第18話
第18話 港町の騒動


 ファナンに着いてから三日目。

 「ネス、足はもう大丈夫?」
 「ああ、もうほとんど問題ない」
 トリスの質問に、ネスは少し笑って答えた。
 モーリンのストラ治療のおかげで、治りはずいぶん早いみたい。

 「本当に、モーリンさんには感謝しないといけませんね」
 「本当ですね」
 「……(こくこく)」
 嬉しそうに言うアメル。
 レシィとハサハもうなずく。

 「だが、いつまでも彼女の好意に甘えてはいられないだろう」
 「そうだな。黒の旅団もいつ来るかわからないし、早くここを出ないと……」
 ネスの言葉を、マグナが肯定する。
 みんな、一瞬黙り込んでしまった。
 多分、気持ちは同じ。
 モーリンは、協力してくれるとは思う。私が知っている話とずれているから、まだ断定はできないけど。
 でも、何も知らないファナンの人達は……

 コンコン、と音がした。
 「はい?」
 マグナが返事をすると、入り口が開いてモーリンが入ってきた。
 私とバルレル以外は驚く(特にレシィ)。
 「よお、みんな揃ってなんの話だい?」
 「あ、えっと……」
 「モーリンのおかげで、疲れもとれたわねーって……」
 あわててごまかすマグナとトリス。
 けど汗が流れまくってたりする。

 「そりゃよかった。だったらさ、ひとつあたいと一緒に街まで出てみないかい?」
 にっこり笑ってモーリンが切り出す。
 「行ってきたらどうだ、マグナ、トリス、
 ネスは言いながら、一番近くにいた私の腕を軽く引っ張った。
 首だけそっちを向くと、小声でぼそりと、
 「折を見て、そろそろ出発することを伝えてくれ。その間に、僕達は準備をしておくから」
 …………私がその役ですかー?
 まあ、せっかくだからファナンを見て回りたいし。そのついでだと思えば……

 「あんた達は行かないのかい?」
 モーリンが、アメル達を見て問いかける。
 「あ、あたしはっ、まだちょっと気分が」
 「僕も遠慮するよ。足のほうが本調子になるまではね」
 ネス達の行動は、当然といえば当然だ。
 だけど……やっぱりうまいこと逃げられたような気もするんだけど。

 モーリンは、一瞬だけ残念そうな顔をした。でもすぐにいつもの顔に戻って、
 「そんじゃ仕方ないか。さ、ついといで」
 手近にいたマグナの手を掴むと、引っ張って出て行った。
 うーん……パワフル。
 「……私達も行こう」
 「そうね」
 そんなこんなで、ファナン観光が始まった。





 まずは近くということで、銀沙の浜に。
 はー…テレビでしかお目にかかったことないよ、こんなきれいな海。

 「ここは結構な魚が釣れるんだよ。もっとも、今は潮の流れが悪くてダメだけど」
 「え? でもあそこで釣りをしてる人がいるけど?」
 マグナの指さした先には、釣り糸を垂らしている男。
 ……その姿になんだか哀愁を感じる。
 「ありゃま、ホントだ。ばっかだねー、釣れるわけないのに」
 モーリンが言う。
 ああ、その一言でさらに哀れに……

 「おーい、そこのあんた。今の潮の加減じゃ、ここで釣り糸垂らしたって無駄だよ」
 「なんと!それはまことか? ……くぅっ、なんたる不覚! 知っていれば、最後の路銀で竿など買いはしなかったというのに……」
 モーリンに言われて、男……もちろんカザミネだ……は拳を震わせ悔しがる。
 と思ったら、とうとう空腹に耐えられなくなったのかげんなりしてしまった。
 ご丁寧に、ぐうきゅるる……と音まで出てきた。
 何日食べてなかったんだろう……この人。

 「あのー……お腹空いてるのなら、どうぞ」
 私はジャケットのポケットから携帯食を出した。
 旅には必需品だと、フォルテ達から言われて買っておいたものだ。
 「なんと……お主、これを見ず知らずの拙者に……?」
 「大したものじゃなくて申し訳ないですけど……」
 「かたじけない! 充分でござる!!」
 カザミネは嬉しそうにお礼を言うと、携帯食の封を切って食べ始めた。
 足りない分はこれでどうぞ、とマグナ達がお金を渡すとさらに喜んだ。

 「あんた、力はある方かい?」
 「むぐむぐ……まあ、そこそこには……」
 「よし、だったら網引きの仕事を紹介してあげるよ。稼ぎはしれてるけど、飯はもらえる」
 「まことでござるかっ!?」
 手でも掴みそうな勢いで、モーリンの方に身を乗り出すカザミネ。
 きっと彼の脳裏では、モーリンが神様(多分シルターン風)に見えているに違いない。

 「かたじけないでござる! ええと……」
 「あたいはモーリン。で、こっちが……」
 「です。そこの二人はマグナとトリス」

 簡単に自己紹介すると、モーリンが「じゃ、紹介してあげるからついといで!」と、カザミネの手を引いて歩き出した。すぐ戻るからと、私達に言って。
 「お主達の親切、このカザミネ一生忘れんでござるよ」
 そう言いながら、カザミネはモーリンの後について歩いて行く。
 「……ああまで感謝する人っていうのも珍しいよね」
 「そうだな」
 「うん……」
 残された私達は、ぽつりとつぶやいたのだった。



 しばらくしてモーリンが戻ってきた後、私達は観光を続けた。
 マグナ達はもちろん、私もいろいろ聞いたのでモーリンは嬉しそうにガイドをしてくれた。



 そして、最後に下町の方にやってきたときだった。
 「なんだとテメエらっ! 客にその態度はなんだっっ!!」
 「はんっ、あんたのような奴らはこっちだってお断りだよ!!」
 「テメエら、俺達が誰だかわかって言ってるのかぁ?」
 「知ってるさ。人の上前はねてるケチな海賊だろう?」
 「なんだとぉっ!!」

 いかにも「今、トラブルの真っ最中です!」と言わんばかりの会話。
 あまりの大声に思わず耳をふさいだマグナ達の横で、モーリンは「またか」とため息をついている。
 そして仕方なさそうに、海賊達の方へと歩いていった。

 「もう勘弁ならん! やっちまえ!」
 一人の言葉を合図に、乱闘が始まろうとしたところで。
 ばきぃ、とモーリンが手近な一人をぶん殴った。
 アクション映画さながらにすごい勢いで飛んでいき、何かの店の壁に当たって倒れる。
 「な、なんだテメエは!?」
 「あんたみたいなのに名乗る気なんてないよ! はっ!!」
 言いながら、今度は回し蹴りで2、3人を飛ばす。
 突然のことに、海賊達は浮き足だった。そして、
 「お……おぼえてやがれっ!!」
 お約束なセリフを吐いて、倒れた仲間を引きずりながら逃げていった。

 「ふん、口ほどにもないくせに……」
 モーリンはぱんぱんと手をはたいた。
 「……強いねー……」
 「ああ、あたいは下町の用心棒だからね」
 私の言葉に胸を張って答えるモーリン。
 でも、すぐに寂しそうな顔になった。

 「実はさ、さっき立ち聞きしちまったんだ。……もうすぐ出発するんだろ?」
 『っ!?』
 マグナとトリスが息をのむ。
 「あ、あのね……」
 なんとか言おうとしたけど、モーリンはすっと私の口の前に人差し指を出した。
 「いいんだよ、あんた達は旅の途中なんだし。また元に戻るだけだよ」
 そして、何もなかったかのように歩き出す。
 後を着いて行く私達は、誰も何も言うことができなかった。





 「そうか……」
 部屋に戻り、事の次第を話した私達。
 終わったときの、ネスの第一声がこれだった。
 「あたし、このままモーリンさんとお別れしたくないです」
 「仕方ないよ。モーリンは下町を守っていかないといけないんだもの」
 首を横にふるトリス。
 だけど、アメルと似たような表情をしているあたり本音は同じらしい。
 「まさか、僕達の事情を話したのか?」
 「…………」
 マグナが首を縦に振る。

 「……明日、きちんと礼を言って出発しよう」
 「ネスティさん!?」
 「その方がいいんだ。モーリンにとっても、僕達にとっても」
 ネスの言葉は、アメルに向けたというより自分に言い聞かせているようで。
 どことなく重い空気が、部屋中に漂う。


 ひゅるるるるる…
 どおぉぉぉぉん!!


 ものすごい音と共に、地震に似た揺れが起こった。
 「なんだっ!?」
 みんなが、身を固くする。
 「大変、街が!!」
 廊下から、ミニスの声が聞こえてきた。
 続いて、どたどたと入り口に向かう足音達。

 「行ってみよう!」
 私はそれだけ言うと、返事も待たずに駆けだした。
 だって、何か嫌な予感がする。
 あれが起こるのは、本当なら明日の出発前のはずだ。それなのに。
 モーリンの家から出るまでが、いつもより長く感じられた。

 外に出たとき、私の視界には飛んでいく何かが映って。
 振動と轟音がとどろき、下町のどこかが崩れた。
 それは映画の一コマを見ているかのように、やけにゆっくりと感じられた。

 「あいつら、下町だけを狙って……畜生っ!」
 「あっ、モーリン!!」
 我に返ると、モーリンが銀沙の浜に向かって走っていくところだった。
 私もあわてて追いかける。
 もっともモーリンの方が足が速かったので、私が追いついたときにはもう半魚人が出てきていた。
 ジャキーニらしい人影が、モーリンを指さす。
 「さあ、行け!化け物……」
 「イビルファイア!」


 ぼぉぉぉ…


 ジャキーニが命令し終わるより早く、私の召喚術が半魚人を襲った。
 こちらが拍子抜けするぐらいあっさりと、半魚人は消滅する。
 「……金積んだ割には弱い召喚獣ねー……」
 相手は水棲生物だから、単純に「火を使ったらどうかなー」程度の行動だったんだけど……
 だからって一発で消えるのは問題あるんじゃないだろうか……?

 「おのれ……どいつもこいつもバカにしおって! こうなったら戦争じゃあっ!!」
 今ので完全に頭にきたらしく、わめくジャキーニ。
 再び、大砲が下町の方を向く。

 「や、やめろぉっ!!」
 モーリンが叫ぶが、間に合わない。
 ドン、と大砲から鉄球が吐き出され……


 「きぇぇぇぇっ!!」
 がきぃぃん!!


 ……真っ二つになって地面に落ちた。
 「なっ……!?」
 「た、大砲の弾を切りやがった!?」
 敵味方とも、あまりに非常識な光景に驚く。
 そのとんでもない芸当をやってのけた人物は、ただ静かに砂浜に佇んでいた。
 そして私達に気づくと、こちらにやってきた。
 「大丈夫でござるか、お主達?」
 「あ、ああ……」
 「なんとか……」
 モーリンと私は、驚きを隠せないまま返事をした。
 ……そりゃ知ってたけど、実際見るとやっぱり非常識だよ、あれは。

 「シルターンが剣客カザミネ、義によって助太刀いたす。……参る!」
 言うが早いか、カザミネは流れるようなスピードで海賊を切り伏せていった。
 ……強いです、はっきり言って。海賊達が哀れなくらい。
 「あたいも負けてらんないね。……いくよっ!!」
 モーリンも参戦し、海賊は見る見るうちに減っていく。
 数分もしないうちに手下は全滅し、二人はそろってジャキーニ目がけて駆けだした。
 ジャキーニはあわてて呪文を唱え出す。

 「させるかぁっ! いでよ、乾電池!!」
 私の声と共に、乾電池がバラバラとジャキーニの上に降り注いだ。
 量を重視したため大きさはまちまちだけど、集中を邪魔する程度の役には立つ。
 案の定、電池に気を取られたジャキーニは詠唱が止まっていた。
 そこにモーリンの一撃がクリーンヒットし、ジャキーニは甲板の上に倒れる。
 さらに落ちていた電池がローラー代わりになって、手すりに激突するまで見事に滑っていった。


 「俺ら、出番なかったな……」
 「うん……」
 遅れて到着したマグナ達は、忘れ去られたまま一連の光景を見ているしかなかったのである。





 その後どうなったかは……まあ、言うまでもないだろうが。
 ファナンの兵士とファミィさんが到着するまで、モーリンによるジャキーニたこ殴り大会は続いたのだった。



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……しょせん管理人の戦闘シーンなんてこんなもん(泣)
便利すぎだよ、乾電池。一発で終わりの予定だったのが遠い昔のようで……(遠目)
でもそろそろ、敵がデグレアばかりになるから使えなくなるなあ……ちょっと残念。
ちなみにガレアノ登場はもう少し先の予定。