おいでませ平行世界? [6]
その後、特に何事もなく夜を迎えた。
結局ネスティの調べ物も成果はなく、明日のメイメイの術に賭けることになった。
(あっちのマグナ達、今頃どうしてるかな……)
与えられた部屋のベッドに寝転びながら、はぼんやり考える。
あれから一日程度しか経っていないのに、ずいぶん会ってないような気がする。
会いたい。帰りたい。
と言うか、帰れないと困る。
元のリィンバウムにはまだやらなければならないことが残っている。
なにより、マグナやネスティ達はともかくあの性格のアメルやロッカとやっていける自信がない。
(こっちのアメルなら、メルギトスに勝てそうだけどさー……)
そう考えてから、メルギトスを足蹴にしてVサインをしているアメル(しかも背景に「勝利」の二文字)を想像してしまい真っ青になってしまった。ありそうで怖い。
……考えるのはやめよう。
今は明日に備えて眠る。そうしよう。
は思考を強引に打ち切って、目を閉じた。
思ったより疲れていたらしく、意識はあっさり闇に溶けていった。
(…………?)
ふと、腰の辺りに変な感触を感じて意識が浮上する。
妙にあたたかい。いや、「生」が付くような感じだ。
それと、何かでこすられているような感覚。
何にしても気持ちのいいものではなく、は不機嫌に思いながら目を開けた。
問題の腰のところを見れば、そこにあったのは小刻みに動く銀髪の頭。
……銀髪……?
「いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
眠気も不機嫌も一気に吹き飛んだ。
反射的に、腰に抱きついているそいつ目がけて拳を振り下ろす。
だが当たる寸前、そいつはばっと離れて間合いを取った。
そして驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、誰ですかあなたは!? さんをどこに隠したのです!?」
「なんであんたがここにいるんだメルギトス――――――!?」
混乱も手伝ってはあわあわと後ずさる。
何故ラスボス、大悪魔がこの屋敷の中にいるのか。
しかも腰に抱きついてきて。
「、どうし……レイムさん!?」
「メルギトス!?」
「また? もういいかげんにして欲しいんだけど……」
騒ぎを聞きつけたか、屋敷中の人間が集まってくる。
ただ反応は様々で、マグナやネスティのように身構える者、ミモザのように呆れかえる者、リューグのように「げっ……」と顔を引きつらせる者等々。
そして、
「うふふふふふふ、ついに夜這いまでしでかそうとしましたね変態害虫」
「ちょうどさんもいないし、ここらでしっかりカタをつけておこうか」
「そうですね、美少女に手を出そうとするなど言語道断です」
……黒い笑顔で武器を取り出す危険人物が三名。
「、こっち!!」
マグナがの手を引いて下がらせる。
と同時に、レイムとアメル達が動いた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
「たあぁぁぁぁっ!!」
召喚術、武器のぶつかり合い、その他諸々が小さな室内で荒れ狂う。
それだけならまだいい……いや、いいわけないのだが。
「おのれさんをどこに隠したのです!?」
「ゴキブリ以下に教えることなどありません!!」
「ふっ、その程度で諦める私ではないですよ!! 今宵こそはさんと熱くスイーティでラブラブな初夜を!!」
「勝手なことをぬかさないでください!!」
「なにが初夜ですか、あたしのさんの貞操を奪うなんて100億年早いです!!」
「人違いとはいえ、美少女に夜這いをかけた罪は極刑よりも重いですよ?」
なんというか、第三者からすれば気の抜ける応酬が繰り広げられていた。
「……大悪魔メルギトス?」
が思わず指さし確認したところ、戦いに参加していない全員が神妙な顔でうなずいた。
「……あれが?」
再び確認。
やはりうなずく全員。しかも表情は先刻より重い。
信じたくはないが、これが現実のようだ。
メルギトス。元の世界ではを散々苦しめた大悪魔が、ここでは少女一人を追い回し聖女達とどつき合うただの(?)変態。
「これじゃ、当分この部屋使い物にならないわね……」
「パッフェルさんとこのバイトと、野盗退治の賞金と……何日かかるかな」
すでに慣れているらしいマグナ達が、さらに物悲しさを誘う。
ここまで平然とされると、おかしいのは自分の方ではないかという気さえしてしまう。
そうしている間も、壮絶なんだか馬鹿馬鹿しいんだかわからない戦いは続いていた。
「やっちゃってくださいツヴァイレライさん!!」
「甘い、忠実な部下その一その二シールド!!」
『へぶっ!?』
「はっ!」
「さらに忠実な部下ストライク!!」
『あぁぁぁぁぁげぐっ!?』
いつの間にかガレアノとキュラーもいて……というより、レイムに盾や武器にされている。
さすがにも、今ばかりはガレアノ達に同情してしまった。
それはともかく、もういいかげんこの部屋も限界っぽい。
マグナ達はいつものこととあまり気にしていないようだが、だからといって放っておくのも寝覚めが悪いような……
ちっ、と何かがの頬をかすめた。
液体が頬を伝って顎へと落ちていく感覚。
ぐいとぬぐうと、指に赤いものが付いていた。
「…………」
はしばし無言で戦場を凝視していたが、くるりとマグナに向き直ると彼の元まで歩いていって、
「これ、貸して」
「え?」
戸惑うマグナにお構いなしで彼の剣を拝借する。
「盟約のもとが願う、この手に宿りて共に我が敵を討たんことを」
召喚に応じ現れた天使が、剣の中へと吸い込まれていく。
ぼんやりと光を帯びるマグナの剣。
「憑依召喚か?」
おそらくネスティのものであろう呟きが聞こえた。
そのまますたすたと戦いの真っ只中へと歩みを進め、
「こうなったら……って、え?」
「さん?」
突然の乱入者に驚くアメルたちが見守る中。
思いっきり、
ばこっ!!
「うぐっ!?」
マグナの剣で、ぶん殴った。
……レイム・メルギトスの頭を。
「な、いきなり何を」
レイムが振り向いて抗議しようとしたが、
「…………」
さらにが剣で殴る。
「ふぐっ!?」
「…………」
「おごっ!?」
「…………」
「ぐはっ!?」
マグナ達が呆然と見守る中、がぶんぶんと剣を振り回してレイムを殴り続ける。
切ってはいないので血は出ていないものの、今マグナの剣にはの召喚した天使が憑依している。なのでただ殴るだけでも、下級悪魔なら数発で消滅する程の代物と化していたりする。
無論マグナ達はその威力を知る由もないのだが、
「すご……」
「キレちゃったみたいね……」
とりあえずの得体の知れない迫力と、レイムに攻撃が効いているらしいことぐらいはわかる。
「あ、あなたそれでも人間ですか!?」
ぴた。
ぼろぼろのレイムが発した言葉に、が動きを止めた。
少し遅れて、膨れ上がっていく殺気。
今の一言が彼女の地雷に触れてしまったのだと、その場にいた全員が理解した瞬間。
「道踏み外しまくってる変態悪魔に言われたくないわ―――――っ!!」
「ぎぇぇぇぇぇぇっ!?」
さらに勢いを増した少女の剣打が、大悪魔を襲ったのだった。
「うわー……」
「なんつーか……すげえな、ありゃ……」
呆然とマグナ達がそれぞれの感想を漏らす中。
アメルだけが夢見るようなうっとりした瞳でその光景を見つめていた。
さらにどこか虚ろな声で一言。
「……素敵」
『え゙!?』
全員が思わず引く中、リューグだけが「……やっぱり」とつぶやいていた。
「はーっ、はーっ……」
が疲れてようやく手を止めた頃には、レイムはボロ雑巾のごとく床に転がっていた。
怒りにまかせてついボコボコにしてしまったが、相手はこれでも一応大悪魔だ。
色々な意味でまずくないだろうか。
「えーと……どうしよう、これ?」
いっそこのまま止めを刺した方がいいような気もするが、話の流れの都合上そういうわけにもいかないだろう。……多分。
ガレアノ達もいつの間にかいなくなっているので、彼らに持っていってもらうこともできない。
「それならあたしに任せてください」
にこにこ笑顔で名乗り出たのはアメルだった。
なんだかやけに上機嫌なのは気のせいだろうか。
「さんへの夜這い未遂とさんに手を出した罰として、お仕置きスペシャルコースをしておきますから♪」
言いながらレイムを引きずって、部屋の外へと出て行くアメル。
妙な沈黙が一瞬降りる。
「……お仕置きスペシャルコースって、何……?」
「さあ……」
「知らねえし、知りたくもねぇ……」
部屋の空気が数度下がった。
「そういえば、アメル妙に機嫌よくなかった?」
「いや、その……」
「あは、あははは……」
なぜか言葉を濁すマグナ達。
そんな中で、リューグが嘆息しながら言った。
「やっとお姉さまにふさわしい人を見つけたんだと」
「は?」
借りていた部屋は当然使い物にならず(壁に穴まで開いていた)、はアメルの部屋で寝ることになった。
一応なんらかの話し合いがあったようだが、その直後にアメルが「うふふふふ、愛は勝つのよ」などと言いつつ親指を立てていたのは気のせいだ……と思いたい。
「……で」
ぐるりと辺りを見回し、どこか疲れた表情でが口を開く。
「何なのこれは?」
「対変態害虫用の警備です」
答えるアメルの周囲には、ポワソやらタケシーやらグリムゥやらが何匹も。
しかもそれぞれナイフや棍棒などを持っていて、愛らしい外見をだいなしにするような物々しさを漂わせている。
というか、この手の召喚獣は一人一体しか呼べないはずじゃなかったか。
ついでに言えば、召喚師ではないアメルには存在を固定させておくことはできないはずだが。
「別にここまでしなくたって……」
「甘いです! 相手はあの変態悪魔です、常識なんて通じるような奴ではありません!! これくらいしておかなければさんも安全に眠ることなどできません!!」
「いや、これじゃかえって眠れなさそうなんだけど……」
アメルの厚意(?)は嬉しいし、あれを見た後ではレイムに関して楽観的に構えることもできない。
だが、だからといって召喚獣達に警備された中で落ち着いて眠ることなんてできない。
「そうですよ。アメルさん、そんなことしなくてもよいでしょう」
「大将……」
は思わぬ助け舟に、ほっと胸をなでおろした。
シオンなら、このアメルでもうまく説得してくれそうだ。
「もっとさりげない方法があるじゃないですか」
「……は?」
期待とはまったく違う方向に話を向けられ、が唖然とした時。
「おわあぁぁぁぁ―――っ!?」
妙な響きの悲鳴が聞こえてきた。
しかも、聞き覚えのある声が。
「あの、今のって……」
「ああ、どうやらフォルテさんが罠に引っかかってしまったようですね。方角からして『地獄のハエ取り器』辺りでしょうか。他にもメルギトス用に改良した罠を50ヶ所ほど……」
「……今すぐ外してきてください、全部」
この世界はこんな人達ばっかりか。
ここのマグナ達が、なんだか偉大に思えてしまったであった。
……で、話題の当人はといえば。
「私はようやく気づいたのです……」
屋敷の地下室で不適に笑うレイム。
……もっとも、アメルのお仕置き後なので満身創痍の包帯まみれだが。
「常々さんとの甘い新婚生活を描いてきましたが、何かが足りないと思っていました」
いつもそんなもん思っていたのかよ。
そう思っても、言えば武器攻撃の洗礼が待っているので口に出せないガレアノとキュラーである。
「そう! 世界の王たるもの、見目良く腕利きの部下が必要です! さんといいましたか……彼女こそ、むさくて陰気くさい男どもに代わって私の右腕となるべきなのです!!」
むさくて陰気くさい男どもとは我々のことですかレイム様。
ガレアノとキュラーはそう問おうとして、やめた。
この上司ならあっさり肯定してくれそうだ。
「あの強さ、魔力もまさに申し分なしです! 傍らに愛らしい妻と側近! これです……これこそ私にふさわしい!!」
高笑いする上司に相槌を打つこともできず、ガレアノとキュラーは死体よりも濁った目で彼を見つめ続ける。
ただ、一つだけはっきりしていることは。
「また、面倒な病気が増えましたね……」
「だな……」
はあ、と不幸な部下二人はため息をついた。
長編主人公の夜。…すみません、長くなったので「前途」主人公側は次回に。
最悪の敵(?)乱入、ついにぶちキレ。ついでにアメルに気に入られました(笑)
レイムに悪の女幹部役に選ばれた長編主人公の運命は!?
……なんてたいそうなものにはなりません(ダメじゃん)
2004.8.10