前途多難な私達・第1話
第1話


 そして、その日はやって来た。
 派閥の中にある俺の部屋。ここに来たばかりの頃はなんだか別の世界のようだったけど……
 いざ離れるとなると、なんか寂しいな。

 でも。
 「マグナ、準備終わった?」
 ひょっこりと、ドアの陰から が出てくる。

 そう!  と二人っきりの旅!
 それが嬉しくてたまらない。
  も二つ返事で同行してくれることになったし。


 こんこん。


 「あ、はーい」
 返事をすると、ドアを開けてネスが入ってきた。
 「旅支度はすんだのか?」
 「うん、まあね」
 「なら、すぐ出発しないとダメじゃないか。遊びじゃないんだぞ?」
 いつものむっつり顔でネス。
 ……そうくるとは思ったけどさ……ちょっとは引き止めてくれたっていいんじゃないか?





 中庭まで出てきたところで、俺はネスを振り返った。
 「もういいよ、ネス。見送りはここまでで」
 「……?」
 ネスが不思議そうに見つめ返す。
 「心配してくれるのはありがたいけど、俺も一人前になったんだ。ここから先は、俺一人でがんばるからさ」

 「……」
 「……」
 会話が途切れる。
 しばらくの沈黙の後。
 「どうして僕が君のことを見送らなくちゃならないんだ?」
 「え?」

 ネスはやれやれ、というようにため息をついた。
 「まさか気づいてなかったとはな……見送りの僕が、なんで君と同じような旅支度をしていると思う?」
 『あ!』
 俺と の声が同時に上がった。

 「あの後、フリップ様から命令が届いてな。不本意ではあるが、君の監視役として同行を命じられたんだ」
 ネス……どうして「不本意」を強調するんだよ?
 でも……そっか。
 「?」
 ネスはまた、不思議そうに首を傾げた。

 「正直言うとさ、俺、ちょっとだけ不安だったんだよ。でも、ネスが一緒なら心強いや」
 「言っておくが、僕は監視役として君に同行するんだ。甘やかすつもりはないぞ?」
 「わかってるって♪」

 ネスは再びため息をついた。
 「それはさておき。そもそも君は、本部のあるこの街のことすら詳しくは知るまい」
 「あ、うん」
 そういえば、きちんと街を回ったことなんてなかったな…
 さぼったときも昼寝してたし。
 「だから、まずはこの街について案内するとしよう。 にもこの世界の様子を見せておく必要があるしな」
 それもそうだよな……

 「ああ、そうだな。 、わからないことがあったら何でも聞いてくれよ」
 「よろしくお願いしますね、ネスティさん!」


 ずるっ!


 「……あれ?どうしたのマグナ?」
 「何もないところでこけるな。迷惑だぞ」
 「…… ……なんでネスに返事するんだよ……?」
 なんとか体を起こしつつ尋ねれば、
 「え? だって、マグナはこの街詳しく知らないんでしょ? だったら、ネスティさんに聞いた方が早いかなーって……」

 ……ごもっとも。
 あああ、俺のバカ―――っ……

 「……マグナ? もしもーし? ……ネスティさん、マグナが固まっちゃってますけど……?」
 「そのうち元に戻るだろう、放っておけ」





 結局、案内はネスに任せるような形になってしまった。
 船を引く召喚獣とか、王城とか……そういったものを見るたびにはしゃぐ はかわいかった。
 その笑顔が俺に向いてないのがちょっと悔しかったけど……






 「……さて、そろそろ出発するか」
 はあ……出発前から疲れた。
 ネス、ことあるごとに嫌味言うんだもんなあ……
  はすっかりネスを頼りにしてるし……先が思いやられる……

 「マグナ?」
  がひょいと俺の顔を覗いた。
 うわっ!
 ……し、心臓がいろんな意味で跳ね上がった……

 「な、なんだいっ!?」
 「なんだ、じゃない。行き先を言わないと出発のしようがないだろう?」
 ネスが憮然として言った。
 …………は!?

 「行き先って……俺が決めるのか!?」
 「当たり前だろう。これはあくまで君の旅なんだぞ? 全ての決定権は君にあるんだ。もっとも、あまりにそれが無茶なものだったら、意見を言わせてもらうがな」
 要はそれって、ケチはしっかり付けるってことじゃないか……
 「何か言ったか?」
 「べ、別にっ!」
 しかも、変な所で鋭いし……さっさと決めた方がいいな。
 うーん、それじゃ……

 「南に行きたいな、って思うんだけど?」
 「ああ、それが無難だな」
 ほっ……どうやら正解だったみたいだな。
 「大陸を回るにも、ファナンを経由しないことには話にならないからな」

 『ファナン?』
 またも重なる俺と の声。
 「聖王都あての物資が荷揚げされてくる港湾都市じゃないか」
 どちらかといえば俺に確認するかのようにネスが言った。
 …………やばっ。
 「あ、そうそう! ごめんごめん、すっかり名前ど忘れしててさ!!」
 ネスは怪訝そうにしていたけど、幸いそれ以上は追求してこなかった。
 ……忘れないように覚えておこう。





 風が木の枝を揺らす。
 絨毯のように広がる草原。舗装されていない街道。

 「へえ〜、街の外ってこんな景色だったんだ」
 「いちいち感心するな まるで田舎者だぞ」
 「そう言うけど、俺街の外に出るの初めてなんだぜ」
 「初めてって……君はもともと、別の街から来たんじゃないのか?」
 「そうだけど、あの時は馬車に閉じこめられっ放しだったし……これからどうなるのか不安で、とても景色を楽しむどころじゃなかったよ」
 「そう、か」

 ふと、 の方を見ると……何か聞きたそうな顔をしていた。
 俺達の会話から感じるものがあったんだろう。でも、何も言わない。
 まあ、そのうち機会があったら話そう。別に隠すことじゃないし。

 …………ん?
 「なあ、ネス。あっちの端っこにある広場は?」
 「ああ、あれは旅行者が休むための休憩所だな」
 「へえ……ちょっと見てくる」
 「あ、おいっ!」
 なぜかネスはあわてたみたいだけど、俺は気にしないで休憩所まで走っていった。

 とうちゃーく!
 あれ? 休憩所って割には人がいないな……?
 ま、いいか。このほうが貸し切りみたいで気分もいいし。
  も疲れていたのか、座り込んでくつろいでいる。

 「ネスも早く来いよ」
 「…………」
 返事はない。
 しかもこの顔は……説教を始めるときの顔だ……
 「なんだよ、そこまでコワイ顔しなくても……」
 「マグナ。ひとつ、いいことを教えてやろう」
 「へっ?」
 「街道の休憩所は旅人に欠かせないが……同時にそこは、旅人がもっとも油断しやすい場所でもあるんだ」

 やけに真剣にネスがそう言うと同時に、近くの茂みががさがさと揺れた。
 「……っ!?」
  が身を固くした瞬間、茂みから数人の男が出てきた。
 「あっ!?」
 囲まれてる……いつの間に!?
 「したがって、こういう連中と出くわしやすい……ということだ」
 ネス、落ち着いて説教している場合じゃないだろ!?

 「ひひひひっ」
 「へっへっへ。お兄さんがた、命が惜しけりゃ、あり金まとめて出しな?」
 男がいやらしい笑いを浮かべた。

 「まあ、こういう危険な長旅にはつきものだと思っておけ、いいな?」
 「それはわかったけど。とりあえず、今はどうするんだよ!?」
 「……君は馬鹿か? 戦って切り抜けるしかないだろう!」
 こんな時までバカバカ言うなよ……
 いや、それより を守らないと!







 野盗はどうにかやっつけて、騎士団に引き渡すため一旦ゼラムに戻ることになったけど……
 『任務で仕方なく同行してるんだ』
 さっき言われたネスの言葉が、頭から離れない。
 なんだよ。あんな言い方しなくたっていいのに……
 そりゃあ、俺の不注意で襲われたわけだけど。
 好きでネスに迷惑かけようとは思ってないのに。

 「……よし、決めた!」
 「え? 何、どうしたの?」
  の腰が引けている。おそるおそる、といった感じ。
 ……あ、そういえばあれから全然としゃべってないな……

 「さっさと手柄を立てればいいんだよ! 俺が一人前って証明できれば……」
 それなら、ネスに監視役なんてさせなくてもよくなる。
 派閥の召喚師にふさわしい活躍をすれば終わりなんだもんな。
 でも……何をすればいいんだ?
 蒼の派閥の召喚師にふさわしい活躍って……





 ネスが騎士団のところから戻ってきて、改めて出発して。
 高級住宅街の近くまでさしかかったとき。

 「あれ!? すっごい偶然ねー」
 「先輩達!?」
 声をかけられて振り向けば、派閥の先輩がいた。

 「フフ、お久しぶりね。元気だったかな?」
 「お久しぶりですミモザ先輩」
 「先輩こそ元気そうで」
 「もう、相変わらず愛想がないわねぇ、キミ達は。それに、あたしの事は『ミモザお姉さん』て呼ぶように言ったでしょ?」
 このセリフ……ミモザ先輩も相変わらずだな……

 「おいおい、ミモザ。困ってるじゃないか」
 「ギブソン先輩! ご無沙汰しています」
 「ああ、そうだね。二人とも元気そうでなによりだよ」
 おっ、ネス嬉しそうだな。
 無理もないか、ネスはギブソン先輩の崇拝者みたいなところがあるし。

 「えーと……誰?」
 困ったように が口を挟んだ。
 「ああ、この人達は派閥の先輩で……」
 「あら、やるわねー! どっちの彼女?」
 「「「は!?」」」
 ミモザ先輩……なんて事言うんですかぁっ!!
 ホントに彼女なら嬉しいけど……って違う!

 「マグナが事故で呼びだしてしまったんですよ」
 「そうか……」
 「それは災難だったわね」
 ネス……だからってスパッと事実を言うなよ……
 俺だって悪いとは思ってるんだから。




 で、話は自然と任務の話になった。
 「そうか、見聞の旅に出発するところなのか」
 「こいつがしっかり勉強していたら必要なかったんですが」
 いいかげんそこから離れろよネス……へこむぞ。

 「いや、これはこれでいい機会じゃないかな」
 「旅をすることで見えてくることって、案外あるものよ?」
 「そのとおりだ。私自身、色々と考えさせられたものだよ」
 ……ありがとう先輩!!
 やっぱり先輩の……特にギブソン先輩の言葉は、結構ネスにも効いてるみたいだ。

 「さて、すっかり引き止めてしまったな。すまなかった」
 「いえ、こちらこそ邪魔をしてしまって」
 「ゼラムに戻ってきたら顔を出してね。私達、この先の屋敷で仕事してるから」
 「はい、それじゃ行ってきます」

 遠ざかっていく先輩達を見ながら、俺はぽつりと言った。
 「出かける前に先輩達に会えるなんて、意外だったな?」
 「ああ、本当にそうだな」

 「……また、会えるよ」
  はにこにこ微笑みながら言った。
 「……?」
 ネスが不思議そうにを見た。

 「なんとなくだけど、そんな気がして。結構当たるんですよ、あたしのカン」
 いつものネスだったら「そんな不確かな……」とかなんとか言ったかも知れない。
 でも、珍しくネスは何の突っ込みもしなかった。
  の笑顔のせいかもしれない。なんだか信じたくなるから。


 ……もっとも、その時はあんな形で当たるとは思わなかったんだけど。



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一話でまとめたかったのですが…やっぱり二つに分けました。
ごめん、フォルテ、ケイナ…(汗) アメルも早く出したいんですが。
暴れる人いないから、ほのぼのになってるような…
まあ、マグナには束の間の平穏を味わってもらいます(←鬼)