前途多難な私達・第23話
第23話


 城の中に入っても、人は少ないままだった。
 城って、もっと人がいると思っていたんだけどな?

 「なあ、シャムロック。お前の報告を聞いたにしては、あんまり城に動きがねーな?」
 フォルテが怪訝そうに尋ねた。
 「もうすこし慌ただしい様子を想像していたんだけどねえ」
 モーリンも不思議そうに首をひねっている。
 シャムロックさんははい、とひとつうなずいた。
 「リゴール様は皆さんからお話を聞いた上で、全軍に指示を与えるつもりなのです。城には一般の者たちも多く出入りしています。下手な噂はそれこそ混乱を招きますし」
 「なるほど……」と納得しているのはカザミネさん。

 「領主様がおいでになる合図は近衛の楽隊が知らせてくれますので、それまではあまり緊張しなくて結構ですよ。小声なら、話をしてて構いませんから」
 シャムロックさんがそう言ってくれるのなら、お言葉に甘えさせてもらおう。
 そういえば、は大丈夫かな?

 「……やっぱり、レナードさんもそう思います?」
 「ああ、妙に無関心すぎる。嬢ちゃんの『人形みたい』って表現も、あながち外れとはいえねえな」
 の方を見ると、不安そうにレナードさんと話していた。

 「、どうしたんだ?」
 の表情もだけど、それ以上に内容が気になって俺も話に混ざる。
 うん、と曇った顔でうなずく
 「ネスティはああ言ってたけど、やっぱりなんかおかしい気がして。その……みんな人形みたいっていうか……」
 「明らかに異常だぜ? よそ者の俺達に対して、ここまで無関心っていうのは」
 これがこっちの世界のマナーなら話は別だがな、とレナードさん。
 そう言われると、なんだかこの城の中が不気味に見えてくる。

 ダダダダー、と太鼓の音が響いた。
 あっ、これって……
 「領主様の到着です。発言をうながされたらそれに従ってください」
 シャムロックさんの言葉から少し遅れて、奥からゆっくりと人が歩いてくる。
 その人は玉座に腰掛けると、ぐるりと俺達を見回した。

 「遠路よりご苦労だった。私がトライドラの領主、リゴールだ」
 うわあ、渋い……
 だいぶ年を取っているようだけど、その目は鋭い。
 さすがは騎士達の街を束ねる領主様。貫禄がある。

 そのまま俺達は、シャムロックさんの報告を聞いていた。
 そして話は、デグレアに狙われているアメルのことになる。
 その間、領主様は黙ってそれを聞いていた。

 「願わくば、彼らに我がトライドラより相応の庇護をお与えになられますことを……」
 「……ふふっ」
 「領主様?」
 突然笑みを浮かべた領主様を見て、シャムロックさんは話を止めた。
 「ふふふっ、くくくっ、ひゃはははは!! ひぃーっはっはっは!」
 おかしそうに、そしていやらしい顔で笑う領主様。
 さっきまで話を聞いていた彼と、同じ人物だとは思えなかった。

 「それが本当ならばまたしても重ねて礼を言わなくてはなぁ? なにしろ……」
 「ワタクシは労せずしてあの御方の望む『鍵』を手に入れたことになるのですからねぇ」
 領主様の言葉を、違う声が引き継いだ。
 玉座の影から、ゆらりと男が現れる。

 「てめぇ……いったい、何者だ!?」
 「ワタクシはキュラー。貴公たちのことは同輩より耳にしております。スルゼン砦でガレアノを倒し、ローウェン砦ではビーニャを退けたご活躍とのこと」
 フォルテの問いに、そいつは悠然と答えた。
 ってことは……!

 「ってことは、アレだ。お前さんもデグレアの手先ってわけかい」
 「仰せのとおりで」
 レナードさんの問いも、同じように肯定する。
 「しかし、ワタクシはあの二人よりいささか勤勉でしてな。貴公らがおいでになる前に、命じられた仕事を終えております。ほら……」
 キュラーが軽く手を振った、途端。

 「ぐっ、ぐるるぅぅっ! ぐゲっ、がアっ!?」
 いきなり、領主様が苦しみだした。
 いや……魔力の流れを感じる! これは……
 「ククク……さあ、解放なさいませ、あなたの黒き衝動を? いざや、鬼へと変じませいっ!!」
 「ふゲがアぁァぁッ!!」
 絶叫を上げる領主様。その体は、急激に変化していった。
 体が膨れ上がり、服が裂けていく。
 肌の色もどす黒くなり、額には角が生えてきた。

 「り、領主様っ! リゴールさまぁっ!?」
 「そんな……人間が、一瞬のうちにバケモノに変わるなんて!?」
 シャムロックさんやネスが驚く中、カイナの凛とした声が響いた。
 「鬼神憑依……あなた、この人に邪鬼をつかせましたね!」

 「クククク……いかにもいかにも。ワタクシは鬼神使いでして」
 キュラーは芝居がかった口調で、ぐるりと周りを示す。
 控えていた他の兵士達も、すでに領主様と似たような姿になっていた。
 「人の心は脆いもの。トライドラに住む者のことごとくがワタクシがきっかけを与えるだけで、簡単に鬼へと変じましたよ。クククククッ、じつに愉快ですなぁ!」

 「しゃアァァむろオぉぉぉっク!! 欲しイ、欲シいぞォ! 貴様の肉がァ、血ガぁ魂がアァァァァッ!!」
 キュラーの言葉を証明するかのように、領主様だったものが叫ぶ。
 力なく、シャムロックさんが崩れ落ちるのが視界の端に映った。
 「あ、ああ……っ。嘘だ……嘘だぁっ!」
 頭を抱えてうずくまるシャムロックさん。
 気持ちはわかるけど、でもこのままじゃ……

 「しっかりしてくださいシャムロックさん!」
 の声が聞こえた。
 見れば、怖かったらしくて顔は青いけど……それでも、その目は強い光があった。
 「そうやって今起きたことを否定して、領主様が元に戻るんですか? 違うでしょう!!」
 「そうですよ! これは嘘なんかじゃないんです。認めたくないひどいことだけど、目の前のアイツが、領主様を変えたんだ!」
 俺もすかさず、の援護に入る。
 シャムロックさんが、何かに気づいたように息をのんだ。

 「とマグナの言うとおりだぜ。お前がふぬけててどうすんだよ……そんなんで聖王国を守ることなんてできんのか、ええっ!?」
 畳み掛けるように、フォルテの叱咤が飛んだ。
 「フォルテ、さま……」
 呆然とつぶやくシャムロックさんのまなざしが、変わっていく。
 虚ろだった目には、次第に強い決意が表れてきた。

 キュラーはそれでも、冷たい笑みを浮かべたままだ。
 「存分に恐怖なさい。思いきり苦しみなさい。それが貴公らの心にも鬼を招くでしょう。クククク……」
 再びばっ、とキュラーが手を振りかざす。
 「いざや、ゆるりと鬼に」
 「レヴァティーンさん、ゴー♪」


 ちゅどぉぉぉぉん!!


 「……え?」
 今何が起こったのかわからず、俺は立ち尽くした。
 それは他のみんなも同じようだ。
 えーと、整理してみよう。

 俺達の様子見てたキュラーがまた笑い出して、魔力使いそうなそぶり見せて。
 俺達が身構えたところに、アメルの声がして。
 レヴァティーンのギルティブリッツが、キュラーと領主様を玉座と壁ごと吹っ飛ばした、と。

 「悪は滅びたわ」
 『ちょっと待てぇぇぇぇっ!!』
 汗をぬぐうようなしぐさをするアメルに、俺達だけじゃなく、瓦礫から頭を出したキュラーまでもが突っ込みを入れる。
 うわ、生きてるよ。あれで。レイムさん並に丈夫だな。
 「……ちっ、生きてたわね……」
 って、殺す気だったのかアメル……

 「なんなんですかあなたは、ワタクシの話の途中で攻撃するだなんて!」
 半泣きで訴えるキュラー。
 対してアメルはふんっ、と鼻を鳴らす。
 「だらだら長話している方が悪いんです。第一、敵だとわかった人に情けをかける必要がどこにあるんですか。あたしとさんに被害が及ぶ前にとっととぶちのめしただけです」
 「鬼っ、悪魔っ!! あなたには血も涙もないのですか!!」
 (お前が言うな、悪魔)
 あはは……なんか、キュラーが気の毒に見えてきたよ……

 「しっ、しかし!! 鬼は他にも……」
 「これがどうかしました?」
 割り込んだのは、やけに涼しい声。
 そっちを見ると、ロッカが鬼の一人を足蹴にしていた。
 その周りにも鬼達が転がっていて、「お許しをぉ……」とか「すみませんそれだけは勘弁してくださいなんでもしますから」とか呻いて、震えている。
 いつも思うんだけど……ロッカ、今度はいったい何やったんだ?

 「「さて」」
 アメルとロッカが、そろってキュラーの方を向いた。
 いつもの笑い声はないけど、顔がすでに充分怖い。
 「このあたしに手を出そうとしたんですから、覚悟はできてますよね?」
 「とりあえず、さんに危害を及ぼしそうなので消えてもらいましょうか」
 人間らしからぬ迫力に、思わずあとずさるキュラー。

 鬼神使いっていっても、まだまだだなキュラー。
 あの鬼二人をどうにもできないようじゃなあ。
 ……まあ、あれに勝てる人は絶対いないだろうけど。

 あとは、いつもの通りの惨劇。







 「……え、ええと……今すぐ、領主様達を元に戻してほしいんだけど……」
 問うの声は、遠慮がちだ。
 ……元に戻す以前に、キュラーが動けるかも怪しそうだから、無理もないんだけど。

 「クククッ、お戯れを。そんなことができると……」
 言いかけたキュラーの顔を、アメルが蹴る。
 「さんになんて口聞くんですかこのアゴ。なんならもう一度お仕置きしてもいいんですよ?」
 「いえ、申し訳ないのですがそれは不可能なのです。その男はもはや、領主の抜け殻なのですよ。鬼に憑かれた者は時と共に、その魂を食われていきますので、はい」
 アメルの凄みにびびり、キュラーは思い切り低姿勢で答えた。
 弱っ……まあ、相手が悪すぎだし仕方ないか。

 でも、言われた内容は無視できるものじゃない。
 つまり、もう領主様や街の人達を助けることは……

 「ならば、せめて……貴様だけは! このような非道をした貴様だけは倒す!!」
 剣を抜き、怒りの形相でシャムロックさんが斬りかかる。
 その切っ先がもう少しでキュラーに届くというところで、その横の壁が爆発した。
 アメル達は避けたみたいで無事だったけど、爆発に巻き込まれたシャムロックさんは吹き飛ばされてしまう。

 「いつまで遊んでるつもりだ、キュラーよ」
 そう言って煙の中から現れたのは……
 「てめえは、ガレアノ!」
 レナードさんが叫ぶ。
 生きていたのか……アメルのあれを食らって。そういえばキュラーも起き上がってたし……

 「ルヴァイドのヤツがお呼びだ。さっさと戻らねば、あのお方に迷惑がかかる。こやつらの始末などいつでも……」
 言いかけて、ガレアノは固まった。
 その視線の先には、アメル。
 「いや……やっぱり延期してくれんかな……」
 「そうですね、できれば無期で……」
 げんなりとするガレアノとキュラー。
 ……それでいいのか、デグレア。

 「……とりあえず、今は貴公とワタクシが忠実な兵士へと造り替えたトライドラの者達を連れていくことが先決でしょうな」
 「そうだな……」
 それで勢いが下がったのか、力なく二人は壁の穴から外へ出て行く。
 その後をぞろぞろついていく鬼達。

 『……就職氷河期のバカヤロ―――――っ!!』
 悲痛な叫び声が、穴の向こうから聞こえて、消えた。

 「……あのさ、今気づいたんだけど」
 「……何、
 は困ったように穴を一瞥すると、言いにくそうに、
 「ガレアノ達はともかく、鬼だけでもなんとかした方がよかったんじゃ……」
 『……あ……』
 しまった。
 あまりの哀れさについ見送ってしまったけど、要するにトライドラにいた兵士がそのままあいつらの配下になっちゃったってことで……

 「うふふふふふふふ」
 げっ……この状況はもしや……
 「このボケども、余計な敵を逃しやがって……覚悟はいいですか?」
 アメルが壮絶な笑みを浮かべ、サモナイト石を握る。
 あああっ、結局こうなるのかよぉっ!!





 ちゅどーん、どかーんと城内に爆発音が響く。
 その中を逃げるマグナ達、追うアメル。

 「あの……私は……領主様はどうすれば……」
 「誰も聞いてないよ、シャムロックさん……」
 「ははは……私っていったい……」
 「しっかりしてシャムロックさん! こんなことで人生投げちゃダメよ!」
 「さん……」
 「生きていれば、領主様達の仇を討つことだってできるんですから! 希望を捨てないで!!」
 「……そうですね。ここでくじけてはいけませんよね」
 「あたし達も協力しますから、元気出してください」
 「……はい!」
 そんな彼らをよそに、プチ人生相談状態のシャムロックとであった。



 ついでに言えば。
 「し、しゃむ……ろク……早ク、殺しテクれ……」
 鬼と化した領主は、アメルの怒りが収まるまで瓦礫の中だった。



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連続更新その2。鬼神使いVS鬼です(苦笑)
ってか、戦いにすらなってないし。悪魔に悪魔って言われてます聖女様。
ガレアノ達の最後のあれは、言わせてみたかっただけです。断じて自分の本音では(汗)
さて、次回いよいよ豊漁祭編です。

2004.11.1