回想。
それに気づいたとき、思った。
運命とは、そこまで皮肉なものなのか、と。
それでも、触れてくれた手はあたたかくて。
知らない間に大切になっていた。
僕の手を取るその右手
自分の息が、うるさいほど荒い。
誰も見ていないとわかっていても、なかなか落ち着くことができなかった。
傷つけた。
光を与えてくれた弟妹弟子を。
聞かれてしまった。
手を差しのべてくれた少女に。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
このまま、ずっと隠し続けていくはずだったのに。
否。
薄々は感じていなかったか?
禁忌の森で、ローウェン砦で。
隠し通せるものではないと。
それは「彼女」と再び出会ったとき、確信になった。
彼女もまた、禁忌に関わる者だったから。
だからこそ、弟妹弟子と彼女達を引き離すのが最良の方法だと思った。
傷つけることには変わりないが、最悪の事態は免れる。
そう、マグナやトリスのためだ。
そして……のため。
なのに。
「どうして……僕は、泣いているんだ?」
頬を熱い滴が伝う。
ネスティの問いに答える者はいない。
ベッドにが横たわっている。
顔色はあまりよくない。
呪詛付きの毒を受けたためだ。
どちらも完全に消えていた。
大本はネスティ本人が叩きのめしたため消滅したし、シオンやカイナが処置した上で大丈夫だと言ったから。
でも、不安は消えてくれない。
このまま二度と起きないんじゃないか、死んでしまうのではないか。
そんな思考ばかり頭をかすめる。
あたたかいからと、腕にしがみついていたのはほんの数時間前のことなのに。
どうして僕なんか庇ったんだ。
なぜまだ信用し続ける?
理由はどうあれ、あの冷たい牢獄のような世界に追いやろうとしたのに。
「ん……」
誰かの寝言が聞こえる。
誰一人ここを離れたがらず、一人また一人と眠りに落ち…結果、今起きているのはネスティだけだ。
そっとの手を取る。
その手はいやに冷たくて、思わず強く握りしめた。
そうすることで、少しでも己の体温を分け与えようとするかのように。
突然現れて、弟妹弟子と同じように引っかき回してくれた少女。
この身体を見ても、変わらず接してくれた存在。
こんな気持ち、マグナやトリスで最後かと思っていたのに。
あの、くるくる変わる表情が見たい。声が聞きたい。
いや……多分、それだけじゃ満足できない。
そのためにも、生きていて欲しい。
だから……早く、目を覚まして。
気がついたら夕方だった。
朝、が目覚めたことがとても嬉しかったことだけは覚えている。
その辺りの記憶ははっきりしない。まるで感情にすべてを支配されてしまったかのようで、記憶はおぼろげだ。
どうやらその後、気が緩んで眠ってしまったらしい。
それはいいのだが。
「あ。おはよ、ネス……って言っても夕方だけど」
サンドイッチをかじりながら、が言う。
同じくサンドイッチをほおばってるマグナが軽く手を上げ、トリスもそれに習う。
「……で、何をやっているんだ、君達は?」
問題は、達が部屋の床に座っているということなのだ。
むろん言うまでもなく、ここは室内である。
付け加えれば、昨晩ネスティが召喚術を使ったため壁や家具が壊れていたりする。
しかし、敷物までしいてレシィやハサハとサンドイッチを食べている光景はまるきりピクニックだ。
「あー……最初は普通におしゃべりしながらネスが起きるのを待ってたんだけど、お腹すいてきちゃってレシィに頼んだら、ハサハが混ぜてって来ちゃって、そのうちこうなっちゃって」
頬をぽりぽりかきながら。
「まあ、それはさておき。……ネスもサンドイッチ食べたら?」
ネスティの目の前にサンドイッチが突き出される。
にしてみれば、お腹すいてるだろうからどうぞ、程度だったのだろうが。
あの一夜と今の変にほのぼのとした雰囲気のギャップが、あまりにも大きくて。
「ぷっ……あははは……」
「ちょっと、なんでそこで笑うのよ?」
「バカだな……本当に、君達はバカだ。ははははは……」
昨日、ひどく傷つけられた相手にそんな風に振る舞えるなんて。
あれこれ悩んでいた自分こそバカみたいではないか。
同時に、よかったと思う。
元気になったことも、マグナ達共々いつもの調子に戻っていたことも。
もう、が何者だろうとどうでもよかった。
笑顔がなくなる以上に、彼女がいなくなってしまうのは…嫌だった。
「ははは……はははははっ……」
自分でもよくわからない感情に満たされながら、ネスティは笑っていた。
ただひたすら、笑い続けていた。
「……ス、ネス!」
ぱちりと、ネスティは目を開けた。
ぼんやりとした瞳が、ゆっくりと少女の姿を映し出す。
「また徹夜したでしょう? こんなところで寝るんじゃないわよ」
呆れたようにが言う。
(ああ、そうか)
そういえばずっと調べ物をして、ほとんど寝ていなかった。
そしてとうとう、力尽きて眠ってしまったらしい。
(しかし、よりによってあのときの夢か……)
目の前の彼女が、夢の中身を知るわけないだろうけど。
なんだか、気恥ずかしい。
「? 何、私の顔に何かついてる?」
「い、いや」
「それはそうと、うなされてたけど……悪い夢でも見た?」
……言えない。
さすがにあの頃のことは、未だネスティに気まずいものを残しているのだから。
彼女の口から真実が知られるのを恐れた。
彼女の姿をした別人が、すべてを奪ってしまうのを恐れた。
でも、今は。
「さあな……忘れてしまってよくわからない」
「ふうん」
腑に落ちない表情はしていたが、とりあえずは納得してくれたようだった。
「ところで、君は何をしているんだ?」
話題転換にと当たり障りのないことを聞くと、はぱんと手を合わせた。
「あ、そうそう。アメルがお芋のパイ焼いたんだって。だから食べるかって、いる人に聞いて回ってるの。ネスが最後」
で、食べる?
尋ねてくるに、ネスティは思わずうなずいていた。
ネスティの反応を見るや、は満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、早く行こ!」
言うなり、ネスティの手を引っ張って歩き出す。
ネスティは数歩たたらを踏みながらも、どうにかついていった。
「おい、急がなくたってパイは逃げないだろう?」
「わかってない! パイは焼きたてが命なの!」
温めなおしたって、焼きたてのおいしさにはかなわないんだから!
焼き立てパイのうまさを力説しながら、はネスティの手を引き歩き続ける。
以前なら、文句を言いながら振り払っただろう。
しかし今では、その手を振り払わず、引かれるままになっているのを嬉しく感じている自分がいる。
この手をもうしばらく、離したくないと思っている。
だから、今だけはこのままで。
差し出され、繋がれた大切な人の手は、いつだってあたたかい。
やっと書けました……な、ネスの閑話。
前半部は前から出来上がっていたんですが、後半部をつけたことでようやくしっくりいきました。
ネタバレの嵐になるかと思ったんですが……案外そうでもなくなってますね(笑)
しかし、夏場に焼きたてパイの話を書く自分って……(汗)