おいでませ平行世界? [7]
夕食時、テーブルを見た男性陣はそれぞれに首をひねった。
「……なんだよ、この妙な組み合わせは?」
「珍しいな、アメルがここまで統一感のない献立にするなんて」
「あはははは……」
芋が若干多い時もあるが、基本的にアメルは肉や魚類、野菜などを偏ることなく取れるように献立を組む。
だがしかし、今夜だけは違った。
蒸し肉が王者のごとく中央に君臨し、その周りには魚料理。その魚料理も一品だけではなく、香草焼きやらシルターン風の煮つけやらが並んでいる。
野菜類も同様で、全体的に見れば複数の人間が適当におかずを作ったような食卓となっていた。
無論ミモザ達がマグナとにめちゃくちゃな買い物をさせた結果だが、男性陣が知る由もない。
「ま、まあいいだろ、俺腹減ったし」
当事者のため真実を知っているマグナがそう言うと、「それもそうだな」と全員が席に着き始める。
それに胸をなでおろしながら、マグナはパンを口に運んだ。
正直昼間のことは話題に出してほしくない。後ろめたいような気持ちや、事情を知らない者……特に恋敵に知られたくないという意識、その他諸々が混ざり合って爆発してしまいそうで。
ついでに腹が減っていたのは本当だ。いろいろあって気疲れしたせいかもしれない。
「魚の煮つけなんて久しぶりだな……」
「確かにな」
懐かしそうに舌鼓を打つトウヤとハヤト。
その近くでは魚を取りにくそうにしているソルに、
「違いますよソルさん、これはこうして……」
アヤが自分の分で手本を見せている。
対してその隣のナツミはうまく魚の身が取れず、ぐしゃぐしゃに崩れた煮つけをキールが苦笑しながら見ている(彼の煮つけも人のことは言えなかったりするが)。
「? どうしたんですか?」
ふとクラレットが、食事の手を止めてこちらを見ているに気づいて問いかけた。
その言葉で他の面々も気づいたらしく、少し心配そうな視線を向ける。
「あ、ううん。何でもないの、別に」
慌てたように手を振ると、は食事を再開する。
ただし、それでもペースは遅いが。
何かを考えているような、そんな感じであった。
「ごちそうさま」
そのうち、食事を終えた者が席を立ち始める。
ナツミも満腹になったのか、空の食器をまとめ始めた。
そのまま席を立って――
「あ、あのっ」
食事途中にもかかわらずが急に立ち上がる。
なので全員、思わず動きを止めて彼女を見た。
「あ、ごめん……その……」
注目を浴びたせいもあってか、しどろもどろになる。
それでもやがて、意を決したように顔を上げた。
「ナツミ、アヤ……あとでちょっといいかな?」
「え? ……うん、いいけど……」
「私もかまいませんよ」
「ははーん♪」
ミモザがにやりと笑みを浮かべる。
不幸にもトリスはそれに気づいてしまい、頭を抱えたくなった。
絶対何か企んでいるだろうし、それに強引に巻き込まれてしまうのは目に見えていたからである。
「……と、いうわけで」
自分の部屋に集まったメンバーを見回しながら、不適に笑うミモザ。
何の説明もなしに集められたので何が「というわけ」なのか不明だったが、言っても無駄なのはわかっているので誰もつっこまない。
「ついに、これを試す時がやってきたわっ!!」
ミモザが大仰に叫びながら示す先には、謎の機械。
少なくとも最近まで、こんな物はなかった気がする。
「……何ですかこれは?」
「エルジンがね、無線を改良して造った試作品1号よ。ええと、確かこれをこうすると……」
ミモザの指が数ヶ所のボタンを押す。
ざざっ、ざーと音がした後。
『……ん、そうなるかな?』
『まあ、確かにそういうことになりますね』
話し声が聞こえてきた。
雑音交じりで不明瞭だが、この声は……
「先輩? なんでナツミとアヤの声が……」
「あの子達の部屋にちょっと、ね」
トリスの問いに、曖昧な答えで返すミモザ。
だが、「名もなき世界」出身者はこれがなんなのかわかった。わかってしまった。
「ちょっとって……ミモザ、これって盗聴……!」
「しっ! ほら、いいところなんだから!!」
ハヤトの正論はあっさり封じられた。
『そうなんだ……いいな二人とも、仲よさそうで』
『え、そうかな?』
『さんを呼んだ人って、向こうのマグナさんですよね? うまくやっていけないということはないような気がしますけど……』
「うふふ、やっぱりマグナのことで相談だったわね」
「いやー、初々しいですね♪」
「なるほど、こりゃ聞かねえ手はねえよな」
「ちょっと、よく聞こえないわよ!」
もはや、ほとんどがデバガメ状態だ。
その一方で、
「……いいのか? 止めなくて」
「無理、もう誰も聞いてないし」
「下手に止めたら後が怖いし……」
ぽつねんと佇むごく数名。
好奇心旺盛な面々を、一部の常識人が食い止める術はなかったのである。
聞かれているとはつゆ知らず。
「まあねー、マグナはあたしのことを邪険にしたりはしないよ。だけどさ……」
はあ、との口からため息一つ。
「どっちかといえば、まわりの方が問題かな」
の言葉に、ナツミとアヤは怪訝そうに首をかしげ。
「あ、わかった! ライバルがいるとか?」
ナツミがぽん、と手を打った。
「ライバル……」
ぽそりとつぶやく。
アメルやロッカ、レイムのことを考えれば、ライバル同士の小競り合いということになるのだろうが……それでも違和感があるのはなぜだろう。
というか、むしろあれは……
「……地震や台風の方が正しいかも」
ナツミとアヤはさらに疑問符を浮かべるが、あえて説明する気はにない。
あれは体験した者でないとわからない。
「まあ、それも原因といえば原因なんだけど」
再びため息。
そっちも問題なのだが、こればかりは別の世界の彼女達にどうにかできるものではない。
「どうもね、マグナの方が一歩引いちゃっているような気がして」
『え?』
ナツミとアヤの声がハモった。
の世界のマグナは知らないが、少なくともこちらのマグナは「来るもの拒まず、皆お友達」を地で行っている人物だ。
どうにも彼女が言っているようなイメージとは結びつかない。
「多分、あたしを呼んじゃった負い目とか色々あると思う……仲良くしてはくれるんだけどどこかちょっとよそよそしい感じがするというか」
「ああ、なるほど」
それはなんとなく、ナツミ達にもわかる。
というか、似たような経験がある。
「そういえば、ソルさん達もそうでしたよね」
くすっと笑いながらアヤ。
「そうなの?」
身を乗り出してが尋ねる。
真剣プラス興味津々といった顔。
それを見て、ナツミの頭に小悪魔が飛びついた。
「……聞きたい?」
「もちろん! 貴重な経験者のお話だし!!」
「そうですね、参考になるかわかりませんけど……」
アヤまでがにこにこと話題に加わった。
かくして、当人達が聞いているとも知らず誓約者二人による暴露大会は始まる。
「なっ……なにばらしてるんだよ!!」
無関心を決め込んでいたソルも、さすがに話が自分達のことに及ぶとそうもいかなくなった。
赤面しつつ、「違う」「嘘だ」などとわめいて聞こえてくる会話を遮断しようとする。
当然聴いている方はそんなの承知の上で、ソルをからかったり、機械に耳を近づけてけたけた笑ったりしている。
キールは……やはり赤い顔でなにやらぶつぶつ言っている。
「……あのさ。なんか、めちゃくちゃになってきた気がするんだけど」
「……そろそろ止めるべきか……」
珍しく揃ってため息をつく兄弟弟子だった。
「なるほど、そんなことがあったんだ……」
「そうそう、最初は全然笑わなかったし、愛想もなかったしねー」
本人が聞いたら(いや、実際聞いているのだが)即座に「悪かったな」とか言いそうな言葉を、ナツミはおかしそうに笑いながら口にした。
やはりくすくす笑っていたアヤだったが、次第に表情が穏やかなそれに変わる。
「だから……笑うようになって嬉しいです」
「……そうだね」
ナツミもしんみりした顔でうなずく。
「幸せになってほしいよね」
「ナツミ……」
「アヤ……」
先程までとは一転し、一言なりとも聞き逃すものかとばかりに機械に耳を寄せるソルとキール。
周りからは冷やかすような視線が注がれているが、気にしている様子はない。それほど感極まっているのだろう。
その証拠に、二人の顔は緩みっぱなしだ。
「なんだかなあ……」
「でも、うらやましいんじゃないの? ちゃんにああ言ってもらいたいとか」
違う? というようにミモザが笑う。
「…………」
男性陣の一部、否定できず。
『……ありがとう、話したらすっきりしてきた』
そんなこんなのうちに、話は終わりを告げた。
『ごめんね、つきあわせちゃって』
『そんな、気にしないでよ』
『そうですよ、困ったときはお互い様です』
「なんだ、もう終わりなの……つまんないの」
残念そうにミモザ。
暴露大会では一番笑っていたが、それでも彼女には物足りないらしい。
「つまんないってミモザ先輩……」
「だって、せっかくここだけの話とかが聞けると思ったのに」
さっきまでの話は「ここだけの話」じゃないのか。
そうつっこむ勇者はこの場にはいない。
「仕方ないわね、これで撤しゅ……あら?」
一瞬怪訝な顔を浮かべたミモザ、何かに気づいたか「しっ」と口元に人差し指を当てて周囲を見回す。
思わず黙り込んだ全員の耳に、
「あれー? トリス、いないのー?」
の声が微かに聞こえてきた。
続いてノックの音。
「トリス、行ったほうがいいんじゃないか?」
「あ、うん」
マグナの言葉にうなずくと、トリスは駆け足でミモザの部屋を後にした。
それを見送ってから、全員首をかしげる。
「トリスに何の用なんだろう?」
「さあ……」
「なら、確かめてみましょうか?」
にやっと笑いながら、ミモザが再び機械を操作する。
聞こえてくる音声が、雑音の後トリスとのものに変化していく。
なにやら不吉な予感がして、ネスティはぎこちなく首をミモザへと向けた。
「ミモザ先輩、トリスの部屋にも……?」
「うふふふふ」
「……まさかとは思いますが、僕達の部屋にも仕掛けてたりはしませんよね?」
「あっ、話が始まったみたいよっ!」
「白々しく話題を変えないでください!! そんな反応するっていうことは仕掛けてるんですね!? どこにですっ!?」
「大丈夫よ、面白そうなことがある時しか聞いてないから♪」
「大丈夫、じゃありません!」
ぎゃいぎゃい騒ぎ立てるネスティを見ながら、あとで自分の部屋をよく調べておこうと一同が心に誓ったのはいうまでもない。
「……で、どうしたの?」
「うん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
そう言うと、は黙り込んだ。
複雑な表情でなにやら考え込んでいるようだ。
「…………」
「…………」
そのまま沈黙がしばし続く。
先にそれを破ったのはトリスだった。
「何? 聞きにくいこと……なの?」
「うん、まあ……」
歯切れの悪い言葉だ。
だが、すぐには意を決した顔で切り出した。
「その……ご先祖様の罪を背負うって、どんな感じ?」
「……え?」
思わず、ぱっかり口を開けたままトリスが固まる。
「あ、ごめん。変なこと聞いてるっていうのはわかってるの」
気を悪くしたと思ったか、慌ててが謝る。
「あたしの世界のマグナ、トリスみたいな『同じ立場の人』っていないから……ご先祖様のこと、一人で背負っちゃってるとこがあって。ネスティやアメルのことも、自分一人の責任みたく抱え込んでて……」
言葉を紡ぐ声が、少しずつ沈んでいく。
「あたしじゃマグナの苦しみはわかってあげられないかもしれない。でも……あたしは護衛獣らしいこと何もできてなくて。少しもマグナを助けられないことが、なんだか悔しくて……」
一言一言ごとに、の瞳が潤む。
その間、トリスはまったく口を挟めなかった。昼間なんだかんだ言ってミモザの案に流されてしまったのは、この悩みのせいもあったのだろう。
「悪いと思ったんだけど、今を逃したら二度と誰にも相談できない気がするの。ねえ、トリス。あたしは……どうすればいいのかな?」
目は潤んだままだったが、はしっかりとトリスを見つめている。
「え、ええと……」
そこにわずかながら期待を見つけてしまい、トリスは戸惑ってしまった。
もう限界だ。
そう思った瞬間、ネスティの手は機械の電源を切っていた。
ぱたりと会話が消える。
「あ……」
誰かが声を漏らす。だが、知ったことではない。
これ以上聞いていられなかったし、マグナに聞かせたくもない。
ちらりと見ると、複雑な表情のマグナがネスティの視界に入った。
「……今の内容は他言無用、もちろん本人達にも聞かないこと。今後これは使用禁止です。いいですね?」
後半のみミモザに向けて、ネスティは絶対零度の無表情で告げた。
無論のこと、首を横に振る者などいない。
ネスティの怒りを好きこのんで買う気はないし、内容が内容だ。
「…………」
マグナだけが、何か言いたげに機械へと視線を注いでいた。
「……ごめん」
やっとのことで、トリスの口から出せたのは謝罪だった。
「あたしはあなたの世界のマグナは知らないから、どうすればいいのかはよくわかんない」
途端、が「そっか」と力なく笑う。
それで終わりと思ったのか、立ち上がりかける彼女を「でも」とトリスが慌てて制した。
「が何もできていないっていうのはないと思う」
がぱちくりと瞬きをする。
浮かせた腰を再び下ろすと、先を促すようにトリスを見た。
「あたしもご先祖様のことを知った時は、世界の終わりだってくらい落ち込んだけど……みんな今までどおりに接してくれたし、支えてくれた。みんなからしてみればなんでもないようなことかもしれないけど、あたしはそれがすごく嬉しかったな」
正直な意見を言う。
あの時トリスを救ったのは、仲間たちの変わらない態度だった。
「うん、そうかもしれないけど……」
まだ浮かない顔の。どうも納得できないのだろう。
なんて言えばいいのだろう。
考えて、その答えはそう時間を要することなく見つかった。
「前にね、大将に言われたの。目には見えなくても、言葉で伝えなくても本当に心でそう思っているのなら、気持ちはきっと届いているって」
が「あ……!」と口を大きく開いた。
この反応からして、彼女も聞いたのかもしれない。向こうの世界のシオンから。
それならば、彼女はもうわかっているだろう。
「がマグナのこと助けてあげたいって思っているなら、きっとなにかの形で助けているはずよ。だから、その気持ちを大切にしていればいいの」
「……うん」
今度はすっきりした笑顔を浮かべ、は「ありがとう」とつぶやいた。
「アメルー、お茶ちょうだい」
「あ、あたしも」
そろって応接室に現れたトリスとに、「あ、はい」とアメルは慌てて返事をした。
室内には茶をすする他の面々。もちろん途中まで二人の話を聞いていたことはおくびにも出さない。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
アメルから茶を受け取ると、二人ともおいしそうに一口含んだ。
この様子を見れば、の悩みが解決したことは誰の目にも明らかだった。
ふと、が怪訝そうな顔で茶を飲む手を止めた。
その視線の先には、少し元気がないマグナ。
「? マグナ、どうしたの?」
「さ、さあ?」
話を振られたアメルは曖昧な返事を返す。
言える訳がない。理由を言ったら、盗み聞きしていたことまで話さねばならなくなる。
はしばし、思案するように目を閉じ。
何か思いついたか、ぽん、と手を打った。
「そーだっ、そういえばハサハちゃんにお手伝いのごほうびがあるの」
待ってて、とハサハに声をかけるとは小走りで応接室を出て行く。
しばらくして、手に何かを持って戻ってきた。
「はいっ。今日はどうもありがとうね」
が笑顔でハサハに差し出したのは、細い串に刺さった果物だった。
飴がけがしてあるようで、琥珀色に光っている。それが四本。
ハサハはじーっとそれを見つめていたが。
「…………」
無言でマグナのところまで歩いていくと、手に持った串のうち二本をマグナに差し出した。
「ハサハ?」
「おにいちゃんも、おねえちゃんのおてつだいしたから。だから、これはおにいちゃんのぶん、だよ」
そう言われてしまうと、「俺はいいから」とはさすがに言えない。
ありがとう、とマグナは飴がけ果物の串を受け取った。
「それじゃ、……いただきます」
「うん、どうぞ」
ぱり、と飴の割れる音がした。
少しの間をおいて、
「……おいしい」
「そう? よかった。ついでにどの果物のが一番よかったか、教えてくれると嬉しいんだけど。参考までに」
「うん、全部食べてから教えるよ」
「…………(こくこく)」
一部始終を見ていたアメルは、満足げにひとつうなずいた。
「さすがですね」
「え?」
トリスが不思議そうに聞き返す。
「だってさん、マグナとハサハちゃんの性格よくわかってますよ。それに、ほら」
アメルの示す先には、ほのぼの状態のマグナ達。
ハサハがいるため、仲のいい兄妹といった風情になってしまっているのは仕方がない。
だが……それは一枚の絵のようで、余計な物を入れたりしてはいけないような気さえする。
「……そうね」
トリスもアメルの言わんとしていることがわかり、うなずいた。
少なくとも、落ち込んだままより今の方がいい。
それは他の面々も同じのようだ。ただ穏やかな目で彼らを見守っている。
一部変わってはいるものの、ひとときの安らぎともいえるいつもの時間は今宵も過ぎていくのだった。
「前途」主人公の夜、別名悩み相談会。
彼女なりに悩んでいます。本編がマグナ視点なのであまり語られていないのですが。
相談相手には「前途」未登場キャラを出してみました。相談しやすそうですし。
さて次回、いよいよ運命の日が来ます。
2004.9.17