第29話
第29話 ローウェン砦は燃えているか


 「で、トライドラまではどうやって行くつもりだ?」
 道中それぞれ会話を楽しんでいた私達は、リューグの一言で一斉にフォルテの方を向いた。

 すっきり晴れた空の下、私達はようやくトライドラに向かって出発した。
 あ、トライドラというのは正確じゃないか。何せ……
 「正確な目的地っていうのはトライドラじゃねーよ。トライドラの砦の一つ、ローウェン砦だ。ダチはそこにいる」
 「だけど、その人本当に信用できるの? フォルテの友達なんでしょ?」
 「おいおいミニス……」
 何か言いかけたフォルテだったけど、みんなの視線に気づいて黙り込んだ。
 ほとんどがどうなんだ、と言いたげな顔。リューグなんて胡散臭そうな目で見ている。

 「がーんっ……オレって一体……」
 「日頃の行いのせいよ? あ・ん・た・のっ!」
 大げさによろめくフォルテに、ケイナの容赦ないツッコミが決まる。
 ……フォロー不可能。
 「へいへい……それじゃ、きちんと説明しておきますかね」
 仕方ねーなと言うようにため息一つつくと、フォルテは話し始めた。

 「シャムロックっていうのがそいつの名前だ。いわゆる同門の、剣を習った仲だがな……今は出世して砦の守備隊長をやってんだ」
 「それって、砦で一番偉いって事じゃないか!?」
 「つくづくとんでもない知り合いを持っているな、君は……」
 マグナもネスも驚きを隠せない。
 ……実は目の前の人が一番とんでもなかったりするんだけど……
 めちゃくちゃ匂わせといて結局正体不明だったりするし。ちなみに私は王子に一票。

 「カタブツだが、信用できる奴だっていうのはオレが保証するぜ」
 フォルテのこの一言で、ようやく空気がいくらか和らぐ。
 「そうそう、聖女の噂もそいつから聞いて知ったんだぜ、アメル?」
 「え、そうなんですか?」
 思い出したような言葉に反応したのは当の本人。そして……
 「こんな所まで……」
 「はっ、火種はここにもってことかよ……」
 ロッカもリューグも苦い顔。

 そこまで話して、ようやくそれらしい建物が見えてきた。
 「あっ、ねえ、あれじゃないかな?」
 一部に漂う嫌な空気を吹き飛ばすべく、私はできるだけ明るい声で言った。
 「ああ、そうだぜ」
 「何か聞けるといいわね」
 なんとか話題は変わってくれたようだった。ほっ……
 もっとも、また雰囲気は嫌な方に変わってしまうのだけれど。


 がきぃん!
 きぃん!!



 剣の響きが聞こえてくる。
 しかも……あちこちから、途切れることなく。
 これで悲鳴なんかも混ざった日には、ただならぬ状況だと誰でもわかる。

 自然と急ぎ足になり、砦の近くまで来て……見えた。
 黒い鎧の兵士達が。
 「そんな……どうして、砦が……」
 「攻撃されてるじゃないのさっ!?」
 アメルの言葉を、モーリンが引き継いだような格好になる。
 「あいつらの着てる鎧、もしかしてっ!?」
 「間違いない……砦を攻めているのは黒の旅団だ!!」
 ミニスとネスが叫ぶ。
 直接黒の旅団を知らないメンバーにさえ、緊張が走る。
 フォルテが悔しそうに歯噛みした。

 「ちょっとフォルテっ、どうする気よっ!?」
 行こうとする気配を察したのか、ケイナがあわててフォルテの手を掴んだ。
 「決まってるだろ! あいつが……」
 「今出ていったらいろいろな意味でまずいわよ」
 「の言うとおりだ。迂闊に出ていけばこちらの方が危ない」
 私とネスの言葉に一旦おとなしくなるものの、まだフォルテは不満そうだ。
 ……まあ、無理もないか。友達のピンチだから。
 あんまり長いこと押さえては……

 「敵将に告げる! 我はデグレア特務部隊、黒の旅団が総指揮官ルヴァイドなり!!」
 凛とした、力強い声が聞こえてきたのはその時だった。
 見れば橋を背にして、たった一人で立つルヴァイドの姿。
 「貴殿に同じ騎士として提案したきことがある。聞く耳を持つならば姿を見せよ!」
 言い終えてから数秒遅れて、砦の中から白い鎧姿の男の人が出てくる。
 「貴殿がこの砦の長か?」
 「いかにも! トライドラ騎士団所属、ローウェン砦守備隊長シャムロックだ!」
 フォルテが、そして他のみんなが息をのむのがわかった。

 「シャムロック殿よ。すでに我がデグレアとトライドラを結ぶ唯一の橋は占領した。大絶壁の向こうで待つ本隊も、我らの合図で一斉にこちらへ進軍を開始するだろう。もはやその砦にこもることなど無意味だ! 三砦都市の守りはすでに崩れ去ったのだ!!」
 ルヴァイドの言葉は、トライドラの情報を当てにして来た私達にとっても絶望的なものだった。
 ここからではよく見えないけど、シャムロックは相当悔しい思いでこれを聞いているのだろう。

 「降伏を認めよう。武器を捨てて、その砦を渡してはくれぬか?」
 「提案の意は理解した。しかし、それはできぬ相談というものだ。トライドラは聖王国を守護する盾だ。それが死戦になろうと、戦を放棄などできん!」
 「そのために貴下の兵士をことごとく殺すか? シャムロック!?」
 二人の会話が、痛い。
 騎士としての役目と、犠牲を出したくない気持ち。
 誰も気づいていない。シャムロックだけじゃない、ルヴァイドも本当は……

 「とはいえ、貴殿の決意、騎士として当然の道理。俺の本題はここからだ。貴殿と俺の一騎打ちによって、この戦を決したい!」
 「ルヴァイド様っ!?」
 イオスの声が割り込む。
 ここから見える位置にいないけれど、多分近くにはいる。
 「騎士の名において誓う。勝敗の如何に関わることなく、砦の兵士に危害は加えぬと。返答はいかにっ!?」

 「あれは嘘だ……奴らのやり口を考えれば、約束を守るはずがあるものか……」
 ネスが苦々しくつぶやく。
 「でも、湿原で囲まれたあの時には、黒騎士は約束を守ったよ?」
 「確かにな……だが、今度もそうだという保証はねえ」
 口には出さないけれど、ほとんどがリューグと同意見らしいことはなんとなくわかった。
 ルヴァイドを知らないモーリンでさえ、心配そうに問いかける。
 「あんたの友達はそれがわかんない男じゃないんだろ、フォルテ?」
 「……ああ。あいつはわかってる。けどな、わかっていたとしても……」
 フォルテが答え終える前に。
 「あっ!?」
 ケイナが短く叫ぶ。
 シャムロックがルヴァイドに向かって歩き出していた。

 「……部下の命の保証、偽りはないだろうな?」
 その声には決意が感じられた。
 崖っぷちにあえて立ち、自分を犠牲にしてでも部下を守ろうと。
 「俺も兵を率いる将だ。貴殿の意を踏みにじるつもりはない」
 「ならば、お相手しよう。トライドラ騎士の剣技、しかとその目に刻みつけられよ!!」
 「存分に楽しめることを願うぞ!」
 ルヴァイドの声を合図に、剣のぶつかり合う音が響き渡った。

 「ああいう男なんだよ、あいつは! 部下を駒として見られない男なんだ……騎士に向かないほどに優しすぎんだよッ!」
 フォルテが吐き捨てるように言った。
 みんなもやりきれなさそうに、フォルテかシャムロックの方を見ている。
 「見上げた人物だ。しかしそれだけに哀れすぎる」
 「やりきれねえよな。確かに……」
 カザミネやレナードも、こういうことに縁があるだけにひときわ渋い顔をしていた。

 「オレは行くぜ。このままあいつを見殺しにはできねえ」
 フォルテは砦に向かおうとして……
 べしゃ、と転んだ。
 足下には、私が突き出した棒がある。
 「落ち着きなさいって」
 「そうよ、あんたらしくないわよ」
 「……それより、もうちょっとましな止め方なかったのか、……?」
 マグナとかが汗一筋流したような気もするけど、今はそんな場合じゃない。

 「二人を囲む軍勢を見ろ。決闘に邪魔が入るのを見逃すほど甘くはない」
 やはり汗一筋流したまま、ネスが言った。
 「だから……見捨てろってーのか! おいっ!?」
 転んだときに打ったか、鼻を押さえながらフォルテが怒鳴った。
 ……やりすぎたかな、やっぱり……

 とりあえず心の中で反省していると、ケイナがフォルテの手を握った。
 「あの人は絶対に殺させたりしないわ。相棒の友達なら、私にとっても友達だもの!」
 「ケイナ、お前……」
 「姉さま……」
 ……さすが相棒……一発でおとなしくなった。

 「それにこの立ちあいはまだ、尋常のものでござる。そこに割って入るのはシャムロック殿に汚名を着せることになりはしないか?」
 カザミネの言葉に歯ぎしりするフォルテ。
 「決着がつくまでだ。こらえてくれ、フォルテ……」
 そう言うマグナの表情も、固い。
 理屈では正しい。でも、感情は簡単にはごまかせない。
 だから……
 「……くそっ!!」
 舌打ちするフォルテを、ルヴァイドと戦うシャムロックを、誰もがやるせなさそうに見ていた。



 シャムロックのこととは別に、もう一つ心配事はあった。
 これも、レルムの村と同じように……避けられない運命なのだろうか?
 それでも……

 「ぎゃあああああ――――っ!!」
 突然の悲鳴に、私は思考を中断せざるを得なかった。
 やっぱり、起こってしまった。止められなかった……

 何事かと辺りを見回すマグナ達。
 その前を、傷だらけの兵士がふらつきながら横切ろうとしていた。
 ……が、力つきて倒れてしまった。
 「う……あ……っ」
 うめく兵士を、あわててアメルが抱える。
 でも、私にもわかった。アメルの力でも、この出血じゃ……助からない。
 「何よ、この傷!? まるで獣にやられたみたいな……」
 ルウの言うとおり、噛み傷やひっかき傷が兵士の体のあちこちにあった。
 何が起こったのか知っていただけに、苦しい。
 警告くらいはできたかもしれない。全滅を防ぐことくらいは、できたかもしれないのに……!
 「シャ……ロックさ、ま……バケモノ……っ、砦……みな……死……」
 それだけ言うと、兵士は完全に息絶えた。
 ごめんなさい。ごめんね……
 もう、謝ることしか私が彼らにできることはなかった。

 ふと、トリスが顔を上げた。
 カイナも「エルゴの守護者」の顔になる。
 「何……この嫌な感じは?」
 「すさまじい邪気を砦の中から感じます。これは……!」
 「あそこだ! 砦の上だよっ!」
 モーリンの指さす先。
 やけに場違いなスカート姿の女の子が、悠然と立っていた。

 「キャハハハハハッ! ねェねェ、いつまで遊んでるつもりなのォ、ルヴァイドちゃ〜ん?」
 「……ビーニャ? 何をしている!? 貴様には、本隊と共に待機を命じたはず!!」
 「だーってェ……ルヴァイドちゃんがあんまり待たせるんだものォ……。だからァ……ほォらっ♪」
 女の子…ビーニャが手で示した先から、魔獣……ミノタウロスみたいなやつの方……がやって来る。
 その手には、血塗れで痙攣している兵士。すでに生きているのかもあやしい。
 「手伝ってあげたよっ。キャハハハハッ! ほめて、ほめてェ?」
 「馬鹿な……勝手なことをっ!?」
 イオスが声を荒げるが、ビーニャは笑ったまま。

 呆けたように、ビーニャとルヴァイド達の会話を聞いていたシャムロック。
 その意味をゆっくりと理解してきたか、あるいは起こった事を受け入れたくなかったのか……だんだんと、怒りがにじみ出てくるのがここからでもわかった。
 「……約束が違うぞ……ルヴァイド……?」
 ルヴァイドを見据えるシャムロックに対し、ただその視線を受け止めるルヴァイド。
 ……泣いているように見えたのは、私だけ……?

 「キャハハハッ!みィんな、アタシの魔獣が食べちゃうよォ。キャハハハハッ!!」
 ……………………
 今、本気で殺意覚えた……
 「いずれにしろ、この勝負は無効ってこった。来い、シャムロック!」
 いつの間にか、フォルテが出て行っていた。
 物陰ではない、完全に向こうからも見える場所だ。
 だけど、もうじっとしてはいられない。
 私達も後に続いた。

 「え……?」
 怒りを忘れたかのように、シャムロックは呆然とフォルテを見た。
 「何にもならねーかもしれないけどよ……部下のカタキぐらいはとってやろうや」
 「俺も戦うよ……」
 「あいつのしたことは絶対に許せないもの!」
 マグナとトリスも前に進み出た。
 シャムロックは少し考えるように目を閉じた後。
 「……わかりました。私にみなさんの力を貸してください!」
 強い決意を込めたまなざしで言った。



 「キャハハハハッ! いいよォ、アンタたちも遊びにおいで……アタシのおもちゃにしてあげる。壊れるまで遊んであげるよォ。キャハハハッ!!」
 ビーニャはひとしきり笑う。
 そして、その笑みが意味ありげなものに変わった。
 「面白そうな遊び道具もいることだし……ねェ?」



←back index next→

トライドラ編、思ったより長くなりそうです……
なにせ、戦闘前の会話だけでまるまる一話。長いってここ……
その上、あれやってあの人出して……三部に入れるのはまだ先っぽいです……
そういえば、豊漁祭どうしよう……(汗)