第23話
第23話 言葉ではできないこと


 アメルのおばあさんの村探しは、結局アメルの回復を待ってからということになった。
 本当はそれだけじゃなくて、みんなそれぞれ思うところがあったみたいだけど。
 それは仕方ない。いきなりあんなことに遭遇したのだから。
 ただ、放っておけない人が約一名。



 「この地と彼の地を繋ぐ門よ、我が魔力を鍵として今こそ開け……」
 呪文が響き渡る。
 魔力を帯びたサモナイト石が、手の中で暖かくなってゆく。
 よし……いける!
 「我、サキの名の下に新たなる誓約を結ばん……いでよっ!!」

 呪文が終わると同時に辺りが光に包まれ。
 収まったとき、そこにはタケシーが一匹いた。

 「やった、大成功ー♪」
 とりあえず誓約の儀式を済ませて、タケシーを送還する。
 ネスの指導のおかげで、召喚術もだいぶ使いこなせるようになってきた。

 「こんなもんでどう? ……って、どうしたのネス?」
 そう、今はネスによるお勉強タイム。
 私に召喚をやらせたネスは、じーっと私を見ている。
 と言うより……考え込んでる?
 「ネス?」
 もう一度呼ぶが、反応なし。

 「ネースー!!」
 「うわっ!!」
 大声で呼んだらやっと反応した。

 「な、何だいきなり……」
 「それはこっちのセリフ。呼んでも返事しないんだもの」
 「あ、そうか……すまない」
 「ネス、何か変だよ? 呼んでもなかなか気づかないことがあるし、考え込む回数がやたら増えたし」

 実は、今みたいなことは初めてじゃない。
 今朝なんて朝ご飯をフォークに刺したまま考え事して、目玉焼きを服の上に落としていた。
 マグナ達が言うには、スルゼン砦から戻ってからこうらしいんだけど……

 「君には関係ないことだ」
 「関係ある! 今みたいなことが続いたらこっちの神経がもたない!! ぼーっとしてる間に刺されたりするって、絶対!!」
 「そんなことは……」
 「たった今、大声出すまで気づかなかったのは誰だっけ?」
 うっ、とネスは言葉に詰まった。
 ふっ……勝利。

 「……悩み事?」
 ネスは浮かない顔で首を横に振った。
 「いや、そうじゃない。どうしても気になることがあって……」
 「何それ?」
 「……今は言えない。確信もないしな……」
 「はあ? それじゃはっきりしないまま一人で考え続けて、答えを出せずにいるわけ?」
 何か、それって不毛じゃないかな……
 それで答えが出るわけないのに。
 考えるなって言ったって、この人には無理な話なんだろうな……

 「……ねえ、ネス」
 「何だ?」
 「ちょっとつきあってくれない?」






 「……で、どうして道場なんだ?」
 「すぐにわかるって。はい」
 言って、私はネスに紙筒を手渡した。
 よく子どもが新聞紙を丸めて作るようなあれである。
 「……何だこれは?」
 「見ての通りだよ。稽古用の棒でもいいんだけど、ネス相手じゃそれはひどいし」
 「???」
 ますます訳がわからなさそうなネス。
 私は二つ目の紙筒を作り終えると、ネスの方を向いて構えた。

 「……まさか……」
 やっと気づいたらしく、ネスが一筋の汗を流す。
 「そ、稽古。これなら叩き合いしてもそんなに痛くないでしょ?」
 「そういう問題じゃ……」
 「問答無用。これがシナシナになるまでやるからね。……いくよ」
 ネスが反論するより早く、私は飛びかかった。
 ネスは「うわっ」とか言いながらあわてて避ける。
 「甘い」
 振り向きざま、私は紙筒でネスの背中を叩いた。
 「まず一本ー」
 言いながら、今度は紙筒を頭上に振りかぶる。
 ネスが振り向いたときには、もう頭に一発決まっていた。

 「二本目。……少しは反撃しなよ。素人の私に負けるようじゃ情けなさすぎだよ」
 「そうは言ってもな……!!」
 「はい、文句言ってるヒマあったら防御するー」
 「ちょっとまっ……わっ」
 「三本目ー。ついでに四本」
 「いい加減に……!」
 「おっと、危ない」



 ……で、ようやく紙筒が使い物にならなくなったときにはもうネスはへとへとだった。
 「大丈夫ー? って、聞くまでもないか……」
 「当然だ。まったく、君は何を考えてるんだ……」
 「でも、ちょっとはすっきりしたでしょ?」
 きょとんとした顔で、ネスは私を見た。

 私はすとんと、ネスの側に腰を下ろした。
 「わからないんなら、無理に考えることもないんじゃない? 私だって、気になることはあるけど……考えても全然わからないからやめた。ネスみたく、頭いいわけじゃないからね」
 「……それはいいんだが、どうして紙筒で叩き合いになるんだ?」
 「考えるヒマがないくらい動けば少しはよくなるかなーって……ごめん、やっぱり迷惑だった? 言えないのなら気晴らしくらいはさせたかったんだけど……」
 ああ、言い訳くさい……
 ネスはそんな私をまじまじと見た後。

 「……ぷっ……はははっ……」
 思い切り笑い出した。
 「何よ……笑わなくたっていいじゃない……」
 「いや、昔似たようなことがあったのを思い出して……」
 ネスはなんとか笑いを抑えると、思い出すように話し始めた。


 「マグナ達が来たばかりの頃、僕はあの二人の相手もろくにしてなくてな」
 ……知ってる。あの二人を憎んでいたことも。
 ネスが嫌々ながら派閥で暮らさなくちゃいけなかったのは、クレスメント一族のせいなんだしね。
 「だから、てっきり嫌われてるかと思ってたんだが……」
 そこで、ネスの表情が苦笑いになる。

 「あのバカが、誰かに何か吹き込まれたらしくてな。ある日、いつものように授業を抜け出して……」
 「それで?」
 「仕方なく探しに行ったら、いきなり木の上から襲いかかってきたんだ」
 「木の上からって……飛び降りてきたってこと!?」
 「ああ。『えーいっ!』とか言って、木の枝で殴った。叱ろうとしたら、悪口言いながら二人とも逃げていった」
 二人ともって……トリスまでやってたのか……

 「で、追いかけたの?」
 「ああ、苦労したが。やっと捕まえたら、にっこり笑ってこう言ったんだ。『ネス、元気出た? 身体動かさないと、頭にもよくないんだって』」
 なるほど。
 つまり、マグナ達はそう聞いたからわざとネスに追いかけられるようにしたんだ。
 普通に頼んでも無理だってわかってたから。

 「変わったのはそれからだな。あの二人は遠慮なく僕に接してくるようになった。それで僕はさんざん振り回されて……」
 言葉の割には嬉しそうな顔。
 イタズラじみたことではあっても、ネスにとっては世界が変わるようなきっかけだったのだろう。


 「まったく、僕は本当にこういう人間に縁があるな」
 「……今、私もその中に入れたでしょ?」
 「そうだろう? 似たようなことをしたんだからな」
 「うっ……」

 ネスは言葉に詰まった私を面白そうに見た。
 その顔が、ふっと真顔に戻る。
 「……だが、君達の言うことにも一理あるな。これからはじっとして考え込むのは控えることにするよ」
 そして、再び苦笑する。
 「また、木の枝や紙筒で叩かれるのはごめんだからな」
 「……だから悪かったってば……」




 「ミニス・マーン!! ここにいるのはわかっていますのよ、出ていらっしゃい!!」

 突然聞こえてきた怒鳴り声。
 …………あれって…………
 「私、ちょっと見てくる」
 「僕も行こう。なんだか嫌な予感がする」
 本当に嫌そうな顔でネスが言った。
 ……ごめん、それ多分正解。

 入り口近くまで行くと、仁王立ちしたケルマが見えた。
 私に気づくと、やっぱりというような表情になる。
 「あの時、私に看板を落としたメイド……ですわね」
 …………………そっちかい。
 そりゃ、事故とはいえひどいことしちゃったと思うけど。
 「……看板? メイド?」
 ネスは「どういうことだ」と言いたげに私を見た。
 まずい、これは後でお説教かも……

 「今はそんなことどうでもいいですわ。さっさとあのチビジャリを呼んできてくださいな」
 「……一応聞くけど、何の用?」
 「決闘を申し込みに来たんですわ!」
 『決闘――――!?』
 話しているうちにみんな集まってきたらしい。
 ミニスを含めた何人かの声が、見事に私とハモった。

 「さあ、私と勝負なさい! ミニス・マーン!!」
 「ちょ、ちょっと!?」
 「ちょいと、人の家でやめておくれよ」
 「あたし、マグナさん達を呼んできます!!」



 結局大騒ぎの末、ミニスはマグナ、トリス、そしてカザミネを連れてケルマとの決闘に出ていった。
 その後、私はネスの説教を延々と聞く羽目になった。
 ……いつものネスに戻ったのはいいけど……はぁ。






 その頃。
 ゼラムのギブソン・ミモザ邸は、突然の来訪者でにぎわっていた。
 「いやー、ホント助かったわ♪」
 「蒼の派閥の門番に『ここにはいない』って言われたときにはどうしようかと思ったけど……」
 それぞれ安堵の表情を浮かべる少年少女各四人。

 「でも、びっくりしたわよ。商店街で君達を見つけたときは」
 ミモザが笑いながら言った。
 「ごめんなさい、いきなり押し掛けて」
 「あらかじめ、連絡できればよかったのですが」
 長い髪の少女二人が丁寧に頭を下げた。
 「いや、仕方ないさ。こっちも慌ただしくて連絡先をよこさなかったしね」
 ギブソンがやんわりと言う。

 「で、南西の砦のことだっけ? 聞きたいことって」
 「ああ、あそこで何が起こったか知らないか?」
 活発そうな少年の問いに、ギブソンとミモザは考え込んだ。

 「聞いた話だけど、確か……四日くらい前にスルゼン砦の兵士が全滅したって通報があったらしいわ」
 「残っていた食事や、通報の時間からして朝に何か起こったらしいが」
 「四日前の朝、って……」
 顔を見合わせる少年少女達。

 「それでっ!?」
 「他に何か変わったことは?」
 少年少女達……のうち四人が身を乗り出した。
 いつになく真剣な様子にギブソンもミモザも少しひく。
 「落ち着けよ。ハヤト、トウヤ、ナツミ、アヤ」
 栗色の髪の少年がなだめた。
 名前を呼ばれた四人は「あ……」と言いながら座り直す。

 お互い体勢を立て直したのを確認すると、ギブソンは話を続けた。
 「通報者によれば、召喚師の仕業だということだ。実際、召喚術を使った形跡があったらしい」
 「ちょっと待ってください。それはつまり、通報した方は襲撃者を見たということですよね」
 アヤと呼ばれた髪の長い少女が言った。
 他の面々もなるほど、とつぶやく。
 「そうか、その人に話を聞ければ……」
 「それは通報された金の派閥だって考えたわよ、トウヤ。でも、言うだけ言ってさっさと行っちゃったらしいのよね。名乗りもしなかったそうだし」
 新しく出てきた手がかりは、こうして却下された。
 ため息だけが部屋中に響く。

 「でも、おかしくないか?」
 栗色の髪の少年がぽつりと言った。
 「何がだい、ソル?」
 「どうしてその通報者はさっさと行っちまったんだ?」
 「関わり合いになりたくなかったからじゃない?」
 「仮にそうだとしたら、どうしてだと思う? その襲撃者が厄介な相手だったか、あるいは……」
 「通報者自身、何かまずいことがあったかもしれない」
 キールの言葉を最後に、大広間はしばしの沈黙に包まれる。

 やがて、髪の長い召喚師風の少女が口を開いた。
 「……もっと情報が必要みたいですね」
 「そうだな。僕とナツミ、カシスとキールで金の派閥に行ってみる。ハヤト、アヤ、ソル、それにクラレットはもう少しここで調べてみてくれ」

 「……ってトウヤ、そんなあっさりと……」
 「第一、どうやって金の派閥に入る気だ?」
 ギブソンとミモザは汗を一筋流しながら言った。
 「それは大丈夫! ……じゃーん!!」
 不敵に笑いながらナツミが何かを突き出す。
 それは白い封筒だった。
 「キムランに頼んで、紹介状を用意してもらったんだ」
 「そういうわけで、問題なし!!」
 トウヤとナツミの言葉に、ギブソンとミモザは思った。
 恐るべし……と。




 かくして当事者の知らないところで新たな事態は動き出す。
 まだ誰も、変わりつつある運命を知らない……



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思い切り荒療治。何でこうなったんだろう……しかも過去捏造。
そして、看板召喚までネスにばれました(笑)
誓約者チームの皆様、ようやく名前が出せました。しんどかった……(泣)
次回、禁忌の森行きます。では。