第16話
第16話 すれ違う願い


 「次の問題は、どの道を通っていくか、よね」
 「彼女の聞いたとおりの道筋を行くのが確実なんだけど……追っ手を避けながら山を越えるのはかなり厳しいわね」
 「とはいえ、街道はまず間違いなくあいつらに見張られているだろうな」
 「いっそ、この草原を突っ切っていくか?」
 「え〜っ!? そんなことしたら簡単に見つかるわよっ!?」
 「直進するにしろ、迂回するにしろ、彼らの追撃はあると思ったほうがいいな。となれば、すこしでも立ち回りやすい場所を選ぶべきだと僕は思う」


 こんばんは、皆様。
 ただいま、私達はアメルのおばあさんのいる村目指して夜の街道を歩いています。
 で、目の前に広がるのは街道の先と山、そして草原。
 問題はどこを通るかなんだけど……

 「立ち回りやすさを考えるなら、街道の方がいいんじゃない?」
 っていうか、草原は勘弁。
 できればルヴァイドは避けたい。

 「でも、それじゃすぐ見つかってしまいませんか?」
 「うん、けど向こうも騒ぎを大きくできない弱みはあると思う。まだ外交問題を起こしたくはないだろうし」
 なんとかゲームのセリフを思い出しながら、私はアメルに答えた。
 まあ、どれ選ぶにしても見つかるんだけどね……

 結局、反対意見もなく。
 街道を行くことで話はまとまった。





 「ひゃっ!?」
 私は思いきりつまずいて、前にいたネスの腕をがっちり掴んでしまった。
 思わずよろけるネス。

 「まったく……足下に気をつけてくれ」
 「ごめん……」
 「仕方ないよネス。これだけ真っ暗なんだから」

 そう、明かりはお空のお月様くらいで。
 足下はかろうじて見える程度。

 「はー……蛍光灯が懐かしいわ……」
 「ケイコウトウ?」
 「うん。人が通るところにはたいていあるの」
 へー、とマグナは感心する。
 今考えると、かなり便利だったんだなー……あの電柱の蛍光灯。

 「そういえば、の世界のことってあまり聞いたことなかったな」
 「うん。あたしも聞きたい!」
 後ろのトリスまで、会話に加わる。

 「うん、いいよ。でもその前に……」
 「まず、目の前の追っ手のことを考えないとな」
 私の言葉を、ネスが引き継ぐ。
 はっとして、前方を見るマグナとトリス。

 私達の目の前。
 四つの影が立ちはだかっていた。
 ………………四つ?

 「待ち伏せを考えもせず、街道を来るとはね。呆れたものだよ」
 「だから言ったでしょ? こっちに行った方がいいって」
 「驚イタナ……」
 「お前の言うとおりにして正解だったな」

 ………………………………ちょっと待てい。
 なんであんたら全員ここにいるわけ!?
 っていうかアイシャ、あんたなんでそんな予想たてられるの!?
 あんたは予知能力者か占い師か!?

 などと、私が混乱していると。
 「伝令、急げっ! 『小鳥は初手の網にかかった』と!」
 「まずい! 足止めして包囲する気だ!!」
 イオスとネス、それぞれの声が響き渡る。

 「みんな、逃げろっ!!」
 マグナの声を合図に、みんなそれぞれ駆け出す。
 私も逃げようとした……が、


 じゃきぃぃぃん!


 「うひゃっ!?」
 「!!」
 前方をシャインセイバーが遮った。
 「逃がさないよ♪」
 後ろから、楽しげなアイシャの声。
 他のメンバーも待機していた兵士だの、ゼルフィルドの銃弾だので逃げ損ねた。
 ………………結局こうなるのね………………
 なんだか泣きたくなった。




 がきんっ! きぃん! どすっ!
 どぉんっ! がががっ! ぼおぉっ!



 剣や召喚術の起こす音が切れ目なく続く。
 私も一応、召喚術で援護してる。
 でも、なにせ敵は大勢。きりがない。
 しかも……

 「いい腕だな……だが、甘いっ!」
 「攻撃ってのは、こうすんのよっ!」

 ルヴァイドとアイシャの声がひときわよく聞こえる。
 ………………………この二人強すぎ。
 それぞれの相手をしてるフォルテやマグナはどう見ても苦戦している。
 私達が合間をぬって援護しても、焼け石に水。
 特にアイシャの場合、狼の遠吠えでなぜか召喚術がかき消されてしまう。
 ……狼自身は攻撃してこないが、それはそれでむかつく。



 「!!」
 「え? …………っ!?」
 誰かの声で、気づいたときには。
 イオスがこっちの間合いに入ってきていた。そのまま槍を突きだしてくる。
 私はとっさに避けると、持っていた棒を構えた。
 これで勝てるとは思えないけど、召喚術で対抗できるような間合いでもない。

 イオスは一瞬、悲しげな顔をした。
 (……え?)
 でも疑問に思う間もなく、すぐにイオスが躍りかかった。
 繰り出された槍を避けつつ、手を狙う。これはロッカにさんざん指導されたことだ。
 だけど、イオスもそれはお見通しだったらしくすぐに離れる。

 「……抵抗しないでくれ……!」
 「へ?」
 「頼む、抵抗しないでくれ……!」
 イオスにしては珍しい、絞り出すような悲痛な声だった。
 私としては、ただただ困惑するしかない。

 それでも。
 「……ごめん」
 私はそれだけ言った。
 今、ここで止まるわけにはいかないから。

 イオスは仕方ない、というふうにため息をつき。
 「……これだけはやりたくなかったんだが」
 ポケットに手を突っ込んだ。そこから光が漏れる。


 ズシン!


 背後から何か重いものが落ちた音がした。
 振り向いて、それが何かに気づいたときにはもう遅い。
 そいつは大きな口を開け、こちらに向かって甘ったるい息を吐いたところだった。

 しまった、と思うと同時に眠気が襲った。
 頭がぼーっとし、立っていられなくなって膝をつく。瞼が重い。
 眠っちゃいけない。わかっていても、身体はそれに逆らって崩れ落ちる。
 「……すまない……」
 イオスの声が、遠い。
 視界が、真っ暗になる……



 (……起きて……)
 知らない声が聞こえる。誰……?
 (起きて! 捕まるわよ!!)
 今度は怒鳴り声に近い。
 でも、おかげで眠気が少し飛んだ。なんとか目を開ける。

 瞼の向こうには、こちらに向かって歩いてくるイオスがいた。
 とはいえ、まだぼんやりして眠いので手足を動かすのもおっくうで。
 イオスも目を開けたことに気づいてないのか、歩みを止めることなく近づいてくる。

 (彼を助けたいんでしょう?)
 当たり前よ、と心の中で言い返す。
 (なら、言うとおりにして。落ち着いて、体が光で満たされていると思うの。焦らないで、きちんと思い描いて……)
 私は特に何も考えず、声の言うとおりにした。たとえワラでも、すがりたかったのかもしれない。
 (そう、その調子。あなたはその中にいるの。そうしたら、光に方向を示してあげて。あなたが、どうしたいのかを)
 私がどうしたいか。
 それは決まってる。
 イオスに、こんなことをさせたくない…



 光が広がった。
 というより、身体が……光ってる?
 イオスがうめいて、思わず目を閉じる。
 私には全然眩しくないのに……?
 意識がはっきりしてくる。眠気やおっくうさも、完全に消えた。
 私はそれに気づくと、跳ね起きて走り出した。
 イオスに背を向けて、援護しているトリス達のもとへと。
 走っているうちに光はどんどん薄れ、消えていった。

 「、大丈夫?」
 「今のは、一体……」
 案の定みんなから質問されたけど、私は答えなかった。
 むしろこっちが聞きたいくらいだったし、なぜか声のことは言いたくなかった。



 だがしかし。
 みんなと合流できたはいいけど、状況は何も変わっていない。

 「これじゃ、みんなもたないよっ……プチメテオ!」
 「連中も集まってきた、このままじゃっ……ギヤ・ブルース!!」
 「、あれはできない? 先輩の屋敷の時の……」
 「数が多すぎるよ! それに、あの四人には効かないと思う……」

 私達召喚術チームも、そろそろ限界に来てる。
 このままじゃ……
 「どうしよう……」
 思わずつぶやいたその時。


 「……? なんだ、この霧は!?」
 真っ黒い霧が、あたりを包み始めた。
 ……来たっ!

 「くそっ、目がかすむ!」
 「せんさー、動作不能……馬鹿ナ……」
 敵が混乱する中、私以外のみんなは何が起こったのかわからずぽかんとする。

 『さあ、今のうちにお逃げなさい……』
 「みんな、こっちだ!」
 シオンの声に被さるように、ギブソンの声が聞こえた。
 見ると、霧の薄いところにギブソンとミモザの姿。
 みんな我に返ると、急いでギブソンとミモザの方に駆け寄った。
 どうやら二人は霧の外にいたらしく、だんだんと霧が薄くなり、ついにはなくなった。
 当然、後ろではまだ霧が漂っているんだけど。

 「先輩!? どうしてここに……」
 「あら、まさか本気でばれてないと思ってたわけ?」
 「君達の考えることくらいお見通しだよ」
 「すいません……」

 みんなが会話している間、私はまだ安心できずにいた。
 だって、ルヴァイドには効いてなかったはず。
 それに、こっちはもしかしたらだけど……

 「……逃がしはせんぞ」
 「安心するのはまだ早いんじゃない?」
 …………………………予想的中。
 平然として、霧の中からルヴァイドとアイシャが出てきたのだった。

 「嘘!? ただの霧じゃないのよ、これって……」
 「この俺に、まやかしなど通じぬわ」
 「ごめんねー。一応、こういうのの対処は心得てるの」
 驚くミモザに対し、あっさり答える二人。
 そしてルヴァイドは、近くにいたアメルの腕を掴んだ。
 悲鳴を上げるアメル。

 「ルヴァイドぉぉぉぉっっ!!」
 他の誰よりも早く、リューグが飛びかかった。
 これは予想外だったのか、ルヴァイドの反応が一瞬遅れる。
 そして、リューグの一撃がルヴァイドの兜をはじいた。

 「ぐっ!?」
 あらわになったルヴァイドの顔は、痛かったのか少し歪んでいた。
 アイシャの剣がリューグに襲いかかるが、かろうじて避ける。
 その二人の間で召喚術が炸裂し、それぞれ飛び退いて元いた場所に戻る。
 もちろん、アメルはとっくに離れている。

 「さあ、ここは私達に任せて、君達は逃げるんだ!」
 「でも、先輩……」
 「心配しなくても、引き際は心得てるわよ!時間を稼ぐだけ!」
 緊迫したシーンの割に、楽しそうなミモザ。
 ちなみに、その間にも召喚術で牽制したりしてる。

 「お土産、期待して待ってるからね?」
 「……負けるんじゃないぞ」
 微笑むギブソンとミモザ。
 言い方はそれぞれ違っても、それは後輩へのエール。
 みんなそれがわかったから。
 「はい、先輩!」
 「お気をつけて!」
 だから、今は進む。






 どのくらい走っただろうか。
 とうとう私達は、疲れてその場に座り込んだ。

 ざぁ……という音が聞こえてくる。
 「……?」
 ほとんど全員が、不思議そうに辺りを見回す。

 「潮騒だぜ……近くに海があるんだ」
 「みんな、あれ!」
 アメルの指さした先。
 フォルテの言葉通り、海が広がっていた。
 その前に街明かりがぽつぽつと見えた。
 ファナンの、明かりが。

 「どうやら、僕達は逆方向に来てしまったらしいな……」
 ネスが、ぼそりとつぶやいた。
 誰も何も言わない。
 ただ、波の音だけが聞こえていた。



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予想に反して、一話で終わり。
今の状態で、戦闘シーンはきついか……(汗)
なにはともあれ、これで第一部完。
やっとファナン編だー……