おいでませ平行世界? [5]


 ずずー。ずるずる。
 二人(店主を入れれば三人だが)しかいない屋台にソバをすする音だけが響く。

 「あー、なんか安心するわ、これ」
 ソバを食べるのを中断し、はため息をつく。
 「うーん……確かに大将のソバはうまいけど」
 対してマグナは曖昧な笑みを浮かべるにとどまる。
 小腹が空いたのと見慣れた屋台を見つけたことが重なって、お昼にしようとが言い出してから彼はずっとこんな調子だった。
 てっきり大喜びで同意するかと思っていたので疑問はあったが、空腹を前にそれはあっさりの脳裏から消え去った。
 で、現在に至るわけだが。

 「お褒めに預かり光栄です。どうぞ」
 シオンが笑顔で茶を出す。
 どうも、と返して茶を一口。
 少しぬるめで甘みがあり、好みの味だ。
 「……おいしいです。あー、ここの味まで違ってたらどうしようかと思った」
 なにせ、アメルやロッカの暴走にさんざん巻き込まれた後だ。
 シオンが料理下手なんて展開になったら、さすがにの精神が持たなくなる。

 「喜んでいただいたようで何よりです。あなたのような素敵な方にはやはり笑顔が似合いますからね」
 さらりとした口調でシオンが言う。
 「またまたー、お世辞言ったって何も出ないよ?」
 いつものこと、社交辞令だとわかっていても褒められて悪い気はしない。
 マグナが変というか、複雑な表情をしているのが気にはなったが。

 「いえいえ、お世辞など言っていませんよ。私は正直者ですし、あなたは魅力的です」
 「んー……じゃ、私とって子、どっちが大将の好み?」
 どこかで聞いたような話の流れになったので、は興味半分面白がってが半分で尋ねてみる。
 実物を見損ねたことを思い出したせいもあるかもしれない。

 だが、
 「好みなんてそんな。美少女を性格で差別してはいけませんよ」
 「……はい?」
 あっさりと、しかも予想外のセリフを出されて思わず呆ける
 なにか、色々な意味で奇妙なことを聞いたような気がするのだが。

 「……気にしない方がいいよ、
 悟りの表情を浮かべてマグナ。
 どこか達観した様子で言われると、恐ろしいほどに説得力がある。
 そしても、マグナの言うとおりにした方が(主に精神的な)被害が少ないことに気づきつつあったのでうなずく。

 「そうそう、さんはどら焼きはお好きですか? 昨日作ったものがあるのですが」
 「大将の手作りですか? ……いただきます」
 少し考えた後、うなずいた。
 なにせリィンバウムに来てから久しく口にしていない和菓子だ。懐かしいというのもあったし、シオンの手作りとなるとそこらの店じゃ太刀打ちできないくらいうまそうなイメージがある。

 しばらく手を動かした後、シオンはどうぞと笑みを浮かべてどら焼きをの前に置いた。
 上品な小皿にどら焼きが一つ、竹の楊枝も添えてある。
 このように出されると高級そうに見えるから不思議だ。

 マグナが小さく手を挙げる。
 「あの、大将? 俺の分は……」
 「ああすみません、あいにくこれが最後の一つなんですよ」
 にこやかに告げてはいるが、その目が『お前の分なんかあるわけないだろうこのボケ』と言っているように見えるのはなぜだろう。
 そうは思っても、やはり自分よりはに食べさせてやりたいマグナである。

 「あ、じゃ半分あげるよ。おソバも食べたからかえってちょうどいいし」
 言うが早いか、はマグナの返事も待たずにどら焼きを竹楊枝で半分に切った。
 片割れを手に持つと、残り半分を皿ごとマグナに渡す。
 「え、でも……」
 「いいからいいから。それともマグナ、どら焼き嫌いだった?」
 「いや、食べたことないけど」
 「なら食べてみなって、ね?」
 笑顔で促すが、一瞬想い人の姿と重なる。
 彼女とよく似た、見る者を惹きつけるような笑顔で。
 「うっ……うん」
 不覚にも、どきりとしてしまった。

 「そ、それじゃ……いただきます」
 跳ね上がった心臓をごまかそうと、マグナは半分のどら焼きを手にとってかぶりついた。
 不思議な甘さのスポンジと、変わった舌触りの中身が織り成し、広がっていく独特の風味。
 「……おいしい」
 「でしょ?」
 それ見たことかと言いたげな、勝ち気な笑みを浮かべる

 マグナはなんとなく安心した。ああやっぱりなんだなと。
 なんで一瞬のように見えてしまったんだろう。黒目黒髪は彼女と同じ世界、同じ国なんだから当然だし、歳は確かに近いけどそれだけだし、そもそもはもっとおとなしめの子で、でもさっきの笑顔はかわいかったし……

 「……って、違う違う!!」
 慌ててぶんぶんと頭を振って思考を追い出す。何を考えているんだ自分は。
 はきょとんと、そんなマグナを見つめている。
 「? どうしたの?」
 「いや、なんでもない……」
 面白そうにこっちを見ているシオンのことは考えないことにして、マグナはどら焼きを口に運ぶ。
 代わりにジト目でこちらを見ているの姿が浮かび、頭から離れなかった。





 「あれ、珍しいところで会うね」
 そう幼い声で呼びかけられたのは、あかなべを出てしばらく経ってからの頃。
 「あれ、エクス?」
 「ああ、君がパッフェルが言ってた子だね。はじめまして」
 丁寧に会釈する少年は、どう見ても貴族の御曹司といった風情だ。
 実際はもっととんでもない人だったりするのだが。

 「どうも……」
 隣のマグナはやや沈んだ声。
 そういえば、エクスを見た瞬間「げっ」とか言ってた気もする。

 「一人? 今日はお供の人は……」
 「メイメイの所に行ってきた帰りだから」
 「ああ、なるほど」
 ……の世界のエクスと同じように見えるが。
 なぜマグナの反応が「げっ」なのか、には見当もつかなかった。

 「パッフェルから聞いたけど、帰る方法を探しているんだってね?」
 どこまで話したんだパッフェル。
 そのあたりは後できっちり聞いておこうと、はこっそり心に誓う。

 「うん、まあ……明日、メイメイが試してくれることになってるけど」
 「なるほど……うん、メイメイなら大丈夫かな」
 「でも、帰れる保証はないって……」
 「そうか……そうだ、もしよかったら僕の方からも資料とかをあたれるよう許可を出しておこうか?」
 「えっ、いいの?」

 派閥の空気は正直好きではないが、それでもエクスの申し出はありがたい。
 派閥の一員であるマグナやネスティでも、一部の資料などは許可が必要だったりしてなかなか見れないと聞いたことがある。もちろんやばいのは論外だろうが、たいていのものなら総帥の許可があれば一発だろう。
 その中に、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。

 「かまわないよ。なんだったら……」
 「『一緒に方法を探してあげる』とか言って、親しくなって、あわよくばこのまま……とか考えないでくださいね? エクス様」
 やんわりした中に棘が千本くらい入っていそうな言葉が割り込み、エクスは一瞬ぴくりと動きを止める。
 そしてゆっくりと、そちらを振り返った。

 「パッフェル……仕事はもういいの?」
 「今日はもう上がりです。それよりもエクス様、その子は帰るつもりなんですから口説いちゃダメですよ? まあ、いきなり護衛獣スカウトしないだけいいですけど」
 にこにこにっこり。
 蒼の派閥総帥とその密偵、笑顔でどこか不穏なオーラを撒き散らしている。
 もっとも訳がわかっていないのは一人で、マグナは慣れているのか特に反応はない。

 「そもそも彼女、さんと入れ替わりで来ちゃったんですよ? もしさんが帰らないとさんが戻ってこれない、なんてことになったらどうする気なんですか?」
 う。
 エクスは小さく呻く。
 ややあって、
 「うーん……どうしようかな……うーん……」
 「悩まないでください」

 はあ、とマグナはため息をついた。
 「やっぱり口説く気だったな。……あれ、大丈夫か?」
 やけにげんなりしている隣の少女に声をかけると、彼女は……力なくではあったが……うなずいた。
 「ああ、平気……よくわからないけどわかったから……」
 自分の常識やイメージが通用しないということが。
 片や呆れた目で、片や死んだ魚のような虚ろな目で、二人は漫才めいてきた主従の会話風景を眺め続けた。





 「……落ち着いた?」
 「……うん」

 結局。
 エクスとパッフェルが去った後はどっと疲れてしまい、見かねたマグナが「……どこかで何か飲もうか」と言い出し。
 (元の世界で)が馴染みだというこの喫茶店で茶を飲んで、ようやく一息つくことができた。

 「この店は知らなかったなあ……」
 「たまにアメルやトリスと行ってたのよ」
 「へえ……」
 何か考えるようにつぶやくと、マグナは茶を一口飲む。
 まあ、マグナが知らなくても無理はないだろう。
 こんないかにも女の子が好きそうな、可愛らしい雰囲気の喫茶店では男性だけでは入りにくい。
 まして、客が女性達やカップルばかりならば。

 「マグナもそのうち、彼女でも連れて行ってみれば? 例の護衛獣のちゃんとか」
 「なっ!? って、その、いや……」
 「見てればわかるよ。好きなんでしょ、その子のこと?」
 「えっ、別にそんなんじゃ、片思いだし、そりゃそうなったらいいなって……ああ何言ってんだ俺っ!?」
 まさかここでそんな話をされると思わなかったのか、マグナはの想像以上に真っ赤になってうろたえた。
 しばらくパニックに陥っていたが、どうにか落ち着いてきたかぜいはあと息を整える。
 そんな彼がおかしくて、はついくすくすと笑ってしまった。

 「……笑わなくたっていいじゃないか」
 「ごめん、ごめん」
 むう、とむくれたマグナがかわいいと思ってしまったのはだけの秘密だ。
 さすがに悪かった気がして、話を戻すことにする。

 「デートに誘うとかじゃなくて、『おいしいって聞いたんだけど、一人じゃ行きにくい』とか言ってみたらどう? 話聞く限りじゃ素直にOKしてくれそうだし」
 の提案に、しかしマグナはうーんと唸った。
 「確かにならそれで付き合ってくれそうだけど……アメルも無理矢理ついていきそうだしなあ……」
 「うっ……それもそうかも……」
 あのアメルの暴走の要因が主に何であるかは、ここ1日で充分すぎる程わかっている。
 さらに付き合い(腐れ縁?)の長いマグナがそう言うのだから、間違いなくそうなるのだろう。

 「ごめん、私が悪かった……」
 「いや、気にしなくていいよ……慣れてるし」
 黒い笑顔でレヴァティーンを呼ぶ聖女様を想像してしまい、二人の顔が思い切り引きつる。

 「……でも、さ」
 マグナが微笑む。
 一見すると弱々しく、諦めたような……でも何かが違う笑顔。
 「仕方ないよ。アメルにお仕置きされても、ロッカに睨まれても、が好きなんだから」
 「……そっか」

 それはなんとなく、にもわかる気がした。
 障害というにはいささか過激すぎる目に遭うことになっても、それでもマグナは彼女が好きなのだ。
 いや、それぐらいと言うべきか。
 そうなってしまうと、もはや理由や理屈でどうにかなるものではないのだろう。

 「しょうがないよね、好きなんだから」
 「うん」
 顔を見合わせ、うなずきあい。
 二人はにっ、と笑った。
 「がんばれ!」
 「もちろん!」
 ぱんと互いの手を合わせる。

 (でも、ちょっとうらやましいかな)
 そこまで相手を好きになれるマグナが。
 そこまで想われているが。
 にはうらやましかった。

 (みんな、そんな場合じゃないだろうからなあ。うちの男性陣にしたって結構かっこいいから、彼女くらいいたっておかしくないと思うんだけどね……)
 ……の仲間達が知ったら、盛大にため息をついたかもしれない。


くどいようですが続くのです


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長編主人公サイドでした。
……はい、前途ではこんなです、霧の忍匠も総帥も。聖女様達とは別の意味で厄介です。
最後は鈍さ炸裂。……敵はある意味厳しいぞ、長編の諸君。
次回、ついに皆様お待ちかね(?)のあの人が……

2004.7.12