第20話
第20話 王子と猫の狂想曲(ラプソディ)


 ファミィさんに会った後、私は一人でファナンを歩いていた。
 もう出発してもよかったんだけど、モーリン達の準備が終わっていないのと、朝のうちに出発した方がいいだろうということで明日の朝ファナンを発つことになった。
 だもんで、今は暇つぶしに散歩中。

 それにしても、今日は人が多いなー……
 そんなことを考えたせいか、誰かに腕をぶつけてしまった。
 「あ、すいません」
 「いや、こちらこ……」
 相手の言葉が不自然に止まる。
 どうしたんだろうと思って相手を見ると、彼は私を見て固まっていた。

 なんでこの人私を見てるんだろ? どう見ても普通の街の人みたいだし……
 ……ん? メガネかけてるけど、この顔って……

 「!! ……イオ……むぐっ!?」
 「頼む、静かにしてくれっ!」
 頼むって言われても、口ふさがれちゃ騒げないって。
 第一、なんでイオスがファナンに……
 しかも、帽子かぶってメガネかけて、服も街の人が着ているようなシャツにズボン。

 私が落ち着いたと判断したか、ようやくイオスは私の口から手を離した。
 「すまないな。……ん、どうした?」
 「いや……そういうカッコすると、普通のお兄さんなんだなーって……」
 「あのなぁ……僕だって、普通の男だぞ?」
 「ああ、ごめん。そういう意味じゃなくて、軍服姿しか見たことなかったからびっくりして」
 服変えるだけで、ここまで印象変わるとは……恐るべし。

 「で、イオスはなんでここにいるの?」
 ここにいるだけならともかく、普通の街の人みたいな格好して。
 私が言うと、イオスは憮然として、
 「……僕が休暇でここに来てはおかしいか?」
 「へ?」


   きゅうか【休暇】 学校や会社などの決められた休み。


 ……思わず辞書に載っているような、まんまの意味が頭に浮かんでくる。
 っていうか、黒の旅団に休暇……?
 「ルヴァイド様に許可はもらっているぞ、言っておくが」
 顔に出ていたのか、そう言われてしまった。

 これは、あまり怒らせないうちに退散した方がいいかも……
 「……そっか。じゃ、今のうちにのんびりしといで。それじゃ……」
 またね、と言う前にイオスが私の手を掴んだ。

 「……イオス?」
 「……今日ぐらいはつきあってくれないか? この前、眠らせて連行しようとした詫びということで」
 あ、そーいえばそんなこともあったっけ……
 イオスにはイオスの事情があるし、仕方ないと思うんだけど……
 「……僕とでは嫌か?」
 困ったように聞かれて、なんだか断るのも悪いような気がしてきてしまった。



 そんな二人から、やや離れた建物。
 その物陰から、様子をうかがっている影があった。

 「なんでイオスがここに……」
 信じられないといった表情で、マグナがつぶやいた。
 「あれって、を誘ってるわよね……どう見ても」
 ミニスの言葉にうなずくアメル。
 その後ろにはトリス、ロッカ、リューグまでいる。
 たまたま買い物に出てきたら、あの光景に出くわしたのだ。

 「あ、動き始めましたよ」
 アメルの視線の先には、の手を引いて歩き出すイオス。
 「……追うぞ」
 ぼそりと言ってからリューグも動きだし、ロッカとマグナもそれに続く。
 トリス、アメル、ミニスの三人は顔を見合わせてから、やれやれというように後を追った。



 「君のは、これでよかったな?」
 私はイオスから買ってきてもらったお菓子を受け取りながらうなずいた。
 名前はよくわからないけど、クレープをパリパリにしたような感じで割とおいしそうだった。
 「……でも、ホントにいいの? おごってもらっちゃって」
 「別に、これぐらいならかまわないさ。無理言ってつきあわせているのは僕だから」
 「うーん……なら、お言葉に甘えて……いただきます」
 私はお菓子を口に運んだ。
 さくさくした食感の後、広がる生地やクリームの甘み。

 「うまいか?」
 「……うん」
 イオスは嬉しそうに笑った。
 そして何かに気づくと、私の方に手を伸ばす。
 「え?」
 「クリーム。頬に付いてるぞ」
 言いながら、イオスは私の頬に触れた。
 うわっ、イオスのどアップ……! ちょっとどきどきしてしまった。
 仕草もさまになっているし。
 王冠とマント着けて、バックに赤いバラでも置いたらさぞかし似合うだろう。

 ばきっ、と近くの植え込みから音がした。
 「何、今の音?」
 「猫か何かだろう? まったく……」
 イオスは一瞬つまらなさそうにそっちを見たが、すぐ何事もなかったかのように自分のお菓子を食べ始めた。



 「あの野郎……」
 植え込みの陰。
 覗いているリューグの手には、ぽっきり折れた植え込みの枝があった。
 その近くでは、マグナとロッカが硬直している。

 彼らとは対照的に、アメルやミニスは楽しそうだった。
 「なんだか、本当の恋人同士みたいですね」
 「うん、どう見てもただのデートよね」
 ピシリ、と男性陣の表情が凍りつく。
 ついでに暗雲が漂ってきたように見える。

 「……一応、気づかれないよう注意してね。三人とも……」
 無駄だろうと思いつつも、トリスが注意する。
 実はとっくにイオスに気づかれていたりするマグナ達は、しかしそれどころではなかった。
 (今、顔真っ赤にしてたよな……あれってやっぱり……)
 (何なんだあの野郎こんな所に! あいつもあいつだ、ほいほいついて行ってるんじゃねぇっ!!)
 (恋人同士……デート……確かにそう見えるけど、でも……)
 それぞれ自分の思考にはまる。
 どうにもならない怒りと、何かを否定したい気持ち。
 それの正体がよくわからないまま、彼らは二人を見つめ続けていた。


 その後も二人は、いろいろな所を回って行った。
 たとえば服屋の前では、飾られている服を指さしてなにやら話していた。おそらく「似合う」と言われたのだろうか、はやけに嬉しそうだった。
 大通りの一角には大道芸人がいた。芸が一つ終わるたびに惜しみない拍手を送るを、イオスは微笑みながら見ていた。
 ……今の二人を見たら、誰も敵同士だと思わないだろう。
 それぐらい、幸せそうな光景であった。


 「……ねえ、もう帰らない?」
 耐えきれなさそうに、トリスが言った。
 「え、なんで?」
 「割といい雰囲気だと思いますけど……」
 「そっちはいい雰囲気でも、こっちはしんどいわよ……ほら」
 トリスが示した先には、どこかいびつなオーラをまとった男性陣。
 イオスとに視線を固定させたまま微動だにしない姿が、また異様さを倍増する。

 「でも、これじゃ納得して帰るとも思えないんだけど……」
 ミニスの言うとおりであった。
 さてどうしようと思ったとき。

 「ふざけてんじゃねえぞこらぁ!!」
 ダミ声が響き渡った。
 見れば、とイオスを囲むように数人の男がいた。どう見ても友好的どころか喧嘩を売りまくっている方々のようである。
 イオスが何かを言っている。ここからでは聞こえないが……
 「なんだとっ、このガキっ!!」
 どうやらしっかり喧嘩を買ったらしい。男達は色めき立って、拳やナイフを構える。

 「ちょっと、まずいんじゃない?あれじゃが……」
 「あっ、ちょっと待ってよ!!」
 ミニスが心配そうに言う横で、トリスがあわてて男性陣に駆け寄る。
 その彼らは、今にも出ていこうとしているところだった。
 「そのまま出ていって覗いていたことがばれたら、絶対怒るよ」
 「じゃあどうしろって言うんだよ!? 正体隠すようなものなんて……」
 言いかけて、マグナはある一点に視線を止めた。
 その防具屋には、「中古防具大特価!」「ローブ大安売り!」と書かれたチラシが張り付けてあった。



 男達はじりじりと、包囲を狭めてくる。
 あー、もう……なんでこうなるかな?
 そりゃ、ぶつかってきて「慰謝料よこせ」っていうのは腹立つけど。
 イオスがあおったせいで、かなりよくない状況になっちゃってる。
 イオスはまだいいよ、軍人だから強いし。
 でも、私は今武器もサモナイト石もないんだよ――――っっ!!

 男の一人が飛びかかったのを合図に、乱闘が始まる。
 と同時に、誰かが私の腕を引っ張った。
 「お前はこっちだ! 来いっ!!」
 それがチンピラの一人だと気づいたときには、もうイオスから引き離されていた。

 「放しなさいよバカ――ーっ!」
 「!! ……くっ……」
 なんとか連中と渡り合いながらも、イオスの動きはどこか鈍い。
 どうしよう、このままじゃ…

 「うぐっ!?」
 奇妙な声と共に、私の手を掴んでいた力が抜けた。
 背後でどさりと音がする。
 イオスもチンピラ連中も戦いを中断し、ぽかんとして私を見た。
 いや、正確に言うと私の後ろを。

 「……?」
 後ろを振り向くと、そこには妙な三人組がいた。
 安っぽいフルフェイスの兜に、手足がかろうじて見えるだぶだぶのローブ。はっきり言って、怪しさ大爆発である。
 三人は、私を後ろに軽く押しのけた。どうやら「下がっていろ」ということらしい。

 「な……なんだテメエらっ! 邪魔するなっっ!!」
 チンピラの一人が躍りかかるが、三人組の行動の方が早かった。
 一人がナイフを持った腕を掴むと、別の一人が後ろから拳を当てる。
 それで完全に敵と判断したらしい。チンピラのほとんどが三人組の方に向かっていった。
 だが、三人組は見事な大立ち回りを演じた。お腹のあたりを殴ってから膝蹴りを命中させたり、格ゲーの技のようにきれいな連続攻撃を加えたり。
 イオスも敵が減ったため、男達を次々に叩き伏せる。
 騒ぎを聞きつけた兵士が到着する頃には、チンピラは全員転がっていた。

 「おい、何の騒ぎだこれは!?」
 兵士が質問すると、三人組は最後の相手をどさり、と兵士の前に落とした。
 そして数歩下がると、横に並ぶ。端の二人が真ん中の一人の頭を押さえた。
 真ん中の頭を下げさせながら自分達も頭を下げると、すたたたー! と走り去る。
 後に残ったのは伸びているチンピラ達と、呆然とした私達だけだった。





 気を取り直して売店でジュースを買った後、私達は近くのベンチに腰掛けた。
 「……何だったんだろうね……あれは」
 「さあ……何だろうな」
 言いながらイオスは、意味ありげな視線を斜め前に送った。
 そして、すぐにうつむいた。

 「……すまない。結局、また君を危険にさらしてしまった」
 「いや、悪いのはあいつらだって。イオスは悪くないよ」
 「だが、いつもの調子で言い返してしまったことは事実だ。ああなることぐらい、予想できたはずなのに……」
 そう言って、イオスは黙り込んでしまった。

 「……何か、あったの?」
 「え?」
 「だって、この前も様子がおかしかったし……時々何か考え込んでたから」

 イオスはぽかんとこっちを見て…突然吹き出した。
 「ちょっ……なんでそこで笑うのよ!?」
 「はははっ……君らしいというか、何というか……」
 「も――っ!」


 相手が敵でも気遣ったり、説教したり。
 行動の一つ一つが頭から離れなくて、いつの間にか気になっていた。
 死なせたくないと、思ってしまった。
 だから無理矢理な手段を取ろうとしたわけだが、それでも変わらぬ態度で接してくれて。
 そんなところに救われているなんて、当の本人は気づいていないだろう。

 でも、今の自分じゃ彼女は守れない。
 彼女の望みと自分の目的は相反しているから。
 それができるのは、彼女の仲間だけだろう。先程のように。
 だけど、だからって引き下がる気もない。


 「……楽しかったか?」
 「うん」
 私がうなずくと、イオスは私の手を取った。
 「……それは光栄です、姫君」
 そう言うと、イオスは私の手の甲に口づけた。
 (え……えぇぇぇぇっ!?)
 かーっと、顔が熱くなった。
 これって…これって、騎士の礼ってやつですか―――!?
 なんでいきなり、いやでもこれは挨拶みたいなものってことも、それとも何か別の意味があるとか…

 「い、イオス……い、い、今のって……」
 「さあ? 自分で考えてくれ」
 からかうように言うと、イオスはベンチから立ち上がった。
 「では、僕はそろそろ行く。次に会うときまで元気でな」
 「……うん……」
 私はうわの空で返事をした。
 そしてイオスが去った後も、しばらくぼんやりとそこにいた。


 から少し離れた茂みの前で、イオスは足を止めた。
 茂みをじー……と見てから一言。
 「……負けないからな」
 ぽきぽきぼきと枝が折れる音を背にして、イオスは再び歩き出した。







 数刻後、黒の旅団駐屯地。
 「ただいま戻りました、ルヴァイド様」
 「……例の少女には会えたか、イオス?」
 はい、とイオスはうなずいた。
 そうか、とルヴァイドは笑みを浮かべる。

 「……それと、オス猫達に宣戦布告を」
 「?」
 疑問符を浮かべるルヴァイドだが、イオスは楽しそうに笑ったままそれ以上言わなかった。



 「…………」
 「……おかわり」
 「…………」
 いつもなら、誰かしらしゃべっている夕飯タイム。
 でも、今日は誰もほとんど口をきかない。
 マグナ、リューグ、ロッカの三人がなぜか怒ってるみたいで。
 言葉をかけにくい空気が漂っている。

 「……何かあったの?」
 「さあ?」
 隣のアメルに聞いたけど、意味ありげに微笑むだけだった。
 どうしたんだろう、一体……?



 ちなみにその後、
 「そうですねぇ……あたしはリューグにスイートポテトパイ一個」
 「私、そうだなあ……ロッカにフルーツタルト」
 「あたしとしては、マグナに勝ってほしいんだけど……イオスが逃げ切りそうな気もするし……うーん……」
 本人達の与り知らぬところで「のお相手は誰だダービー」が主に女性陣の間で始まったのは別の話。



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バリバリのデート話……そして出歯亀がヤキモチ焼く。
初めてこういうの書いたかも。すいません、恋愛話少ない連載で。
……負けるな出歯亀軍団(笑)。そのうちきっといいことあるさ……
次回は、そろそろレナード登場……かな?