前途多難な私達・第19話
第19話
荷物をまとめるのは早く終わった。
元々身一つで逃げてきたのだ、大したものは持っていない。
暗い家の中は静まり返り、足音一つでもかなり響きそうだ。
音を立てないよう歩を進め、ゆっくりドアに手を伸ばして……
「……どこ行くの、リューグ?」
思わぬ声に、手が目に見えて大きく震えた。
振り向くと、そこにはが静かに佇んでいた。
「寝てたんじゃなかったのか……」
「うん、ちょっと気になって」
なにが、とは特に言わずに。
は慎重に、リューグの所へと歩いてきた。
「もしかして、アグラおじいさんを探しに行くの?」
「ああ」
肯定の言葉は、自分でも驚くくらいあっさりと出てきた。
「……アメルのことはいいの? リューグはなんだかんだ言ってアメルのこと気にかけていたじゃない、今だってあんな状態なのに……」
心配そうに見上げながらが尋ねる。
「……いや、それは俺よりテメエの役目だ。あいつは俺以上にテメエを信頼しているからな」
いくらあのアメルでも、見た目だけでこの少女を気に入ったわけではないはずだ。
でなければ、あそこまで入れ込むまい。
……つきあいの浅い人間には、そうは見えないだろうが。
「それに、ジジイには他に確かめたいこともある」
細かく説明する気はなかったので、リューグはそれきり口を閉ざした。
はじっ、とリューグを見つめ…
「……そう。止めたって行く気か」
仕方ないなあ、というような苦笑を浮かべた。
「行って来なよ。ただし、無事に帰ってくるのよ?」
「テメエらこそ、アメルをあいつらに渡すんじゃねえぞ」
まあ、がいれば大丈夫だろうが。
そんな思いを知ってか知らずか、はにっこり微笑んだ。
「大丈夫だよ。マグナやロッカ達だっているんだから」
……それが一番心配なのだが。別の意味で。
とはいえ、その言葉を信じるしかない。
でないと、やっとつけた踏ん切りがまた元に戻ってしまう。
「……じゃあな」
「うん、またね」
行ってらっしゃいとか、気をつけてとか。
そう言わないあたりが彼女らしいと思った。
翌朝。
「おい、リューグがいねえぞ!」
「なんですって!? ……逃げたわね、リューグ……」
アメルの顔が一瞬怖かった気がするけど、気のせいってことにしとこう。
でも、リューグはどこ行ったんだ?
まさかホントに逃げたなんてことは……
……………………………………………………
……ありえないって言い切れない……
「あ、リューグならおじいさん探しに行くって」
そう答えたのは、意外にもだった。
「さん、知っていたんですか?」
「昨夜出ていこうとするとこ見かけたから。呼び止めて聞いたの」
「そうですか。……帰ってきたら覚悟してろよ、リューグ……」
やはり一瞬だけ、ものすごい表情を浮かべるロッカ。
リューグ……当分帰ってこない方が身のためみたいだぞ。
とりあえず、朝食を食べながらルウに今までのことを話した。
昨日は結局話すどころじゃなかったしな……
そしてルウを交えて話し合った結果、もう一度俺達で村があるのかどうか確かめてみようってことになった。
ネスだけは反対していたけど。
でも、引き返すなんてできない。
可能性が少しでもあるのなら確かめるべきだと思う。
……冤罪で爺さんに重傷負わせたらさすがに嫌だしな……
それから、ルウにこの森に封じられている悪魔について教えてもらった。
簡単にまとめると……
昔、リィンバウムは異世界からやってくる悪魔や鬼に侵略されていた。
でも、その異世界からは同時に味方…天使や竜神も来ていた。
彼らは対等の友人として、人間達と共に戦ってくれた。
しかし、人間は召喚術の力におぼれ、天使や龍神達はこの世界から去っていってしまう。
そこへ狡猾な大悪魔の一人が軍勢を率いて総攻撃を仕掛けてきた。
だけどただ一人、豊穣の天使アルミネはそれでも人間を助けてくれた。
自分の命と引き替えに結界を張って、大悪魔とその軍勢を封じることで。
……とまあ、こういうことらしい。
「ネスティが不安がるのも、なんかわかった気がするよ」
いつになく弱気な口調でモーリンがつぶやく。
そうだな……昔、リィンバウムを侵略しようとした悪魔や鬼達はかなり強力な力を持っていたって言うし。
「心配しないで、キミたちの案内役はルウがしてあげるから」
任せなさい、とばかりにルウ。
「え、でも……」
「ほっとけないでしょう。キミたちだけであの森をうろつかせるなんて心配でしかたないし。それに……あの子に余計な不安を与えたの、ルウだもの」
そっか、気にしてたんだな昨日のこと……
「……わかった。それじゃお願いするよ」
そういうわけで、俺達は今封印の森の前にいる。
確かに普通の森とは違う感じがする。何が、と言われるとうまく説明できないけど。
それに……なんだか胸がざわついてしかたがない。
結界の中に人間は入れない。
なので、森の外周をぐるりと回っていくことになった。
何人かで固まっていこうという案が出て、どうしようかと見回して。
そうしたら、難しい顔したネスが視界に入った。
「ネスティ、あれからずっとああだね」
が心配そうに言った。
「……そうだな」
は少し、考えるような仕草を見せて、
「ねえマグナ。ちょっとネスティと話してみてもいいかな?」
「え? だったら俺も……」
「うーん……ごめん。ちょっと個人的にしたい話なの」
断られたことに少し胸は痛んだ。
でも、に考えあってのことなんだよな…?
「……わかった。に任せるよ」
「ありがと、マグナ」
そう言うと、は小走りでネスの方へ行ってしまった。
こんな時になんだけど……と行きたかったな……
「うふふふふふふ」
「ははははははは」
ぞくっ。
「ネスティさん、マグナさんバカだと思って油断していたら……」
「後で厳重注意しておかないとね……」
壮絶な顔でアメルとロッカがネスを睨み付けている。
……ごめんネス。俺には二人を止められない……
「ネスティ?」
「……君か」
の姿を認め、ネスティはしかめ面を浮かべたまま応じた。
しかし、それ以上は何も言わない。
しばらく沈黙が続き。
「もしかして、違ってたらごめん。ここ、マグナに知られちゃまずいことでもあるの?」
「……っ!?」
ネスティの顔が、目に見えて強ばった。
「あ、やっぱりそうなんだ」
「別に、そんなことは……」
「あるでしょ? ネスティ、マグナのことになると躍起になるから」
「躍起になんて……」
「それに、昨夜『知っていれば近づかせなどしなかったのに』とか『必然』とか言ってたでしょ? その後マグナが寝ぼけたもんだから驚いてたし」
ネスティは観念したように息を吐いた。
どうしてこうも、この少女は鋭いのか。
「……起きていたのか」
「実は、なんとなく眠れなくて。だけど、マグナのためなんでしょう? あんなに反対したの」
「……ああ」
「なら、あたしがごちゃごちゃ言うことじゃないよね。でも、後でちゃんとマグナと話してよ。心配していたから」
「……ああ」
いつか、必ず。話さなければいけないことだから。
しかし、そのとき彼はどうなってしまうのだろうか。
二度と笑わなくなるかもしれない。己の運命さえ呪うかもしれない。
そうなってしまったら。
ちらりと、傍らを歩くを見る。
マグナの護衛獣。
突然異世界に呼び出されてしまい、それでも足手まといになるまいとがんばっている少女。
そして、マグナが想いを寄せる少女……
彼女なら、もしマグナが絶望に落ちてしまったとしても。
彼を救ってくれるだろうか――
「うふふふふ、あたしを差し置いてさんといい雰囲気なんて……」
「はははははははは」
……無論のこと、妄想フィルターのかかった聖女様達にネスティとは気づいていなかった。
「おかしいな……」
ルウが怪訝そうに首を傾げたのは、森を調べ始めてから数分くらい経った頃だった。
「何がだい?」
「森の様子が違うの。いつもなら、獣とかと出くわすことぐらいあるのに」
そういえば……虫とかいないな?
ふいに、耳鳴りのような音が聞こえた。
「ねえ、何か聞こえない?」
「そうか? 別に何も聞こえねえぞ」
ミニスの言葉をレナードさんが即座に否定する。
でも……
「いや、確かに森の奥から聞こえてくる!」
「おいおい、お前らしっかりしろって?」
「ちょっと、フォルテ! あんた、まさかこんなにうるさい音が聞こえないわけ?」
どうやら、聞こえる人と聞こえない人がいるみたいだ。
どういうことなんだ?
ルウが、はっとした表情になった。
「結界だわ……森の結界が何かに反応して、こんな音をたててるんだわ!」
「魔力の共鳴だ……それを僕達召喚師の感覚が、こんな異音としてとらえたんだ」
続けてネスが説明する。
その間にも、音は次第に強くなっていく。
「ううっ、頭が……割れそう……」
ミニスが青い顔でその場にしゃがみ込んだ。
さすがに俺も少しきつくなってきた。
「みんな、急いでここから離れて! こんなこと、ルウも初めてなの……何が起こるかわからないよ!?」
言われるまでもなく、こんな状態のミニスをこのままにはしておけない。
なんだか嫌な予感もするし。
急いで離れないと……
「呼んでいる……」
え?
振り向くと、どこかぼんやりした表情でアメルが立ちつくしていた。
なんか変だ……うまく言えないけど。
「この森……あたしは知ってる。呼びかけてくれたから思い出せた……」
つぶやくアメルの体が光をまとい始める。
これは……砦の時と同じ光か!?
「まずい、彼女を落ち着かせろ!! これ以上、結界を刺激したら……」
「結界が破れちゃう!!」
ネスとルウの警告は遅かった。
ドオォォォンッ!!
アメルの体がひときわ強く光ったかと思うと、壁が壊れるような音が響いた。
辺りも、少し揺れたような気がする。
視界が戻ってゆくにつれて、低い唸り声が聞こえてきた。
森の奥からいくつもの人影が現れる。
……いや、人じゃない!!
「悪魔……あれが……」
震える声でがつぶやいた。
こいつらが結界の中に封じられていた、悪魔の軍勢なのか……?
「ヨクも……」
悪魔がぼそりと言った。
殺気立った目で俺達を……って、囲まれてるじゃないかっ!?
「ヨクも我ラをッ、コノ地に縛り続けたナアァァァッ!? コロすウゥゥゥゥ!! 殺しテヤルウゥゥッ!」
叫びながら襲い掛かってくる悪魔達。
シャレになってないぞ、これって!
「ひっ……!?」
反応の遅れたに、悪魔の一体が剣で斬りかかる。
くそっ、させるもんか……
ばきゃっ!!
……俺が攻撃する前に、その悪魔は吹っ飛ばされた。
「うふふふふ。悪魔だかなんだか知りませんけど、あたしのさんに危害を加えたんですから覚悟はいいですよね?」
モーニングスターを構えながら黒く微笑むアメル。
いつものアメルだよな……さっきのは俺の目の錯覚か?
いや、それは後だ。今は悪魔達をなんとかしないと!
ふうっ、やっと片付いたよ。
さすがにもう悪魔は……
「殺スぅ!!」
「コろスゥゥッ!!」
嘘だろ―――っ!? あとどれだけいるんだよ!?
くそっ、これじゃきりがないぞ!!
「ここはひとまず、逃げの一手でござるぞ!」
カザミネさんが悪魔を切り伏せながら叫ぶ。
そうだな、それしかなさそうだ。
「よし、合図をしたらそれぞれ違う方向に逃げ出すんだ!」
「落ち合う場所は?」
「ルウの家でいいわ。あそこだったら、悪魔もそう簡単に近づけない」
「よし……今だっ!!」
俺の合図で、みんな散り散りに逃げ出した。
当然、悪魔達もバラバラの俺達を追いかける。
「はぁ、はぁ……なんで! どうしてこんなことになったんだよ……?」
「結界って、そう、簡単に、壊れるものじゃ、ないでしょ、普通はっ……」
隣を走るの息が、荒い。
確かにあっさり壊れるようじゃ、結界っていえない…
……まさか!
「ひょっとして、ネス。こうなるって知ってたのか?」
そうだよ、それならあのいつもと違う反対ぶりも納得できる!
でも、ネスからの返事はない。
「ネスっ!?」
「ああ、そうさ! 予想してなかったわけじゃない!! けどな……彼女がそのきっかけになるなんて、僕だって思いもしなかったんだ! こんな形で関わることになるなんて……」
半ばやけくそのようにネスが叫んだ。
「逃ガすモノカァァァ!」
後ろから悪魔の声が追いかけてくる。
「忌々シき召喚師ドモ、調律者の一族メェ!!」
調律者。
なぜか、その言葉をどこかで聞いたことがあるような気がした。
色々な言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
因果を律するこれがゲイル素晴らしいやめろそれだけはイヤダァッ!!
「マグナっ、逃げるんだっ!!」
……っ!?
気がつくと、悪魔が槍を振りかざしているのが見えた。
「死ねエェェイィッ!!」
そのまま俺目がけて槍が振り下ろされる。
「マグナっ!!」
の悲鳴が聞こえて…
「うふふふふふふふふ……!」
悪魔の槍がびくりと震え、そのまま止まった。他の悪魔達も動きを止める。
こ、この笑い声は……
「よくも、この話のヒロインたるあたしを無視してくれましたね! しかも全員で、あたしのさんを追い回すなんて……!!」
「いや、追いかけていたのは多分僕達……」
ネスの指摘も、怒り状態のアメルが聞いてるわけはなく。
「もう許しません!! 必殺、エンジェルパニッシャーアタック!!」
(おい、勝手に必殺技を作るな)
アメルのモーニングスターが唸り、悪魔が次々と地面に埋まっていく。
悪魔達に同情するよ……今だけ……
こんなの、悪魔だって相手にしたくないよな…
「あのー」
「え?」
いきなり声をかけられたので、見ると……男の子と機械兵士が立っていた。
組み合わせも変わっているけど、なんでこんな所にいるんだ?
ルウの話じゃ、この辺りに人は住んでないって…
「……君は?」
「僕の名前はエルジン・ノイラーム。お兄さん達と同じ蒼の派閥にいた召喚師。でも今は……エルゴの守護者の一人、機界の探求者って呼ばれているんだ」
「エルゴの守護者!? 君が、あの……」
なぜかひどく驚くネス。
エルゴの守護者? なんかすごいっていうのは想像つくけど……
「ネスティ、エルゴの守護者って?」
「後で僕達が説明するよ、お姉さん」
に笑いかけながらエルジンが言った。
「でも、その前に……」
「エンジェリックエクゼキュージョン―――!!」
必殺技の名前らしきものを叫びながら、アメルが悪魔数体を殴り飛ばす。
うわぁ……結構飛んでいったよ……
「あのお姉さんの方が片付いてからだね」
「あははは……」
が乾いた笑いをあげ、ネスは遠い目をしている。
俺、「あれは知らない人です」って言いたくなったぞ……今。
シリアスムードもなんのその、悪魔も恐れる聖女様の快進撃。
もはや「召喚術で世界を救え」から遠ざかっております。
リューグはリンチから逃れられるのか、ネスティは五体満足で次回を迎えられるのか。
調律者一行の明日はどっちだ!?
というわけで、リューグは旅立っていきました。
ネスティはこの後、はたしてお仕置きされたのでしょうか(聞くな)
前回の反動で、また暗黒度が上がっています聖女様。
では、また次回!! シャムロックとビーニャはどうなる!?
2004.1.12