前途多難な私達・第10話
第10話
……これも違う、と。
こっちは……あ、全然関係ないな。
はあ……
「どう、調子は?」
声に振り返ると、ミモザ先輩がいた。
「ダメです。いくら記録を探しても、あの黒い兵士たちに関連するような記述は見あたらなくて」
「簡単にあきらめるな。連中の戦いぶりは僕たちのような素人と明らかに違っていた。徹底された指揮系統とそれを遵守した動きは組織だった訓練を前提に成立するものだ」
ページをめくりながらネス。
「とにかく、情報が必要なんだ。これから先のことを考えようにも奴らのことを知らないままでは、身動きのとりようがない」
それはわかるよ。
だけど……
「だからって、ここにある文献の山の中から敵の正体を探り出すのは無茶だよ……そもそも、あいつらが正規の軍隊だって保証すらないんだし」
つまり、俺達は先輩達の書庫で連中のことを調べようとしているのだ。
これでわかるとは思えないんだけどな……
「じゃあ、君は他になにかいい方法があるというのか!?」
う……
「はいはいはーい、二人ともそこまでっ! 一生懸命なのはわかるけど、それが空回りをしちゃ意味ないわよ」
ミモザ先輩がぱんぱんと手を叩いた。
ネスが不服そうに振り返る。
「ですが……」
「ひと息いれなさい。私たちも、ちょうど休憩にするとこだから。ね?」
……よかった。あの調子じゃ、休憩なんてまだ先だっただろうな。
「収穫はあったかい?」
「いえ、全然です」
「そうか……まあ、私たちの調査も似たようなものだよ」
の入れてくれたお茶を飲みながら、いつしか俺達はお互いの調べ物報告をしていた。
「確か……召喚師の連続失踪事件ですよね?」
「ああ、そうだよ。報告によるとまた一人行方不明者が出たとのことだ」
「尋常じゃないですね。それは……」
ちらりと見ると、が心配そうに俺達を見ていた。
そうか、俺達だって召喚師だからな。
「まあ、まだ事件性があるとはっきり確定したわけじゃない。地道に足取りを追って調べていくつもりだよ。焦っても仕方がないことだからね」
「そうそう、この手の調査を長く続けるコツは、根をつめないことなのよ」
「でも、それも時と場合によるんじゃないでしょうか?」
ネスが声を荒げた。
どうも変だ、ネス……ミモザ先輩はともかく、滅多にギブソン先輩には意見しないのに。
「いたずらに時間をかけることで、取り返しのつかない事態を招いたりしたら……」
「悲観的な考えはあまり好ましくないよ、ネスティ」
落ち着かせるようにギブソン先輩が言うけれど、
「僕は現実を見すえた話をしているだけです。時間が惜しいので失礼させてもらいます、それでは!」
ネスは口を挟む間もなくさっさと行ってしまった。
「ネスティ……だいぶカリカリしてるね」
ネスの分のお茶を片づけながらが言う。
「無理もあるまい、今の状況は彼にとって不本意すぎるものなんだからな」
ギブソン先輩がため息をつく。
不本意……?
「ねえマグナ、あなた達の目的ってなんだったかしら?」
……そういえば。
俺の見聞の旅なのに、結局ファナンどころかゼラムから出られない状態になっている。
「彼は生真面目な性格だからな、任務の遅滞に必要以上の責任を感じているんだろう」
「そういうトコって昔の貴方みたいよね、ギブソン?」
「否定はしないよ。だからこそ、彼の心境がわかるんだしな」
いつもの調子で話す先輩達だけど、の顔は心配そうだった。
そうだよな……ネスって、責任感強いし。
俺だって心配だ。
「取りつく島なし……って感じかぁ」
「うん……」
俺とは街の中を歩いていた。
あれからネスと話してみたんだけど、ネスが相当思い詰めていたってわかっただけだった。
ネスに一人にさせてほしいって言われ、調査中の先輩や稽古だの家事だのしている他のみんなともなんとなく居づらく。
結局「気分転換でもしたら?」と言うと一緒に散歩に出た。
「でも、ネスティ……誰かに相談するとか、頼るって下手そうだよね」
「え、そうか?」
でも……確かにネスは人にものを頼むって、あまりしないけど。
「話聞く限りじゃ自分の中にため込むタイプみたいだし」
…………なんか、俺よりの方がネスをよく見てる気がする。
「おや、こんにちは。マグナさん」
あ……この声は。
振り向くと、シルターン風の服を着た男の人がいた。
最近知り合って、よくソバを食べに行っている屋台の……
「シオンの大将……ご無沙汰してます」
とりあえず、俺は挨拶をした。
「誰?」
が不思議そうに尋ねた。
「ああ、は初めてだっけ。そこの屋台でソバって食べ物を売ってる……」
「シオンと申します」
大将が軽く会釈をした。
「です。あの、今ソバって言ってましたけど……しょうゆ味のおつゆに麺が入っているあれですか?」
「おや、ご存じで?」
「え、ホントに!? うわ、こっちで売ってるとは思わなかった……」
はすごく驚いている。
の世界はシルターンとは違うみたいだけど……ソバはあるんだな。
「ところで、今日はいつもと比べて元気が無いように見えますが……なにか、困ったことでもあったのですか?」
めざとく大将が聞いてきた。
いつもながら不思議な人だよな……妙に鋭いところがあるし。
ごまかしてもばれそうだし……相談してみようか?
「実は……」
「なるほど……それで、お友達とケンカをしてしまったというわけですか」
せっかくだからソバでもどうぞ、と言われ。
俺達は大将の店でソバを食べていた。
しかしこの人、俺達と話しながら手はいつもと同じ早さでソバ作ってる……すごい。
「ネスは、俺のこといつだって考えていてくれてるのに。いつも、俺はそれを台無しにしてばかりいるような気がして……なんか、俺はちっともネスに優しくしてない……」
ネスに助けてもらってばっかりで、俺は何もしてやってない。
今回のことだって、ああなる前に何かできることがあったかもしれないのに。
「相手に察してもらえるものだけが、優しさの在り方ではないですよ」
やんわりと大将が言った。
「え?」
「目には見えなくても、言葉で伝えなくても本当に心でそう思っているのなら……あなたの気持ちはきっと彼に届いていますよ。あなたがそう察したのと同じようにね?」
あ……そうだよな。
俺はバカだけど、それはわかったんだ。
ネスがわからないわけ、ないよな…
「それでは足りないと思われるのなら、今からでも遅くはありません……きちんと、言葉で伝えてあげなさい? それが一番ですよ」
「うん、大将の言うとおりかも」
そうだな、もう一回ネスときちんと話をしよう。
「ところで、さん? どうです、お口に合いましたか」
「はい、おいしかったです!」
「そうですか、それはよかった」
大将、なんだか嬉しそうだ。
、本当においしそうに食べてたもんな。
「それじゃ、俺達そろそろ……」
「あ、そうだね。おソバ、ごちそうさまでした。お代は……」
「いえ、今日はお近づきの印ということで。これからひいきにしていただければ」
「はい、また来ますね!」
こんなに喜んじゃって……
来てよかったな。
そういうわけで、ネスと話をし……ようとしたんだけど。
帰るなりミモザ先輩に捕まって、ネスの様子を話さざるをえなかった。
「あらら……それは思ったより深刻だわね」
「ネスが俺に弱音を吐くなんて、初めてなんです」
本当に、ネスらしくない。
それにしても……
「一人であんなに思い詰める前に、なんで俺に相談してくれなかったんだ?」
「それは無理な注文ね。だってネスティ、昔から人見知りが激しかったじゃないの」
「え!?」
嘘だろ!?
あのネスが……人見知り!?
「なに、マグナひょっとして気づいてなかったの? あの子、派閥の中ではほとんど人付き合いしてなかったんだから」
呆れた、というようにミモザ先輩。
えええっ!
そんなの、初耳だぞ!?
「養父であり師匠であるラウル様とか、なぜか尊敬してるギブソンはともかく……物腰は丁寧だけど、彼、基本的に誰にも心を許してないもの」
「で、でもネス、俺に対しては情け容赦ないですよ!?」
「特別なのよ、きっと。あなたはあの子にとって数少ない、気を許せる相手なんでしょうね」
そうなのかな……?
でも、弱音を吐いたってことはそうなのかも……複雑だな。
「あー、でもなんかわかるかも……」
がぽつりとつぶやいた。
「?」
「だってネスティ、マグナのことはあれこれ手出し口出ししてるじゃない。だけどなんだかんだ言ってマグナの意思は尊重しているし。あたしとかじゃそこまでしないよ」
本当によく見てるな、……
俺は今までそんなこと考えもしなかった。
ネスのこと、わかってなかった……
「こらこら、君まで深刻になってどうするの? いい機会じゃない、せっかくだからこの際あの子の人見知りを治しちゃいましょ?」
「は?」
ミモザ先輩……治すって、そんな簡単に……
「ちゃん、あなたにも協力してもらうわよ」
「え?あたしも……?」
もちろん、とばかりにミモザ先輩はうなずいた。
すう、と息を吸い込んで。
「アメルちゃん、いるー!? お弁当作ってもらいたいんだけど!」
は!?
何言い出すんだよ、ミモザ先輩……
だが、続く言葉に俺は硬直した。
「ちゃんと一緒に!!」
ばひゅんっ!
「はい、がんばって作りますね!」
「うわっ!?」
今、アメルがどうやって来たか全然見えなかったぞ!?
「さんも、一緒においしいお弁当作りましょうね?」
「え? あ……うん」
「そうと決まれば、善は急げです!さあ始めましょう!!」
言いながら、アメルはの手を引っ張って去っていく。
だ、大丈夫かな……いろいろな意味で不安。
その頃。
ソバ処「あかなべ」に入っていく、一人の少女がいた。
「お師匠ー、新しいしょうゆ持ってきたよー」
「おや、アカネさん。いつもご苦労様です」
奥から出てきたのは、彼女の師である男性。
見慣れた格好ではないが、ここの店長と言っても違和感のない姿。
うわ似合いすぎ……といつも思うが、彼女は口に出さない。
「どう、ギブソン達元気?」
「ええ、元気ですよ。彼らにもそう伝えておいて下さい」
「はーい。……ところでお師匠、なんかいいことでもあった?」
読めない師匠ではあるが、口調や表情に混じる感情にアカネは気づいていた。
よくぞ聞いてくれました、と彼は表情を緩める。
「久しぶりに当たりに出会いましたよ……これがなかなかの美少女で」
ふふふ、といういつもの笑みが微妙に怖い。
ああ、とアカネは頭を抱えた。
「また、お師匠の病気が始まった……誰だか知らないけどかわいそうに……」
「何か言いましたか、アカネさん?」
「いえ、なんでもないですっ! それじゃ、あたしはこれでっ!!」
ダッシュでそこから走り去るアカネ。
それを見送りながら、彼……シオンはぼそりとつぶやいた。
「いくらギブソンさん達の後輩といえども、私は負けませんからね……マグナさん」
ずだんっ、と轟音がキッチンに響いた。
ぎょっとしてが振り返る。
「ど、どうしたのアメル? まな板が真っ二つになってるけど……」
「いいえ、なんでもないですよ。……また余計な虫がさんについたようですね……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、別に」
いろいろ気になるところはあったが、突っ込まない方がいいような気がしては調理を続行した。
ほとんどアメルの手によるものだが、が作ったおかずも混ざっている。
どんどん大きなランチボックスに詰め込まれていき、だいぶ隙間が埋まった時。
どんどんちゅどんっ!!
窓の外が数秒間、激しい音と共に光った。
「な、今のは……」
「ゴキブリ退治です」
どう見てもそうではなさそうだが、アメルはさらりと言った。
「でも、あれって雷……」
「ゴキブリ退治です」
にこにこ笑顔で断言するアメル。
彼女に追求できる勇気は、にはなかった。
そして、窓の外。
「お、おのれアルミネ……さんの手料理が……」
アメルの私設タケシー軍団の雷に打たれまくり、焦げている変態がいた。
オフラインが一区切りついたので、久々の「前途〜」更新です。
シオンさん出すのに冒頭は外せないので、延々とシリアスな話に…
シオンさんマトモだと思った人、残念でした。微妙にアレです。
そして、また聖女様VS変態オチ。普通の話じゃできませんよねこれ。