第98話 暴君の館
少し、時をさかのぼらせていただく。
ギブソン・ミモザ邸に残った面々が空腹に耐えていた頃、トリス達は二手に分かれてとある屋敷を調査していた。
トリス、ネスティ、ギブソン、バルレルとレシィは屋敷の中へ。
残ったミモザ達は、屋敷周辺といった分担だ。
「うーん……これは、ほんっとうに手入れされてないわね。壁もぼろぼろだし、雑草だって伸び放題だし」
「ええ、きっと昔はすごく素敵なお屋敷だったのでしょうね……」
ため息をつくミモザの横で、アメルは複雑そうに壁に触れている。
「エスガルドはまだ終わりそうにないし……そっちはどう?」
「ううん、別に」
「隠し通路とか、そういうのもなさそうだ」
返ってきた返事も、芳しいものではない。
「ギブソン達が何か見つけてくれるといいんだけど……」
言いつつ、ミモザはハヤトのところにゆっくり近づく。
そして小声で、
「どう、動きはあった?」
「いや、こっちも異常なしだ」
調べるようなそぶりをしてもらってはいるが、現在の彼の役目は周囲の警戒だ。
何者かが尾行してきているということで、その目もいつもより厳しい。
とはいえ、何もない、何も起こらないではどうしようもない。
調査の方はエスガルドやギブソン達の結果に期待するとしても、問題は尾行者だ。
仮に敵だとしたら、万一戦闘になった場合、それに乗じて襲ってくる可能性はある。
まして、今調査しているのは召喚師連続失踪事件なのだ。敵を増やすのは得策ではない。
いっそのこと、こちらから仕掛けるべきだろうか?
そこまで考えた時だった。
「すきゃん完了……」
やっとエスガルドのスキャンが終わったらしい。
誰もが、その答えに期待して彼に視線を向けた。
「建物自体ニ異常ハナカッタガ……地下ニ不自然ナ空間ガアッタ」
「不自然な空間?」
「……地下室か!」
確かに、貴族の屋敷にならあってもおかしくはない。
それに、地下室があるならその上を――屋敷を必ずしも使う必要はなくなる。
廃墟の屋敷の下の、文字通りの隠れ家。
「ぎぶそん殿達モ発見シタヨウダ。生体反応ガ移動シタ」
「他には? 何かなかった?」
「生体反応ガ五アッタガ……10.561秒前ニ一ツガろすとシタ」
「ロストって……」
「消えたってこと!?」
全員が顔を見合わせた。
これは、もしかしたらもしかする。
「行こう!」
ハヤトの言葉に、反対する者は誰一人いなかった。
「……まいったね」
屋敷に飛び込んでいくミモザ達を見つめながら、彼女はため息を一つついた。
気づかれて警戒されているのはわかっていた。というか、予想のうちだった。
だが、問題はそこではなかった。
「ま、なったものは仕方がないか」
苦い表情――しかし、口調だけは些細な失敗のようにつぶやき。
「……さて」
彼女は全員の姿と声が消えたのを確認すると、茂みから出てゆっくりと歩き出した。
一方。
屋敷と地下を繋ぐ階段で、トリス達は息を潜めていた。
こちらは屋敷に入った後、山のように積まれた死体を発見してしまったのだ。
そのどれもが異様に干からび、召喚師と思しき服装。
もう少し調べようとした矢先に下から悲鳴が聞こえ……地下へと続く階段を探し出して現在に至る。
「……やはりどうにも、あの時に勝るものには出会えぬようですね」
「申しわけありませぬ。なかなか、満足をしていただける素材にこと欠きまして……」
「ファナンを攻略させたあかつきには、黒騎士に命じて取り寄せることにしましょう」
「キャハハハハッ! 楽しみだねえ?」
その先にいるであろう、会話の主の姿はまだ見ていない。
しかし、その声はどれも聞き覚えのあるものだった。
「しかし、こうも使いでがないものばかりでは困りものだな。これでは、新たな依り代にすることもできぬではないか」
人を小馬鹿にしたような、陰気な男の声と。
「短気はいけないよォ? ガレアノちゃん。アタシ達の時だってそう簡単には、いかなかったんだもん」
面白がっているような少女の声と。
「そうですね……我らが主が尽力してくださったからこそ、今の我々があるのです。感謝しておりますよ、レイム様……」
やたらに丁寧な、湿った感じの男の声と。
「そうかしこまらずともいいんですよ、キュラー? ビーニャもガレアノも本当に、私のためによく尽くしてくれているんですからね。感謝していますよ?」
そして、やはり丁寧で穏やかで……何も知らなければ、善人と信じてしまいそうな声。
声だけでなく。
所々に出てきた固有名詞もまた、嫌というほど馴染みができてしまったものだった。
そっと向こうを伺えば、こちらに背を向けた格好のレイムと、彼に恭しく頭を垂れるガレアノ達の姿が見える。
さらに彼らから少し離れたところに、不自然なほどに干からびた死体がひとつ転がっていた。
……先程トリス達が「上」で見つけた、山積みの死体と同じような。
「まさか……! 先輩達の追っていた事件も、あの三人の仕業だったなんて」
「それに、レイム。やはり、あの三人と関わりをもっていたというわけか……」
階段に隠れたまま、小声で言葉を交わすトリスとネスティ。
その隣ではバルレルが小さく舌打ちをし、レシィは目に見えるほどがたがたと震えていた。
そして、
「馬鹿な……」
ギブソンは心なしか、蒼い顔で立ち尽くしていた。
「どうしたんですか、ギブソン先輩!?」
「君達が言っていた三人の召喚師とは、本当にあいつらのことなのか……?」
トリスの問いかけに、ギブソンは信じられないといわんばかりの口調で問い返した。
「はい、間違いないです」
怪訝そうにしながらも、トリスははっきり肯定する。
「ならば、これは悪い夢としか思えない……。私は……彼らの顔を知っている、知っているんだよ」
「え?」
思わず聞き返すネスティ。
「派閥から送られてきた、失踪した召喚師達の人相書き……あの三人の顔は、そこに描かれていたものと同じなんだ……」
「っ!?」
トリスとネスティ、二対の視線がギブソンに集中する。
それの意味するところはまだわからない。だが――いいことではないのは確かで。
「さて、と……」
笑みを含んだような、レイムの声が飛んでくる。
「お行儀の悪いことはやめて、そろそろ顔を見せてくれませんか? トリスさん」
「……!?」
一瞬だけ、固まった。
だが、隠れていても意味がないことをすぐに悟った。
三人が三人とも、相手の攻撃に用心しつつ歩を進める。
「気づいていたというわけか……」
レイム達を見据えながらも、ネスティの手はサモナイト石を握り締めていた。いつでも攻撃に移れるように。
「カーッカッカ! さすがに、二度も同じ失態はせぬわい」
ガレアノが、勝ち誇ったように笑った。
「失踪した召喚師達の周囲に姿を見せていたのは、貴様だな!?」
「ほう……私のことをかぎ回っていたのは貴方でしたか?」
声を張り上げたギブソンを、レイムは興味深げに見つめた。
「レイムさんっ! いったい、何のためにこんなことを!?」
トリスの問いに、レイムが小さく笑う。
「血識がね……必要だったのですよ」
「ちしき……?」
脳裏にとっさに思い浮かぶのは、「知識」という単語。
だが、だとしたら……殺す必要がどこにある?
まして死体が干からびるようなやり方で。
「知識というものはね、血液に溶けて、全身をめぐっているのです。ならば、その血液をすべて抜きとることができたなら……その人の知識をすべていただくことも夢ではないでしょう。我々は、これを血識と呼んでいるのですよ」
説明するレイムの表情は、どこか楽しげだった。
それは披露している知識の内容にか、トリス達がこれからするであろう反応にか……あるいはその両方か。
要約すれば。
消えた召喚師達は、血をすべて抜き取られて殺されたということか。
しかも、ただ知識を手に入れる、それだけの理由で。
ネスティの肩が、小刻みに震える。
「そのために……そのためだけに貴様は、あれだけの数の人間を犠牲にしたというのか!?」
だが、言われた当人達は理解できないといった顔で。
「ナニ怒ってんのよォ。アンタだってさァ、ニンゲンじゃないじゃないのさ?」
「……!!」
ネスティの目が驚愕に見開かれた。
「融機人の身体には一族の記憶が脈々と受け継がれていると聞くが……」
「クックックック……さぞかし、血識の味も濃いのでしょうなあ」
舌なめずりさえして、ガレアノとキュラーが一歩踏み出す。
言葉など、もはや意味を成さない。
目の前の相手にとってトリス達は、宝箱が自分から歩いてきた程度にしか映っていないのだから。
そう悟った瞬間、ひやりと場が冷えた。
比喩でも気のせいでもない。
悪意に満ちた魔力が、地下室を満たし始めたのだ。
「この魔力……っ。まさか、貴様らは!?」
ギブソンの声色が、さらに固くなる。
と、そこへ。
「ギブソンっ!?」
複数の足音を引き連れて、ミモザが飛び込んできた。
レイムはそれを一瞥すると、
「おやおや、勢揃いというわけですか?」
やはり大したことでもないように言った。
「すきゃんノ結果カラ建物ノ地下ニ、不自然ナ空間ヲ発見シタノダ」
「ナイスタイミングで間に合ったみたいだね」
エスガルドとエルジンが、銃口をレイム達に向ける。
それは少し遅れて入ってきた、ハヤト達も同様で。
「レイムさん!?」
殿のアメルが、眼前の光景に愕然とした表情を浮かべた。
「アメル……やっぱり、あの人は普通じゃない……」
トリスの言葉が、身体が、震える。
これが、にんげんのすること?
……違う。
「あの人は、楽しんでこんなひどいことをしているもの!!」
尋常じゃない。狂っている。
「ええ、そうですとも! 私は今、最高に楽しい気分でいますよ?」
その思考をなぞるかのごとく、レイムの口元が冷たげにつり上がる。
「あなた達のその顔がこれから、苦痛に歪むと考えるだけで……ヒヒヒヒヒヒ……たまりませんねェ!?」
「レイムさん……貴方は……」
アメルが顔面蒼白で、一歩後ずさりした。
もはや目の前にいるのは、吟遊詩人でも召喚師でもない。
残虐な暴君だ。
そして暴君は、僕に命じる。
「ガレアノ、ビーニャ、そして、キュラーよ! さあ、おもてなししてさしあげなさい!!」
長くなりそうなので、いったんここで切ります。
尾行者さん、「女」ってことしか書いてない(汗)
ご想像ついてる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれませんが。
ちなみに時間軸は、97話の買い物に行く前あたりです。
2007.6.5