前途多難な私達・第27話
第27話


 豊漁祭の翌日。
 ファミィさんに呼び出されたシャムロックは、蒼の派閥の総帥宛ての親書を持って戻ってきた。
 早い話が、俺達に伝令役になってくれということだ。
 まあ、断る理由もない。

 そんなわけで、出発の準備をとしていた時のことだった。
 走っていくユエルを見かけたのは。
 「おーい、ユエル! おつかい?」
 「え、ユエル?」
 俺の呼びかけに気付いたが、ユエルの姿を捉える。
 でも、そのユエルは一瞬止まっただけで、そのまま走っていってしまった。

 「変だな? 聞こえないはずはないんだけど」
 メイトルパの獣人は、たいてい俺達より感覚が優れている。
 ユエルだって例外ではないはずだ。

 「マグナ、追いかけよう」
 俺の袖を引いて、
 視線を移すと、なぜか真剣な表情だった。
 「え?」
 「気のせいかもしれないけど……なんだか嫌な予感がする」
 まさか、なんて言えなかった。
 の勘が結構鋭いことを、俺はよく知っている。

 「うん、わかっ……」
 「マグナ、! ユエルを見なかったかい!?」
 返事をする前に、モーリンの声が飛んできた。
 振り返ると、その傍らにはミニスもいる。
 「なんかあったの!?」
 「それより、見たのっ!? 見なかったのっ!?」
 が問うが、返ってきたのはミニスの質問だった。
 この慌てぶりはただ事ではない。

 ユエルを探しながら事情を聴いたところ、ユエルの召喚主を名乗る男がやってきたらしい。
 でも、ユエルはその人を見るなり逃げ出したそうだ。
 しかもミニスによれば、そいつは暗殺者を連れていたとのこと。

 「……早く見つけないと」
 も、モーリンも、ミニスも、そして俺も。
 訳ありそうなユエルを心配していたんだ。ほうってはおけない。
 俺たちは必死で、ユエル達の行方を追った。





 そして、ようやく見つけた時には、ユエルはその主人らしいおっさんに追いつかれていた。
 しかも、切れ切れに殺すとか何とか聞こえる。
 「ユエルっ!」
 ユエルを呼ぶと、ユエルとおっさんが同時に振り向いた。

 「暗殺っていうのはどういうことだい? 殺したくないって、あんた……いったい、その子になにをさせてきたって言うんだいっ!?」
 「こいつはなぁ、私の大切な道具さ? 私の雇い主は暗殺者の組織でね、普通の暗殺者には難しい標的を、そいつを使って殺すのが仕事なのだよ?」
 モーリンの怒り混じりの問いに、おっさんは愉快そうに笑いながら答えた。
 道具……だって?

 「高い金を払ってまで召喚術を学んだだけの甲斐があったものさ。そいつは、一度もしくじったことがない。両手の指より多い数の殺しを成功させた」
 「それは……オマエが、ユエルをだましたからじゃないかッ!? 悪い人だから……やっつけてくれってウソついて……なんにも知らないユエルを、利用したくせにっ!!」
 ひどい、と傍らのがつぶやくのが聞こえた。
 だから……ユエルはこの世界の常識を教えられていなかったのか。
 暗殺の道具だから、その方が都合がいいってだけで。

 「アナタっ、それでも召喚師なのっ!?」
 「黙れっ!! 私が、私の召喚獣をどう使おうと、自由だろうが!?」
 「自由!? バカ言わないでよ、召喚獣は道具じゃなくて生き物よ! 生き物だから意思があって当たり前だわ、召喚師がどうこうしていい理由にならないでしょう!?」
 ミニスも、も本気で怒っていた。

 「お前みたいな外道召喚師なんかにユエルを連れてはいかせない……覚悟しろ!」
 言いつつ剣を抜く。
 おっさんの言い分といい、周りの暗殺者の殺気といい、話し合いをするのは無理だろう。
 「ふん、どのみち知られた以上はお前達も始末するつもりだよ?」
 そして、おっさんの反応も案の定だった。
 立っているだけだった暗殺者達が、その言葉を合図に襲い掛かってくる。
 くそっ、速いっ!!
 これじゃユエルに近づけない!

 「キャゥゥゥゥゥッ!?」
 こっちが焦りながら暗殺者達と戦っているうちに、突然ユエルが苦しみだした。
 「あ……ガ……ッ、ぐ、グぅぅゥゥッ!!」
 よく見ると、ユエルの首輪がうっすらと光っている。
 そうか、召喚獣用の拘束具……!
 効果は痛めつけるだけのものから、強制的に命令を実行させるものもあるらしい。

 「ユエルっ!?」
 第三者の声に振り向くと、下町でよく見かけるおばちゃん達がいた。
 まずい……よりにもよってこんな時に!
 「ふん、ちょうどいい? あいつらで、試させてもらおうか……」
 おっさんがにやりと舌なめずりする。

 「来ちゃダメっ! 逃げてえぇーっ!!」
 「そいつらを殺せ!」
 ミニスが下町の人達に警告を飛ばすのと、おっさんがユエルに命令したのはほぼ同時だった。
 当然、状況を理解できていないおばちゃん達に警告は間に合わない。
 一番先頭にいたおばちゃんは、よけきれずユエルの爪で腕を引っかかれた。
 呆然とするおばちゃんに、さらにユエルが襲い掛かろうとしたとき。

 「そこまでですっ!」
 声と共に、ナイフ数本がおっさんめがけて飛んできた。
 どうにかはじいたおっさんだったが、目の前に降り立った人影がさらにナイフを投げる。
 「パッフェルさんっ!?」
 「どこかで見たような面々が歩いてるなって思ってたんですけど、やっぱり、組織の関係者でしたかっ!!」
 凛とした声を聴きながら、そういえばパッフェルさんも元暗殺者なんだっけと思い出す。

 「あ……っ」
 呆然とした声に振り返ると、ユエルが自分の手を見つめていた。
 おっさんが術に集中できなくなったので正気に戻ったのだろう。
 「また、なの……? ユエル、またっ!?」
 後ずさりするように数歩よろめき、そのまま悲鳴を上げて走り去ってしまう。
 「待って、ユエル!」
 あわてて追いかける
 俺もその後についていった。

 「お前達、こいつらを始末しろっ!」
 後ろからおっさんの声が聞こえてくる。
 一瞬そっちも気になったが、ユエルやをほうっておくわけにもいかなかった。





 「ちょっ、何言ってるの!?」
 二人を追いかけだしてしばらくすると、突然の声が聞こえてきた。
 あそこの角のところか?

 「アイツが首輪を使ったら、ユエル、またおかしくなっちゃうから……だから、ユエルを殺して!」
 なっ……!?
 出会い頭に飛び込んできた内容に、俺は思わず足を止めてしまった。
 「おばちゃん達にケガさせただけじゃなくて、達殺しちゃうかもしれないから……っ」
 だから、殺してくれだって?
 そんな……

 「だから……ァァァァッ!?」
 突然、ユエルが苦しみだした。
 「だから、逃げても無駄だと言ったろう?」
 振り向くと、あのおっさんがいた。
 しまった、すっかり忘れてた!

 「さあ、今度はそいつらを殺すんだ!」
 ユエルが、のろのろと動く。
 「コロ、シテ……ハヤ、ク……っ!」
 まだ、ユエルの意思が抵抗しているようだった。

 「マグナ!」
 が少しだけこっちを向く。
 その目には、決意が見えた。
 ああ、わかってる。
 俺はその意味をこめて、ひとつ頷いた。

 「大丈夫、あたし達が絶対助けるから」
 が一歩踏み出す。
 「怖がらないで」
 俺も一緒に近づきながら、構える。
 できるだけ傷つけないように、万一の時にはユエルの足止めも考えないといけない。
 相手は、ユエルを無理やり操るような奴らだ。

 「マグナ! !」
 後ろからミニスの声が聞こえた。
 モーリン達が追いついてきたんだ。
 こっちはユエル達から目が離せなかったけど、彼女達は状況を察してくれたらしい。視界の端でモーリンが構えるのが見えた。
 さて、これからどうするか……

 「うふふふふふふ」
 突然聞こえてきた声に、俺は思わず凍りついた。
 そ、そうだ……
 の危機に、来ないわけなかった。

 「誰だっ!」
 「あっ、あそこに!!」
 暗殺者の一人が指さしたのは、建物の上だった。
 そこをたどって見ると……

 「…………」

 ……ええと……アレはもしかして……
 「マグナ……まさかとは思うけど、あれって……」
 傍らのが、困惑顔でつぶやく。
 うん……そうだな。認めたくないけど……

 「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!」
 この場の注目を集めたその人物は、高らかによくわからない口上を始めた。
 「悪を倒せとあたしを呼ぶっ! 愛と正義の美少女戦士、ラブリーエンジェル参上ですっ!!」
 そのままびしっと空を指す。

 あああ、やっぱり……
 覆面アメル……もとい、ラブリーエンジェルは建物から飛び降り、きれいに着地した。

 「…………」
 「…………」
 全員、無言。
 うん、気持ちはわかるよ……



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本来、ここで聖女様の出番はないのですが……おとなしくしてるわけありません。
一気に空気や世界観ぶち壊してますね、はい。

……どっちらけたまま次回に続く。

2008.12.21