前途多難な私達・第14話
第14話


 「……もしもーし?」
 …………ん?

 誰だろ、この声?
 そう思いながら目を開けたら……知らない女の子がこっちを覗き込んでいた。

 「おぉ、起きた起きた。こんなとこにひっくり返ってなにしてんのさ、あんたたち?」
 ……こんなとこ?
 あ、そういえばアメルのおばあさんの村に行くはずが反対方向のファナンに着いちゃって。
 みんな疲れてて、そのまま砂浜で寝ちゃったんだっけ……

 「行き倒れにしちゃあずいぶんと大所帯だねえ」
 「え……あなたは?」
 「あたいはモーリン。ファナンの住人だよ。日課の訓練するためにやって来たらさ、いきなり、あんたたちが転がってるだろ? びっくりして、ちゃんと息をしているか確かめたってわけさ」
 「そっか……」
 「そっかじゃないよ。まったく、朝っぱらから人に余計な心配かけといて。だいたいなんだい、その格好は? まるで野盗か何かに襲われでもしたみたいじゃないのさ」

 ……う。
 心配してるのはわかるけど、まさか軍隊から逃げてきましたなんて言えないし……
 どう説明しようかと、困っていると。

 「ふぁ、あ……」
 「んー……」
 眠そうな声が聞こえてきた。
 「おや、お仲間もようやく目を覚ましたようだね」

 「……っ!?」
 俺の隣に立つモーリンを見るなり、起きたみんなが顔をこわばらせた。
 「おい、そこにいるのはいったい、誰だよ?」
 「まさか、追っ手!?」
 「違うって! この人は俺達が行き倒れてると思って心配して……」

 俺達のやり取りを見ていたモーリンは、納得したように「ふーん」と言った。
 「なにやら、ワケありみたいだねえ。どうだい。あんた達、よけりゃあたいの家で休んでいかないかい?」







 で、結局俺達はモーリンの家…拳法の道場でしばらく世話になることになった。
 強引なところはあったけど、ただの親切心で家に泊めてくれたわけだし。
 それに、ネスが逃げる途中で足をケガしていたらしく、その治療もしなくてはならなかった。
 実際、モーリンのストラがなかったら治りは遅かっただろうし。
 本当に、何から何まで世話になってしまった。

 「だが、いつまでも彼女の好意に甘えてはいられんだろう。この場所にも、いつ黒の旅団の手が伸びてくるかも知れない」
 そうネスが切り出したのは、モーリンの家に泊まりだしてから三日後のことだった。

 「そうですね」
 「あんないい人を巻き込むわけにいかないし」
 アメルとも同意してうなずく。
 「そうだな。黒騎士達に気づかれる前にここを出て、目的の村まで行かないと……」

 俺がそう言った時、ノックの音がした。
 返事をすると、モーリンがドアから顔を覗かせる。
 「みんな揃ってなんの話だい?」
 「あ、いえ……」
 「その……モーリンのおかげで疲れもすっかり取れたなーって」

 ごまかす俺達に、モーリンはにかっと笑った。
 「そりゃ良かった。だったらさ、ひとつあたいと一緒に街まで出てみないかい?」
 「行ってきたらどうだ、マグナ」
 ネスが近づいてきて、ぽんと俺の肩を叩いた。
 それからぼそりと、
 「折を見て、そろそろ出発することを彼女に伝えてくれ……その間に、僕達は準備をしておくから」
 ……って、俺が言うのかよっ!?

 「あんた達は行かないのかい?」
 「あ、あたしは……」
 「あっ、アメルはまだ気分悪いんだよねっ!?」
 慌てたようにがアメルの言葉をさえぎった。
 アメルは「あ、はい……」とに合わせる。

 「僕も遠慮するよ、足のほうが本調子になるまではね」
 「ふーん、それじゃ仕方ないか。マグナ、、ついといで」
 言うなり、モーリンは俺の手を引っ張って歩き出した。
 うわわっ、結構力強いぞ彼女!?

 「じゃ、行ってくるねー」
 後ろからの声が聞こえた。





 足音が遠ざかり、ドアが閉まる音と共に消えると。
 「うふふふふ……マグナさん、このあたしを差し置いてさんと……」
 暗黒オーラを撒き散らすアメル。
 どうやらと街に行けない上、同行者がマグナだということが許せないようだ。
 (彼女から見れば、モーリンはおまけ程度でしかない)
 ちなみにその原因がの発言だということも、彼女の脳からは追放されている。

 (ああ、逃げたい……)
 残ったことを、少し後悔するネスティだった。







 「さて、どこから回ろうか?」
 「モーリンに任せるよ。おすすめ、教えて?」
 「あいよっ」

 楽しそうに先頭を歩くモーリンを見ながら、俺はに耳打ちした。
 「でも、いいのか? まで着いてきちゃって……」
 「いいの。あたしだってここ見たかったし、これ逃したら当分こうして歩けないし」
 「そっか……」

 「アメルには悪いことしちゃったけど、でも……」
 「でも?」
 「……ううん、なんでもない」
 …………?
 気にはなったけど、の嬉しそうな横顔を見ていたら聞くのも悪い気がした。



 モーリンに案内されてのファナン見物は楽しかった。
 お腹を空かせて釣りをしていたサムライに会ったり(お金あげたから、今頃ご飯食べているだろう)、屋台を移動したシオンの大将に会ったりしたし。
 何より、こんなに楽しそうなの顔を見るのは久しぶりな気がした。

 そして、下町に差し掛かった時。
 「ふざけんあねえぜ。おい、ババア! 俺たちは客だぞっ!?」
 「はんっ、他のお客に迷惑をかける野郎はね、うちじゃお断りだよ! とっとと出てお行き!」
 ……などという怒鳴り声が、店の中から聞こえてきた。
 モーリンが「またか」とため息をつきながら、その店へと入っていく。

 彼女に着いていって中に入ると、いかにもな男達が店の人ともめていた。
 ……って、店の人を殴ろうとしてる!?
 俺は慌てて間に割って入った。

 「何だ、テメエ?」
 「武器を収めてここから去れ、さもないと……」
 「そ、そんなおどしにびびるかよっ! みんな、やっちまえ!」
 はあ、やっぱりこうなるか……
 仕方ない、この前誓約した召喚術でマヒさせて……


 ばきっ、どかっ!


 …………へ?
 呆然とする俺の前で、男達がばたばたと倒れていった。
 「すごい……」
 やはり驚いた顔で、モーリンを見つめている
 そうか、モーリンがやったんだ。

 「こいつらさ、ファナンの近海を根城しにてる海賊なんだ。貿易船の積荷を狙うだけじゃなく、最近は漁師や陸の人たちまで襲ったりしてね。こんな具合にあたいが下町の用心棒みたいなことをやってんのさ」
 へえ、そうだったんだ……
 俺達が感心していると、モーリンが少し沈んだ声で言った。

 「あんた達、そろそろ出発するんだろう? ごめんよ、さっきの話さ、立ち聞きしてたんだ」
 あ……
 「そう……」
 も寂しそうに返す。
 「仕方ないさ。もともと、あんた達は旅の途中なんだし、でも……また、ひっそりしちまうんだねえ。あの道場もさ……」
 本人は明るく言ったつもりなんだろうけど、声の調子はだんだんと落ちていく。
 俺達は何も言えなかった。







 それからネス達と話し合った結果、朝を待ってから出発することになった。
 そうだよな……モーリンは下町を守っていかなくちゃいけないし、俺達だって追われる身だ。
 というわけで翌日、俺達はモーリンに見送られて道場を出た。
 そして最後にと、言葉を交し合っている最中に。


 ひゅるるるる……どごぉん!


 ものすごくでかい音が聞こえてきた。
 しかも、何回も。
 そのたびに、辺りが衝撃で揺れる。

 「これは……大砲の砲撃だぞ!」
 「間違いないよ、海賊のやつらだ! わざと下町だけ狙って撃ってやがる……ちくしょお、もう勘弁できないっ!!」
 叫んで、モーリンは海の方へと走り出した。

 「マグナ……」
 がじっと俺を見た。
 うん、そうだな。
 「ああ、俺達も行こう」
 「そうだな。僕達にとっても、まんざら無関係なことじゃないからな。ちょっとした恩返しといこうか?」
 ネスも同意した。





 砂浜に着くと、モーリンが召喚獣に襲われていた。
 得意げに笑っているヒゲのおっさん……あれが親玉で召喚者か!?

 俺は口早に呪文を唱えると、モーリンに襲いかかろうとしていた一匹に召喚術を放った。
 そんなに強い奴じゃなかったらしく、そいつは一発で消滅した。

 「まさか海賊の親玉が外道召喚師とはな。まったく、どんな師匠についたのやら」
 あきれてネスが言う。
 「そうですね。はっきり言って迷惑ですよ」
 続けてアメルがうんうんうなずく。

 「ああいう人はどっかの島でお芋さんでも掘ってた方が世のため人のため、あたしの精神衛生のためですよ」
 「過去の古傷をほじくり返すなぁっ、そこの小娘っ!!」
 (違う時間軸のネタばらしはやめようね、聖女)

 「って言うか小娘、なんでそんな事知っちょるんじゃあっ!?」
 「うふふふふ、乙女には謎が多いんですよ♪」
 それこそ謎の会話を続けるアメルと親玉。
 と言うか、アメルの存在自体謎だよな……

 「何か言いました、マグナさん?」
 「言ってない、何も言ってないっ!!」
 いや、ホントに口に出してないぞ俺っ!? なんでわかるんだ!?

 「どいつもこいつもなめやがって……そういうつもりなら戦争じゃあ!! かまやしねえから、大砲でファナン中を火の海にしちまえい!」
 完全にキレた親玉の声が、辺りに響く。
 まずい、あれ以上撃たれたら街が……!
 くそっ、召喚獣達が邪魔で止めに行けない!!

 「や、やめろおぉっ!!」
 モーリンをあざ笑うかのように、街目がけて飛んでいく大砲の玉。
 ……間に合わない!!

 「キエエエィィィッ!!」
 キィィン、と音がして大砲の弾が二つに割れた。そのまま砂浜に落ちる。
 そこにいたのは……昨日釣りしていたサムライだった。
 確か……カザミネさん、だったっけ?

 「な……!?」
 「た、大砲の弾を斬りやがった!?」
 驚くモーリンと海賊達。

 とりあえず…
 「これで大砲の心配はしなくてもよさそうだな」
 「そうだな」
 「あの様子なら、親玉を抑えればなんとかなるな」
 「じゃ、俺達が親玉を足止めするからネスや達は援護よろしく」
 「オッケー」

 話はまとまったので行こうとしたら……ぽかんとこっちを見ているモーリンと目が合った。
 「ん? どうしたんだモーリン?」
 「どうしたって……あんた達、今の驚かないのかい!? 大砲の弾を斬ったんだよ!?」
 あ、そっか……普通は驚くよな。

 「けどなあ……」
 「もっとすごいのが身近にいるし……」
 うんうんうなずくみんな(一部除く)。
 ミニスまでアメルの非常識っぷりに慣れてるもんなあ……
 ああ、常識が恋しい……

 ……とにかく。
 「みんな、行くぞ!」
 「お――っ!」
 俺達は海賊達に向かっていった。





 まあ、海賊達自体はそんなに手こずらなかった。
 腕力はあっても、戦い方はほとんどケンカだしな。
 黒の旅団みたく連携が取れてるわけでもない。

 「おのれぇ……これならどうじゃあっ!?」
 親玉がまた呪文を唱えた。
 召喚の門が開いて、召喚術が襲い掛かる。

 「きゃあっ!?」
 発動地点にいたが、術を食らって飛ばされた。
 「大丈夫か、っ!?」
 「う、うん……ちょっと切っただけ」
 力なく笑う
 とりあえず治癒をしないと……

 「うふふふふ……体力バカの三流召喚師の分際で、あたしのさんを傷つけるなんて……」
 「誰にケンカを売ったか、骨の髄まで教えないとね……」
 …………あ。
 見れば、アメルもロッカも鬼のような形相をしている。
 やばい……すでに相手を抹殺する気満々の目だっ!!

 「モーリン、カザミネさん」
 俺はくるりと、状況が飲み込めていないであろう二人を振り返った。
 案の定、二人はきょとんとこっちを見つめ返している。
 「……逃げるぞ」
 『は?』

 俺は二人の反応にかまわず、モーリンの手を引いて走り出した。
 「カザミネさんも早く!」
 他のみんなに押されて、カザミネさんも不思議そうな顔をしつつも走る。

 「ちょいと、逃げるのかい!? このままじゃあいつら……」
 手を引かれながらも不満そうなモーリン。
 「いいから!」
 「むしろ、あそこに残る方が危険だぞ!!」
 「はぁ? そりゃどういう意味……」


 ちゅどご――ん!!
 ザッパ――――ン!!



 「……ああいう意味だよ」
 跡形もなく吹き飛んだ海賊船を指差して、俺。
 「あぁ――っ、ワシの船がぁ―――っ!!」
 親玉の絶叫が聞こえてきた。続いていくつもの男の悲鳴。
 モーリンとカザミネさんは言葉もない。

 「まあ、街の方はあの程度で済んだのがせめてもの救いよね」
 しみじみとつぶやくミニス。
 そうだな……余波でできた波で一部濡れただけだもんな。洪水まではいってないようだし。

 「い、いつもあんな風なのかい……?」
 「まあね……」
 「けど、あいつらは自業自得だな……」
 モーリンの問いかけにうなずく俺達。
 ホント、慣れって怖いな……



 その後、ファナンの兵士達が来るまで海賊達がどんな目に遭ったかは……恐ろしくて言えない。



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タイムリーなジャキーニ登場編。まあ、ろくな目に遭うわけないですが。
あの頃は、あそこまで出張る日が来るとは思わなかったなあ…しみじみ。
聖女様に関われば、大砲の弾真っ二つなんて些細なことです。消し飛ばすくらいの事しそうだし。
次回も聖女様伝説は続きます。