いてみろって言われた、と」
 「うん、ごめんね」

 あれから買い物も無事に済ませ。
 マグナと、そしてハサハは帰路についていた。
 その道すがら、事の次第をマグナに説明していたのだが…やはりダシにしていたような感覚がありの罪悪感はぬぐえない。

 「いや、君の気持ちもなんとなくわかるし。ミモザ先輩やアメル達が騒いでもしょうがないよ」
 「そうなの?」
 きょとんとした反応に、マグナはあれ、と思った。
 彼の知るミモザは恋愛沙汰には面白がって首を突っ込むし、アメルは積極的に応援しようとするふしがある。
 のところでは違うというのだろうか。

 「……の世界って、ミモザ先輩やアメルはそういうことしないのか?」
 「あー、その……別になかったかな……」
 まさかアメルが嫉妬でしょっちゅうマグナとかをどついてますと言えず、は適当にお茶を濁した。

 これ以上つっこまれないうちに話題を変えることにする。
 「……うん、だけどハサハちゃん見ていてわかった。これをしたからといってその人が喜んでくれるってものじゃないんだよね。やっぱり気持ちの部分が大きいのかなって」
 「……そうかもな。気持ちだけでも嬉しいってこといっぱいあるし」

 それから、しばらく無言が続き。
 「……あのさ」
 「ん、なあに?」
 あ、いやそのとマグナは口ごもる。
 その顔に何か迷いのようなものが浮かんでいるのには気づいた。

 「その、女の子って……やっぱり好きな人がいるとそういうこと考えるものなのかな? 何したら喜ぶかとか、服、変えてみるとか……」
 「人によると思うけど……たいていの子はそうなんじゃないかな」
 「そうか……」
 少し沈んだ口調で一言言ったきり、マグナは再び黙り込む。

 「そっか。やっぱり、マグナも好きな人がいるんだ」
 「……うん」
 の胸がちくりと痛んだ。
 別人とはいえ、同じ顔でそれを言われるときつい。

 「俺達の面倒事に巻き込まれたようなものなのに、一生懸命がんばろうとして。でも、本当はつらいと思うんだよ。無理して笑ってるの何度か見たことあるし」
 「……そうなんだ」
 誰のことなのか、なんて聞けなかった。
 ただ、黙って続きを聞く。

 「心から、本当に笑っていてほしい。……多分、俺だけじゃなくてみんなそう思ってる。だから、正直恋敵は多いかな。は全然気づいてないみたいだけど」
 
 確か、自分と入れ違いで消えてしまった少女の名前。
 そういえばこの世界に来てしまった時も、マグナは彼女を支えるつもりだったと言っていた……

 「……ごめんね」
 「え?」
 「だって、あたしがこっちの世界に飛ばされたりしなきゃその子だって……」
 意図してやったわけではない。
 むしろ、偶然から起こった事故。
 それでも、結果的に彼らから「」を引き離してしまったようなものだ。

 ぽん、との頭に手が置かれた。
 「のせいじゃない。だから、そんなこと言うなよ」
 「でも……」
 「大丈夫。今までだって、もう会えないかもって思うようなことはあったよ。でも、ちゃんと戻ってきたんだ。だから、今回だって方法はあるはずなんだ。はきっと戻ってくる」
 根拠も何もない。
 でも、彼は当たり前のことのように言った。

 そう信じられること。それがこの世界のマグナ達にあって、自分の世界のマグナ達には特に必要なかったものなのだろう。
 はやっと目の前のマグナと、自分の知るマグナを別々に見ることができた気がした。

 「早く、また会えるといいね」
 もうためらいや迷いはない。
 心から素直に、その言葉は言えた。
 「うん。そのためにも、俺達も方法を見つけないと」
 「そうだね。戻ってきたらがんばってね。あたし、ここにいなくても応援するから!」
 「……ありがとう」

 (……でも、やっぱりちょっとうらやましいかもな)
 心の中で、マグナはこっそりつぶやいた。
 同じ「マグナ」でも、別の世界の自分は隣を歩く少女にこんなにも大切に想われているのだから。

 「ハサハちゃんも、今日はありがとうね」
 「…………」
 ハサハが嬉しそうに笑った。
 それからじ、とを見つめながら口を開く。
 「おねえちゃんのおにいちゃんも、ちゃんとわかってるよ? だから、おねえちゃんはそのままでいいよ……」
 は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐ意味がわかったらしく微笑みながらハサハの頭をなでた。
 「……うん。ありがとう」

 同じ主を持ち、だけど違う世界に生きてきた護衛獣。
 彼女達はそれぞれに笑みを浮かべながら、マグナの隣を歩いていった。


しつこく続くのです


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今回は前途主人公サイドのみでお送りしました。
レイムに召喚術使うあたり、聖女様の影響を多少なりとも受けている模様(苦笑)
ハサハのおかげでいい感じにまとまりました。そして珍しくギャグオチなし(笑)
次回は長編主人公サイドを。

2004.6.19