苦労人の恋。
”わかんねえ女”
俺にとってそいつは、ただそれだけの存在のはずだった。
復讐者の憂鬱
その夜、夕飯を終えたリューグは茶を飲む面々から離れての部屋へと向かっていた。
理由はわからない。ただ、気になった。
は朝から様子がおかしかった。
普段うるさいぐらい元気なくせに、悩み出すとかなりはまるたちらしい。
そういう時は、誰が聞いてもたいてい「なんでもない」「大丈夫」で通し、そのうち何事もなかったかのように落ち着く。いつもそんな感じだ。
だから、いつものことといえばいつものことだ。
それなのに。
(何やってんだ俺……)
歩きながら、リューグは自問自答していた。
ドアの前に立っても、すぐに行動を起こせなかった。
ノックして、出てきたとして……それからどうする?
そもそも、一体何をしたくてここまで来たのだろうか?
「話はわかったけど……今じゃないとダメなの?」
中から話し声が聞こえてきて、思考は一時中断される。
「うーん……できればね。もしいるんならまずアメルとか抜きで話がしたいし」
「でも、村にアグラ爺さんがいなかったらどうすんだよ?」
「その時はその時」
出てきた固有名詞に、さらに眉をひそめた。
なんでいきなりジジイの話になるんだ?
だが、アメル抜きで話をしたいというのはリューグも同じだった。
アメルに話したという祖母の村の真実。
血が繋がっていないのは薄々気づいていた。だが、なぜあんなでたらめを吹き込んだのか。
本人の口から、納得のいく説明がほしかった。
「だからさ、明日の朝早く行こうと思うんだ。レルムの村は遠いから、すぐ帰るにしても余裕あった方がいいだろうし」
リューグが聞いているとも知らず、話は進む。
「ネスやシャムロック達には悪いけど……どうしても早めに聞いておきたいの。お願い、無茶はしないって約束するから!」
こいつは折れるなと、リューグは思った。
アメルほどではないにせよ、この二人の召喚師もお人好しが服着て歩いているような人間だ。
まして、言い出したら聞かないの性格もよく知っているはずだった。
突然、目の前のドアが開いた。
「面白そうな話をしていますね」
涼しい声でそう告げたのは……後ろに立っていた双子の兄だった。
(いつの間にいやがったんだ……?)
そして、驚いたのはドアの向こう側の面々も同じだった。
「ロッカ、リューグ……」
あちゃあ、とは頭を押さえた。
「大丈夫、ネスティさん達には黙っておいてあげます」
笑みを浮かべてロッカが言う。
「その代わり、僕達も一緒に行きますからね」
「ちょっと待て! 俺もかよ!?」
もちろんついていく気ではあったが、この兄から言われるのもなんだか腹立たしい。
「立ち聞きしておいて、無関係ってわけにはいかないだろう?」
う、とリューグはつまるしかない。
「それに、遅かれ早かれお爺さんを探しに行こうと思っていたんです。聞きたいこともありますし、いい機会かもしれません」
「けど……」
「それに、護衛は多い方がいいでしょう? なあ、リューグ?」
「……ああ」
仕方なく相づちを打つ。
悔しいが、こればかりはロッカの方が長けている。
まして正論ばかりだから、達も反論しにくい。
結局、ロッカの提案をほとんどのむ形で話はまとまってしまった。
で、翌朝。
抜け出して街道に出たまではよかったのだが……
「なんで街道思いっきり外れて山道歩いてんのよ――っ!!」
が叫ぶ。
「そうは言っても……仕方ないわよ。他の人に見つかったら面倒だし」
先頭を歩いていた仮面の女がうんざりしたように言う。
運悪くというか何というか……
村へ向かおうとした矢先にアイシャに見つかってしまったのである。
しかも抵抗したリューグはあっさり返り討ちにされた上、人質同然の扱いをされた。
黒騎士といいこの女といい、なぜデグレアの連中に勝てないのか。
考えるだけでイライラする。
それでも、もしかしたらルヴァイドを倒せるかもしれないという気持ちもあったのだが……
「ちょっと待て。テメエ、俺達を連行するんじゃねえのか?」
てっきり、それだけの自信があったから一人で現れたのだと思っていた。
だが、「他の人に見つかったら面倒」とはどういうことだ?
連行するのなら、近くに仲間を待機させておくのが普通だ。
「あのね……誰がいつそんなこと言ったのよ?」
「え、でも……」
「今回は雇い主殿とは関係なし。別口よ」
そうは言われても、簡単に信用できるものではない。
相手は敵だし、汚いやり口を堂々と行うような連中だ。
「……本当だと、思う?」
「うーん……どうだろう?」
「けっ、連中のことだ、罠か何かだろ?」
の気が知れない。
恩人だからって、自分を狙っているような連中をいつまで信用する気だ?
周りにいるのはほとんどお人好しだと思うが……こいつはそんな言葉じゃ生ぬるい感じがしてならない。
「何やってんのよ? 遅いわよ」
「しょうがないでしょっ!!慣れない山道なんだからっっ!!」
アイシャに怒鳴り返してから、は顔を歪めた。
注意しないとわからないような、微妙な変化ではあったが。
「……おい。もしかしなくても、足痛めているだろ?」
リューグがそう聞くと、の表情が明らかに強ばった。
強がってばかりで嘘をつくのは下手だ。顔が正直すぎる。
他の面々もようやく気づいて、治療しようとした。
それを制して、アイシャが呪文を唱え出す。
光が走り、空間が歪んで……
(……?)
何か、違和感を感じた。
召喚術自体は見慣れたものだったし、出てきたのは聖母プラーマだったのだが。
「?」
トリスが呼びかけるが、からの返事がない。
ぼーっと焦点の合わない目で、宙を見つめている。
そのまま身体がぐらりと揺れて……倒れた。
ほどなくして、プラーマが送還される。
「!」
近くにいたマグナが抱き起こすが……
「ぐー……」
返ってきたのは、何とも緊張感のない寝息。
「何だよ、寝てるだけか」
リューグはわざと大声でつぶやいた。
そう思わないと、不安だった。
「疲れていたみたいですね……」
ロッカの顔も、心なしかほっとしている。
彼もまた感じたのだろう。がどこかに行ってしまうような、そんな不安を。
いつかもそんな風に感じたことがあった。
普通に話していただけなのに、途中から別の誰かにすり替わったような。
いや、比喩ではすまないかもしれない。
その前に、本当に別人になっていたのだから。
「でも……どうしよう? このまま寝かしておくわけにもいかないけど、起こすのも悪いし……」
そんなことをまったく知らないトリス達は、起こすかどうか考えている。
確かに時間は惜しい。だが、ごまかした手前起こすわけにいかない。
結論。
「よっ、と……」
どうにかの上半身だけを起こすと、リューグはその腕を自分の肩に回させた。
ちょっとだけよたついたが、なんとか背負って立ち上がる。
「行くぞ」
「うん……」
マグナやロッカの視線がなんとなく痛いが……気にしないことにした。
「う……ん……」
再び歩き出してからしばらくして、がうめき声を上げた。
「嫌……そんなの……」
何かを求めるように右手が動き……リューグの服をつかむ。
ちらりと顔を見ると、びっしり脂汗をかいて表情は苦しそうに歪んでいる。
悪い夢でも見ているのだろうか。
「―――――っ!?」
息をのむ声と同時に、服をつかんでいた手が離れた。
続いて、荒い息づかい。
「……起きたか」
少し間があって。
「えぇぇぇっ!? ちょっ、リューグ、何でっ!?」
相当驚いたらしく、背負っているリューグごとひっくり返りかねない勢いで暴れ出す。
「わっ、こら落ち着け、暴れるな!!」
に注意しながらも、なんとか落ちないようにするのが精一杯だった。
トリス達の説明を聞いたら、なんとか落ち着いてくれたらしい。
それはそれでよかったのだが、次に来る言葉は簡単に予想できた。
「あ、その……ごめん、もう大丈夫だから! 下ろして!」
まさにリューグが思った通りの言葉を、は口にした。
「大丈夫じゃねえよ、さっきまで無理して歩いていたの誰だ?」
下ろしたら、また絶対無理する。
「でも、リューグが大変でしょ!? 私重いし!」
こうやって、人の心配ばかりして。
「別に重くねえ! いいからおとなしくしてろ!!」
リューグ自身、驚くくらい声が出ていたと思う。
「やせ我慢もいいかげんにしろっ!! 人のことばっか気にするくせに、テメエのことには気を使わねえし!! ったく、テメエって奴はっ!!」
言いながら、リューグは気づいていた。
アメルと同じだ。
村人から聖女になってくれと言われて、断れなくて。
『大丈夫。あたしのこの力で、助かる人がいるのなら嬉しいし』
その言葉を何度か聞きながら、嘘つけ、と思っていたのを覚えている。
辛いくせに、無理して強がって。
一人で苦しんで、人にはごまかして。
だから。
「……テメエの心配してる奴もいるってことぐらい、覚えておけよ……」
そこで面白くなさそうにしている奴らとかな。
心の中でそれだけ付け足す。
「……リューグ」
きつかったら早く言ってよ。
それだけ言うと、は再びおとなしくなった。
(いつもこれぐらいならいいんだけどな……)
なぜかラリアートをくらったときのことを思い出し、リューグは顔をしかめた。
誰も何も言わないまま、時と歩みは進んでいく。
幸い、もおとなしい。
ふと、しがみついているの腕の力が強くなった。
「おい、?」
呼びかけるが、返事はない。
ぽすっと、首筋にの頭がもたれかかった。
腕の力も完全に抜ける。
聞こえてくるのは静かな寝息。
(また寝ちまったのかよ……)
だが、さっきと決定的に違うところがあった。
(幸せそうな顔しやがって……)
いかにも安心しきっています、というくらい顔を緩めて。
先程の様子が嘘のように、リューグに全身を預けて眠っていた。
「んー……」
今度は寝言も平和そのものだ。
「あ……、寝ちゃったんだ」
気づいたマグナがこちらを見る。
「相当疲れていたのね……」
「寝かせておいてあげましょう」
気持ちよさそうな寝顔を見たためか、それぞれの顔に笑みが浮かぶ。
誰もが安心しかけたその時。
「……すき……」
「なっ!?」
の思わぬ寝言に反応するマグナ、ロッカ、そしてリューグ。
だが。
「……焼きだからって、肉ばっかり食べないでよぉ……」
続く言葉に、何ともいえない沈黙が漂う。
誰も意味はわからなかったが、自分達の考えが単なる思い違いであったことだけは理解した。
(なんだ、違うのか)
ほっとして……ふと気づく。
なんでほっとしてるんだ?
こいつが誰を好きだろうと関係ないじゃないか。
そう、例えば……
『それは光栄です、姫君』
……って、なんであいつが出てくるっ!!
脳裏に浮かんだイオスの姿……しかもいつぞやの『手の甲にキスする』光景……に思い切り回し蹴りをかます。
あいつは除外だ。大いに問題がある。
無理矢理思考からイオスを追い出す。
そして代わりに、マグナを当てはめてみた。
こちらはそれなりに自然だ。だが……
(なんでイライラが収まらねえんだよ……?)
他の誰を当てはめても収まらない。
理由がわからないから、さらにイライラする。
(何なんだよ、一体!)
「リューグぅ……」
背中のが、寝言で名前を呼ぶ。
それだけなのに、なぜかイライラが引っ込んでしまった。
代わりに、妙な安心感。
(なんでだよ……?)
疑問は消えることはなかったけれど。
……彼がその理由を知るのは、もう少し先の話。
時間かかってしまいましたが、リューグ視点の閑話をお送りしました。
前半のロッカが……あんた何者や、って感じですね……
後半の主人公の寝言もこじつけっぽかった……どーいう夢見てるんだか……
リューグ自身はいい感じにできたと思いますが……いかがでしょう?(←聞くなって)