第17話
第17話 海とお風呂とロマンと電池
見渡す限り、暗闇だった。
どう見ても、まごうことなき暗闇。
…………またか…………
さすがにもう、わかってきた。これは夢だと。
さて、今度は何が来るやら。
とりあえず辺りを見回すと、誰かがやってくるのが見えた。
あれは……
「……マグナ?」
声をかけるが、反応はない。
それどころか、ペースを変えることなくこっちに歩いてくる。
もう目と鼻の先なのに、それでも止まらない。
「ちょ、ちょっとマグ」
すかっ
「…………へ?」
今……マグナが私の身体を通り抜けた……?
呆然とする私をよそに、マグナは歩いてゆく。
マグナはしばらく歩いたあと、誰かの前で止まった。
ちょうど隠れてしまって、どんな人なのかよく見えない。
回り込んで見てみようと思ったら、今度はトリスが歩いてきた。
やはり私に気づくことなく、そのまま通り抜けてしまう。
そして、マグナと同じように「誰か」の前で歩みを止める。
そんな感じのことが延々と続いた。
始めのうちはいろいろやってみたけど、ロッカが出てきたあたりでバカらしくなってやめた。
存在していないのだ。ここでは、私は。
マグナ達は、「誰か」と話をしているようだった。
なんだか楽しそうで、ちょっと悔しい。
私だけ混ざれないのだから。
不意に、話し声が止む。
「……?」
気がつくと、私はみんなに囲まれて立っていた。
なぜか、誰もが悲しそうな顔でこっちを見ている。
「……」
マグナが消える。トリスが消える。ネスが消える。
「さん……」
アメルが消える。ロッカが消える。リューグが消える。
一人、また一人と消えていく。
そしてとうとうイオスとルヴァイドだけになり、その二人も消え始めていた。
「待ってよ!」
私は二人の手を掴もうとするが、かなわない。
「……すまない」
その言葉を最後に、誰もいなくなった。
ぱりぃぃぃん……
何かが割れる音がして、足下が崩れた。
落ちてゆく。どこまでも、どこまでも。
誰 か の 嗤 い 声 が 聞 こ え た
「……い。おーい、大丈夫かい?」
「……ん……」
誰かに揺さぶられて、私は目を覚ました。
目の前には女の人の顔。その後ろには海が広がっている。
あ、そーか。ファナンに着いたんだっけ。
「こんなとこにひっくり返って何してんのさ? 行き倒れにしちゃ大所帯だよね」
行き倒れ。確かにそう見えるかも。
みんな服は切れたり汚れたりしてるし、何も掛けずに寝てるから倒れてるみたいだし。
「あのー……もしかして、心配させちゃいました?」
「心配したなんてもんじゃないよ。訓練するためにやって来たら、あんた達が転がってるだろ? びっくりして、息をしてるか確かめようとしたんだよ。そしたら、あんただけうなされてるから……」
「はあ、どうも……」
「ま、その様子じゃ大丈夫そうだね。あたいはモーリン。あんたは?」
「あ、私は。よろしく」
「ふぁ、あ……」
近くで寝ていたアメルが、あくびをしながら目を開けた。
今の会話で目が覚めたらしく、他のメンバーも身を起こし始める。
「おや、お仲間もようやく目を覚ましたようだね」
その声でモーリンに気づき、身構えたのは主に男性陣。
「おい、そこにいるのはいったい誰だよ?」
「まさか、追っ手!?」
フォルテとケイナが武器に手をかけながら訊く。
「あー、違う違う。行き倒れに間違えられただけ」
右手をパタパタさせながら、私。
「ふーん……なにやら、ワケありみたいだねえ」
モーリンは少し考え、
「どうだい、よけりゃあたいの家で休んでいかないかい?」
そう言ってきた。
「どうする?」
「お言葉に甘えちゃおうか?着替えとかしたいし」
「私も、砂まみれは嫌」
順にトリス、私、ミニス。
女性陣はみんな私と同意見らしく、特に反対意見はない。
「君はバカか? 見ず知らずの人間にほいほいついて行ってどうするんだ!?」
まだネスは警戒している。
警戒しすぎだって、あんた。
「でも、この人は信用してもいいと思うけど?」
「の言うとおりよ、ネス。せっかく親切で言ってくれてるのに」
「そうそう、人の親切は素直に受けとくものさ」
私の言葉に、トリスとモーリンも乗る。
結局、ネスが納得しないままモーリンの家へと向かうことになったのだった。
「さあ、着いた。ここがあたいん家さ」
モーリンが指し示した先には、純日本風の道場。
辞書の挿し絵とかに、いかにも載っていそうな感じだった。
「これは……拳法の道場か?」
「そうさ、あたいはここの師範代をやってんだよ」
ネスの言葉に、モーリンが少し誇らしげに答える。
「その割には……なんだかひっそりしてませんか?」
「普通なら稽古してる時間だろうに……」
ロッカとリューグが疑問を口にする。
「ああ、今はあたい以外生徒はまったくいないからね」
今度はあっさりと答えるモーリン。
「へ!?」
みんなぽかんとする。
「館長やってんのはあたいのクソ親父なんだけどさ……ずっと前に修行の旅に出たっきり、ちっとも帰りやがらなくて。このありさまってわけ」
モーリンはそう言うと、あははははと笑った。
無理してるというよりは、いつものことだから仕方ないというふうに見えた。
「さ、遠慮は無用さ。男どもは適当に入ってくつろいでなよ。女連中はこっちさ。今風呂を沸かすから、砂や汗を流しな」
「「「「はーい!!」」」」
私、トリス、アメル、ミニスの声がハモる。
それぞれ程度の差こそあれ、みんな嬉々としてお風呂場に向かった。
「……さて、と」
「どこ行くんだ、フォルテ?」
いきなり立ち上がったフォルテを見て、マグナは問いかけた。
「決まってるだろ! 男のロマンの代表格、あ・れ・だ・よ。幸い女連中は全員風呂、この最大のチャンス……見に行かねば男ではないっ!!」
は? ……という顔をしたのはマグナとレシイ、それにレオルドだけ。
ぶっ
げほげほげほっ!
がちゃっ
ネスティは飲んでいた茶を吹き出しかけ、リューグは逆に気管に入ったらしくむせている。
ロッカはカップを落とし、少し茶をこぼした。
唯一そういう反応をしなかったバルレルは、口にこそ出さないが「命知らずな……」と思っていた。
「おーお、純情だねぇ……だが、俺は行くぜ! 楽園が俺を待っている!!」
言って、フォルテは歩き出す。風呂場に向かって。
さすがにそれで「あれ」の意味がわかったマグナがあわてて止める。
「やめといた方がいいって! 絶対!!」
「ええい止めるな! 何人たりとも男のロマンの邪魔はさせん!!」
「そういう問題じゃなくて、後で何されるかわかんないぞ!」
「ばれなければ問題なーし!」
もちろん、その間もフォルテは風呂場に向かっている。
つまり、結果的にマグナもくっついて来てしまっていた。
「ここだな……」
「あーあ、やっぱりこうなるのか……」
やる気満々なフォルテに対し、マグナはもはやあきらめの境地である。
「いざ、楽園へ!」
言いながら、フォルテは換気窓に手を伸ばす。
「……俺は知らないよ、もう……」
これは一度痛い目にあわない限り無理だろうと思い、マグナは踵を返した。
いや、返そうとした。
「……いでよ乾電池」
ぼそりとそんな声が聞こえ。
「いでっ!?」
何かがぶつかったらしく、フォルテが頭を押さえる。
そしてフォルテの足下に転がった物体に、マグナは不吉な見覚えがあった。
「やっぱり、見張っていて正解だったわね」
「まったく、油断も隙もないんだから……」
マグナとフォルテは目に見えて硬直し……ゆっくりとこちらを振り向いた。
そう、私とケイナの方を。
「ケ、ケイナ……」
「……」
二人とも、滝のように汗を流す。
私はどう見えるかわかんないけど、ケイナはしっかり青筋立ってるしね……
「男のロマンとやらと命、どっちが大事かなー? フォルテー♪」
にっこり笑顔で言ってやる。
手に持った無属性のサモナイト石をちらつかせつつ。
ケイナもぽきぽきと、指を鳴らしている。
「……命を取らせていただきます……」
「だからやめといた方がいいって言ったのに……」
だー、と涙を流すフォルテ。
少し離れたところではマグナが、呆れたようにため息をついていた。
「おまたせ」
「悪は滅びたから、もう安心だよ」
やっとお風呂でみんなと合流し、私達は勝利の報告をした。
おー、という歓声と拍手。
「これで少しは懲りてくれるといいんだけど……」
ケイナが深々とため息をつく。
「いや、ああいうのは癖になるものだからね。あきらめるとも思えないけど……」
ごもっとも。
モーリンの言うとおり、あれぐらいでやめてくれるとは思ってない。
「ま、一応保険も置いてきたし。大丈夫でしょ」
「保険? 何ですかそれ?」
アメルが私に問いかけた直後。
「うぎゃ――っ!!」
窓の外からフォルテの悲鳴が聞こえてきた。
「……ね?」
私以外の全員が、なるほどというようにうなずく。
「あのバカにはいい薬よ」
むっとした顔で言うケイナ。
「さ、番人がいるうちにさっさとすませちゃいましょ」
私はそう言うと、身体を洗い始めた。
他のみんなも異存があるわけなく、それぞれ行動を始めた。
一方、窓の外。
が召喚したテテにどつかれたフォルテが、茂みに身体を突っ込んだままぴくぴくしていた……
第二部開始の初っぱなからシリアスな夢…
…その反動か、フォルテがちょっとはじけてます。でも、うまくいかないのもお約束。
この時点でタケシー呼べてたら、雷に打たれてたかも(酷っ)
次は観光と…海賊と接触できるかは微妙…