前途多難な私達・第8話
第8話


 ふう……やっとしびれが取れたよ。
 これじゃ気が抜けないな……麻痺対策とかしておかないと。

 それにしても、遅いなあ……
 まさかアメル、二人っきりなのをいいことに……!

 「お待たせー……あれ、どうしたのマグナ?」
 そう思っていたら、横から声をかけられた。
 ああ、やっと戻ってきた……
 ……うわ。

 「どう……かな?変じゃない?」
 こっちの服に戸惑っているのか、少し恥ずかしそうな
 その顔もかわいいんだけど……

 少しくすんだ赤のワンピース。
 丈の短い、白い上着。

 「何言ってるんですか。あたしがさんに似合うよう見立てたんですから」
 そう、アメルの言うとおりすごく似合っていた。

 「うん、似合ってるよ」
 俺がそう言うと、は輝くような笑顔を見せた。
 「えへへ……ありがとう、二人とも」
 ホントかわいいよな、
 こればかりはアメルに感謝、かな?






 「あれ?」
 ふとが声を上げたのは、導きの庭園にさしかかったときだった。

 「どうしたんですか、さん?」
 「ほら、あそこにいるのってネスティじゃない?」
 え?
 …………あ、ホントだ。ネスが歩いている。
 なんか、いつもと様子が違うような気がするけど……用事とかいうのと関係あるのか?

 「どうする? 声、かけようか?」
 が問いかける。
 どうしようかなと、少し考えて。

 「……やめとこう。下手に声かけると、また叱られるし」
 「そうだね。あんなに真剣な顔してるんだもの、すごく大事な用なのかも」
 がくすっと笑った。

 でも、ネスが向かっているのって本部がある方じゃなかったっけ……
 気のせいかな?






 気を取り直して、散歩続行。
 「ほら、あれが蒼の派閥の本部」
 「マグナさんとネスティさんはあそこで暮らしてたんですね」
 アメルが感慨深そうに言う。

 俺達の暮らしていた場所、かあ……
 いたときはそんなに意識しなかったけど、そう思うとなんだか……

 「そういえば、あたしがマグナ達と初めて会ったのもここだったんだよね」
 あ、そうか。
 にとっても、ここは始まりの場所なんだ。
 「いきなりのことで怖かったけど……マグナが守ってくれたし」
 思い出しているのか、目を閉じている

 俺だって。
 あの時からずっと、君を……



 「いい加減にしろっ、このガキが!」
 「きゃあっ!」
 いい雰囲気をぶち壊しにするような騒ぎ声が横から飛んできたのはその時だった。
 何なんだよ、いったい?

 「マグナ、あれ!」
 が指さす先には。

 「何度も言ったとおり、本部の中には召喚師でなくては入れんのだ」
 「だからっ! 私は召喚師だって言ってるじゃない!?」
 門番の兵士と女の子が、ぎゃあぎゃあと言い争っていた。
 ……ってあの女の子、何度か町で見かけた子じゃないか?

 「ほぉ、だったらきちんと名を名乗ってみせろ?」
 「それは……」
 言いよどむ女の子。
 対する兵士は、それ見たことかという表情になる。

 「ふん、ほらみろ。このウソつきめが。貴族の娘だってのも、どうせウソっぱちなんだろうが」
 「ウソじゃないわっ! ホントなんだもん!!」
 「ええい、離せっ! いい加減しつこいと、ぶんなぐるぞ!!」
 って、もう殴りかかってるじゃないかっ!
 えいっ、間に合えっ!


 がすっ!


 兵士の拳は、割り込んだ俺の頬に当たった。
 うっ……いてて。

 「なっ、なんだお前はっ!?」
 「なんだじゃないでしょう?」
 兵士にそう言ったのは、俺……じゃなくて

 「女の子に乱暴するなんて、大人げないわよ!?」
 「そうですよ、乱暴はいけません!」
 「うっ……ええい、だったら、さっさとそいつをつれてけっ!」
 ややたじろぎながら兵士がどなる。
 とアメルの剣幕というよりは、アメルの得体の知れない迫力にびびったようだった。
 ……慣れない人にはきついよな、あれは。

 まあとにかく、今のうちに。
 「ああ、わかったよ」
 俺は女の子の手を握った。
 突然の成り行きに、女の子がとまどう。
 「ちょ、ちょっと!?」
 「心配しないで。さあ、行きましょう」
 アメルに言われて少し落ち着いたのか、女の子は手を引かれるままついてきた。





 とりあえず、導きの庭園に場所を変えて。
 「さて、と。どうしてあんな場所に入ろうとしたんだ?」
 女の子にそう問いかけてみたけど、無反応。

 「黙ってちゃわからないだろう?」
 「赤の他人のあなたに、説明する必要なんてありませんっ!」
 なっ……!? なんだよ、その言い方。

 「そうですよ、マグナさん。まずは、自己紹介からきちんとしないと。お話はそれからです」
 『は?』
 俺と、そして女の子の声が重なる。
 そういう問題なのか、アメル?

 でも、アメルは俺達にお構いなしで、
 「あたしの名前はアメル。こっちのお兄さんがマグナさん、お姉さんはさんっていいます。あなたのお名前は?」
 「え、あの、その……ミニス……」
 とまどいながらも答える女の子。

 「ミニスちゃんは、あたし達とお友達になるのはイヤですか?」
 「えっ、その……」
 「イヤですか?」
 「イヤじゃない、けど……」
 「それじゃ、これから仲良くしましょうね、ミニスちゃん」
 「う、うん……」
 「さあ、これでもうあたし達は赤の他人じゃありませんよね」
 あっ、なるほど。
 さすがアメル、こういうのはうまいよな。

 「何か言いました、マグナさん?」
 にっこり笑顔……に何やら殺気をまとわりつかせてアメルがこっちを向いた。
 「い、いや別にっ」
 こ、怖い……
 早いところ話題を変えよう。

 「そうだよ、俺達は友達だから、ミニスが困ってるなら助けてあげたいよな」
 「そうそう」
 俺との言葉にミニスが驚いた顔になった。
 「話してくれるよな。どうして、あんな無茶をしたのか」
 「……うん」
 ようやく、ミニスはうなずいた。





 「探し物?」
 「うん……探してるものがあそこにあるんじゃないかって思ったんです」
 「何を探しているの?」
 「ペンダント……緑色をした、大きな石がついてるの。大切な物だったのになくしちゃって、もうずっと、探してるのに見つからなくて……っ」
 俺達の質問に答えながらも、ミニスの目には涙が浮かんでくる。
 そうか、それでこの子はずっと町の中をうろうろしていたのか。

 「ぐすっ……うぅ、ううっ……」
 とうとうミニスは泣き出してしまった。

 それをじっと見ていたは、やがて意を決したように口を開いた。
 「マグナ。あのさ、あたし……」
 「わかってるよ。一緒に探してあげよう?」
 「うん!」
 が嬉しそうに笑った。
 俺だってミニスをほっとけないしね。







 話がまとまった俺達は、まずいったん先輩の屋敷に戻った。
 ミニスを休ませてあげたかったし、みんなにも話しておけば見つかりやすいしな。
 ネスはまだ戻ってなかったけど、他のみんなは協力するって言ってくれた。
 なので、俺達は安心して街中を探し始めたんだけど……

 「はぁ〜……」
 2時間経過。
 さすがに俺達全員、くたくたになってしまった。

 「まいったなぁ、これだけ探しても見つからないなんて」
 「マグナ!」
 「マグナさん!」
 とアメルの声に、しまったと思うが時すでに遅し。

 「……」
 ミニスはまた泣きそうな顔になってしまった。
 「あ……あーほら、今日がダメでも明日があるし!」
 できるだけ明るく言うけど、ミニスに変化はない。
 ……ううう、気まずい……

 「もう……いいよ。私が悪いんだもの。大事なものだったら、もっと大切に持ってなくちゃダメなのに。側にいるのが当たり前すぎて……私、忘れたの……」
 力無く、ミニスが言った。
 ……ん? 「いる」?
 「だから、あのコはもう戻って来ないのっ! 私が大事にしなかったから、怒ってどっかいっちゃったんだぁ!」
 ミニスの目から涙がぼろぼろこぼれるけど、俺は疑問符でいっぱいだった。
 あのコ? 怒ってどっかいった?
 ミニスが探していたのって、ペンダントじゃないのか?

 「あきらめちゃダメだよ、ミニスちゃん。きっと見つかるよ! そのために、貴女はずっとがんばってきたんじゃない?」
 見かねたらしいアメルが、ミニスを励ます。

 「っく、でもぉ……!」
 「ミニスちゃんは、自分が悪かったって思っているんでしょう」
 「……うん」
 「だったら、ちゃんとペンダントさんに謝ろう。きっと許してくれるはずだよ」
 「許して……くれるかな……」
 「大丈夫よ。ペンダントさんだってわかってくれるよ、ねっ?」
 「う、うん……」
 おお、落ち着いたよ。
 うまいなー、アメル……

 「よしっ、それじゃもう一度……」
 「ついに追いつめましたわよぉ! このチビジャリっ!!」
 の言葉を遮って、知らない女の声が飛んできた。
 ミニスが小さく息をのみながら身構える。

 「誰だっ!?」
 そっちを見ると……やたらに派手な女がいた。
 「ほほほほ、平民風情に名乗る名など……ん?」
 ふと女は、俺をじろじろと見る。
 な、なんだよ?

 「そこのアナタ、ひょっとして召喚師なのかしら?」
 「だったら、どうしたっていうんだよ」
 「ほほほほ、無知は罪ですわねぇ。召喚師でありながら、私の名を知らないとは」
 ずいぶん偉そうだな……
 うーん、でも誰だ?

 「なにを偉そうにカッコつけてるのよ? 自意識過剰じゃないの、この年増女っ!!」
 「年増って言うなーっ!」
 いきなり割り込んだミニスに、怒り出す女。
 そして俺達そっちのけで始まる口ゲンカ。
 やっぱり知り合いか……けど何なんだよ、いったい?

 「えーと……あたし達用があるんだけど、行ってもいい?」
 うんざりした顔でが言うと、二人はぴたっと口ゲンカをやめた。
 女は少し考えると、
 「別に構いませんわよ。た・だ・し、出す物はきちんと出してもらいますけど」
 ……出すもの?

 「さあ、チビジャリ! ペンダントをお返しなさいっ!! あれは元々、誇り高きウォーデン家の宝。当主である私、ケルマが持つべき物なのよ」
 「ウォーデン家のケルマ……ってことは、もしかして……」
 俺が思わずつぶやくと、女はまた得意げになった。
 「ほほほほ、ようやく気づいたわね。金の派閥の召喚師の中でも名門中の名門。ウォーデン家のケルマとは私のことですわ」
 金の派閥の召喚師……?
 ……想像していたのとだいぶ違う……

 「アナタも召喚師ならば、どちらに味方するのが得かわかるでしょ? 三流召喚師のマーン家の小娘に義理立てしても意味なくってよ!」
 「えっ?」
 アメルが声を上げた。
 まさか、ミニスも……?

 「君も金の派閥の召喚師なのか!?」
 「ご……ごめんなさいっ!!だましたんじゃないの。言い出せなかっただけなのっ……お願い、信じて……」
 ミニスの声が小さくなっていく。
 そういえば途中で俺、蒼の派閥の召喚師だって言ったな。
 蒼の派閥と金の派閥は仲悪いし……言い出せないよな、確かに。

 でも、ケルマは俺達の様子お構いなしで続ける。
 「ほほほほ。さあ、おとなしくペンダントをお渡し!」
 「待てよ! ミニスは今ペンダントを持ってないんだ!」
 「だまされるものですか」
 断言するケルマ。
 ……ホントなんだってば!

 「ワイバーンを召喚する、サモナイト石のペンダント……力ずくでも、この手に取り戻させていただきますわよーっ!!」
 言うなり、ケルマは呪文を唱え始める。
 茂みからも、兵士や召喚獣が出てきた。
 あーっ、なんでこうなるんだよっ!!







 はーっ、なんとか兵士も召喚獣も気絶させたよ。
 あとはケルマだけだ。

 「さあ、覚悟しなさい!」
 威勢よくミニスが言う。

 だけどケルマは、不敵な笑みを浮かべた。
 「ほーっほほほ、それはこちらのセリフですわ!」
 ケルマの呪文が響き、ミニスの顔が引きつった。

 「いけない、逃げて!」
 え?
 思わず動きを止めたものだから、反応が遅れた。
 召喚の門が開いて……

 「危ないっ!」
 と思ったら、に横から突き飛ばされた。
 いてて……って、!?

 「きゃあっ!」
 短い悲鳴と共に、が膝をついた。
 慌てて駆け寄る俺。
 「、大丈夫……」


 ひゅっ!


 「……え?」
 一瞬、何が起こったかわからなかった。
 理解しても、すぐには信じられなかった。
 何でが、俺に短剣を向けてるんだ?

 「おーっほほほ、さあチビジャリ共をやっつけておしまい!」
 ケルマに言われるまま、が短剣を俺達目がけて振り回す。
 しまった、魅了かよ!
 くそ、どうすれば……

 「うふふふふふふ」
 ……背筋が凍りつくような笑い声が聞こえてきた。
 俺達やケルマはおろか、操られているはずのまで固まる。
 そうだ……そういえば、アメル……
 おそるおそる振り向くと。

 「よくもあたしのさんに、うらやまし……いえ、卑怯な術をかけてくれましたね?」
 あああ、またキレてるっ!
 ケルマ……あんたは、大魔王を叩き起こしてしまったよ……

 こうなったら、俺にできることはひとつだった。
 ミニスの手を引くと、急いでその場を離れる。
 「あ、ちょっと!?」
 ミニスが驚いているが、それどころじゃない。
 できるだけ、被害が及ばないところに逃げないと!

 「ちょっと、何で逃げるのよ!?」
 「それは……」
 俺がミニスに説明しようとした、まさにその時。


 ちゅどご―――ん!!


 ……導きの庭園の一角が爆発した。
 「……あれに巻き込まれたくないからだよ」
 ミニスは青ざめている。当然か……

 「ねえ、大丈夫なの? ……」
 「大丈夫だよ」
 根拠はないけど。
 でも、アメルならを外して攻撃、なんて芸当もできそうだ……






 ちなみに、それから数日間。
 導きの庭園は謎の爆発事件のため出入り禁止になった。
 ケルマ? ……どうなったかは聖女様に訊いてくれ。
 もちろん、が無傷だったのは言うまでもない。



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今回は聖女様、ちょっとおとなしめ。…あくまで「ちょっと」ですが。
代わりにマグナと少しいい雰囲気になってます。
そして、今回の被害者はケルマです。…聖女様を怒らせたのが運の尽きと諦めてね…
次は、ピクニック…に行く前に、もう一話続きます。