前途多難な私達・第0話
第0話


 「見習い召喚師マグナ、ただいま参りました」
 ドアをくぐり、開口一番おきまりの一言。

 「おお、待っておったぞ、マグナ」
 「時間ぎりぎりか……てっきり、試験が怖くなって逃げたかと思ったぞ」

 出迎えたのは二人。
 俺の師匠であるラウル師範と、なにかと俺に突っかかってくるフリップ様。
 あー……よりによってこの人かよ……

 おっと、紹介が遅くなった。
 俺はマグナ。
 一応、ここ「蒼の派閥」の見習い召喚師だ。

 で、その「見習い」の文字が取れるかどうかは今日にかかっている。
 なにせ、今日は一人前の召喚師になるための試験なのだから。

 「お前のことじゃ。大方ネスが起こしてくれるまで眠りこけておったのじゃろう?」
 「あはは……」
 さすが師範。よくわかっている。
 ちなみにネスっていうのは、師範の養子にして俺の兄弟子ネスティ・バスクのことだ。
 一つ上なんだけど、やたら説教くさくてちょっと苦手だったりする。

 「フン、大した自信ではないか。どこの馬の骨とも知れぬ『成り上がり』の分際で」
 フリップ様が鼻で笑う。
 これにはむかっときた。
 そりゃ、孤児だった俺には降ってわいた幸運のように見えるかも知れないけど。
 俺だって、来たくて来たわけじゃ……

 「フリップ殿。今の発言は、試験官として不謹慎ですぞ?」
 「……コホン。では試験を開始する!目の前のサモナイト石を用い、お前の助けとなる下僕を召喚してみせよ」
 取り繕うようなフリップ様の言葉に、とりあえず試験は始まる。

 えーと……
 確か、色ごとに属性が決まってたんだよな?
 俺と相性がいいのは、シルターンだから……

 赤いサモナイト石を手に取ると、意識を集中させ呪文を唱える。
 俺の魔力が石に流れ込み…

 「呼びかけに応えよ……異界のものよ!!」
 そして召喚術が発動する……はずだった。

 「え?」
 なんか……辺りが明るくなったり暗くなったりしてないか?
 「なっ……これは……」
 ラウル師範の驚いた声。
 そっちを何気なく見て……
 ……どうして他のサモナイト石まで光ってるんだ?

 その異様な光景は、さらに激しくなっていき……
 「いかん、暴発するぞ!」
 でぇぇぇっ!? 暴発っ!?
 あああっ、ごめんネス、師範っ!! もうちょっと真面目に勉強しておけばよかったっっ!!


 ちゅどご――ん!!


 とうとう爆発が起こり、まわりが見えなくなった。
 やっちまった……
 ネスになんて言えば……

 「けほっ、けほっ……何これ……っ」
 へ? 女の子の声?
 この部屋って、俺と師範と……あと、フリップ様しかいなかったよな?
 じゃあ、これ誰の声だ?

 煙がゆっくりと晴れていく。
 そこにぽつんと立っていたのは……

 「え? ここどこ? なんでこんな所にいるの?」
 女の子がきょろきょろ辺りを見回している。
 黒っぽい、肩までの髪。茶色っぽい瞳。見たこともない、変わった服装。
 (結構、かわいいかも)
 それが第一印象だった。

 「マグナ? 呼ぼうとした召喚獣に間違いないか?」
 師範の声に我に返る。
 そうだった。試験だってこと忘れてた。
 しかも、あの子いきなり現れたし……俺が召喚した、ってことだよな……?

 「あー……はい、そうです!」
 よくわかんないけど、とりあえずそういうことにしてごまかしてしまえっ!
 でも、俺はその判断をすぐに後悔することになる。

 「ともあれ、お前と共に試験を受けるべき護衛獣はここに召喚された」
 え? ちょっと待てよ!? これで終わりじゃないのか!?
 「マグナよ、お前の召喚した下僕と共に、これより始まる戦いに勝利せよ!」
 焦る俺そっちのけで、フリップ様が杖を振る。
 召喚の門が開き……出てきたのはぶよぶよした生き物三匹。

 あれは……ブルーゼリー、でよかったんだっけ……って、思い出してる場合じゃない―――っ!!
 冗談じゃないぞっ!!

 「あ……」
 女の子が後ずさる。
 なんだかわからないけど、危険な状況だということだけは理解したらしい。

 そうだ……俺がしっかりしなくてどうするんだよ!
 あの子を守ってあげないと!

 俺は女の子を背後に庇うと、持たされていた剣を構えた。
 ……って、いつまでも女の子、じゃ不便だな。

 「君、名前は?」
 「え、その……
 「 、俺から離れないで」
 元気づけるように言ってあげると、 はこくりとうなずいた。

 確か、ネスに(無理矢理)読まされた本に書いてあったっけ。
 ブルーゼリーは動きもそんなに速くないし、知能も低いって。
 一体一体片づけていけばどうにかなるはずだ。

 俺はそう判断すると、一体ずつおびき出す作戦に出た。
 まず、こっちに近づいてきた一匹に斬りかかる。多少の傷は負わされたけど、どうにか倒せた。
 続いて二匹目もなんとか倒す。

 「きゃあ―――っ!!」
 後ろから悲鳴が聞こえてきた。
 振り返ると、 を襲っている最後の一匹の姿。
 って、あれよく見るとダークジェルじゃないか!
 くそっ……気づかなかったなんて!!

 ダークジェルが飛びかかる。
 恐怖に引きつる の顔。
 ……ダメだ、間に合わない!!

 「いやぁぁぁぁ―――っ!!」
 ばっちーん、という音の後ダークジェルが吹っ飛ぶ。
 …………へ?

 「いやーっ、スライムっ、どろどろべちょべちょ嫌い―――っ!!」
 半狂乱で鞄らしきものを振り回す
 どすっ、ごすっ、ぐがあっと音だか悲鳴だかが響き渡る。
 あまりの光景に、俺はおろか師範やフリップ様まで固まっていた。

 そしてついに、ダークジェルは原形を保てなくなった。
 床に広がったまま、動かない。

 「はーっ、はーっ……」
 「ほ、ほら、もう大丈夫。何もいないから」
 気を取り直して、 を落ち着かせるため声をかける。
 やや呆然とした表情で、 はこっちを向いた。

 「……ホント?」
 「ああ」
 「もう何も襲ってこない?」
 「ああ」
 それだけ聞くと、 はふらりとその場に崩れた。
 よっぽど怖かったんだな……悪いことしちゃったな。

 「よくやったな、マグナよ。それだけの力があれば、もう一人前じゃろう」
 師範がゆっくりとした足取りで歩いてきた。
 「師範……」
 「どうじゃな、試験官のフリップ殿?」
 フリップ様はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
 本音としては落としたいんだろうな、この人としては。

 「見習い召喚師マグナよ。試験の結果をもって今よりお前を正式な蒼の派閥の召喚師とみなす! なお、派閥の一員となったお前には相応の任務が命じられる。一旦自室へ戻り、呼び出しを待つがいい……以上だ!」
 それだけ一気に言うと、フリップ様はさっさと奥へと引っ込んだ。
 やった……合格したんだ!

 それはいいけど……
 「……どうしよう……?」
  は完全に気を失っていた。





 中庭を通ろうとすると、そこにはネスがいた。
 俺に気づくと、すたすたとこっちにやってくる。

 「あれ? どうしたんだネス?」
 「別に何だっていいだろう。それより、僕は君が背負っている女の子の方が気になるんだが?」
 うっ……やっぱり訊かれた……

 「まあ、いろいろとあって……あっ、そうだ! 俺、合格したんだぜ!」
 強引ながらも、話題をすり替えようと試みる。
 「よかったな」
 「……なんだよ、それ。もうちょっとさ、喜んでくれたっていいだろ?」
 「真面目に学んでいればあれぐらいの試験は受かって当然だ。むしろ落ちる要素があったこと自体が問題なんだぞ」
 ……話がそれたのはいいけど……墓穴掘ってないか俺?

 「はっはっは、あいかわらずお前はマグナに手厳しいのう」
 「ラウル師範……」
 ネスの声に振り返ると……ホントだ。師範がいる。

 「ともあれ、合格したのはめでたいことじゃて。よく頑張ったな、マグナよ」
 「ありがとうございます師範!」
 「いいのですか、本当にこんな不真面目な奴を一人前だと認めてしまって」
 ネス……俺を一体なんだと思ってるんだよ?
 嫌な答えが返ってきそうだから聞けないけど。

 「試験官はフリップ殿だったんじゃぞ、ネスティ」
 「え!?」
 ネスはまさか、というような顔をしている。
 まあ、俺もまだ信じられないところはあるけど。あの人、俺みたいな「成り上がり」が大嫌いだし。
 ……もしかしたら、ダークジェルが紛れ込んでいたのも嫌がらせだったかも知れない。

 「さて、と。マグナよ、早く部屋に戻りなさい。呼び出しが来ているといかんからな」
 「あ、はい」
 俺が返事をすると、師範はどこか意味ありそうな目をして、
 「それから、さっきから気まずそうに寝たふりをしておる……お前の護衛獣にきちんと挨拶をしておくことじゃな」
 「え?」
 背中の方の を振り向くと……困ったような顔で、閉じた瞼がぴくぴくと動いている。
 そして、観念したように目を開けた。

 「……いつから起きていたんだ?」
 「えーと……真面目に学んでいれば、のあたりから」
 うわ、ネスとの話ほとんど聞かれちゃったのか…最悪。





 俺は部屋に戻ると、 に俺の失敗のせいで呼ばれてしまったらしいことを話した。
 「ごめん! まさか戦うなんて思わなくて!!」
 「いいよ、もう……助けてくれたんだし」
 苦笑しながら
 けど、怖い目にあわせてしまったし……やっぱり、護衛獣になってもらわない方がいいだろう。

 とはいえ……
 「問題は、きちんとした儀式で呼んだわけじゃないから元の世界に戻せるか、ってことなんだけど……君は、どこの世界から来たんだ? やっぱり、シルターンとか?」
 あの時は、赤のサモナイト石を使ってたし。
 それに、ロレイラルに人間はいない。天使や悪魔とかじゃなさそうだからサプレスじゃないし、角や尻尾もないからメイトルパの亜人でもない。
 記憶違いでなければ、確かそうだったはずだ。

 だが。
 「……は? 何それ?」
 「だから、君のいた世界。なんて名前?」
 「何って……地球、でいいのかな……?」
 いいのかな、って……逆に首をひねられても困る。
 それ以前に……どこだ、そこ?

 「やれやれ……どうも様子がおかしいと思ったら……」
 「うわあっ、ネスっ!?」
 い、いつの間にいたんだ!?
 しかも、その様子じゃ……ほとんど聞かれた、よな……やっぱり。

 「廊下まで聞こえたぞ?」
 俺の考えを見透かしたようにネスが言う。

 それから に向かって、説明を始める。
 確かに俺よりはネスが適任だけど……なんか、いたたまれない。
  も最初はきょとんとした顔で聞いていたが、意味がわかってくるにつれて表情が曇っていく。

 「つまり……帰るのは無理、ってことですか?」
 「少なくとも、今すぐは無理だ。まあ、そのあたりは……」
 ネスは言いながら、俺をちらりと見た。
 「召喚主のこいつに責任を取ってもらう、ということで」

 「……ごめん」
 俺はそれしか言えなかった。
 いきなり呼び出して、危ない目にあわせて、しかも帰せないなんて……
 謝ってすむ問題じゃないってわかってる。
 でも、これじゃ……
 俺、召喚師を名乗る資格なんてないのかも……

 「こら、なんて顔してるのよ」
  が俺の肩をぽんと叩いた。
 「え? 怒ってないのか?」
 どれだけ文句言われても、仕方ないと思った。
 それだけのことをしてしまったから。

 「もういいよ、悪気はなかったんだし。しょうがないから、しばらく異世界ライフを楽しませてもらうわ」
 それに、と は付け足す。
 「あたし一人じゃ右も左もわからないもの。帰る方法だって、あたし一人じゃ探すの無理でしょ? 手伝ってくれると嬉しいな」
 まるで花が咲いたような微笑みだった。

 どき―――っ!!
 おっ、落ち着け俺の心臓!
 でも、かわいい……

 こんこん。
 「ん? 呼び出しが来たようだな」
 ちぇっ、もう来たのかよ。
 もうちょっと と話したかったのに。





 で、結局。
 新しい任務っていうのは と二人で期限なしの見聞の旅……要するに、事実上の追放だ。
 師範は怒って食ってかかり、フリップ様は軽く流していたけど……俺はほとんど聞いてなかった。

 ( と二人っきり……)
 そう思うと、なんだかいてもたってもいられなかった。
 想像しただけでそわそわする。

 これが……一目惚れってやつか?



 「……聞いているのか、マグナ?」
 隣ではネスティが、意識をあっちの世界に飛ばしているマグナを呆れて見ていた。



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いいのか、増やしちゃって…な連載ですが。
これは最初に書いているように、管理人の逃避用です。
今はまだおとなしめですが、そのうちアメルやレイムが暴走いたします(汗)
こんな話ですが、よければ気長におつきあい下さいませ。