第15話
第15話 歩き出すための力
(……お、重い……空気が重すぎる……)
久しぶりに、全員そろっての昼食。
……なのだけど、雰囲気は果てしなく重かった。
原因はわかっている。でも、だからといってどうにかなるわけではない。
これは私達一人一人が答えを出さないといけないのだから。
……そもそもの起こりは、今朝の作戦会議。
話題はデグレアの目的になり、軍事侵攻の一環ではという意見が出たあたりで…
「ちょっと待ってよ! そんな国同士の争いになんでアメルが関係するのよ!?」
あわてたように割って入るトリス。
「女の子一人を捕まえて何をするつもりなのかしら……」
ケイナのつぶやきに対する答えはない。
みんな同意見なのだろう。私以外まだ誰も知らないから。
「ただ、間違いないのは領土侵犯を犯してまで連中が彼女の身柄を欲していることだ」
ネスの言葉が重く響く。
アメルは青い顔で、心配したハサハやレシィに無理して笑っていた。
「で、でもでもっ、心配いらないわよっ? いくらあいつらだって、私たちが王都にいれば、無茶はできないもの!」
「これからもそうだって保証はねえけどな」
「僕も同感だ。あのルヴァイドという男は、強い使命感と自信をもっていた。どうしても必要と判断すれば、ためらわずに強硬手段に出るだろう」
ミニスのフォローも、フォルテとネスにあっさり否定された。
「それって、まさかレルムの村を襲った時のように!?」
「そうするだろうな、あの連中ならよ」
マグナの言葉をリューグが肯定する。
どんよりした沈黙。
それを打ち切ったのは、ギブソンの一言だった。
「それより、今は敵の動向より先に考えるべきことがあるんじゃないのか?」
「え?」
「これから先、君たちがどうしたいのかということだよ。敵が国家に属する軍隊だとわかった今なら、とるべき方法はいくつだってある。騎士団や派閥に保護を求めることもできる」
『でも、それって……』
マグナとトリスの声がハモった。
ギブソンが、重々しくうなずく。
「ああ、連中はためらいもせず彼女を差し出すだろう」
「胸クソ悪い話だがな、それが政治的判断ってもんだ」
吐き捨てるように、フォルテ。
「そんなのダメよ!」
「絶対に止めなくちゃ!」
「落ち着いて、マグナ、トリス。ここにいるみんなは同じ気持ち。前にも言ったでしょ?」
だからこそ、ここにいる。たとえ、それぞれ違いはあっても。
怒りが収まった反動もあってか、二人はしゅんとうなだれた。
『……すいません』
「気にすることはない。君達ならそう言うと思っていたからね」
ギブソンが苦笑する。
「だが、その思いを貫くのは大変なことだよ。よく考えてみるんだ、君たち一人一人が本当に望んでいる事を」
以上、回想終わり。
ほとんど、心は決まってる……と思う。
ただ、踏ん切りがつかないのか黙々と食事するだけの人数名。
当然、アメルが一番ひどいんだけど。味付けが濃かったり薄かったりするし。
おかげで会話らしい会話もないまま、昼食は終わった。
「ねえ、アメル」
「あ、さん」
さすがにこのまま放っておけるわけもなく。
後片づけが終わった頃を見計らってアメルに話しかけた。
「みんなは、だいたいどうするか決めてるみたいだけど……アメルはどうしたいの?」
「え……?」
「何か元気ないもの。まだ決めかねてるかな、と思って」
少し黙り込んだ後、アメルはゆっくりと口を開いた。
「……さんはどうなんですか?」
「んー……アメル達を助けたいし、イオス達も止めたい。それは変わらないよ」
「どうして、ですか?」
「どうしてって言われてもねー……どっちか一方なんて嫌だし、ましてどっちもやらないのも嫌。どっちも助けたいことには変わりないもの」
難しい理由なんていらない。
そうしたいからする、じゃいけない?
「あたしは……みんなの迷惑になりたくなかった。聖女になったのだって、村の人の期待を裏切れなかったから……本当は嫌だったけど、怖くて言えなかった……」
アメルが絞り出すように言った。
「でも、さん達と過ごして、少しずつわかってきたんです。自分の気持ちを言うことは、怖いけど必要なことなんだって……。あたしは、あなた達と一緒にいたい。離れ離れになりたくない!」
最後は、私の顔を見てはっきり告げた。
多分アメルにとって、これが始めの一歩。
これから前へと、歩いていける。
「……うん。アメルの気持ち、ちゃんとわかったから……」
私も負けてられない。
できるだけのことをやらないと。
結局、他の面々も「アメルを渡さない」ことで決定した。
今後の方針も、「アメルのおばあさんの所を目指しつつ、黒の旅団を引っかき回す」ことになった。
それは同時に、本格的な試練の始まり。
デグレアやその背後にいる悪魔、そして真実と真っ向から向き合うことになる。
本来なら第三者の私に、今何ができる?
考えて、ちょっと悲しくなる。
だって、このままじゃお荷物だから。
「じゃ、今日はここまでにしましょうか。……だいぶ上達してきましたね」
「言っとくが、まだ突っ込もうとか思うなよ。当分は最後の手段くらいに思っとけ」
ロッカとリューグの一言で、今日の稽古も終わる。
最初に比べたらマシとはいえ、まだ弱っちいままなのは相変わらずで。
わかってはいるんだけど、歯がゆい。
「……先帰ってて。もう少し、基本の型やってから行くから」
「……はい」
「ああ」
二人が行ったのを確認すると、私はもう一度棒を構えた。
息を吸いながら、前を見据えて…
「1っ! 2っ! 3っ! 4っ!」
びゅっ、びゅっ、ひゅん、ひゅっ!
私の動きに合わせて、棒の風切る音が聞こえる。
始めのうちはところどころど忘れして止まったりしていたけど、今は覚えてきたのかだいぶスムーズになってる。
大した変化じゃないだろうけど、でも嬉しい。
「……22、1っ!」
一通り終わって最初の構えに戻ると、自然と緊張が解けた。
ぱちぱちぱち。
突然拍手が聞こえてきて、私はそっちを振り返った。
そこにいたのは少年。……ただし、「見た目は」が付くけど。
「こんにちは」
「こんにちは……っていうか君は……(知ってるけど……)」
「ああ、僕はエクスっていいます。人を待ってたんだけど、お姉さんが一生懸命やってたのが見えたから」
私は暇つぶしのパフォーマンスですか…?
まあ、私も最初見たときは踊りみたいだと思ったけど…って、墓穴掘ってどうする…
「お姉さんは強くなりたいの?」
「え?」
「だってそれ、棒術の型でしょう?」
「え、わかるの?」
はい、とエクスは頷いた。
はー……派閥の総帥だから、そういうのは専門外だと思ってた。
でも、わかってて見られてたっていうのも……なんか恥ずかしいなー……
「……まあ、強くなりたい、かな?」
「どうしてか、聞いてもいい?」
「……仲間の足かせになりたくないし、助けたい人がいるから」
今、実際に剣を向けられたら足がすくんでしまうかもしれない。
でも、アメルだって怖いと思いながらも一歩を踏み出そうとしている。
それができないと、おそらくずっと何もできないままだから。
だから、私も逃げてはいけない。
「強くなれるかどうかはわかんないけど、やれるだけのことはやりたいの」
自信も何もあるわけじゃない。
だけど、これが私の出した結論だった。
アメルに、みんなに言ってきたこと。全てはすとんと、この一言にまとまった。
「お姉さんは……」
「エクス様ーっ!!」
何か言いかけたエクスだったけど、男の声に遮られてしまった。
「あ、やっと来たみたい。……それじゃ、さようなら」
「うん、じゃあね」
私はひらひらと手を振った。
エクスは軽く頭を下げると、小走りで私の前から去って行った。
「すみません、お待たせして」
「ああ、いいよ。さあ、早く行こう」
エクスはやってきた男と短く会話すると、そのまま歩き出した。
……が、すぐに足を止め、振り返る。
視線の先には、先程まで話していた相手。
「……ごめん」
ぽつりとそれだけ言うと、再び男と共に歩き出した。
キリがいいとこで切ったら……
ゼラム周辺編、後2回くらい続きそうです。あぅ……
今まで書く機会ありませんでしたが、主人公の武器は棒です。
本文でも触れたとおり、当分そっちの活躍はしませんが。