前途多難な私達・第16話
第16話


 ようやく俺達全員着替えが終わり、一息ついた頃。
 「おい、なんか変だぞ」
 リューグがぽつりと……だけど険しい表情で言った。
 「えっ、変って?」
 「人の気配がまったくしない。雨だとはいえ、入り口の見張りぐらいいるはずだろう」
 確かに、ネスの言うとおりだ。見張りどころか、人がいる様子が感じられない。
 それどころじゃなかったから、今まで気にしてなかったけど……

 フォルテが扉を押すと、何の抵抗もなさそうにあっさりと開いた。
 「バカな! 門に鍵がかかってないなんて」
 「それどころじゃないぜ。こいつは……」
 向こうを見たまま、フォルテが硬い声で言った。
 嫌な予感がして、フォルテの横から覗き込む。
 ……って、これは……!

 「死体だ……兵士たちがみんな死んでる!!」
 俺は思わず叫んだ。
 ひどい有様だった。
 血まみれの兵士達が、砦のあちこちに倒れている。
 やミニスなんて、あまりの光景に気持ち悪そうに顔を背けていた。

 死体の一つを調べていたカザミネさんが、ふと怪訝そうな顔をした。
 「む? これは……」
 「どうかしたんですか、カザミネさん?」
 「この者たちの傷から判断すると、お互いに殺しあったとしか思えないのでござる」
 殺しあったって……なんでそんなことするんだ!?
 でもカザミネさんもそれ以上はわからないらしく、「面妖な……」と首をひねっていた。

 「なんだかわからんが、ヤバイのだけは確かみたいだな」
 リューグの言う通りなんだろう。
 理由はどうあれ、味方同士で殺しあうなんて普通じゃない。
 「これは早々に退散したほうがよさろうだぜ」
 フォルテの言葉に、俺はうなずこうとした。

 「きゃあっ!!」
 突然、ミニスが悲鳴を上げた。
 みんな、どうしたというようにミニスを見る。
 「今っ、そこの戸がっ、ガタンって……」
 震える手で、近くの戸を指さすミニス。
 まさか、この死体を作った原因か!?
 「出てこい! さもないと、こっちからいくぞ!」
 俺の言葉に続くように、みんなも身構える。

 「ちょっとちょっと! 暴力沙汰はかんべんしてくださいってー」
 ………………え?
 この声って……
 「私はただの雇われの身、雑用係のメイド……」
 そう言いながら出てきたのは、場違いなほどに明るい色のメイド服。
 「パッフェルさん!?」
 「あれま? どうして、みなさんがこんな所に?」
 相手が俺達だとわかると、パッフェルさんは不思議そうに首をかしげた。

 「それはこっちのセリフだよ。まあ、今のでだいたい理解したけど」
 「また新しい仕事?」
 「そーなんですよー。お給金が良かったんで、つい……」
 の問いに、パッフェルさんは嬉しそうに答えた。
 と思ったら、一瞬のうちに顔を曇らせる。
 「なのに、いきなりこんなことに……あー、まだ働き始めたばかりなのにー!」
 頭を抱えて絶叫するパッフェルさん。
 見ていて気の毒になるくらいだ。

 それはさておき。
 パッフェルさんに聞いてみたけど、彼女にも何が起こったのかわからなかったらしい。
 突然殺し合いが始まったので、身の危険を感じてずっと酒蔵に隠れていたそうだ。
 やっぱり、早くここから離れたほうがよさそうだ。

 だがしかし。
 「さあ、パッフェルさんも行きましょう」
 「えー、でも私、まだここで働いた分のお給金もらってなんですケド……」
 「そんなもんあきらめろ!」
 「いーえ! タダ働きだなんて冗談じゃありません。ぱぱっと行って、金庫からいただいてきます。それでわっ!」
 それでわ、のところでパッフェルさんは走り出した。建物の方へ。
 なっ……いくらなんでも無茶だっ!
 俺は慌てて彼女を追いかけた。







 はあっ、はあっ……
 見失っちゃったよ……なんて足が速いんだ……

 「マグナ!」
 「無茶するんじゃない。君まで迷子になったらどうする気だ!?」
 とネスがこっちに走ってくる。
 「だけど、彼女が……」

 「ホールドアップ!」
 いきなり知らない男の声がした。
 が一瞬びくっとして、すぐに両手を挙げる。

 「よーし、両手を挙げてその場から動くなよ。じゃないと、こいつでズドンといくからな」
 ゆっくりと、建物の陰から中年の男が出てきた。
 変わった格好も気になったけど、その手には黒光りするもの。
 「気をつけろ。あの男の構えてるのはおそらく銃だ」
 みたいだな……
 俺たちが知っているのと、形が違うけど。

 「質問は一つだけだ、シンプルにいくぜ。……お前さん達は『生きて』んのかい?」
 「はい?」
 生きてるのかって……見ればわかるだろ?
 「ちゃんと生きてんのか、そのフリをしてるのかどっちだって聞いてるんだよ、俺様は!」
 生きてるフリ? なんだそれ?

 俺が混乱していると、ネスが一歩男に歩み寄った。
 「どうやら、あなたはここでなにが起こったかを知ってるようだな。事情を説明してもらえると助かるが、どうだろう?」
 「……その様子だと、お前さん達はあのイカレた連中とは違うみたいだな」
 男は少し表情を緩めると、銃らしき物を下ろした。
 「いいぜ、話してやるよ」

 そして、男が話した内容はとんでもないものだった。
 砦の前にあった旅人の死体が、埋葬の途中で生き返って暴れだしたのだそうだ。
 そいつにやられた人も同じように「動く死体」になり、仲間を増やしていったらしい。

 「まったく、まるっきり三流のホラー映画みたいだったぜ」
 「ほらーえいが?」
 「おっと、すまんすまん。この世界にゃ映画はなかったっけか」
 「もしや……あなたは別の世界から召喚されてきたのか?」
 ネスが驚いたように尋ねた。
 「そうなるのかねえ。こっちに来て日が浅くて、今ひとつ状況はわからんのだが。俺様の名はレナード。ステイツのロスってとこで、刑事の仕事をしてたのさ」
 聞いたことない地名だ。
 本当に違う世界の住人なんだな……

 「ステイツのロス……って、ロサンゼルスのことですか? アメリカの?」
 ぽつりと訊く
 質問を聞くなり、レナードさんは嬉しそうにの方を向いた。
 「おお、知ってるのか嬢ちゃん!」
 そういえばも召喚されてきたんだもんな……
 ……って、ちょっと待て。

 「。まさか君のいた世界と彼のいた世界は……」
 「うん、同じだと思う。あたしと国は違うけど」
 ネスの問いにあっさりうなずく
 うわ、ホントにホントかよ……

 「まあ、それはさておきだ。この世界じゃあんな風にいきなり死体が暴れだすもんなのかい?」
 「そんなことないよ。なあ、ネス?」
 「普通はな……だが、そういったことを可能にする召喚術は確かに存在する」
 「なんだって!?」

 ネスによれば、実体のない召喚獣を第三者に憑依させることによって、その人に不思議な力を与えたり、あるいはまったく別の生き物に変えてしまえるらしい。
 死体だって、サプレスにいる低級な霊を召喚して憑依させることで不死身の兵士として操れるとのこと。

 「もしもそいつが、まだこの砦の中にいるとしたら……」
 ネスの言葉に、があっと声を上げた。
 「まずいよ! 他のみんな、あの死体だらけの中にまだいるんでしょ!?」
 そうだ、急いで戻らないと!
 俺たちは再び走り出した。







 戻ると……やっぱりというかなんというか。
 「うふふふふ、死体の分際で」
 アメルがメイスを振り回して死体をふっ飛ばし、
 「しつこいな、ははははは」
 ロッカが槍でぶすぶす刺しまくっている。
 笑いながらしないでくれ……頼むから。

 「その死体は召喚術で操られているんだ! 操っている召喚師をなんとかしないと、そいつらは何度でも襲ってくるぞ!!」
 ネスが叫ぶ。
 確かにアメルやロッカの攻撃にもかかわらず、死体は何度でも起き上がってくる。
 こいつらの大本を何とかしないと……
 でも、どこに…

 その時、俺達とは違う気配を感じた。
 そっちには柱があるだけだけど……

 「レナードさんっ。あの柱の陰、あそこに向かって撃って!」
 「おうっ!」


 だんっ、だんっ、だんっ!


 レナードさんの銃弾は、柱を少し削った。
 もちろん、人が倒れたわけではない。だが。

 「ほお、よく見つけたな。ワシの気配を……褒めてやるぞ、カカカ」
 柱の陰からゆらりと現れたのは、やけに顔色の悪い男。
 なんていうか……部屋に閉じこもって毎日怪しいことしていそうな、そんな感じだ。

 「お前が、この砦を壊滅させた張本人か!?」
 「いかにも、いかにも。ワシの名はガレアノ。カカッ、屍人使いさあ」
 「お似合いな呼び名だぜ。その青白いツラにはよ」
 フォルテが不快そうに言うけど、ガレアノは涼しい顔。
 「カカカッ、カッ……なぁに、すぐにお前らも同じ色になるさあ」

 死体達がゆらりと、俺達を囲んでいく。
 そして、前のほうから順に襲い掛かってきた。

 「ていっ!」
 「雷精の雷よ!」
 きぃん、ちゅどんと攻撃の音が響く。
 でも、なかなか倒れない屍人達にはあまり効果がないみたいだ。
 このままじゃ、ガレアノに近づくこともできないぞ……!

 「はあっ……さすがにきついな」
 「映画やゲームだったら、火や聖水がお約束なんだけどねぇ……」
 「火?」
 がやけくそ気味に言った言葉に、でもアメルとロッカは反応した。
 「うん、火で焼いちゃえば動かす体がなくなっちゃうわけだから……」
 そこまで言って、は顔を引きつらせた。
 どうしたのかと視線を追うと……

 「うふふふふふ……確かにその通りですね……」
 「要は、操る死体がなくなればいいわけですからね……」
 ……魔王だ……魔王が二人いる……
 屍人達も数歩下がる。
 奴らにもわかるんだろう。あの二人がどれほどやばい存在と化しているのか。
 アメルとロッカの眼光、そして放たれまくる殺気は凶暴なはぐれでさえ「すんません、ささどうぞお通りを」と道を譲りそうなくらいに強力だった。

 おもむろに、ロッカが懐から何かを取り出す。
 そしてそれを投げ……


 どがば――ん!!


 大爆発が起きた。屍人達十数体ほど巻き込んで。
 煙が収まった後には……広くくぼんだ地面があるだけ。
 そこにいた屍人達は影も形もない。
 それを見たロッカは「思ったより威力が低いな」とかつぶやいていた。
 ……何投げたんだ!?

 「やるわね、ロッカの分際で。ならあたしも!!」
 言うなり、アメルの体が強い光を放った。
 その光を浴びた屍人達が、次々と消えていく。
 (って、おい! それ出すのもうちょい先でしょうが!! いきなり使ってどうする!!)
 「うるさいですよ。ロッカごときに負けてなんかいられないし、あたしのさんのためならシナリオなんて紙切れです」
 (天の声に突っ込むんじゃない、聖女)

 「おい……」
 レナードさんが何か言いたそうに二人を指さす。
 まあ、気持ちはわかる。わかるけど。
 「……あんまり考えないほうがいいですよ……」
 俺の言葉に、みんな深々とうなずいた。
 俺達としてはそう言うしかない。

 「こ、この力……っ、そうか! そこの娘が……!」
 顔を驚きに凍りつかせて、アメルを見るガレアノ。
 それに対して、アメルがゆっくりとガレアノを見た。
 ついでに殺気が倍に膨れ上がっていたりもする。
 「うふふふふ。あなたさえぶちのめせば、万事おしまいですね。恨みはないですがさんの身の安全と好感度アップのため、お芋さんの肥やしと消えてもらいますね」
 どっちが悪だ、と突っ込みを入れたくなるような雰囲気だが、口にすることはできなかった。
 アメルの背後から、レヴァティーンが現れたもんだから。

 「ねえマグナ……もしかして……」
 「だな……」
 俺とは小さくうなずきあって。
 「…………全速力で逃げろぉっ!!」
 「おうっ!!」
 「ああっ!!」
 「ええっ!!」
 「うん!!」
 「承知したでござるっ!!」
 一目散に走り出した。
 そして砦から出て少しした頃、


 ちゅどちゅどどご――――ん……!


 ……屍人軍団は滅んだ。
 スルゼン砦ごと。

 「これ、見なかったことにしちゃダメかな……?」
 「そういうわけにもいかないだろう……と言いたいところだが……僕もできればそうしたい……」

 ちなみに数日後、ファナンに「スルゼン砦が芋畑に化けた」という噂が流れたりするんだけど……
 怖くて誰も確かめに行けなかったのは言うまでもない。







 「申し訳ございませんレイム様。スルゼン砦の兵はすべてアルミネに……」
 「まあいいです、そちらの方は。それで……手に入れてきましたか?」
 「…………はい?」
 「さんの物を何か手に入れてきたのか、と訊いてるのです。なんなら写真でもいいですよ」
 「……………………」
 「何も手に入れなかったんですね……」
 「れ、レイム様っ!! そのウォー・ピックで何を……!」


 ざく。


 ガレアノの明日は……ないかもしれない。



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どんどんと聖女様達がどっかの小説の執事並に……(汗)
この二人にシオンまで加わったら、戦場焦土になりますね(苦笑)
そしてアメルの芋ネタも尽きず。
ガレアノ、やっぱり不幸です。合掌。

2003.10.24