第28話
第28話 彷徨い人に捧ぐ夜想曲
デグレア特務部隊「黒の旅団」駐屯地。
ある意味静けさとは無縁ではあるが、その日は特に慌ただしかった。
もうすぐ始まるトライドラ・ローウェン砦攻略作戦のために。
「だいぶ、士気が上がっていますね」
「そうだな」
準備に駆け回る兵士を見るルヴァイドとイオスの顔は、厳しいながらもいつもより若干穏やかだ。
このところ、聖女一人を捕らえるためにわすか数人に戦いを挑み、負けがこんでいる。
召喚術だの助っ人だのでさんざん引っかき回されたためだ。
だからこそ、純粋な力のぶつかり合いである戦争に対して気合いが入るというものだ。
まして、今回の目標は砦だ。精鋭がそろっていると思って間違いない。
何よりも、余計な人間を巻き込む心配もない。それが一番、ルヴァイド達にとって安心できるところだった。
「本当に久しぶりだからな……こういう任務は」
「ルヴァイド様……」
「……」
イオスもゼルフィルドも、かける言葉が見つからない。
聖女捕獲の任務自体、本当は気が進まないのを彼らは知っている。
だが、ルヴァイドも……そしてイオス達も、拒否できない理由がある。
結局、感情を殺して任務を遂行するしか道はなかった。
それでも……騎士である前に一人の人間だ。
ただ一人の少女のため……いや、デグレアの悲願のために関係のない村人達を殺した事実と罪悪感は消えない。
「なーにぼんやりしてるの、ルヴァイドちゃん?」
この場にそぐわない、やけに陽気な声が響き渡ったのはその時だった。
ルヴァイドもイオスも顔をしかめる。
該当者は一人しかいない。しかも、一番会いたくない相手の一人だった。
「……何の用だ、ビーニャ」
「これはご挨拶ですね。元老院からの追加命令を伝えに来たというのに」
棘を含めた物言いに答えたのは問いかけた相手ではなく、その傍らに立つ男。
デグレアの顧問召喚師、レイム。
「追加ダト?」
ゼルフィルドが言うと、レイムは大仰にうなずいた。
「ええ。今回のローウェン砦攻略ですが……ビーニャも同行することになりましたので」
「!!」
ルヴァイドとイオスは息をのんだ。
得体が知れない上に自分勝手で冷酷。これが彼らのビーニャに対する大まかな評価だった。
そんな人物が参戦するのだ。作戦がまともに進まないのは目に見えている。
だが……
「わかっているでしょうが、元老院の決定です。そちらに拒否権はありませんよ?」
おだやかな表情で言うレイムが、やけに憎たらしい。
そういう男なのである。
「そーいうわけだからァ、よろしくゥ?」
ニヤニヤ笑いながら言うビーニャ。
よろしくする気が欠片ほどもないのは明らかだ。
「……わかった。用はそれだけだろう? まだ準備があるから早く戻れ」
逆らわないで、レイムだけでも帰すに限る。そう思い、ルヴァイドは立ち去ろうとした。
「待ちなさい。まだ本題が終わっていません」
「本題?」
イオスが怪訝そうに……しかし、警戒するような表情で言う。
どうせろくな内容ではない。それをよく知っていたからだった。
「実は、先日ガレアノが聖女一行と接触しましてね」
「……それで?」
動揺をなんとか抑えつつ、イオスが聞き返す。
「聖女は逃がしましたが……非常に興味深い報告があったのですよ。たった一人で、ガレアノに深手を負わせた人物がいたとか」
「ほう」
やや気のないようにルヴァイド。
気に入らない奴ではあるが、その召喚術の威力は誰もが認めている。
しかし、召喚術には呪文詠唱という前提にして弱点がある。どうせそこを突かれたのだろう。その程度の認識だった。
が、それは次の言葉であっさり翻される。
「しかも、召喚術とは違う……不思議な力だったそうです」
「何が言いたいんだ?」
大体の予想はついたが、一応イオスは聞いてみた。
「元老院の方も興味を持ったそうですので……今後接触した際にはその力の調査、そしてできれば聖女共々捕獲するように……とのことです」
返ってきたのは思った通りの答え。
する事が増える。捕獲対象も。それだけのはずだ。
なのに……何だ? この胸騒ぎは?
「……ソノ人物トイウノハ誰ダ?」
ゼルフィルドの言葉が、この時ばかりは余計なことに思えた。
聞いてはいけない。そんな気がする。
レイムは笑った……ように見えた。
「確か……、とかいう名前だったそうです」
「はーっくしょっ!!」
いきなり寒気がして、私は盛大にくしゃみをした。
「あれ? 、風邪?」
トリスが心配そうに聞いた。
「んー……わかんないけど……多分大丈夫だと思う」
「でも、ネスティさんの風邪がうつったかもしれませんし……今日は早めに休んだ方が……」
「そうだな。結局、にネスの看病任せっきりだったし」
アメルの言葉をマグナが肯定し、他のみんなも「そうしろ」と言いたげに私を見る。
うー……まだ寝たくないんだけどなあ……
でも、本当に風邪だったらみんなに迷惑かけちゃうし……
「……ん、それじゃ先に休ませてもらうわ」
「あ、あたしお布団用意します」
「いいよアメル、それぐらい……」
「かまいませんよ、あたしがやりたいから。それに、少しお話ししたいですし」
話、ねえ……?
まあ、表情から察するに重い話とかじゃなさそうだし、いいか。
軽くそう考えると、私とアメルは一緒に奥の部屋へと歩き出した。
「…………」
テントの中、ルヴァイド達は無言だった。
彼らの視線は、たった一ヶ所に注がれている。
うつむき加減でイスに腰掛けているイオスに。
嘘だと思いたかった。
あのお人好しで、喜怒哀楽が激しくて……どう考えても普通の少女が、ガレアノを一人で退けたなど。
それ故に、元老院に目を付けられたなど。
だが、思い当たる節がある。
街道で戦ったときに見た光。召喚術で眠るはずだったを、動けるほどに回復させた。
そして彼らには、それが彼女の力でないと断言できるだけの材料がない。
「いおす……」
「お前まで奴の命令に従う必要はない。無理をしてまで我々に付き合わなくとも……」
心配げなゼルフィルドとルヴァイドの言葉を、しかしイオスは手で遮った。
「……僕なら大丈夫です。今は、ローウェン砦の方に集中しましょう」
しかし、どこかぎこちない空気は消えなかった。
「いいのォ? レイム様」
「何がです?」
「例の女のこと、ルヴァイドちゃん達に頼んじゃって……」
不満そうにビーニャが言う。
レイムは黙ったまま、ただ前へ前へと進んでいた。
ふと、その足が止まる。
「彼らには無理でしょうね。相手が彼女では」
やけにあっさりとした返事。
まるで決まり切ったことであるかのように。
「ですが」
レイムは愉快そうに口の端をつり上げた。
その表情は、恐ろしく冷たい。
「もはや均衡は崩れかかっています……もうルヴァイド達程度でも充分な刺激になるでしょう。せっかくの手駒です、この程度の役にはたっていただかないと」
それに、とレイムは続ける。
「彼らの負の感情を味わいながら待つのも一興です……特にあの特務隊長殿は、彼女に気があるようですし」
「キャハハハハッ! イオスちゃんのあの顔っていったら! かっわいいよねー」
月が天高く昇り、地上を照らす頃になってもやや緊張気味な駐屯地に、二つの笑い声が響く。
しかし、なぜか誰も気にとめる者はいない。
その存在さえも。
いや……
「ねえ。そうでしょう?」
レイムはとある一角に目をやり、誰かに問いかける。
返事はない。もとより、期待しているようでもなかったが。
そして何事もなかったかのように、彼らは再び歩き出した。
レイムとビーニャが、その場から去った後。
「……気づかれていたようだな」
「そうだね」
テントの陰で会話をする者がいた。
一人は女。仮面のためよくわからないが、おそらくは20歳前後。鋭い眼光や引き締まった細身の体、そして腰に下げている剣を見れば何をしている人間なのかはおおよそ想像がつく。
もう一人……いや、正確には一匹と言うべきか。狼が女の足下にいた。
むろん会話ができる以上、普通の狼ではないであろうが。
「いいのか、放っておいて? 奴らの目的は……」
「うん、わかってる」
女は悔しそうに唇を噛んだ。
「だけど……わかっていても、あいつの手のひらで踊るしかない。彼らも、私も……そして、あの子も」
きつく、拳を握りしめる。
「ごめん……私、あんたに愚痴ってばかりだね」
「かまわん。それが俺にしか見せない、本当のお前だと知っているからな」
狼の言葉は優しい。
「だから、お前はお前の信じた道を行け。そのために、俺はここにいる」
「うん」
女は力強くうなずくと、空を見上げた。
「あんたも知っているとおり、時は近い……変えてみせなさい。運命を、あいつのシナリオを……間違えればあんたが一番苦しむわよ、……」
つぶやきは月に吸い込まれる。
女は、狼はただ月を見ていた。
決意を込めた瞳で。
「マグナ達をどう思うかって?」
「はい」
アメルはあっさりとうなずいた。
話ってこれかぁ……確かに本人達の前でできる話じゃないけどさ。
うーん……でも……
「マグナ達のことは好きだよ。恋愛感情がどうのとかいう意味じゃないけど」
「やっぱりイオスさんが好きなんですか?」
「だからそうじゃなくて……」
アメルってこんな子だったっけ?
私は汗を一筋たらしながら思った。
「なんとなく、ですけどね。ロッカもリューグも、さんに会ってから変わった気がするんです」
「え?」
そうかなー? 私にはそう見えなかったけど。
ゲームのまんまだと思ってた。
「ネスティさんも、あたし達……マグナさんやトリスさん以外には、接し方が違うと思ってたんです。なんていうか、通りすがりの人に親切にしているみたいな感じで。でも、さんに対してはマグナさん達と同じように接してますし、最近は人当たりも少し柔らかくなったみたいで」
……人当たりはともかく、私に対しては「バカ3号」扱いなんじゃないの?
実際、怒らせてばっかりいるし。
「それって、買いかぶりすぎだよー。私、そんなにすごくないって」
「そんなことないです!」
……今、ちょっとびっくりした。
やけに力説するなあ、アメル……
「あたし、怪我とかを治せるだけですから……さんみたいに、誰かを変えられる方がすごいです。あたしも、さんのおかげでがんばろうって思いましたし」
そんなもんかなー……?
私は、アメルみたく怪我を治す力がある方がすごいと思うんだけど。
「だから、さんにももっとあたし達を頼ってほしいんです」
アメルはやけに真剣な目で、私をじー……と見た。
「さんは自分のことになると無理しているような気がします。あたし達、そんなに頼りないですか?」
「え、そんなことないよ」
そんな風に思われていたんだ……
無理してるつもりはないんだけど。
でも、心配はかけてるかも……情けないなあ……
「……ごめん。アメルがそんな風に思っていたなんて、知らなかった……」
「あたしだけじゃないですよ?口には出さないけど、マグナさん達だって同じです。さんはもう少し甘えたっていいはずです!」
……そんな力一杯「甘えていい」って言われても……複雑なんだけど……
「あたし達はさんが好きです。だから、あなたがあたし達にしてくれたように、あたし達もさんを助けたいんです」
「……ありがと」
でもね、アメル。
私はもう、助けられているよ?
いつだって、みんなが支えてくれるから。
本人にとってはささやかすぎて気づかないだろうけど。
「……で、それがどうして『好きな人』の話に繋がるわけ?」
「……まずそっちからなら、お手伝いできるかなと思って……」
……まあいいけど……
でも、本当はそっちの方が聞きたかったんじゃないかなあ……?
「まあ、長話も何ですからその話はそのうち。……おやすみなさい」
「おやすみ」
そのうちってことはまた突っ込まれるのかなあと思いながらも、私は布団にくるまって寝ることにした。
その夜、誰かが泣いている夢を見た。
誰だったのかが、どうしても思い出せなかったけど。
やっと書けた……トライドラ編、導入部です。
久しぶりの人やらいろいろいたからなあ……
そろそろオフラインもきつくなってきました……
……更新遅くなっても見捨てないでやってください(切実)。