第26話
第26話 禁忌の闇、その予兆


 どんより。不気味。何か嫌。
 アルミネスの森の様子を一言で表せと言われたら、ほとんどの人間が上記のどれかを選ぶだろう。
 まさにそんな感じなのだ。外から見た、禁忌の森は。
 中に入ったが最後、二度と戻れないなんて話がくっついていてもおかしくない。

 それでも、私達はこの森の周りを調べないといけないのだ。
 アメルのためにも。そして、これから待つ運命のためにも。





 「それじゃルウが結界から離れたところを歩くから、ちゃんとついてきてね」
 案内役を買って出たルウが言った。
 みんながうなずく。
 さすがにこの雰囲気は嫌なのか、みんな固い顔だったけど。

 かくいう私も、歩きながら奇妙な感覚に陥っていた。
 胸がざわついて、落ち着かない。
 何かが出そうで出ない。
 そして、それが出てきたら後戻りができなくなるような、そんな不安。

 不意に、誰かが私にぶつかった。
 「……っと……」
 思わずよろけた私を、後ろから誰かの腕……多分、ぶつかった人物のものだろうが…が支えた。
 「何をぼーっと立ち止まってるんだ」
 「あ、ネス……」
 どうやら、いつの間にか足が止まっていたらしい。
 その証拠に、私の後ろを歩いていた何人かが先に行っている。

 「顔色も悪いよ。平気?」
 ネスの後ろからトリスがこちらを覗き込んで言った。
 「……大丈夫。何か落ち着かないけど……それだけだから」
 「そう? ならいいけど……」
 特に深く考える様子もなく、トリス。
 ネスは不安げに私を見ているだけだった。





 「おかしいな……」
 先行していたルウがぽつりとつぶやいたのは、森の周りを歩き始めてから10分くらい経った頃だった。
 「森の気配が違う……ざわついて、嫌な感じ……」
 「確かにな……さっきから、鳥の声一つしねえ」
 リューグの言うとおり、鳥の鳴き声はおろか生き物がいる気配がまるでない。
 私が言うと説得力ないかもしれないけど……
 いくら何でも虫を一匹も見ないのは異常だということぐらいわかる。

 ふと、マグナ達の表情が変わった。
 怪訝そうに、首を傾げる。
 「……? 何か、聞こえないか?」
 「うん、何か耳鳴りみたいな音が……」
 「そうか?俺は別に何も聞こえねぇぞ?」
 マグナとトリスが言うが、レナードは首を傾げるばかり。
 「おい、しっかりしろよ? 別に何も音はしてねえだろ?」
 「何フォルテ、あんたこんなうるさいほどの音が聞こえないわけ!?」

 そんな会話をしているうちに、聞こえる人と聞こえない人の差がはっきりしてきた。
 「うぅっ、頭が、割れそう……」
 ミニスが苦しそうに頭を押さえる。
 「おい、一旦戻った方がよくねえか?」
 さすがに放っておけないと思ったか、焦ったようにフォルテが言った。
 「その方がいい。これは魔力の共鳴だ……」
 「ルウもこんなことは初めてなの。何が起こるかわからないよ……!」
 ネスとルウ、二人の召喚師のお墨付きである。
 全員一致で引き返そうとして……


 どくんっ!


 ――私も、あなたのことが大好きですよ。

 ――許してやってくれ。あいつも、本当はわかってるはずだ……
 ――わかっています。でも……



 何……これ。
 何で、こんなものが聞こえてくるの……?
 ううん、違う。
 聞こえるんじゃなくて、頭に直接響いてくる。
 それだけじゃない。
 どうして、これを知っているような気がするの?


 ――待ってください。今、何て……

 ――目標確認。コマンドA−77、実行します……



 違う……違う!
 私じゃない……これは私じゃない!!
 私の記憶をかき回さないで……!!



 「いやあぁぁぁぁっっ!!」
 突然叫びながら座り込んでしまったを、マグナ達は何事かと見つめた。
 自分の肩を強く抱きしめ、体は小刻みに震えている。
 その瞳には何も映していない。
 「、しっかりしろよ!!!」
 マグナが肩を揺さぶっても、は反応を返さない。
 ただ、何かに怯えるだけ。

 「おい、アメルっ!?」
 リューグの叫び声に、彼らはようやく気づいた。
 ただ一人、アメルだけがぼんやりと森の前に佇んだままだということに。
 「呼んでる……」
 アメルがつぶやく。
 そして吸い寄せられるように、森の方へと一歩踏み出した。

 何人かがアメルを森から離れさせようと動きだしたとき、アメルの身体が光り始めた。
 「いかん、彼女を落ち着かせろ!」
 「結界が破れちゃう!!」
 ネスティとルウが叫ぶ。
 だが周囲の焦りとは裏腹に、光は強くなっていく。
 そしてついに。

 「あたしは……この森を知ってる……!!」
 「だめぇぇぇっっ!!」
 アメルとハサハの声が重なり。
 まばゆい閃光が辺りを包むと同時に、ガラスが割れるような音が響き渡った。






 「!!」
 「……え?」
 頭に響く声がいきなり止まる。
 同時に開けてくる視界。目の前に、焦った顔のマグナがいた。
 マグナはしばらく私をじーっと見た後、安心したようにため息をついた。
 「よかった、何ともないよな? 急いで……」
 「ガアァァァッ!!」
 マグナの言葉を遮って、獣のような声が聞こえてくる。
 周りの空気がぴんと張りつめる中、悪魔達の群れが森の中からぞろぞろ出てきた。

 「え、あ、あたし……!?」
 呆然と後ずさるアメルの手を、トリスが掴んだ。そして叫ぶ。
 「数が多すぎるわ! 逃げましょう!!」
 異を唱える人なんて当然いなかった。
 どう考えてもこの人数で対処できる数じゃない。
 とはいえ。
 「ヨクもコノ地に縛りツケタナァッ! 逃がサヌゾ人間ドモォッッ!!」
 ……戦闘なしで逃げ切れそうにもなかった。

 「打ち砕け光将の剣、シャインセイバー!!」
 ルウの声を皮切りに。
 雷が、水が、光線がそれぞれの主人の命じるまま悪魔の上に降り注ぐ。
 時折矢や銃弾も飛んでいく。
 でも、しょせんは時間稼ぎ。
 このままでは追いつかれる。

 「……仕方ねえ。バラバラに逃げた方がよさそうだ」
 「じゃ、ルウの家で落ち合いましょう!あそこなら悪魔が来ても大丈夫だし」
 フォルテとルウの意見に全員うなずき。
 私達は、今度はちりぢりに逃げ出した。





 「はあっ、はあっ……」
 走る。とにかく走る。
 逃げたはいいけど、方向がまずかった。
 よりにもよって、マグナやネスと同じ方向。
 トリスとアメルは違う方に行ったから数は減っているけど、ピンチなことには変わりない。

 「なんで、こんな事になったんだよっ……?」
 息を弾ませながら、マグナがつぶやいた。
 もちろん、答えを期待したわけではないだろう。
 でもマグナははっとすると、ネスの方に視線をやった。
 さっきから顔面蒼白のまま、黙り込んでいるネスに。

 「ひょっとしてネス……こうなることわかってたんじゃないか?」
 「…………」
 「ネスっ!?」
 「ああ、そうさ!予想してなかったわけじゃない!!けどな、アメルがそのきっかけとなるなんて思いもしなかったんだ!!」
 吐き出すように、ネスが言った。
 それはまるで、止められなかった自分を責めているようにも見えた。

 「ダメっ……追いつかれる!!」
 後ろを振り向きながら、私は言う。
 もう悪魔達との距離はかなり縮まってしまっていた。

 「逃ガすモノカァァッ! 忌々シき召喚師ドモ、調律者の一族メェ!!」
 「……え?」
 悪魔の言葉に足を止めるマグナ。
 まるで魂を抜かれてしまったかのように、状況を忘れぼんやりと佇んでしまった。
 もちろん、悪魔達がそのチャンスを逃すわけがない。
 「マグナっ、逃げるんだ!!」
 「……!?」
 ネスの声に我に返るが、もう遅い。
 悪魔の一人……だか一匹だかわからないけど、この際どうでもいい……が、マグナ目がけて剣を振り上げ……


 ガキィッ!


 思わず私はマグナと悪魔の間に割って入り、悪魔の剣をかろうじて棒で受け止めていた。
 「!?」
 「無茶だ、早く離れろ!!」
 そうしたいんだけどねーネス、何か無理っぽい……
 勢いで飛び出しちゃったけど……やっぱまずいよね……
 ……死ぬかなー……これは…
 思えば短い人生だったな……父さん母さん学校のみんな、もう一回くらい会いたかったなー……

 ……って、あれ?
 いつまで経っても悪魔からの攻撃が来る様子がなかった。
 おそるおそる目の前の悪魔の顔を見ると…驚いたようにこっちを凝視していた。
 その顔が、やがて愉快そうな表情に変わる。
 「ヤッと見つケタ……今度コソ逃がサヌ!」
 言うなり、私の棒を思い切りはじいた。
 あまりの衝撃と痛みによろけた私の腕を、悪魔が掴む。


 ズキンッ


 頭が一瞬痛んだと思ったら、今度は声ではなく映像が流れてきた。
 誰かの手を引いて走っている男の子。
 後ろから追いかけてくる悪魔。
 不意に世界が揺れた。引かれていた手の持ち主が転んだらしい。
 冷たい笑みを浮かべて、悪魔が近づく。
 男の子は必死で、手を引いていた誰かを後ろにかばい……
 「邪魔ダァ!」
 悪魔の槍が男の子の身体を貫いた。

 (きゃあぁぁぁぁっ!!)
 「あぁぁぁぁっ!!」

 私と「誰か」の悲鳴が重なった。
 辺りが一瞬、真っ白になる。



 「オノレ……」
 気がつくと、腕を掴んでいたはずの悪魔が手を押さえながらよろよろと後ずさっていた。
 憎悪にたぎった目で、私を見据える。
 「マタしテモ、邪魔をスルカ……」
 ???
 何なの、一体?

 「機界の探究者エルジン・ノイラームが指令する、速やかに実行せよ……いっけえぇっ!」
 突如割り込んできた声の後、光線が悪魔達に向かって降ってきた。
 爆発が起こり、悪魔達は吹き飛んで消えていく。
 「お姉さん達、大丈夫?」
 そう言いながらこっちにやって来たのは、帽子をかぶった男の子と……
 「深紅の……機械兵士……」
 ネスが信じられない、といった口調でつぶやいた。
 「エスガルドは残った敵をお願い。ここは僕が引き受けるから」
 「了解シタ」
 呆然とする私達(というよりマグナ達)をよそに、彼らはてきぱきと役割分担をし。
 機械兵士は自分の役割を果たすべく、悪魔達の方へと向かって行った。

 「一体、君は……」
 「僕の名前はエルジン・ノイラーム。お兄さん達と同じ、蒼の派閥にいた召喚師。今はエルゴの守護者の一人、機界の探求者って呼ばれてるんだ」
 「エルゴの守護者!? 君が、あの……」
 ネスが驚くと同時に、何か不思議な感覚がした。
 森の雰囲気が心なしか変わったような気がする。

 「どうやらカイナお姉ちゃん、うまく結界を修理してくれたみたいだね。カイナお姉ちゃーん、おつかれさまぁ!」
 「ふう……なんとか最悪の事態は避けられましたね……あら?」
 エルジンの声に応じて出てきた人影は、私達に気づいて不思議そうな顔をした。
 白い着物に赤い袴。典型的な巫女さんスタイル。
 「ど、どうも……」
 「!! マグナとネスも、無事だったんだ!!」
 その後ろから、トリスとアメルが駆け足で近づいてきた。
 この二人はおそらく、彼女に助けてもらったのだろう。

 「まさか、あなたもエルゴの守護者じゃ……」
 「ええ、カイナと申します」
 「信じられない……まさか、この目で見ることになるなんて」
 エルジン達の登場から、ネスにとっては驚きの連続だったのだろう。
 このまま固まってしまうんじゃないかというくらい、さっきから表情が変わっていない。
 マグナ達の方は今ひとつわかってないらしく、不思議そうになりゆきを見守っていたけど。

 「とりあえず、場所を変えよう? ここを離れた方がいいし……」
 「うおーい、無事かぁー?」
 エルジンの言葉に被さるように、フォルテの声が聞こえてきた。
 カイナがおかしそうに微笑む。
 「仲間のみなさんに無事を知らせてあげないと」
 「……そうだね」
 明るく言ったつもりだけど、自分でも無理っぽかったと思う。



 私達はそれぞれ複雑な表情を浮かべながら、急ぎ足で森から離れた。
 そうすることで、得体の知れない何かから逃れられるかのように…



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時間かかった……
これでもかというくらいいろいろ足したし……(汗)
……なんだか謎くさい内容になったような……よくわからなかったらごめんなさい。
次は……あれとかあれ、書けるかな?(言うと自爆しそうなので伏せてます)