前途多難な私達・第24話
第24話
トライドラがやられた今、次に危ないのはファナン。
なので俺達は、ファミィさんに知らせるべくファナンに戻ってきた。
あれ? でも、なんか……
「それにしても、なんだか前より街中が賑やかになってる気がしないですか? 通りのあちこちもきれいに飾られてますし」
「……あーっ!?」
アメルの言葉に、モーリンが突然大声を上げた。
「すっかり忘れてたよ。そういや、もうすぐ豊漁祭だったんだ」
「お祭り、ですか?」
「ああ、そうだよ。漁師達が海の恵みを感謝する祭りさ。夕暮れから夜遅くまで街いっぱいに灯りをともして騒ぐんだ」
祭り、かあ……
ゼラムでも建国祭があったけど、あんな感じなのかな?
俺の横で、ネスがため息をついた。
「やれやれ……祭りなどしている場合ではないはずなのだが」
「やはり、トライドラの敗北はまだ、この街に伝わってはいないのでしょうか?」
ぽつりとシャムロックが呟く。
そうか……シャムロックの言うとおりだ。
トライドラが負けたとなったら、祭りどころじゃない。
どちらにしても、一度ファミィさんに会わないと。
そして、俺とミニス、シャムロックの三人でファミィさんに報告しに行った。
話し合った結果、トライドラの件はしばらくは伏せられることになった。
豊漁祭の真っ最中に混乱を引き起こすわけにはいかないし、デグレアに気付かれないよう準備する必要もある。
さすがだなって、シャムロックも感心していた。
ファミィさんとシャムロックとでもう少し話し合うということで、俺達が先に帰ろうとしたところ、
「あっ、そうだわ! ミニスちゃんに言っておくことがあったの」
ファミィさんが思い出したように手を打った。
ミニスは首をひねっているけど……なんだろう、どうも嫌な予感が……
「ケルマちゃん、まだあなたのことを狙ってるみたいよ?」
「うそっ!?」
ああそうだった……この頃それどころじゃなかったからすっかり忘れてたよ。
思い出したくもなかったし。
「こんな時だからケンカは避けてちょうだいね。でも、もし戦うことになっちゃったら……マーン家の名を辱めるような子には、きついおしおきですからね。わかった?」
「は、はいっ!」
ミニスの答えに満足したようにファミィさんは一つうなずいて、ドアの向こうへと消えていった。
……やっぱりこうなるんだな……
しかも、案の定それだけでは終わらなかった。
「ようやく……ようやく見つけましたわよ、チビジャリっ!」
「で、出たあっ!?」
噂をすればなんとやらで、帰り道にケルマと遭遇してしまった。
しかもこめかみに青筋。うわ、本気になってる……
「もうペンダントのことなど関係ありませんわ。このケルマをここまで愚弄し続けた報い、今日こそっ、今日こそ償わせてさしあげますわ〜っ!!」
「いい加減にしてよねっ、それってタダの逆恨みじゃないのっ!?」
「おだまりあそばせっ! 私は本気ですの……ウォーデン家の名誉を賭けて、最後の決闘を申しこみますわ!! さあ、ミニス・マーン、返事はいかが!?」
「いかがって……ど、どうしよう?」
困った顔で俺を振り返るミニス。
俺が決めちゃっていいのか……?
正直言うと、気は進まない。
でも、このままじゃケルマはいつまでも納得しなさそうだし……
「本当に、これが最後の決闘なんだな?」
「私もウォーデン家の当主を務める者ですわ。二言はございません」
「わかった。そういうことなら勝負しよう」
「マグナ!?」
ミニスが抗議の声を上げる。
彼女もやりたくはないのだろう。ファミィさんに言われたばかりだし。
「仕方ないよ、ミニス。どこかで決着をつけておく必要があるんだ」
「それは、そうだけどぉ」
今のでとりあえず気が済んだらしく、ケルマは不敵な微笑みを浮かべた。
「場所はここ。助っ人の参加は自由としますわ。でないと、お嬢ちゃんが気の毒ですものね」
「むっ!」
「ほほほ、祭りで賑わう公衆の面前で、今までの雪辱をさせていただきますわ!」
笑いながらケルマが去っていく。
けど、アメルが来たらどうする気なんだろう……って、そこまでは考えてないか。
とはいえ、どうしよう。
この大変な時に、決闘に付き合ってくれる人なんているんだろうか。
悩みながら、モーリンの家に戻ってきたら。
「ミニス」
玄関先にがいた。
「帰ってきたばっかで悪いんだけど、ちょっといい?」
「え?」
どうしたんだろう?
なんだか、やけに真剣な目をしていた。
「どうしたんだ、?」
俺が尋ねると、は少し考えるようなしぐさをした。
「うーん……まあ、マグナならいいか」
「へ?」
俺ならいいって……何がだ?
「会わせたい子がいるの。一緒に来て」
言うが早いか、は家の中へと歩き出した。
俺とミニスは顔を見合わせ、
「……どうしよう?」
「行ってみよう。大事な話かもしれないし」
の後を追いかけた。
は廊下を奥へと進んでいく。
そのまま、道場へ入っていった。
会わせたい子っていうのは、ここにいるんだろうか。
それが誰なのかまったく予想がつかないまま、俺とミニスは道場に足を踏み入れた。
「あ……」
びくりと一瞬体を震わせる獣耳の女の子……って、確かこの子はゼラムで会った……
「ほら、ユエル」
に名前を呼ばれ、彼女は弱々しくうなずいた。
ポケットから何かを取り出すと、開いた手の平の上でそれを少し転がす。
「これ……」
「あ〜っ!? それって、私のペンダントっ!?」
言いかけたユエルを、嬉しそうなミニスの声が遮った。
緑色の大きな石。その先に、鎖を引っかけるための穴がある。
なるほど、確かにミニスに聞いた通りのものだ。
「ありがとう! アナタが、見つけてくれたのねっ?」
ユエルの手を掴むミニスとは反対に、ユエルは口をもごもごさせて小さくなってしまう。
どうしたんだ?
「ミニス、聞いて。そのペンダントはずっと前に、この子が……ユエルが拾ってたの」
の言葉に、ミニスは驚いたように顔を上げた。
驚いたのは俺も同じだ。なんで、がそんなこと知ってるんだ?
はさらに続ける。
「あたしもそれを知ってて、今まで黙ってたのよ」
「そんな……」
呆然としたミニスの顔が、次第に怒りを帯びていく。
「どうして、今まで黙ってたのよっ!? あたしが、どれだけシルヴァーナのこと心配してたか、知ってたんでしょっ!?」
ミニスは今にもに掴みかからんばかりだった。
でも、ユエルがをかばうようにその間に割り込んだ。
「は悪くないよっ!! ユエルが悪いんだよっ、渡したくないって噛みついたりしたから。だから、怒るならユエルを怒って! お願いだから……っ」
最後には、ユエルの目に涙が浮かんでいた。
ちょっと待て。そんなことがあったなんて、初耳だぞ!?
だけど、話は俺そっちのけで続く。
「……ねえ、アナタ。どうして、返したくなかったわけ?」
「その石を覗くと、ユエルのいた世界が見えたから……ユエル、帰りたくても帰れないから……さびしかったから、だから……っ」
ごめんなさいっ、とユエルが勢いよく頭を下げた。
さすがにミニスにも、だいたいの事情は飲み込めたらしい。
「ひょっとして……この子って?」
「そうだよ、ミニス」
もう、俺は黙っていられなかった。
の代わりとばかりに、説明をする。
「ユエルはメイトルパから呼び出された召喚獣なんだ。そして今は、はぐれになっちゃったんだよ」
「そうなんだ……」
ミニスが悲しそうにうなだれた。
「この子はね、自分からこれを返したいって言ってきたのよ。会って、きちんと謝りたいって」
諭すような口調で。
その隣では、ユエルがうつむいている。
多分今日までに、この二人の間でいろいろとあったんだろう。
「そのペンダント貸して……」
「う、うんっ」
ユエルからペンダントを受け取ると、ミニスは何か石に話しかけた。
何回かうなずいた後、ユエルを見つめる。
「シルヴァーナがね。アナタのこと、許してほしいって……」
「えっ?」
「アナタが一緒にいてくれたから、自分もさびしくなかったって」
言って、ミニスは笑顔を浮かべた。
「もとはといえば、落としちゃった私が一番悪いんだし……アナタが大事に守っていてくれたから、またシルヴァーナと会えたんだもの。許してあげるよ。それから……」
そこで、ミニスはいったん言葉を切った。
「ありがとう、ユエル。見つけてくれて」
さらに明るい表情で、続きを口にする。
ユエルも一気に笑顔に変わった。
「……うんっ!」
「でも、。いつユエルと会ってたんだ?」
仲良く話し始めるミニスとユエルを横目に、俺はに疑問をぶつけた。
噛みついたっていうさっきの話だって、そんなそぶりはなかったから気付きもしなかったし。
「ええと、最初にファナンを出発する前かな? 裏路地にいたのを偶然見つけて」
の話によれば、その時にユエルがペンダントを持ってることを知ったらしい。
ミニスのことを話したら、ウソツキ呼ばわりされて噛みつかれた。それがさっき言ってたことだそうだ。
「ミニスじゃないけど、なんで黙ってたんだよ?」
「だって、あの時と同じで……訳がありそうな感じだったから。ケガは召喚術で治しておいたし」
アメルやロッカに見つかったら大変だからね、とは苦笑いした。
うっ……それもそうかも。
「で、次がモーリンと買い出しに行った時。あの子が下町で泥棒してるところに出くわして」
「え!? だって、お金が必要ってあの時……」
「うん。でも、お金が何なのかは知らないままだったでしょ?」
「あ……そうか」
お金を知らないんだから、形とか知ってるわけないよなあ……
結局、空腹に耐え切れずにまたやってしまったそうだ。
「それで、事情を知った下町の人達が面倒見てくれることになったの。さっきも様子を見に行ったところ。ごはんのお礼にお店を手伝ってるんだって」
「そうなんだ……」
そんなことがあったなんて。
でも、やっぱり俺には教えてほしかった。
「これで、ユエルも幸せになってくれるといいな」
は穏やかに微笑みながら、ミニスと話しているユエルを見た。
ああやって楽しそうに笑ってるユエルは、初めて会った時と印象がだいぶ違う。
「召喚術をネスティから教わるたびに、思うの。あたしは運がよかったんだって。だから余計に、ユエルをほっておけなかった」
「そうか……」
はユエルに、自分自身を重ねていたのかもしれない。
やっぱりは、もといた世界に帰りたいんだろうか。
でも……聞くのが恐い。
俺はに、帰る方法を探すって約束した。
だけど、とずっと一緒にいたいって気持ちもある。
わかってる。これは、俺のわがままだ。
それでも……
「……マグナ?」
がひょいと覗き込んできて、俺は我に返った。
黒い目が、心配そうに揺れている。
「大丈夫?」
「あ、うん」
何を考えていたかなんて、言えないな。
「さっきもなにか疲れた顔してたけど……金の派閥で何かあった?」
「え?」
疲れた顔、って……
「いや、別に何も……」
…………あ。
言いかけて、俺はもう一つの問題を思い出した。
「そうだっ!! 決闘どうするか、考えないといけないんだった―――!!」
つい叫んでしまったので、だけでなく、ミニスとユエルまでぎょっとして俺を見ていた。
「うふふふふふ……このあたしの出番がほとんどないって、どういうことですか? 作者さん……」
「アメルはまだセリフがあっただろう? 僕なんて一言もなしだよ……」
やばい、最凶コンビがキレた。
果たして決闘の行方は? 豊漁祭は無事行われるのか?
駆け足で恐縮ですが、命の危機なのでこれにて失礼。
「うふふふふふふふふふ」
「はははははははははは」
どひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!
長くなったため、今回はギャグほとんどなしでお送りしました。
代わりといってはなんですが、ちょっとドリームっぽく。
ユエルをどうしようか考えましたが、結局こうなりました。
……次回こそ聖女様が暴れます。
2004.1.13