第12話
第12話 思い、絡み合って
私はのんびりと、湿原を歩いていた。
最近、戦ったり召喚術勉強したりで神経使ってたしねー…
あー、風が気持ちいい…
でも、ちょっとみんなと離れすぎたかな?
もうそろそろ戻るかな……イオスも来るはずだし。
そう思い、来た道を戻ろうとしたときだった。
ウウウゥゥゥッッ……
背後から、うなり声が聞こえた。
しかも、これって…人間というよりは獣の声に近い。
おそるおそる振り返ると、そこには狼が一匹。
「……っ!!」
悲鳴は声にならず、私はそのまま駆けだした。
でも、狼も追ってくる。
速い……ダメ、追いつかれる!
「うひゃっ!?」
背中に衝撃が走り、私は倒れた。
上にはずっしりとした重み。うつぶせになってるから見えないけど、多分あの狼が乗ってる。
やだぁっ、狼に食べられて死にたくないぃっっ!!
「セイ? 何やって……あれ?」
いきなり聞こえてきた女の声に、私の思考は一瞬停止した。
セイ? ……もしかして、この女の飼い狼(?)とか?
ペットの管理くらいきちんとしとけ―――っっ!
「どうした?」
「あ、ちょうどよかった。……これ、どうする?」
これ呼ばわりですかい……
いやそれよりも、今の男の声……まさか……
「……確か、聖女一行の中にいた女だな」
「捕まえといた方がいいんじゃない? 万一のために」
血の気が引いた。
捕まえる……って……
やばい、逃げないと…!
でもその前に、右手をしっかりと捕まえられてしまった。
「セイ、どいて。あんたも立ちなさい」
女の言葉と共に重みは消え、次の瞬間には無理矢理立たされた。
相手の顔を確かめようとしたが、右手をひねりあげられ思わずうめいた。
うっ、痛くて動けない……!
「……どう?」
それでもなんとかして声のした方を見ると、あの時の仮面女が狼に向かって話していた。
「武器になりそうなものは持ってない」
あっさり答える狼。
って言うか、狼がしゃべったよ……
言葉を話す狼なんてものがリィンバウムに元々いるわけないだろうから……召喚獣?
そういえば、こいつ召喚術使ってたからね……あり得るかも。
「きゃああああっっ!」
アメルの悲鳴が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。
「やっぱり、やっちゃったみたいだね……」
「仕方ない、聖女一行の周りを囲むよう伝達しろ。俺はこの女を連れて行く」
うわぁ――――っ、まずい―――――っっ!
これじゃ、イオスに勝っても意味ないよ―――!!
仮面女と狼が行ったのを確認すると、私を捕まえていた男は言った。
「お前に恨みはないが、しばらくおとなしくしていてもらうぞ」
「おとなしくしろって言ったって、この状態じゃ暴れるのは無理でしょうが」
そう、右手をひねられたままだし、相手が悪すぎる。
よりにもよって、ルヴァイドなんだから。
ルヴァイドに押されるまま、私は歩きだした。
「私をどうする気?」
「それは今後の状況によるな。場合によっては取り引きせざるをえん」
「要するに、人質でしょ」
私が言ってやると、ルヴァイドは黙り込んだ。
あれ? てっきり「そうだ」とか言ってくるかと思ったのに。
「……物怖じしない女だな」
「んなことないわよ。さっきの狼で充分怖がったし」
「だが、俺は恐れない。レルムの村を滅ぼしたのは知っているはずだが?」
「うん、知ってる。でもあんた、騙し討ちするタイプじゃなさそうだし」
実際、ゲームの中でも不意打ちはしなかったし。
殺すにしても、宣言くらいはするだろうからね。
まあ、性格はもちろん、それができるだけの腕もあるからなんだろうけど。
「……イオスから聞いてはいたが、本当に変わっているな」
「え?」
イオスから聞いた? 私のことを?
……それはともかく、変わってるって何よ……
どういうことか聞いてみたけど、それきりルヴァイドは何も言わなかった。
何なのよ、一体?
やがて、黒い鎧の集団が見えてきた。
「あ、ルヴァイド様!」
「状況はどうだ?」
「……押されてるね。はっきり言って」
ルヴァイドの質問に答えたのは、聞かれた兵士ではなく先に行っていた仮面女だった。
確かにどちらもあちこち怪我してるけど、マグナ達の方が押している。
もうそろそろ決着がつきそうな感じだった。
そしてついに。
きぃぃん!
イオスの槍がはじかれ、宙を舞った。
その隙をついて、フォルテ達がイオスを押さえる。
「……勝負あったな」
ルヴァイドがつぶやいた。
仮面のような兜のせいで、顔はわからないけど。
今どんな思いで、彼らのやりとりを見ているのだろうか。
そんなことを思っていると。
「かまうなゼルフィルド! 僕ごとこいつらを撃て!」
「っ!?」
イオスの予想外(私は知ってるけど)の言葉に、息をのんだのはマグナ達だけではなかった。
黒の旅団の面々にも動揺が走る。
私を捕まえたままの、ルヴァイドでさえも。
「バカがっ……!」
私の手を掴んだまま出ていこうとして……仮面女に止められた。
「落ち着きなって、雇い主殿。イオスなら大丈夫だから」
「何を……」
ルヴァイドが何か言うより早く。
イオスのいる方から、光がほとばしった。
キィン!
音をした方を見ると、召喚獣がイオスをかばうようにしてそこにいた。
ルヴァイドは仮面女を見るが、彼女は違うというふうに首を振り、別の方向を指さした。
その先には、不適に微笑むミモザの姿。
ルヴァイドは一つため息をつくと、再び私を押すようにして歩き始めた。
マグナ達の方に向かって。
結局人質か……ごめんね、みんな。
「俺達は、殺し合いなんか望んでない!」
「ただ、アメルのことをあきらめてくれればそれでいいの……」
「……だとしたら、お前達の望みは永遠に叶わないな」
マグナとトリスの言葉に割り込むルヴァイド。
みんな、はっとしてこちらを見……私に気づいて顔色を変えた。
「!!」
「ごめん、捕まった……!!」
誰かが歯ぎしりするのが聞こえた。
「イオス、ゼルフィルド。俺は監視を続けろと命じたはずだが?」
「しかし……」
「命令違反の上、これ以上の醜態をさらすつもりか?」
「……っ。申し訳ありません!」
「を放せ!」
「人質のつもりかよ!? ふざけやがって!!」
マグナとリューグが叫ぶ。
「そんなもの、元々必要ない。……出ろっ!」
ルヴァイドが合図すると、隠れていた旅団兵が出てきた。
しかも…ギブソン・ミモザ邸の時とは比較にならないほどいっぱい。
「なっ……いつの間に!?」
どう見ても多勢に無勢。勝てる人数じゃない。
でも、人質が必要ないんだったらなんでわざわざ……?
「部下を解放してもらおうか。要求はそれだけだ」
……へ? それだけ?
マグナ達は顔を見合わせ……仕方ない、というようにうなずいた。
フォルテが離れ、イオスはふらふらと歩いてくる。
それを確認すると、ルヴァイドは私の手を離した。
「行け」と、小さく言って。
イオスとの距離がだいぶ近づいたところで。
「イオス」
「ん?」
私はにっこり笑うと……イオスに平手打ちをした。
ぱーん、と見事な音が響く。
「な、何……」
「何考えてんのあんた! あそこで簡単に死ぬなんて言う!? バカ言ってんじゃないっ!」
イオスを始め、全員……ルヴァイドはわからないけど……ぽかんとする。
でも私は、お構いなしで続けた。ホントに怒ってたから。
とにかく夢中だった。
「人間だって代わりはないんだよ!? あんたが死んだら他にはいないんだからね!? 私がMDのお礼したくたって出来ないのよっ、誰にも出来ないのよっっ!!」
はーっ、はーっ…
呼吸を整えてから、私はゆっくりと言った。
「私、あんたとは敵だし……アメルも渡したくない。でも、あの時のお礼したいのも同じだから、忘れんじゃないわよ? それまで死んだら許さないからね」
勝手な言い分だってわかってる。
でも、これが私の本音。
譲れない気持ち。
「……君は……」
「『ごめんなさい』は?」
「……」
「ご・め・ん・な・さ・い・はっ?」
「……わかった、すまない……」
「よろしい♪」
「どこかで見たような光景ねぇ……」
しみじみつぶやくミモザの横で、うんうんうなずくミニス。
「を怒らすのだけはやめよう……」
「そうだな……」
男性陣は、心なしか顔色が悪かった。
「その娘と、そこの女召喚師に免じて今は見逃そう」
ルヴァイドが、静かに告げる。
「だが、聖女は必ず手に入れる。崖城都市デグレア特務部隊『黒の旅団』の名にかけてな」
「デグレアだと!?」
「デグレアって、確か旧王国最大の軍事都市じゃ……」
みんな、突然の話の大きさに呆然とする。
確かに、軍事都市が女の子一人を狙うなんて考えもしないだろう。
だけど。
「旧王国だろうがデグレアだろうが、今更退く気はないわよ」
私は言った。
「絶対、あんた達を止める。もう決めたの」
「……」
止めてみせる。あんなひどいことも、あの悪魔達も。
アメルも、マグナ達も、そしてイオス達も助けたい。
わがままな望み。何度も考えたけど、それ以外思いつかなかった。
「……なら、強くなってごらん」
それまで沈黙を保っていた仮面女が言った。
「それがあんたの望みなら、それができるだけの存在になってみな」
私達を越えてみせろ。
なんだか、そんな風に言われているような気がした。
「……行くがいい。だが、このルヴァイド、次は容赦せん」
「私の名はアイシャ。また近いうちにね、聖女さん達」
ルヴァイド達に見送られて、私達はフロト湿原を後にした。
帰り道、私はアイシャのことで頭がいっぱいだった。
出てくるはずのない人物。
まるで、ミモザがああすることを知っていたかのような行動。
そして、「強くなれ」という言葉。
「おい」
「ん?」
突然の声に振り返ると、そこにはバルレルとハサハがいた。
「あれ、珍しい組み合わせ。どうしたの二人とも?」
「あのオンナ……」
バルレルはそれだけ言うと、黙り込んでしまった。
あのオンナって…アイシャのことだろうか?
「……やっぱなんでもねえ」
言うなり、バルレルはUターンして離れていった。
なんだっていうのよ……?
「おねえちゃん……」
「ハサハは? どうしたの?」
「あのおねえちゃんを……たすけてあげて……」
………………はい?
助けろって言われても、私なんぞの助けが必要な人には見えないんだけど。
「あのひと……すごくくるしんでる」
ハサハが悲しそうに言う。
「だれもたすけてあげられない……おねえちゃんじゃないと、だめなの」
でも私は、ハテナマークが頭を飛び交うだけで。
誰も助けられない? 私じゃなきゃダメ?
……どーいう意味?
ゼラムに着くまで考えてみたけど。
結局、全然わからないままだった。
謎の女再登場。
そして、伏線張りまくり……ハテナマークの嵐。
果たして彼女の目的は?
正解は……そのうち。