第21話
第21話 新たに動き出す歯車
その日は、朝からどんよりとした雲が空を覆っていた。
まるで、これから起こることを暗示するかのように……
「はー、こうして見ると大所帯になっちゃったわねー……」
「朝早く出てきて正解だな……これでは嫌でも目立つしな」
ネスの言うとおり、かなり目立ちそうだった。
ただでさえ人数多いのに、召喚師に召喚獣、冒険者にサムライ等々……よく見れば妙な取り合わせ。
これから刑事に騎士まで加わるんだよねえ……
ゲームの時は気にしなかったけど。
「あら、あっちから来るのってもしかして」
「あれっ、レイムさん?」
その時、体温がすごく下がった感じがしたのは絶対気にせいではないだろう。
アメル、トリス……できればあれに気づかないでほしかった……
「おや、これはこれはアメルさんにトリスさん。さんとマグナ君も奇遇ですね。こんな所でお会いできるなんて嬉しいですよ」
どこが奇遇だよ。それに、私は嬉しくない。
「おい、誰だよこいつは?」
リューグが不信感をあらわに問いかける。
「ほら、前に話した吟遊詩人のレイムさん。聖王都で知り合った」
「レイムと申します。皆様、どうぞお見知りおきを……」
マグナの紹介に、レイムは優雅に頭を下げた。
「レイムさん、お探しの歌は見つかりました?」
「いえ、それはまだですが少し気になる話を聞いたので。三砦都市トライドラの名はご存じですか?」
「トライドラ?」
「3つの砦を保有する騎士たちの国家だな。聖王都を外敵から守る要であり、大絶壁を挟んだ隣国のデグレアを見張る役目を担ってもいる」
「へー」
以上、兄弟子ネスのレクチャー終了。
「そのデグレアが、とうとう本格的に戦争を始めるらしいんです」
「戦でござると!?」
「そう色めき立つなよ、カザミネの旦那。その手の噂なら今まで何回もあったぜ?」
……今回は噂じゃないんだけどね。
なんせ、仕掛ける上に噂を広めた張本人が目の前にいるし。
「そうですよ。ですが、私はそのことが気になってしまって……確かめてみようとトライドラまで向かう途中なんですよ」
「そうだったんですか」
「おい、いつまで世間話をしているつもりだ?」
ネスが少し怒ったように割り込む。
ああ、ありがとうネスーーー!!今ばかりは天使か救世主に見えるわ……
「それじゃ、あたし達も失礼します」
アメルが会釈する。
私もさっさと離れようとして……レイムに手を掴まれた。
げっ……何……?
「なにやら雲行きがあやしいようですから、お気をつけて。特に、あなたみたいな人は……」
言いながら、手に顔を近づけて……ってこのパターンは……
嫌だーーーっ!! あんただけは、絶対嫌っっ!!
が、誰かが私の手をレイムからひったくってくれたおかげでそれは回避された。
誰かと思って見ると、リューグがむっとした顔でレイムを見ていた。
「僕達は先を急ぎますので。それでは」
ロッカもにこにこ笑顔で言ってるけど、なんだか言葉に刺がある。
「行くぞっ!!」
リューグはぐいと私の手を引っ張った。
助かったけど……なんで二人とも怒ってるの?
「……テメエなあ……ちょっとは警戒しろよ」
リューグが呆れたように言った。
……いや、今のは警戒してなかったんじゃなくて、あまりのことに動けなかったんだけど。
「そのうち誘拐でもされるぞ、テメエみたいなやつは」
……私は小学生じゃないんだけど……
というか、そんなに警戒心なさそうに見えるのかな? うーん……
「……昨夜から気になっていたんだが、どうしたんだロッカ達は?」
の少し後ろを歩くネスティは、その様子を見ながら不思議そうにつぶやいた。
それに答えたのは、なぜか笑みを浮かべたアメル。
「大変な悩みができてしまったんですよ。ね、マグナさん?」
「……なんで俺に振るかなあ……?」
とはいえ、実はレイムの突然の行動に少しむかっときたのだが。
「まあ、こればかりは仕方ないわよ」
「ミニスまで……一体何があったんだ?」
「別にー?」
「女同士の秘密ですよ」
ねー♪ となにやらわかりあっているアメルとミニス。
訳わからんと言いたげなネスティの側で、トリスは苦笑していたりした。
ぽつっ、と顔に何かが当たった。
だんだんそれは短い間隔で起こる。
「うわっ、雨だぜ!!」
フォルテの声が合図であったかのように、雨は勢いを増していった。
傘も何もないから、あっという間にびしょ濡れになる。
うぅ、寒い……
「ねえ、あそこに見えるのって建物じゃないかしら?」
ケイナが城のようなものを指さした。
「そういえばトライドラの砦の一つがこの辺りにあったな」
「じゃあ、あそこの軒先で雨宿りしましょう」
自分の肩を抱きしめながら、トリスが言った。
なんとか雨をしのぎつつ、濡れた身体を拭き終えた頃にようやく雨が収まり始めた。
でも、みんな服のままプールに飛び込んだような格好になっていた。
「これは、着替えた方がよさそうですね……」
「き、着替え、でござるか……」
アメルの言葉に反応するカザミネ。
フォルテは案の定、「そーしたまえ♪」とか言ってケイナに睨まれた。
……結局、テテを見張りに置くことで私達は無事着替えをすませることができた。
「……おい、何かおかしくねえか?」
リューグがぽつりとそう言ったのは、私達が着替えを終えた直後だった。
「何が?」
「人の気配がまったくしない。入り口の見張りぐらいいるはずだろう?」
「せんさーニモ反応ガアリマセン」
ネスの意見をレオルドが肯定する。
フォルテは少し考えた後、入り口の門に手を掛けた。
そのまま押すと、あっさりと門は開いた。
そして……私はたまたま門の近くにいたものだから、それがもろに見えてしまった。
「うっ……!?」
「見るなっ!!」
マグナが遮ったけど、もう遅い。
はっきりと目に、脳裏に焼き付いてしまった。たくさんの兵士達の死体が。
「え、何? ……ひっ……」
つい覗き込んだらしいミニスも、一瞬で青ざめた。
「ひどすぎます……こんなのって……」
アメルが辛そうに言った。レルムの村のことを思い出したのかもしれない。
私達が落ち着くのを待ってから、みんなで砦の中に入ってみた。
先に中に入って調べていたカザミネが、怪訝そうに首を傾げた。
「面妖でござる。この傷は……どう考えてもお互いに殺し合ったとしか……」
「殺し合うって……なんで!?」
「なんだかわからんが、ヤバイのだけは確かみたいだな」
「これは、早々に退散した方がよさそうだぜ」
全員一致で早く離れることに決まったとき、ミニスが「きゃあっ!!」と悲鳴を上げた。
「どうした!?」
「今、そこの戸がガタンって……」
マグナの問いに、ミニスが震えながらドアの一つを指さす。
「出てきなさいっ! さもないと、こっちから行くわよ!!」
トリスが怒鳴り、他のみんなも身構える。
「ちょっとちょっと! 暴力沙汰は勘弁してくださいってー」
……が、この一言で緊張感は見事に吹き飛んだ。
「私は雇われの雑用係、ただのメイドで……」
ドアが開いて、両手を挙げながらオレンジのメイド姿が出てくる。
「パッフェルさんじゃないの!?」
「あれま、どうしてみなさんこんな所に?」
「それはこっちのセリフ。……今ので大体わかったけど。新しい仕事?」
「そーなんですよー、お給金がよかったんで……ああそれなのに、いきなりこんな事に……まだ働き始めたばかりなのにーーー!!」
トリスの質問に一気に答えると、パッフェルは頭を抱えてわめきだした。
かわいそうな気もするけど、あいにくこっちはそれどころではない。
「そんなことより、ここで何が起こったんだ?」
「それが、私にもさっぱり。いきなり殺し合いが始まったので、私は酒蔵の中で隠れてたんです。それで、やっと静かになったから……」
「外へ出ようとして僕達に見つかった、と」
ネスが確認すると、パッフェルはうなずいた。
「とりあえず、早くここから離れよう。ほら、パッフェルさんも」
そう言って、マグナはパッフェルを促した。が、
「いーえ! タダ働きなんて冗談じゃありません!! ぱぱっと行って金庫からいただいてきます!!」
言うなり駆け出すパッフェル。
すごいスピードで、それこそあっという間に見えなくなっていく。
「あのオンナ……度胸があるんだかバカなんだか……?」
呆れたようなバルレルのつぶやき。みんなもおそらく同意見だろう。
「あたし、ちょっと行ってくる!」
「あ、俺も!」
「マグナ、トリス! 待つんだ!!」
次々と蒼の派閥トリオ(と護衛獣)が走り去り、私達はただ呆然と佇んだ。
「……どうしようか?」
「仕方ない、戻ってくるまで待つさ」
やれやれと言いたげにフォルテ。
「でも、三人とも大丈夫でしょうか? パッフェルさんも」
ロッカが心配そうに言った。
まあ、彼らは大丈夫だと思う。ゲームの通りならば。
むしろ、ヤバイのは……
…………………
……しまった、こっちだった……!!
そして嬉しくない事態は、やっぱり起こってくれたのだった。
「……っ!?」
「どうしたんだい、ミニス?」
「あっ、あっ、あれぇっっ!!」
絶叫しながらミニスが指さした方向。
倒れていた死体達が、ぎこちなく立ち上がろうとしていた。
フォルテが舌打ちする。
「マジかよ……」
できれば私も……いや、みんながそう思いたいだろう。
だがこちらをあざ笑うかのように、他の所でも死体が起きあがる。
そして武器を構えると、私達に襲いかかってきた。
「アメル、ミニス、!! 俺達から離れるな! 後ろから援護頼む!!」
「う、うん……」
私がうなずいたのを確認すると、フォルテ達は武器を構えて迎え撃った。
怖い。
今までだって怖いと思ったけど、まだよかった。
相手が人間だったから。話ができたから。
でも、今の敵は人間ではない。死体を使った操り人形だ。
本能が、逃げろと訴えている。私はかろうじて、その声をねじ伏せた。
怖いけど……でも死ぬのも嫌っ!!
その思いだけでなんとか持ち直し、私は援護を始めようとした。
と、いきなり屍人達の動きが変わった。
……って、なんでこっちに来るのーーー!?
私の心の叫びもむなしく、屍人達は攻撃するフォルテ達を無視して私達援護組の方に向かってくる。
「や、やだあっ! こっち来ないでよぉっ!!」
完全にパニックを起こしたミニスが、私にしがみついた。
「ちょっ……ミニス、これじゃ私まで動けな……!」
いつの間にか、目の前にやたらごつい屍人がいた。
そいつは、こっちに向かって手を伸ばし……
「伏せろっ!!」
それが誰の声か理解する前に、私は急いでしゃがんだ。ミニスも引っ張られたような形でしゃがむ。
銃声が連続して響き、屍人がうめきながら後ろによろめく。
「大丈夫か!?」
視界の隅で、マグナ達が駆け寄ってくるのが見えた。
その後ろには、コートを羽織ったおじさんもいた。
「その死体は召喚術で操られているんだ! 操っている召喚師をなんとかしないと、何度でも襲ってくるぞ!!」
ネスが叫ぶ。
だけどフォルテ達はもちろん、私達もそいつを捜す余裕なんてない。
相変わらず屍人達が私達の方に向かってくるので、逃げるのに精一杯だったからだ。
マグナとトリスがきょろきょろと見回し……ふと、トリスの表情が変わった。
「レナードさん、あの柱の陰に向かって撃って!」
「おうっ!!」
おじさん……レナードが銃を構え、そのまま撃った。
銃声に続いて、柱が少し砕ける。
そこからゆっくりと、青白い顔の男が出てきた。
「ほお……よく見つけたな、ワシの気配を」
「お前が、ここを壊滅させた張本人か!?」
「いかにもいかにも。ワシの名はガレアノ。カカッ……屍人使いさぁ」
マグナの問いにもひるむことなく、ガレアノは不敵に笑った。
「この場に居合わせた不運を悔いるがいい……」
その言葉を合図に、動きを止めていた屍人達が再び襲いかかった。
マグナ達が戻ってきたからさっきよりはマシになったけど、多勢に無勢であることには変わりない。
「はあっ、はあっ……」
「これじゃ、召喚師を叩く前にこっちがもたない……」
みんな、目に見えて消耗していく。
でも、ガレアノには一発も攻撃できていないまま。
「カカカッ、どうした? もう終わりか?」
…………どくん
「代わりの屍人はいくらでも用意してあるぞぉ」
……どくん
私の中で、何かがざわめく。
それはすごい勢いで、私を浸食していく。
「それとも、今すぐこいつらの仲間入りをしたいか?カーッカッカッカ!」
どくんっ!!
ぷつんと何かがはじけ飛んだ。
「ひどい……」
「うるさい」
同時に聞こえてきた二つの声に、マグナ達は動きを止めた。
発生源とおぼしき少女二人は、何をするでもなく立っているだけだ。
だが、何か違和感を感じた。
それは向こうもわかったのか、屍人達もその場に佇み動かない。
「アメル?」
「……?」
「みんな泣いてる……ずっと苦しみ続けて、やっと安らかに眠れると思っていたのに……」
「消えなさい、その人達解放して……さもないと……」
仲間の呼びかけにすら反応しない。
まるで、自分とガレアノしか存在していないかのように。
「やめてぇぇっ!!」
絶叫と共に、アメルの身体から光がほとばしった。
その光を浴びた屍人達は安らかな表情に変わり、やがて消えていく。
信じられないような光景に、マグナ達はただ呆然とするばかりであった。
「こっ、この力……そうか! そこの娘があの方の求める……」
ガレアノは身体をかきむしりながらアメルを凝視する。
その時、視界の片隅でがゆっくりと右腕を上げるのが見えた。
その指先が視線同様、しっかりとガレアノを示した直後。
一筋の閃光が走り抜けた。
同時刻、とある街のスラムの一角。
朝食を取っていた少年少女達のうち四人が、ふと動きを止めた。
何かに驚いているような、そんな表情。
「……どうしたのですか?」
髪の長い召喚師風の少女が問いかけた。
「……今、すごい力を感じた……」
四人のうち、活発そうな少年が答えた。
他の三人もうなずく。
「それに、激しい怒りと悲しみ……多分、使った人のものだと思います」
黒髪をきれいにそろえた少女が言う。
「例の悪魔絡みの事件と……関係ありそうか?」
栗色の髪の少年が尋ねた。
「わからない……でも、何か気になる……」
落ち着いた雰囲気の少年は、そう答えながら考え込んだ。
他の面々もしばらく考える。
と、少年のようなショートヘアの少女がぽん、と手を叩いた。
「じゃあ、あたし達も行ってみる?」
街道の途中で、レイムは立ち止まった。
振り向いた先には、曇天を切り裂くような閃光。
「……まあ、第一段階としては上出来ですね」
彼にはわかった。あれが誰の仕業なのか。
予定通り、といったところか。
綻びが生じてしまえば、広げていくのはたやすい。
「さあ、お楽しみはこれからです……」
レイムは愉快そうに笑った。
これから始まる茶番の、主な登場人物を思い浮かべる。
運命という名の操り糸に囚われし人形達。
さあ…………どこまであがく?
ちょっと長くなっちゃった……(汗)
ヤキモチ再び。でも気づいてなかったり(笑)
そしてあの人達登場。……ええ、出しますよ。出さなきゃもったいない(断言)
では、今回はこれにて。