第27話
第27話 自分であるために


 みんなと合流後。
 アメルのおばあさんの村探しは一旦中止して、トライドラにいるフォルテの知り合いを訪ねようという話になった。
 その後ケイナがカイナのお姉さんだと判明したりして、ちょっとした騒ぎになったのだけれど。
 結局カイナが同行することになり、エルジン達は再び調査に出ていった。
 とりあえず一段落……の、はずだったんだけど……



 しーん……
 「…………」
 重苦しい雰囲気の食卓。
 誰一人言葉を発しようとしない……というか、できない。
 どうしてかというと……

 「……ごちそうさま」
 アメルはスプーンを置いて立ち上がった。
 「アメルさん、あんまり食べてないじゃないですか」
 レシィが心配そうに言うが、アメルは弱々しく「食欲ないんです」と返すだけ。
 実は私もあんな目にあったせいか、いまいち食欲がわかない。

 「……私ももういいや。ごちそうさま」
 アメルに続いて、私も席を立った。
 とたんに起こるどよめき。
 「おい、どうしたんだよ?」
 「悪いもんでも食ったか!?」
 ……なんか失礼なことを言われてる気が……
 でも、言い返す気も起きなかった。
 そのまま食卓を後にする。

 「わーっ、ちょっとネス、一人で砂糖使い切らないでよ――――っ!!」
 トリスの絶叫すら、どこか遠くの出来事のようだった。



 なんとなくあそこにはいられなくて、私は外に出た。
 明かりが少ない分、月も星もすごくきれいだ。
 私は顔を上げ、空だけを見るようにする。
 真っ暗な森を見てるとまた思い出しそうだった。

 「あ。さん……」
 声に振り返ると、アメルがいた。
 「どうしたの、アメル?」
 「……なんだか、落ち着かなくて……」
 「……私も」
 それきり、しばらく沈黙が続いた。

 どれぐらいそうしていただろうか。
 不意に、アメルがぽつりと言った。
 「……さん、迷惑かもしれませんが聞いてくれますか?」
 「え、何?」
 「結界があたしの力で壊れてしまう瞬間、感じたんです……マグナさん達と出会ったときに感じたのと同じ、懐かしい何かを……」
 息をのんだ。
 それは、おそらくアルミネとしての魂があの森に反応したから。
 召喚兵器にされた天使が暴走し、大破したところ。

 「あたしは、あの場所を知っていたんです! そんなはずないのに……これって、どういうことなんでしょうか? あたし、おかしくなってしまいそうで……」
 アメルの気持ちが、今は痛いほどにわかる。
 不安なのだろう。自分が誰なのか、わからなくなりそうで。

 「……アメルになら、話してもいいかな。私ね、あそこで声を聞いたの」
 「声……ですか?」
 「聞いたというより、頭に響く感じだったんだけど……でも、知らない声のはずなのに知っている気がしたの。なんだか記憶がごちゃごちゃになって、私じゃなくなりそうで……」
 「そう……だったんですか」
 アメルは少し驚いたようだった。自分だけだと思っていたのかもしれない。

 「少なくとも、アメル一人が感じた事じゃないよ。だからさ……何の解決にもならないかもしれないけど、私は私だって保証してくれる? 私も、アメルはアメルだって信じてるから」
 そして、他のみんなも。
 だからこそ、ゲームでも最後まで一緒だったって思うから。
 「……はい。あたしも信じてます……さんはさんだって」
 「うん。一緒にがんばろう?」
 私はそう言って、手を差し出した。
 アメルの手が、私の手を握る。
 それは戦友の握手。これから待ち受ける、運命と戦うために……



 「…………」
 達から少し離れた、ルウの家のドアの前。
 ネスティは苦い表情をしながら、こっそりと家の中に入っていった。





 翌朝。
 「おはよう、アメル」
 「おはようございます、さん」
 お鍋の中身をかき混ぜながら挨拶したのは、いつも通りのアメルだった。
 なんとか元気になってくれたみたい。

 「それにしても、ネスティさん遅いですね……」
 かまどの様子を見ながらレシィが言った。
 そういえば、いつもなら真っ先に起きて本を読んだりしているのに、今日はまだ姿を見ていない。
 「私、起こしてこようか?」
 「そうですね。お願いします」
 笑顔のアメルとレシィに見送られ、私はネスのところへと向かった。



 「ネス? 起きてる?」
 反応はない。
 珍しいな…ネスがまだ寝てるなんて。
 でも、出発が遅れたりしたら一番怒るのはネスだ。予定が狂ったりするの嫌いだし。
 「おーい、起きろネスっ! ネス之助ネス太郎――――っ!!」

 しーん……

 おかしいな……いくら何でも起きると思うんだけど。
 仕方ない……最後の手段。
 私はネスの肩辺りをがしっ、と掴んだ。
 「こらネス、いいかげんに……!?」
 間近で顔を見て、気づいた。
 顔色が悪い上に、汗をびっしりかいている。呼吸も、なんとなく荒い。
 ネスの額に手を当ててみる。
 私のと比べるまでもない。どう考えても、熱があった。

 「みんな起きろ――――っ!! 誰かネス運ぶの手伝って! あと、ちゃんとした寝床に、それから……ああとにかく、寝てる場合じゃない――――っ!!」
 自分でもよくわからない絶叫は、しかしルウの小さな家にしっかり響き渡ったのだった。



 ……で、数分後。
 ルウのベッドの上には、苦しそうに横たわるネスの姿があった。
 「ひどい熱……」
 「とにかく今日一日休ませてあげないと。まずは着替えを……」
 「わ―――っ!!」
 いきなり大声出したものだから、みんな驚いたようにこっちを見た。
 うわ、まずかったかな……
 でも、ここでネスの正体ばれたらもっと困る。

 「あ、その……私がネス見てるから、みんなは他のことやっててくれないかな?ご飯とか、薬の調達とか……」
 「え、でも……」
 「いいから! あんまり大勢の人が出入りしてもうるさいだけでしょ? だからお願い」
 とりあえず、全員納得してくれたらしい。みんなぞろぞろと部屋から出ていった。
 はー……一安心。



 みんなが出ていったのを確認すると、私はネスの上から掛け布団をどけた。
 汗を拭くためのタオルを枕元に置き。
 「……ちょっと失礼しまーす……」
 ネスの服に手をかけた。
 何か変な感じ……って、そんな場合じゃなくて。
 なんとかもたつきながらも上着を取ると、ネスの胸があらわになった。
 機械と融合した、人とは違う身体。
 その機械部分も、汗のせいで濡れている。

 私はタオルを手に取ると、ネスの体を拭き始めた。
 その時。
 「う……」
 ネスがうっすらと目を開けた。
 私に気づいた後、視線を自分の胸元へと移動させ。
 「!!」
 あわてて身を起こ……そうとして、熱でふらついたか再び倒れた。

 「病人は黙って寝てなさい。今、身体拭くから」
 「……君は……」
 「服は荷物の中のでいいよね?」
 「ちょっと黙ってくれ!!」
 私はぴたりと口をつぐんだ。
 手は一瞬止まったものの、相変わらず身体を拭き続けていたけど。

 「君は今見ただろう!! 僕は人間じゃないんだぞ!?」
 「うん」
 「なのに、どうしてそんなに平然としていられるんだ!!」
 「いや、どうしてって言われても……」
 そう言われると……何でだろ?
 そういえば昔、テレビでター○ネーターとか平気で見てたし……
 って、それは関係ないか……

 「でもさ、たとえ人間でもそうでなくても……『ネスティ』って中身は変わらないでしょう?理屈屋の説教魔で、なんだかんだ言っても弟妹弟子馬鹿ってところは」
 「……どさくさに紛れて言いたい放題言ってないか?」
 「気のせいよ。とにかく、いきなり機械だの時代劇だのがごった煮になった世界に放り出されたんだもの。もう連れが人間じゃありませんでした、ってオチになったって驚かないわよ」

 知っていたのもあったけど、実際見ても思ったほどの驚きはなかった。
 それが自分でも嬉しかったし、誇らしかった。
 こんな私でも、ネスを拒絶せずにいられるのだから。

 それでもネスは、まだとまどったような視線を私に向けていた。
 「君は、僕が……怖くないのか? こう言ってはなんだが……かなりグロテスクな姿だぞ?」
 心底不思議そうに問いかける。
 まあ、無理もないだろうけど。

 受け入れられるよりも、拒絶されることが圧倒的に多かった一族。
 その記憶を全て受け継いでいたら、相当辛いはずだ。
 だから、私がしてあげることは一つ。

 「同じ事何度も言わせないの! アンドロイドだろうがサイボーグだろうが、ネスはネス! 誰が何と言おうと、私が保証する。マグナやトリス、それに他のみんなにだって文句は言わせないわよ!」
 びし! とネスに指を突きつけて言ってやる。
 ネスはそんな私を呆然と見て。

 「僕は、ここにいてもいいのか……?」
 「いいに決まってるわよ。だから、早く治しなさいよ?」
 ちょうど体拭きも終わったので、私はネスに着替えを差し出した。
 「……ありがとう」
 ネスは弱々しく微笑みながら、それを受け取った。







 手には、湯気を立てたシチューの皿。
 落とさないように気をつけながら、アメルはドアをノックしようとした。

 「君はバカか?」
 中から聞こえてきたその言葉はいつもの青年のものではなく、少女の声だった。
 口調からして相当怒っているらしいことがわかる。
 そっとドアを開け、中を覗いてみればベッドの前に仁王立ちするの姿。
 「ここしばらくろくに寝てない状態で、召喚術使ったり走り回ったりしたら……」
 そこで少しの間。
 「風邪ひくに決まってるでしょ! 何であんたは人の健康管理にはうるさいくせに、自分のには無頓着なのよっ!!」
 相手が病人であることを忘れたように、は思い切り怒鳴った。
 熱のある身に響いたのか、ネスティが顔をしかめる。

 「わかった、悪かったから怒鳴らないでくれ……」
 「それは前にも聞いた」
 は一歩も譲らない。
 「……決めた。これからはあんたが寝るまで私も寝ない」
 「なっ……」
 「寝るまで手を繋いでやる。童話も読むし子守歌も歌う。で、時々マグナ達にも見せて『お子様』って呼ばせてやるっ」
 「……僕が悪かったから、それだけは勘弁してくれ……」
 さすがに『お子様』呼ばわりは嫌だったか、ネスティの苦い声がむなしく響く。

 「それが嫌ならちゃんと寝る! でないと、本当にやるからね?」
 高らかに宣言する<
 ネスティはやれやれ、というようにため息をついた。
 「それはいいが……君だって人のこと言えないんじゃないか?」
 「え?」
 「昨夜、うなされては起きるのを繰り返していただろう?」
 「あ……ばれてた? 何か夢見が悪くて……」
 が頭をかきながら言った。

 「……え?」
 不意に素っ頓狂な声があがる。
 ネスティがの手を掴んだのだ。
 「どうせ、普通に寝たってうなされるだろう? こうしていてもいいから君も寝たらどうだ?」
 「あ、え、でも……」
 「このベッドの大きさなら二人くらい狭くない。それに、こういうのはトリスで慣れてる」
 「そういう問題じゃ……」
 「寝ないなら、君がさっき言ってたことを僕がやるぞ」
 「うっ……わかったわよ、寝させていただきます」
 渋々といった感じで、がベッドの中に入る。
 それでも、さすがに密着しないようにしていたが。

 「……風邪、うつったら責任取ってよ」
 「わかった。その時は僕が看病する」
 「……不安」
 それきり沈黙。
 やがて、二人分の寝息が聞こえてきた。



 「……寝かせておいてあげますか」
 アメルは笑顔でつぶやくと、踵を返して台所へと戻った。
 心なしか楽しそうに、「ネスティさんも参戦決定ですねー」とか言いながら。



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やっと書けたよこの話……
病人の割には普通に会話してるし。……これでもだいぶ直したんですけどね……
でも、ネス結構態度変わったかも……熱のせい?(違っ)
自分って何か。意外に難しいことだと思います。