第2話
第2話 嵐の前に


 がさがさ……

 音から少し遅れて、木の葉がはらはらと私達の上に降ってくる。
 風でおこったにしてはやたら大きい音に、寝ていたマグナとトリスも少し反応した。

 がさがさがさっ!

 再び聞こえた音は、人か動物が揺すったとしか思えないような大きさで。
 今度はさすがの二人もぱちっ、と目を覚ます。
 「あわっ、あわわわっっ!」
 声と共に、木の葉がぱらぱらと落ちてくる。そして。

 「ど、ど、どいてくださ〜〜〜いっ!!」
 とうとう音と声の主が……ちょうどマグナとトリスの間くらいをめがけて落ちてきた。

 「ひゃあっ!」
 「な、なんだあっ!?」

 突然のことに驚きつつ、受け止めようと飛び出したのはマグナの方が早かった。
 落ちてきた女の子を受け止めた……まではよかったが、

 「あっ」
 どんっ!
 少し遅れて飛び出したトリスがそのまま来てしまったので、思い切りぶつかって二人ともしりもちをついてしまった。
 「……ぶない」
 やや尻つぼみ気味に、私。
 遅かったかぁ……ごめん三人とも。

 「いったぁ……」
 「いててて……」
 「あ、あの……ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 あわててマグナの上からどく女の子。おずおずと謝る彼女は……やっぱりアメルで。
 マグナとトリスはお尻をさするのをやめ、ゆっくりと立ち上がる。
 「あ、俺は大丈夫」
 「あたしも。……ところでなんで木の上に?」

 「それは……」
 アメルが説明するより早く、に〜…と猫の鳴き声が聞こえてきた。
 声の聞こえた方を見やって…見つけた。枝の先の方にいる子猫を。
 「……あの子、あそこから降りられなくなっているみたいなんです」
 「そっか。……ちょっと待ってて」
 それだけ言うと、マグナは木に登り始めた。
 トリスも木に近づこうとしたが、さっきのことを思い出したのかすぐにやめる。

 やってきたマグナの姿を認めると、子猫はふぅぅ……と威嚇しだした。
 「おいおい、俺はお前を助け……あだっ!」
 言葉は最後まで続かなかった。もう少しで手が届くというところで、子猫がマグナの手をひっかいたのだ。
 そのせいか、思わずバランスを崩してマグナは落ちる。
 そして、子猫は無情にも、何事もなかったかのように木から降りて行ってしまった。

 「あの子、自分で降りられたみたいですね……」
 「そうだね……」
 「そうだね、じゃないわよ! 血が出てるじゃない!」
 トリスが叫ぶのも無理のないことで、マグナのひっかかれた手からは血がにじみ出ていた。
 うわ、痛そう。
 「本当……動かないで。そのまま……」
 マグナの怪我を見ると、アメルはその手を両手でそっと包んだ。
 両手がうっすらと光る。
 「え……?」
 すごい……ほんとに傷口がふさがっていく。
 みんな、不思議な光景に思わず見入っていた。

 やがて光が消えると、アメルはふう、と息をついた。
 「もう、動いてもいいですよ」
 「君が治して……」
 「アメルさま――っ、どこにいらっしゃるのですか!? アメルさま―――っ!!」
 またしても遮られるマグナの言葉。うーん、なんというか……
 「あれ、もう休憩の時間終わっちゃったのかな」
 じゃああたし行きますね、と言ってアメルは駆け足で去っていった。

 私達はそれをぼんやりと見送った後、治してもらったマグナの手を見た。
 傷跡も残っていない。
 「もしかして、あの娘……」
 「……じゃないかな?」
 さすが兄妹同然、これだけで通じたらしい。
 私も実際目にして、すごいことだと思っているけど。

 「あ、あの〜……」
 遠慮がちなレシイの声。それに続いてレオルドが、
 「イイカゲン、宿ヲ探シニ行ッタ方ガヨイカト……」
 『……あ』
 ……いけない……この子達が宿の心配していたこと、すっかり忘れてた……あはは……



 で、一応探してみたものの……どこもいっぱいだった。
 そりゃ、あれだけの人だものね……野宿になったっておかしくない。
 結局、シナリオ通りにアグラ爺さんの家(って、知ってるのは私だけだけど)に行くことになった。



 「すみません、自警団のロッカさんの紹介で来た者ですが」
 目的の家のドアをノックしてネスティが告げると、
 「ああ、聞いておる……なんじゃ、お前さん達か」
 中から出てきたアグラ爺さんが、少し驚いた様子で言った。
 「はは、さっきはどーも」
 「お世話になります」
 私達はそれぞれに頭を下げた。
 アグラ爺さんはかまわんよ、と私達を家の中に招き入れた。

 広間のイスに座ると、アグラ爺さんがお茶を出してくれた。独特の香りがしたが、おいしかった。
 お茶をすすりながら、みんなで簡単に自己紹介をした。アグラ爺さんは、「そうか」と言っただけだったけど。

 そして話は、自然と聖女の話になる。
 「聖女だの、奇跡だの祭り上げて村の連中は喜んでいるようじゃが、奴らが喜んでいるのは村の収入が増えたことにすぎん……」
 アグラ爺さんが苦々しそうに言った。
 血が繋がってはいないとはいえ孫娘だもの。やっぱり金儲けの道具にされるのが嫌なんだろうね……
 ロッカ達ともろくに会えなくなっているし。

 「聖女っていったって、不思議な力を使う以外は普通の女の子なんだものね……」
 「少なくとも俺達はそう思ったし」
 「お前さん達、アメルに会ったのか?」
 トリスとマグナの言葉に、アグラ爺さんは少し身を乗り出した。

 「ええ、村はずれの森で。木から落っこちてきたもので」
 かわりに私が答える。
 「どーゆー聖女だよ……?」
 「そーゆー聖女でしょ」
 フォルテにあっさりと、そう返してやる。
 でもアグラ爺さんは、私の反応の方が気に入ったらしく、
 「そうか。元気そうじゃったか?」
 私に向かって聞いてきた。
 「ええ、それはもう」

 「失礼ですが、あなたは聖女と何か関係があるのですか?」
 「……孫じゃよ」
 答えたアグラ爺さんの顔はほんの少し笑って、ほんの少し寂しそうに見えた。
 質問したネスティも、他のみんなも驚いている。
 「アメルは、わしの大切な孫娘さ……」
 アグラ爺さんは、自分の言葉をかみしめるように言った。



 夜。私は眠れず、ただ横になっていた。
 もうすぐ、黒の旅団が来る……私以外、誰も知らないんだ。
 どうすれば、いいんだろう……?

 「?」
 「トリス……起きてたの?」
 「うん……眠れなくて。も?」
 「うん」

 掛け布団にくるまったまま、私達は向かい合う。
 月明かりに照らされたトリスの顔は、何か悩んでいるようで。
 「……どうか、したの?」
 「うん……、早く帰りたい?」
 「え? ……なんで急にそんなこと聞くの?」
 「アグラおじいさんの話聞いてたらさ、も早く帰りたいんじゃないかなあって……元の世界に家族がいるんでしょ?」
 「うん……」

 そういえば、むこうではどうなっているんだろう……父さん達、心配してるかな?
 だけど……

 「でも、帰れないものはしょうがないって。あせることないよ」
 「だけど、あたしとマグナのせいで……」
 「はい、それはもういいって! 私達は友達なんだから、変な気遣いは無用だよ」

 トリスは少しびっくりして、数瞬後少し照れくさそうに笑った。
 「ありがと。……実はね、には悪いけど少し嬉しかったんだ」
 「へっ?」
 「あたし、派閥ではマグナやネスとかくらいしか話し相手いなくてさ……女の子の友達っていなかったんだよねー」

 トリスは笑ったままだ。でもそれは、他に表情の浮かべようがないから仕方なく、というふうで。
 「だからね、帰す方法見つかるまではと一緒だと思うとちょっと嬉しかった。それに、あたしのこと友達だって言ってくれたのが初めてだったから……」
 「トリス……」

 トリスの境遇は、ゲームで見た範囲でしかわからないけど。
 辛く、寂しかったであろうことは容易に想像がつく。
 マグナやネスティ、ラウル師範がいても、彼らは「家族」で「男」だから。
 「家族」がしてあげられることと、「友達」がしてあげられることは、多分違う。

 私はぽんぽんと、トリスの頭に手をやった。
 「私なんかでよければ、話聞いたりしてあげるよ。それに……」
 大丈夫だよ。トリスならこれからもっと友達が作れるから。
 そう言ってあげようとした。


 どおぉぉぉん!!


 ものすごい音がして、家が少し揺れた。
 「なにっ!?」
 驚いたトリスが、文字通り跳ね起きる。

 とうとう始まった……!!
 私はぎゅっと、両手を握りしめていた。



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はい、ここでいったん切ります。
ここの猫救出イベントって、マグナとトリスで扱いに差があるよーな……今回はマグナパターンで行きましたが。
そして、今回もかなりはしょる……ちゃんとわかる文章になってるかな……?
では、また次回! ルヴァイド、出撃ー!