第25話
第25話 変調は密かに奏でられる


 アメルがなんとか落ち着いた後。
 みんなで話し合った結果、森をこの目で調べてみようということになった。
 ……当然、ネスだけは反対したけど。
 でも、なんだかんだで遅くなっちゃったのと、アメルをもうしばらくそっとしておこうという意見もあり。
 調べるのは明日、準備を整えてからになった。



 夜、みんなが寝静まった頃。
 ただ一人起きていたネスは、マグナとトリスを交互に見ながらなにやら考え込んでいた。
 「……マグナ、トリス……」
 「まだ寝ないの、ネス?」
 「…………っ!?」
 私が声をかけると、ネスはすごく驚いたのか座ったまま少し後ずさる。

 「……まだ、寝てなかったのか……」
 「眠れなくてさあ……けど、そんな驚かなくてもいいじゃない……」
 理由はわかってるけどさ。
 だけど、オバケにでも会ったような驚き方されると……ちょっと……
 「君がいきなり声をかけてくるからだ」
 憮然とした顔で、ネス。
 まあ、そりゃそうだけど……

 「マグナ達のこと、心配?」
 私が尋ねると、ネスの表情が変わった。
 作ったような、無表情。
 「……どうして、そう思うんだ?」
 「だって、さっき二人のこと見てたじゃない。やたらに心配そうな顔して。森に行くのもやけに反対してたし、もしかしてと思って」
 もしかしてどころか、充分すぎるくらい知ってるんだけどね……実は。

 「あの森が危険だから……ってだけじゃないよね。だったらあんな顔しないだろうし」
 「…………!?」
 ネスの顔に動揺が走る。
 「何か理由があって行かせたくないんじゃないの?」
 「…………」
 ネスは完全黙秘を貫く。
 思い切り警戒してるよー……ちょっといじめすぎたかな…?

 「……ま、言いたくないならいいけど」
 「え?」
 さっきまでの厳しい表情から一転し、呆気にとられるネス。
 「ネスもいいかげん寝ないと身体壊すよ。私もそろそろ寝るから」
 「……理由を聞かないのか?」
 「なんで? 言いたくないもの無理に聞いたって仕方ないでしょ」
 「いや、その……君のことだから、無理にでも聞き出すかと思ったんだが……」
 「あんたねぇ……人をなんだと……」
 私のこと、そーいう人間だと思ってたんかい……

 「それはともかく。一人で抱え込むのだけはやめてよ。ネスの場合、本当にシャレにならないところまでいきそうだから」
 「そんな大げさな……」
 「大げさじゃないから言ってるの!」
 つい大声を出したものだから、マグナとかが「うーん」と言いながら寝返りをうった。
 はっとして私達は一瞬口をつぐむ。
 「……夜中だというのに大声出すな」
 「ご、ごめん……」

 私はふう、とため息一つつき。
 「……言えないのなら、せめて気晴らしくらいはつきあうよ」
 「……また叩き合いか?」
 またそれ出す……結構粘着気質なのね……
 「違うって、ここじゃ無理。……そうだ、明日の買い出し一緒に行かない?」
 「買い出し?」
 「そう、用事付きだけど散歩みたいなものだし……量もあるから、マグナ達と三人だけじゃきついかもしれないし。……ダメ?」
 ネスは少し考えてから、
 「……僕はかまわないが」
 「ホント? じゃ決定! ありがとっ!!」
 断られるかもと思ってたから、なんだか嬉しくて。
 私はネスの手をがしっと掴んだ。



 ――ああ、あなたが……

 ――……はやめてよ。
 ――はい、……様。
 ――『様』も禁止! 敬語もよ、わかった?


 ――君は、僕が……怖くないのか?




 「……え……?」
 何、今の……?
 それに、最後の声……ネスの声だったような……

 「どうしたんだ、?」
 「ネス、今私に何か言った?」
 ネスは不思議そうに首を傾げた。
 「いや、何も」
 「……そう」
 気のせい、だったのかな…?

 「……もう寝ろ。明日に響くぞ」
 「そっちこそ。……おやすみ」
 それだけ言うと、私は自分用の寝袋の中に戻った。
 今度はすんなりと眠りの世界に落ちていく。
 さっきの声は何だったのかという疑問もあったが、睡魔の前にあっさりと溶けていった。


 「…………」
 が眠ったのを確認すると、ネスティはため息をついた。
 どこか悲しげな表情。
 「……、君はどうして……」
 つぶやきながら、目を伏せる。
 その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。





 次の日、私達はファナンへ買い出しに行った。
 道中ほとんど襲われず、買い物も滞りなく終わった。

 「えっと、キッカの実にゲドッグーの葉に……うん、買い忘れはないわね」
 「思ったより遅くなっちゃったな……」
 マグナがそう言うと、ネスは呆れたように嘆息して、
 「あのな……君達がシオンさんのソバ食べたい、って言い出さなければ早くすんだんだぞ」
 まあねー……でも私もお腹空いてたし。
 だけど、シオンの話が長くなったのは不可抗力だよ…多分。

 「でも、シオンの大将って不思議な人よね」
 「そうそう、時々ソバ屋じゃないようにも見えるし」
 トリスとマグナがうんうん、とうなずきながら言う。
 ……ネスを気にしているあたり、半分は話を逸らすためだろうけど。
 まあ、忍者云々を抜きにしてもマグナ達とは同意見だけどね、私も。
 そう思いながら、ファナンを出ようとしたときだった。


 どんっ!


 考え事したせいか、はたまたよそ見をしていたせいか。
 街の外からやって来た人と思い切りぶつかってしまった。

 「あ、すいません!」
 私はほぼ反射的に謝った。
 「いや、こっちも不注意だったから」
 相手もやんわりと……
 ……って、この服は確か……
 思わず、ばっと顔を上げて相手を見た。
 …………………………
 うそっ!? うそうそうそっっ!!
 何でこんな所にこの人達が!?

 「……? どうしたの?」
 連れの女の子が怪訝そうに尋ねる。
 ……言えるわけない。あなた達のこと知ってます、なんて。
 「あー……いえ、何でもないです! 何でも!!」
 「?」
 みんな変な顔で私を見ている。まあ当然だけど……
 でも、やっぱり驚くって。
 誓約者&そのパートナーがいきなり二人ずつも目の前にいたら。

 「あ、そうだ。ちょっと聞きたいんだけど……」
 ナツミ……でいいと思う、多分……が思い出したように言った。
 「金の派閥って、どう行けばいいのかな?」
 「え? ……まっすぐ行って、そこの角を右だけど……」
 マグナが答えた。
 「さんきゅっ♪」
 「ありがとう」
 口々に礼を言うと、彼らは大通りを歩いていった。

 「どうしたの、?」
 「何でもないって! ……人違いだったみたい」
 まだ納得してないようだったけど、誰もそれ以上訊かなかった。
 はー……これ以上突っ込まれたらどうしようかと思ったぁ……

 でも、金の派閥に何の用だったんだろう?
 うーん……………
 ま、いっか。多分、カイナやエスガルドと一緒で調査か何かだろうし。

 その誓約者とパートナー達。
 思いもしない形で関わることになるなんて、まだ私は知らなかった。





 「さっきの子、何であんなに驚いていたのかな?」
 「さあ……」
 金の派閥の前で、ナツミとトウヤは首を傾げていた。
 紹介状を門番に手渡したところ、しばらく待つよう言われたためだ。
 「まさか、君達のことを知って……」
 「そういえば他の人達、蒼の派閥の召喚師だったね」
 キールとカシスの言葉に、トウヤとナツミも「え?」と顔を見合わせた。

 「わかるのか?」
 「うん。服の所々にバッテンみたいなやつがあったでしょ? あれ、蒼の派閥の印だもの」
 「そうだとしても、あの子だけが驚くのはおかしくないか? 他の人達は普通の反応だったし」
 「あ、そうか……」
 「確かに……」

 しばしの沈黙の後、中から兵士が出てきた。
 「……ファミイ議長がお待ちだ。通れ」
 思考はそこで中断される。
 結局答えの出ないまま、トウヤ達は金の派閥本部へと入っていった。



 「はじめまして。弟達や娘がお世話になったそうで……すみません」
 「あ、いえ……」
 キムランから聞いてはいたものの。
 予想を遙かに超えた姿だったので、トウヤ達は呆然としてしまった。
 (確かに、カミナリでお仕置きするようには見えない……)
 それが、トウヤ・ナツミの共通した感想だった。

 「それで、私は何をすればいいのかしら?」
 「……スルゼン砦の事件について、知っている限りのことを教えていただけませんか?」
 キールが言うと、ファミイは少し考えて、
 「……わかりました。本当はしばらく黙っていようと思っていたのですが……」


 大筋の内容は、ゼラムで聞いた話と大差なかった。
 ただ、収穫がなかったわけでもない。
 まず、壁の大穴は高位召喚術かそれに匹敵する力によってできたであろうこと。
 途中で途切れてはいたが、血の跡がその近くから続いていたこと。
 死んだ兵士達は、簡単ながらも埋葬されていたこと。


 「……なるほど」
 「これはやはり、通報者を探した方がいいな」
 トウヤとキールがぼそり、と言った。
 「どうして?」
 ナツミがきょとんとする。

 トウヤは少し考えると、考えをまとめるようにゆっくりと話し始めた。
 「いいかい? 砦の兵士達は全滅していた。これは調査で明らかになっている。そして死体は埋葬されている。……それをやったのは誰だと思う?」
 「それに、壁の大穴は誰かが誰かを攻撃してできたものだろう。血の跡があるからな。だが、兵士が攻撃されたとは考えにくい。あれだけの攻撃を受けて、普通の人間が動けるわけがないんだ」
 キールが後を続けると、カシスがぽんと手を打った。
 「つまり、兵士以外の誰かが襲撃者と戦った、ってことだよね?」
 「そうだ。もしかしたらそれが通報者かもしれない。通報者が襲撃者を見たというのなら、なおさらだ」
 キールがそう締めくくった。

 「通報者はたまたま襲撃者を見ただけで、戦ったのは別の人ということはないの?」
 ナツミが尋ねると、トウヤは少し困った顔をした。
 「その可能性だってある。でも、少なくとも襲撃者を見ているんだ。有力な手がかりには違いない」

 「その通報者って、どんな人だかわかりませんか?」
 カシスの質問にファミィは「えーと」と考えると、
 「若い男の子だ、って言ってたわね。眼鏡をかけてて……そうそう、召喚師かもしれないって」
 トウヤ達はその言葉に顔を見合わせた。
 召喚師。眼鏡をかけた若い男。
 「……さっきの人だったりして」
 「まっさかーっ」
 あははと笑う少女二人。複雑そうな顔の少年二人。



 その「まさか」であることを、その時彼らは知る由もなかった。



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ネス意味深……
本格的に絡むのはいつの事やら……(待てコラ)
そして、トウヤ&ナツミチームニアミス。
すぐ近くにいたのに……合掌。