前途多難な私達・第28話
第28話
空は今日も青い。
潮風に乗って届くのは海鳥の鳴き声か、それとも街の喧騒か。
ああ、平和な一日……
「何だ貴様っ!」
「こいつらの仲間かっ!?」
「だから、美少女戦士ラブリーエンジェルだと言ってるでしょう。耳が腐ってるんですか?」
……うん、わかってたよ。
現実逃避すら許されないってことは。
突然乱入した「美少女戦士ラブリーエンジェル」に驚くおっさん達。
……いや、モーリンとミニスもか。別の意味でだけど。
むしろ動じてないパッフェルさんがすごいかもしれない。
「えーと……何やってるんだいアメんぐっ!?」
問いかけようとしたモーリンの口をとっさに押さえる。
視界の隅で、がミニスに耳打ちしてるのが見えた。
よし、そっちは任せた。
「モーリン……気持ちはわかるけど、気付いてないことにしといた方がいいぞ」
「……みたいだね」
説明するまでもなく納得してくれたらしい。
さすがは共に死線を潜り抜けてきた仲間だ。
「……とにかく、奴らをまとめて始末しろ!」
ようやく立ち直った親玉のおっさん、俺達を指さして怒鳴った。
それに反応する暗殺者達とユエル。
「どうするんだいマグナ!」
「多分、術をかけてる奴を何とかすればユエルを正気に戻せるはずだけど……」
問題は、周りの暗殺者達とユエルだ。
親玉に攻撃しようにも、確実に阻まれる。
かといって、召喚術じゃユエルまで巻き込んでしまう。
操られている以上、こっちも手荒になってしまうのは仕方ないかもしれないけど……
やっぱり、できることなら傷つけたくはない。
「…………」
前へゆっくり歩を進めるラブリーエンジェル。
そこへ暗殺者やユエルが襲いかかろうとして、
「あっ、その子に攻撃は……!」
が声を上げる。
と、
「…………!?」
一瞬にして、ラブリーエンジェルからすさまじい殺気が放たれた。
それは、敵味方全てを怯ませる。
……少なくとも俺には、ラブリーエンジェルの頭上と背後にレヴァティーンやゲルニカが見えた。
「グウゥ……」
ユエルの声が、一転して弱々しくなった。
耳もぺたんと折れ、尻尾も怯えるように垂れ下がる。
……そうか、本能で勝てない相手だってわかったんだな……
「なっ、何をしている! そいつを殺せ!!」
まだ術が効いているはずなのに、おっさんの命令にも従わずガタガタ震えている。
いや、本能的な恐怖が首輪の力を上回った結果なんだろうけど……複雑な気分なのはなぜだろう。
さらにラブリーエンジェルが一歩踏み出す。
そしてぼそりと、
「……おとなしくどかないと、残りの一生ベッドの上だけで過ごさせますよ?」
「くっ……!」
何人かの暗殺者がラブリーエンジェルに向かっていく。
……相手をなめてるのか、仕事熱心なのか知らないけど馬鹿なことを……
「なっ……」
「えっ……!?」
俺達の目の前から、ラブリーエンジェルの姿が消える。
続いて……
バシッ、ドスッ、ゲシッ!!
音とほぼ同時に崩れ落ちる暗殺者達。
見切れん……最近やっとルヴァイドの剣技についていけるようになってきたのに、それでも今のは見切れなかった。
これは俺自身の力の無さを嘆くべきなのか、彼女の人間離れな強さを喜ぶべきなのか……ああ、やっぱり複雑。
「棺桶行きの方がよろしいのでしたら、別にこちらは構いませんよ?」
とどめとばかりに笑顔でラブリーエンジェルが言うと、完全に恐れをなしたか今度は誰も襲いかかろうとしなかった。
一番後ろで偉そうにしていたおっさんですら、呆然とした顔で口だけパクパクさせている。
まあ当然だな……あっちの奴とか、明らかに何発も攻撃くらってるし。あ、向こうは手足が折れてる。
「それで、そこの趣味悪そうなオヤジをぶちのめせばいいんですか?」
こくこくこく!!
一斉に無言でうなずく俺達。
ぶんぶんぶん!!
対するおっさんは、青ざめて首をしきりに横に振る。
ちょっとだけ哀れな気がしなくもないが……おっさんには天罰が下ったと思って諦めてもらおう。
実際、それだけのことをしたわけだし。
そして。
ベキボキとかうぎゃあとか、うふふさあこれからですよーとか色々な音や声が響く。
……相手が悪党とはいえ、気分がいい光景ではないので詳しい描写は避けておく。
俺も考えたくないし、うん。
「……愛と正義の美少女戦士がすることじゃないでしょ、あれ……」
「うん、俺もそう思う……今更だけどさ」
「っていうか、仮面をつけてるだけでやってることはいつもと同じじゃ……」
「まあ、私達やお友達に怪我がなく終わりそうでよかったじゃないですかー」
パッフェルさんの悟った言葉がじんわりとしみこむ。
嗚呼、被害ゼロ万歳。
その後、ラブリーエンジェルにやられたおっさん達は、パッフェルさんに頼んで兵士につき出したものの……
結果的にユエルに怪我させられたおばちゃん達は、完全に怯えて逃げ出してしまった。
ユエルもこんな状況で下町に戻れるわけもなく、俺達は彼女を連れていくことにした。
心配ないとは言い切れないけど、もミニスも彼女を妹のように思ってるみたいだし、二人に任せておけば大丈夫だろう。
そして、その夜。
とミニスに挟まれた席で夕食を食べてたユエルが、
「ねえねえ、」
「ん、なあに?」
「ラブリーエンジェルって、かっこいいよね」
……がちゃん(×4)
思わず食器を落とした4人は……もはや言うまでもないだろう。
今、何やら恐ろしいことを口走らなかったかこの子?
「な……なんでかっこいいって思ったの?」
「だって、あっという間に悪い奴をやっつけちゃったし!」
ひきつり気味のの問いに、嬉しそうに答えるユエル。
確かにそれは否定しない。否定しないが……
そういえば、ユエルって悪い奴をやっつけるって騙されてたんだよな。
もしかして、その反動でラブリーエンジェルに憧れを抱いた……とか?
だとしたら……本気で恨むぞおっさぁぁぁんっっ!!
さらにユエルは目をきらきらさせて、
「ねえねえ、ユエルもあんなふうになれるかな?」
「あ、あははは……」
まさか正体(=アメル)がいる前で下手なことは言えず、笑うしかないこの状況。
俺……どうすりゃいいんだよ……?
助けた少女が正義の味方志望化し、さらにカオスなご一行。
がんばれマグナ、もうすぐ折り返し地点だぞ。
はたしてラブリーエンジェル2号誕生を阻止できるか?
調律者一行の明日はどっちだ!?
というわけで、ラブリーエンジェル様にファンができました。
彼女が2号となるかどうかは……マグナ達の努力次第(笑)
そしてカラウス、とうとう最後まで固有名詞なしの「おっさん」呼ばわり。
……まあ、問題ないからいいですが(酷)
2010.7.11