第14話
第14話 それさえもおそらくは平和な一日
あのピクニックから数日後。
かんっ、こんっ、かん……
通行人はおろか、工事の人間もなぜかほとんどやってこない再開発区。
そこに、木のぶつかり合う音が響いていた。
もっとも、私はのんきに聞いていられる立場じゃないけど。
かんっ!
「つっ……!」
手に痛みが走り、私は持っていた棒を落とした。
対するロッカは、あわてて私に駆け寄る。
「すみません、大丈夫ですか?」
「へーき、ちょっと打っただけ」
「あのなあ、いちいち気にしてたら稽古にならないだろうが」
見ていたリューグが呆れたように言った。
「そうはいっても、さんは初心者だろう? 怪我して今後に支障があったら……」
「いいよロッカ。無茶なお願いしたのはこっちなんだから」
口ゲンカになる前に、私はあわてて遮った。
そう。今ロッカとリューグの指導で稽古中だったりする。
最初は反対にもあったけど、結局自分の身ぐらいは守れた方がいいということで収まった。
だけど当然、口で言うほど簡単なことじゃない。
これでもだいぶマシになってきた方なのだ。
もっとも、ロッカも私に合わせて手加減してくれてるんだけど。
「!」
声に振り返ると、マグナとトリス、そしてフォルテがいた。
「おう、がんばってるみたいだな」
「ロッカ達と稽古に行ったって聞いたから、ここかなって思って」
マグナとトリスはともかく、フォルテまで一緒っていうのは珍しいな……
「いや、な。そこで一緒になって、ついでに見ていこうと思ってな」
顔に出ていたのか、フォルテはこっちを見て言った。
そして、不満そうに一言。
「しかし、その服……」
「何? この前からずっと着てるじゃない」
今、私は編み上げシャツとジャケット、膝上のスカートにスパッツという格好でいる。
さすがにこの間のピクニックで制服が汚れてしまったので取り替えたのだ。
「いや、服自体は問題ないが……」
「?」
全員わからないという顔になる。でも、
「もうあの猫のワンポイントを拝めないと思うと……」
「……もう一回ラリアート食らいたい?」(※閑話「始まりの呪文」参照)
これであっさり雰囲気が逆転した。
ったく、らしいというか、何というか……
「ところで、もう稽古終わり? これからマグナとおソバ食べに行くんだけど、もどうかなと思って」
トリスがにこにこして問いかける。
おソバっていうと……あそこか。
そういえば、かなり日が高い。お腹空くわけだ。
「そうですね。それじゃ、今日はここまでにしておきましょうか」
ロッカの許可をもらい、私達はお昼ご飯を食べに行くことになった。
その時、私は知る由もなかった。
これが怒濤の午後が始まる合図だとは。
「いらっしゃい。……ああ、こんにちは」
「あかなべ」ののれんをくぐると、シオンの大将の声が出迎えてくれた。
「大将、俺天ぷらソバ!」
「あたし月見ソバ」
「うーん……じゃ、きつねソバ」
とりあえず注文を済ませ、カウンターに座った。
うわー……初めて見るけどホントに手つきが鮮やか。
趣味もここまでくれば立派です、シオンさん。
「ところで、こちらの方は?」
「あっ、です。はじめまして」
「はじめまして。私は店長のシオンです」
もちろん、この間にも手は動いている。
しかも、まったくペースがゆるむことなく。
そして。
「はい、おまちどうさま」
私達の前にどんぶりが三つ並んだ。
見た目といい、匂いといい、私がやっと食べられるような駅前の立ち食いソバ屋とは格が違う。
当然味も。
「どうですか、さん?」
「(もぐもぐ……ごっくん)……おいしいです」
「そうですか、それはよかった」
時々おしゃべりをしながらも、私達全員がおソバを食べ終えたとき。
「はーっ……すいませーん、いつものやつお願いしますぅ……」
どこかで聞いたような、でもなんだか元気のない声。
「あれ、パッフェルさん?」
「あれま、マグナさんにトリスさんじゃないですか」
入ってきたのは、あのオレンジのメイド姿。
その顔には、くっきりと疲労が見て取れる。
「今日も大変だったみたいですね、パッフェルさん?」
「そーなんですよー、このごろ仕事が多くって……」
営業スマイルで会話するシオンとパッフェル。
……でも、何か違う意味にも取れちゃうのはこの二人の正体知ってるからでしょーか……?
「でも、ちょうどお二人がいるとは……ああ、まさしく天の助けって感じですねー!!」
パッフェルはこっちを見ながら感激している。
……なんとなくこの先の展開が読めた気がして、私はちょっと引いてしまった。
そしてパッフェルは、予想どおり言ってくれた。
「ケーキ屋の午後出頼まれちゃったんですけど、郵便配達も休めなくて……代わりに行って来てくれません?」
と。
「……でも、まで引き受けなくてもよかったのに」
「だって……ああまでされちゃうと断りにくいじゃない……」
ただいま、私とトリスはケーキ屋の女子更衣室にいます。
もちろんあのメイド服に着替え、配達に行くため。
なんで私までここにいるのかというと。
私がマグナ達の知り合いだと知って、パッフェルは「お願いしますよぉ〜〜!」とすがりついてきて。
さすがにかわいそうになってきてしまったわけで。
引き受けたら引き受けたで「ありがとうございますっ! ああっ、あなたは天使様です〜〜〜っ!!」って大感激するし……
よっぽど大変だったんだね……
しかし、まさかフ○バで言うところの「男のロマン」を自分でやるとは思わなかった……
「どうしたの? 遠い目をしてたけど」
「気にしないで。こっちのことだから」
で、配達が始まったわけだけど。
パッフェルが疲れるのもわかるくらい、仕事はハードだった。
メモを見てお客とケーキの確認をし、配達する。ここまではいい。
でも、真の敵はケーキそのものだった。
「痛まないうちに全部配れなんて……きついよぉ……」
かなりの量を痛まないうちにとなると、走らないと間に合わない。
しかも、ケーキを崩さないように。
そして、着いたら営業スマイル。
………………………………疲れる。
さて次は……あれ?
メモは次の配達で終わっていた。
でもケーキはいっぱいある。
もしや……
「ギブソン・ジラール様 モンブラン、プリン、チョコレートケーキ、チーズケーキ、イチゴタルト……(以下略)」
……やっぱり。
まあ、こっちは楽だからいいけど。
ギブソン・ミモザ邸の呼び鈴を鳴らし。
誰かがドアを開けたのを確認して、私は言った。
「「「ご注文のケーキ、お届けにまいりました!!」」」
……って、今のは……
「何やってるんだ、君達は!?」
ネスが入り口で唖然としている。
後ろを振り向くと、やはりケーキ屋の制服姿のマグナとトリスがいた。
「パッフェルさんに頼まれて、バイト」
「ギブソン先輩呼んできて。これで終わりだから」
二人が言うと、ネスは頭を押さえながら奥へと引っ込んだ。
はたしてそれは私達に対してか、ケーキを大量に注文するギブソンに対してか。
……多分両方だろうなー……
そんなこんなで配達も終わり。
私達は制服を返すため、ケーキ屋への道を戻っていた。
「先輩、本当に嬉しそうだったな」
「そうだね」
でもあんなに大量に頼んで……体とお金は大丈夫なの……?
恐るべし、ギブソン。ケーキ大王の称号を与えてもいいでしょうか?
などと、本人にしてみれば余計なお世話であろうことを考えていると。
「お待ちなさいっ、このチビジャリっっ!!」
突如聞こえてきた声に、顔を見合わせる私達。
「あれって……」
「うん……」
私達はその方向を見……再び固まった。
……神様。私が何かしましたか?
ミニスはともかく、なぜケルマまでこっちに来るのですか?
ミニスが私達に気づく。
「マグナ、トリス、! ちょうどいいところに! 助けて!!」
「逃がしませんわよぉ――――っ!!」
ケルマは手を高々と挙げ……ってちょっと待ったぁっっ!
「こんな所で召喚術使う気!?」
私の言葉にびっくりして、逃げ出す通行人のみなさん。
逆に、ケルマは全然聞いていない。
朗々と、呪文が響く。
マズイ! なんとかしないと……
「トリス! 無色のサモナイト石貸して!」
「あ、うん……」
トリスからサモナイト石を受け取ると、私は意識を集中させた。
攻撃はダメだ。他の人を巻き込むかもしれない。
何か、ケルマを止められそうなもの……えーっと……
「まずい! 呪文が完成する!!」
マグナの一言で、私は思考を打ち切った。
ああもう、なんでもいい!
「ケルマを止めて―――っ!!」
……とりあえず、術は成功したらしい。光が走り抜け、ケルマの頭上が歪み……
があぁぁぁん!
ケルマはばったりと倒れた。落下してきた看板が頭に当たって。
気絶してる……だけだよね。多分。
……看板ちょっとへこんでるからそんなに固い素材じゃないだろうし……
「とりあえず……逃げようか」
「その方がよさそうだな……」
ケルマには悪いけど、起きたら面倒なことになるのは目に見えてる。
私達はそそくさと、その場を退散したのだった……
制服を返し、バイト料をもらったときにはもうすっかり日が暮れていた。
「あー、疲れた……」
「ごめんね、私が助けてって言ったから……」
「あ、違う違う。ミニスのせいじゃないって。慣れないバイトやっただけ」
パッフェルって、ある意味シオンよりすごいかもしれない……
「それより、せっかくバイト料もらったんだから何か食べて帰ろうか?」
「賛成! おやつくらいなら、夕ご飯も入るよね?」
「ミニスも行こう?」
「うん!」
その時の夕焼けは、今まで見たこともないくらいすごくきれいで。
たまにはこんな日もいいかな、と思ったりもした。
ちなみにその後の勉強で、居眠りしてネスにはたかれたのは言うまでもない。
しばらくシリアスムードの反動が来ました……
もうちょっとシオンかパッフェルを絡ませようかと思いましたが、長くなりそうなので断念。
その代わり、なぜかケルマ再登場。……ケルマファンの方ごめんなさい。
……ファイトだ自分! ゼラム周辺編完結までもう少し!