始まり。
始まりの呪文


 「いやー、しかしあれは笑えたなー。連中はこけるし」
 「……笑わないでよ。だからヤだったんだってば」
 一難二難去った後の夕食。
 の乾電池召喚は、早くもネタにされていた。
 「そんな面白いんなら、ぜひ見てみたかったわね」
 「ミモザ……」
 けらけら笑うミモザの横で、汗を一筋流すギブソン。
 「ホント面白いよな、お前さんは。初めて会ったときも……」
 「その話はもういいってば―――!!」


 「あの……マグナさん?」
 「ん、何?」
 「さんって、どういった経緯でここにいるんですか?」
 アメルの質問に、マグナは不思議そうな表情をした。
 「あれ?話してなかったっけ?」
 「聞こうかなと思ってたんですけど、それどころじゃなかったから……」
 そういえばそうだな、とマグナは思った。
 召喚師でも冒険者でもないが、このメンツの中に混ざっていたこと自体(端からは)不自然に見えたかもしれない。
 「そうだなー……確か、まだゼラムにいたとき、野盗の話を聞いたんだよ。で、トリスが自分だけでも戦う、って行っちまって……」


 ☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★


 「いい加減にしろ! トリス!」
 「ついて来なくていい、って言ったでしょ!!」
 やっとトリスに追いついたマグナとネスティ(+護衛獣)だったが、やはり始まったのはおなじみの口ゲンカだった。

 「君が犬死にするのをほっておけるか!」
 「あたしだって召喚師よ、ちゃんと戦える!!」
 「バカを言うな、戦いってものは君が思ってるほど甘いものじゃないぞ!!」
 「バカバカ言わないでよ!!」
 「バカにバカといって何が悪い!」

 ……最初からにせよ途中からにせよ、ケンカの内容というものは低レベル化していくのが世の常である。
 この時も例外ではなかった。
 完璧に第三者状態になったマグナ達の思いは二つだった。
 一つは「いい加減にして欲しい」。そして、もう一つは……

 「あのさあ、二人とも……」
 「だいたい真正面からなんて……」
 「おい、ニンゲン、メガネ……」
 「じゃあ不意打ちしろって言うの!?」
 二人とも、相手の言葉以外まるで聞いていない。
 マグナとバルレルは同時にため息を付くと、大きく息を吸い込んだ。
 「「おいっ!!」」
 二人分の大音量はさすがに効いたか、トリスもネスティもケンカを中断する。

 「……テメエらなぁ、状況わかってるのか?」
 「二人が騒ぐから、とっくに気づかれてるんだけど」
 マグナが指さす先には。
 「ガキが騒がしいと思ってりゃ……召喚師様とはねぇ」
 ひゃははと下品な笑い声をあげる集団が、ぐるりと彼らを囲んでいたのだった。

 「まずいな……頭上から完全に囲まれてる」
 「わかってるじゃねえか、そこのメガネ。ワシが合図すりゃ、ここから矢を射かけるだけでお前らはなぶり殺しよ?」
 「では、どうしてそうしなかったんだ?姿を見せるからには、それなりの目的があるんじゃないのか?」
 ネスティの質問に、首領らしき男は待ってましたと言いたげな顔になった。
 「なあに、簡単なこった。お前らがワシらの言うことを聞いて、その召喚術を役立てるなら……命だけは助けてやろうって話よ」

 部下になれ。さもなくば殺す。
 早い話がそういうことだと察し、マグナ達は奥歯をかみしめた。
 「どうだ? 選択の余地は……」
 ない。そう続くはずだったが、男は最後まで言うことができなかった。


 がきぃん!
 ぐぎゃあぁぁっ!!


 金属音と男の悲鳴に、その場にいた誰もが動きを止めた。
 発生源とおぼしき場所には、剣を持った大柄な男。

 「大のオトナがまぁ、子ども相手に大げさなことだねー」
 飄々と言って、また一人を切り伏せる。
 野盗達もそれでようやく我に返り、男に攻撃しようとしたが、


 ひゅっ……


 「なっ……!?」
 風を切って、一本の矢が首領の足下に刺さった。
 「どうやら、頭目はあなたみたいね。覚悟なさい!」
 声と共に、岩陰から女性が現れる。

 ちっ、と首領は舌打ちをすると、一番確実であろう手段を取った。
 「半分はここを押さえろ! 残りはあいつらの始末だ!!」
 突然の邪魔に浮き足立っていた野盗が、その命令で再び統率を取り戻し始めた。

 だが、このチャンスをマグナ達が逃すはずがなかった。
 「ギヤ・ブルース!」
 混乱に乗じて、こっそり呪文を唱えていたネスティの召喚術が発動する。
 「プチメテオ!」
 続いて、こちらもこっそり唱えていたトリス。
 半ば気を逸らしていた野盗達は、気づくのが遅れてまともにそれらを食らった。

 首領は再び舌打ちすると、マグナ達の方に向かって走り出した。
 「ちょっ……どうしよう! こっち来るよ!?」
 「どうやら、こちらを潰した方が早いと判断したみたいだな」
 「冷静に分析してる場合じゃないだろ!?」
 言っている間に距離はどんどん縮まっている。
 まず一番弱いと判断したのか、トリス目がけて。
 「わっ……ちょっ、来ないでよ!」
 あわてて呪文を唱えようとしたが、間に合わない。
 「覚悟しやがれぇ!!」


 ガッ……!


 鈍い音がした。
 しかし、続くべき悲鳴は聞こえてこない。

 「なっ……?」
 首領の攻撃は、バルレルによって防がれていた。
 「勝手なことするんじゃねぇ……こいつが死んだら、オレが帰れねぇんだよ!」
 思い切りはじくと、首領に向かって槍を繰り出す。
 そこにレオルドも加わり、首領は足止めされた状態となった。

 「今のうちに……!」
 マグナとトリスは、ほぼ同時に呪文を唱え始めた。
 そして、やはりほぼ同時に詠唱が終わる。

 「「異界のものよ、その力を示せっっ!!」」

 まばゆい光が走り、異界の門が開かれる……はずだった。
 が、光は不規則に点滅を始める。
 その上、ぎしぎしと軋むような音までしてきた。

 「まずい、暴発するぞっ!!」
 ネスティの警告は間に合わなかった。
 爆発するように光は広がってゆく。
 ぱりぃぃん……と音が響き渡った。


 しーん……


 「…………?」
 全員、おそるおそる目を開けた。
 何も起こっていない。
 爆発はおろか、何かが呼び出された形跡もなかった。

 「なんだ、おどかしやがっ……」
 首領はそう言いかけて……気づいた。
 空には雲一つないのに、自分の頭上に影ができていることに。
 上を見てそれに気づいたときには、もう遅かった。
 「てぇぇぇっっ!?」


 どさっっ!


 次の瞬間、首領は落ちてきたものに押しつぶされていた。
 「へ?」
 「女の子……?」
 呆然と、マグナ達はつぶやく。
 落ちてきたもの。
 変わった服装をしてはいたが、どう見ても人間の少女だった。
 気を失っているのか、ぐったりして動かない。

 下敷きにされた首領は、やっとの事で少女の下から這い出る。
 「なんだ、この小むす」


 ひゅるるるるる……
 ごすっ!!


 「め゛っ!?」
 再び降ってきたものが頭を直撃し、首領はばったりと倒れた。
 よく見ると、それは鞄だった。おそらく少女のものであろう。

 冗談のような光景に、しばし時は止まる。が、
 「……さあ、お前らのボスは倒れちまったぞ! あとはお前らだ!!」
 真っ先に立ち直ったのは、大柄な男だった。
 リーダーを失い、今度こそ統率を失った野盗達にもはや勝ち目はなかった。
 さほどかからないうちに、全員お縄となったのである。


 ☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★−☆−★


 「ふーん、そうだったんだ」
 「うわっ!」
 突然割って入った声に、マグナは驚いて席を立ちかけた。
 いつの間に来たのか、マグナの後ろにがいた。
 「さん……いつから聞いていたんですか?」
 「ネスとトリスの口ゲンカあたりから。……にしてもフォルテ、ずいぶんはしょってたわねぇ……」
 「え?フォルテ、ちゃんと話したって言ってたけど……?」
 「私が落ちてきたたとこだけね。鞄が直撃したなんて、一言も言ってなかったわよ」

 「まあ、フォルテさんも途中から来たから、マグナさんほど詳しくは……」
 「いや、わかんないわよ。フォルテのことだから、とんでもないことチェックしてたり……」
 アメルのフォローを遮っただが、答えは意外なところから来た。
 「ソウイエバ殿ガ落下シテキタ際、ふぉるて殿ガ『オッ、白ニ猫ノわんぽいんと』トオッシャッテマシタガ……」


 ぴし。


 レオルドの一言に凍りつく者数名。
 主にそれが誰かは、もはや言うまでもない。

 「フォールーテー?」
 「詳しくお話聞きたいんだけど?」
 とケイナににじり寄られるフォルテ。顔には大きく「マズイ!!」と書いてある。
 「それじゃ、俺はこれで……」
 当然逃げようとするが、二人がそれを許すはずもなく。
 がしっとフォルテの腕を掴むと、仲良く応接室の外へと引きずっていった。

 数秒の間の後。
 「あんたは――――っ!!」
 「本日二度目のちゃんラリアート――――っ!!」

 続いてフォルテの叫び声。


 「……あの時は、もう少しおとなしい子かと思ってたんだけどね」
 「でも、元気になりますよ。さん見てると」
 「……そうだな」

 レルムの村が襲撃されてから、もうすぐ三日。
 今日もギブソン・ミモザ邸はおおむね平和だった。



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話としては8話の後くらいですが、どちらかといえばおまけ話なので閑話。
主人公はいかにして呼ばれたか?ということで書いてみました。
最後のフォルテのアレは…オチにちょうどよかったので追加。
んで、聞いてるとしたらレオルドかなー、と…この後絶対困惑してる(笑)
またこういう話を書くかどうかは…未定(オイ)