第32話
第32話 暗闇の中で道を示す希望


 「……ふう。応急処置はこんなもんだな」
 フォルテはため息を一つついた。
 ルウの家のベッド。
 そこには本来の主の代わりに、包帯を巻かれたシャムロックが横たわっていた。
 アメルとモーリンが手当してくれたものの、やはり完全には治せなかったらしく、手持ちの薬も使ったためだ。
 さすがに一日二日とまでいかないが、しばらく休めば回復するだろう。

 「問題はあっちだな……」
 「ああ……」
 「そうね……」
 誰からともなく、視線をとある方向にやる。
 ここからでは壁しか見えないが、皆思うことは一つだった。
 その向こうにいる少女のことを。



 混乱していた。
 それはもう、こんがらがった糸をそのまま洗濯機に放り込んで、さらにぐしゃぐしゃに丸めたくらい。
 もちろん、いつの間にやら黒の旅団の捕獲対象にされてるせいもある。
 でも、マグナ達から聞かされた話はまさに青天の霹靂というやつで。
 「実はあなたは二重人格でした」と言われて、どこの誰が平然としていられるというのだろうか。
 始めは冗談か何かかと思ったが、事実その間の記憶はない。加えて、ポケットにはいつの間にやら誓約した覚えのないサモナイト石数個。確かにゲルニカとかも入っていた。試しにやってみたが、発動できなかった。もちろん、他のメンバーにも高位召喚術を誓約できる人はいない。
 何がどうなっているのかわからない。
 わかっていたはずの自分がわからない。

 「、あのさ……」
 マグナが何か言いかけて…再び沈黙。
 言いたいことがあるのに、言葉にできないのだろう。多分、私がそっちの立場でもそうだ。
 重苦しい静寂だけが漂う。

 そんな中、ようやく口を開いたのはリューグだった。
 「……もう連中には近づくな」
 私は弾かれたようにリューグを見た。
 「ちょっと、リューグ!?」
 トリスが焦ったように言うが、リューグは気にせず続ける。

 「あいつらの狙いがテメエにまで向いちまった以上、テメエのような甘っちょろい事は言ってられねえ」
 「でも……」
 「でもも何もねえ! どんな恩があるんだか知らねえが、もう忘れろ。あいつらは敵だっ!」
 「おいリューグ、それはいくら何でも……」
 見かねたロッカが止めに入ろうとするが、次の一言の方が早かった。
 「テメエを助けようとしたのだって、死なれちゃ困るからだろうがっ!捕まえるよう命令されてるんだからなっ!!」

 私の中で、何かが音を立てて壊れた。
 灼熱の炎に似たものが、ティッシュにしみ込む水のように急速に広がっていく。
 そして。

 「リューグのバカ――――――っっ!!(×)」

 リューグを数発殴った後、とどめとばかりに思い切りどついた。
 その後はよく覚えていない。気がついたらマグナ達が呼び止めようとするのを背にしながら走っていた。




 ようやく頭が状況を把握できるようになった頃、私は街道に一人でいた。
 辺りを見回すが、幸いというかそうでないというか、誰の気配もない。
 ふと、視界の隅に見覚えのある町並みが見えた。
 ファナン……こんな所まで来ちゃったんだ。
 戻ろうか、とも思ったけど。
 飛び出してきた原因を思い出したら再び腹が立った。
 (……いいや。まだ戻りたくないし)
 自然と足はファナンへと向かっていた。

 けど、一人になると嫌な考えというものはぐるぐる回る。
 私の中にいるのって、誰? 少なくとも、この世界に召喚されるまでそんなことはなかった。
 黒の旅団に狙われることになったのも、その誰かが関係しているのだろうか?
 …………どうすればいい?
 突然真っ暗闇に放り込まれた気分だった。前も後ろも、右も左もわからない。その先にあるのは崖かもしれない。そんな不安。

 そんなものだから、しばらくはそれに気づかなかった。
 「……結局、今日もほとんど収穫なしかぁ……」
 「また感じたから、もしかしてと思ったが……」
 「そんなことだってありますよ。むしろ、焦って見逃す方が大変です」
 「そう言っていただけると、助かります」
 それは、どうということもない会話。
 でも、どこか記憶の隅に引っかかる。

 「まあ、とりあえず関連性はわかったことだし……あれ?」
 「どうしたんだい、カシス?」
 「ほら、あの子……」
 そんな声が聞こえたと思ったら、こちらに近づいてくる人影一つ。
 「さんじゃないですか。どうしたんですか、お一人で?」
 「……大将……」

 知り合いがいる。あのことをまだ知らない知り合いが。
 そう思った瞬間、張りつめたものが一気に切れた。
 「うっ……わあぁぁぁぁ……っ」
 シオンの大将に頭をなでられながら、トウヤ達に呆然と見つめられたまま。
 私は、ただひたすらに泣いた。






 一方。
 「ダメです……このあたりにはいませんでした」
 「一応、森の近くまで探したんだけど……」
 外から戻ってきたロッカとルウは、開口一番そう言った。
 「この辺にいないってことは……まさか、街道に出ちゃったとか!?」
 「……かもな」
 トリスとマグナの言葉に全員顔を見合わせ…
 視線はその原因へと注がれた。

 リューグは居心地悪そうに視線を受け止め……それでも、絞り出すようにようやく一言。
 「……わかったよ。あれは俺が悪かった!!」
 重苦しい空気から逃れようとするかのように、リューグは大股で出ていこうとした。
 「リューグ」
 「……何だ」
 「さん、いろいろあって混乱していると思うの。見つけたら、優しくしてあげて」
 「……ああ」
 おそらく同じ思いを経験したであろう「妹」にうなずくと、リューグはドアノブに手をかけた。

 「僕も探しに行ってきます」
 「あたしも」
 「俺も。万一あいつらに見つかっていた場合、人手があった方がいいだろ?」
 「……好きにしやがれ」
 名乗り出た兄とマグナ達に、リューグは振り返りもせずに言った。





 「……そうですか。それで、お友達とケンカをして飛び出してきてしまったのですね」
 私はうなずいて、大将特製のソバ茶を飲んだ。
 あの後あかなべに場所を移し、私が落ち着くまで待っててくれたのだ。
 ……トウヤ達まで一緒に。

 「リューグの言いたいことはわかるよ。村の仇をそう簡単に許せないだろうし」
 でも、と私は続ける。
 「軍人じゃない、人間としての彼らも私は知ってる。だから、間違いに気づいて償ってくれるかもしれない……っていうのは甘いのかな……」
 もしかしたら、リューグだけじゃなく他のみんなにも否定されるかもしれない。
 それでも。
 「甘い考えかもしれないけど、信じたい……」

 あかなべの中は静寂に包まれた。
 お茶をつぎ足す音だけが響く。

 「……さんは、わかってくれるかもしれないと信じているのでしょう?」
 私は無言でうなずいた。
 「それなら、その気持ちを大切にすればいいのではないですか? 諦めたらそれまでです。たとえあやふやでも、希望があるから人間は困難なことにも立ち向かえる……私はそう思います」
 「あたしもそう思う」
 横からナツミが口を挟んだ。
 「やめたら絶対ダメだけど、やればうまくいくかもしれないんだよ。それって結構差があるんじゃない?」
 「そう、だよね……」

 私はルヴァイド達を助けるって、決めたんだものね。
 今更反対にあっても、向こうに狙われてもやめられない。
 希望はなくなったわけじゃないのだから。
 それにリューグだけじゃなくて、マグナ達にもイオス達のことをちゃんと説明してない。だからレルムの村を滅ぼして、アメルを狙っているイメージだけが染みついたまま。わかってもらうためのことを何もしてないのに、怒るのも筋違いだよね。
 …リューグのこと言えないか。私も。

 「ナツミ、いいこと言うじゃない!」
 「……実は昔読んだマンガの受け売り」
 「……だろうと思ったよ」
 「トウヤ〜〜〜……」

 「ぷっ……」
 思わず吹き出した。
 今のやりとりって、なんか……
 「……笑えるのでしたら、もう大丈夫ですね」
 「はい。……それにしてもナツミとトウヤって、友達に似てる……」
 そう。私はトリスとネスのやりとりを思い出していた。
 「ああ、そういえば夏美さんって、トリスさんに似てますよね」
 「でしょっ?」
 「あー、シオンさんと、二人でわかり合っちゃって……あやしー……」
 カシスが茶々を入れて、隣のトウヤにすぐたしなめられた。
 それがまたおかしかった。

 考えてみれば、彼らだって似たような思いをしてきたのだ。
 いきなり異世界に放り出されて、とんでもない力まで身についてしまって。
 それでも彼らは逃げずに立ち向かうことを選んだ。自分自身や仲間達のために。
 そう思うと他人じゃないような気がした。
 私も負けてちゃダメだって言われているようで。
 ……このままお別れってのももったいないなー……

 「ナツミ達ってしばらくここにいる?」
 「え? ……あー、うん……」
 「それじゃあさ、今度また会わない? 友達も連れて……」

 「!!」
 いきなり割り込んできた声は、もうおなじみのもので。
 振り返れば、マグナとトリス、そして双子がいた。
 「おや、こんにちは」
 「あ、どうも」
 「ごぶさたしてます」
 シオンの大将に軽く会釈をしたあと、再び私に向き直る。

 「……よくここにいるってわかったね」
 「街道で倒れていた偵察兵を締め上げた」
 ちょっと疲れたようにマグナが言った。
 あ、そういえばやけにしつこい奴がいたよーな……確か、召喚術で吹っ飛ばしたと思ったけど。
 あれ、黒の旅団の偵察兵だったのか。
 「で、ここまで来たら話し声が聞こえたから……」
 「なるほどー……」

 そこまでの会話の後、三人はちらりとリューグを見た。
 ちょっと気まずそうに顔をしかめた後、すたすたと私の前までやって来る。
 な、何……? どうも雰囲気が……
 しばらく妙な沈黙が続き。
 「……その……さっきは悪かった」
 「へ?」
 「言い過ぎたし、あの状況でする話でもなかったな……アメルでわかっていたはずだったのにな」
 ええと……これはつまり。
 謝ってるん……だよね?

 「……明日は雪が降るわねー……」
 「悪かったなっ! ……なんだよ、元気じゃねぇか……」
 「あれ? もしかしてリューグ……」
 最後まで言わなかったけど、リューグはどう解釈したか顔を赤くした。
 「違うっ!! 大体、なんで俺が……」
 「でも、偵察兵見つけたときの反応すごかったのよ。『テメエら、アイツをどこへやった!!』とか言って」
 「言ってねえっ!!」
 トリスに口を挟まれ、ムキになって反論するリューグ。
 それじゃ「そうだ」って言ってるのと同じだと思うけど。
 でも、心配してたみたいだし……黙ってよう。

 まあ、それはそれとして。
 「それと、さっきの話だけど……やっぱりできない」
 数秒の静寂の後。
 「え―――――っ!?」
 「何考えてんだテメエは!?」
 「危ないですよ、いくら何でも!」
 ……まあ、そうくるとは思ったけど。
 でも、これだけははっきりさせたいから。
 「言いたいことはわかるよ。確かにルヴァイド達はひどいこともしたし。でも、ひどい人達じゃないよ。ちょっと接しただけだけど、私はそう思ったもの。だから、あんなことはやめさせるって決めたの。やめさせて、きちんと償いをさせてみせる」
 そこで一旦言葉を切ると、リューグを見据えて続けた。
 「それに、あんたがルヴァイド達を殺すのも嫌なの。その時は邪魔するんで、そのつもりで」

 「おー」
 ぱちぱちぱち。
 いきなり拍手がわいたので、雰囲気はどこか間抜けなものに変わった。
 マグナ達はぽかんとして拍手の主……ナツミとカシス、そして彼女達を困ったように見るキールとトウヤを見つめる。どうやら今まで気づかなかったらしい。
 「よくぞ言い切った、って感じよねー」
 「そうだね」
 「ナツミや大将のおかげだって!」

 話についていけない四人は私とナツミ達を交互に見……やがて一言。
 「、この人達は……」
 「え? ……ああ、大将の知り合いらしいんだけど」
 とりあえず無難な説明をする。
 「久しぶりに会いましてね。ごちそうしようと思いましたらさんを見かけまして」
 「それで、相談にのってもらったわけ」
 シオンが補足して、それを私が締めくくった。
 「そうだったんですか」
 「すみません、なんか邪魔しちゃったみたいで」
 「いえ、かまいませんよ。あなた達も大事なお得意様ですし」
 シオンがいつもの営業スマイルで言う。
 「あたし達も気にしてないよ。ね?」
 にっこり笑顔で言うナツミに、男二人は苦笑しながらうなずいた。

 「さあ、そろそろ戻ろうか。アメル達も心配してるし……」
 私の顔を見ながら、マグナ。
 そっか、飛び出してきちゃったからなあ……
 「そうだね。……それじゃ大将、今日はありがとうございました」
 「がんばってくださいね」
 深々と頭を下げる私に、大将は笑顔で声援を送ってくれた。
 顔を上げると、今度はナツミ達に向き直って、
 「……ありがとね」
 「なんか大変みたいだけど……がんばれ! あたし達も応援するから」
 「……ってナツミ、僕達も入っているのか?」
 「決まってるでしょ? それとも副会長は、困っている女の子を放っておけというの?」
 副会長、のところがやけに強調されている。
 「ひどーい、トウヤ……」
 「カシスまで……やめてくれ、まったく……」
 思わずくすくす笑う私の横で、マグナは苦笑いしてたりする。

 「じゃあ……またね」
 「うん。今度会ったら、一緒におソバ食べようね」
 たわいない、叶うかどうかも保証できない約束。
 それでも、きっと忘れない……





 彼らの声が遠ざかっていくのを聞きながら、キールは深々とため息をついた。
 「結局、聞き出すことはできなかったな」
 「仕方ないよ、あれじゃあ」
 苦笑しながら言うカシス。
 トウヤ達が力を感じた方角、シオンが集めた情報……等々、そういったものをまとめた結果デグレアとトライドラのぶつかり合いが関係していることまではわかったのだが。いかんせん、まだ情報が少なすぎた。
 それなら多少なりとも何かを知っていそうな人物……つまり、デグレアに追われているマグナ達のことだが…に話を聞ければと思った矢先にと出会った。
 それもあって、ほとんど面識のないの相談にのっていたわけだが……

 「結局、悩み相談で終わってしまったな」
 「まあ、いいじゃない。トウヤだって他人に思えなかったでしょ?」
 「そうだな。君達と似たような事を言っていたし」
 意味ありげに笑う兄妹を、トウヤとナツミは不思議そうに見た。
 「『それじゃ君が永遠に救われない!! 世界も、君も僕は救いたいんだ!』」
 「あはは、そっくり―――!!」
 いきなり低い作り声でものまねを始めたカシス。
 爆笑するナツミの前では、トウヤが複雑な表情を浮かべていた。

 「……にはがんばってほしいよね」
 「……ああ」
 「そうだな」
 「うん……」
 しんみりした空気が漂う。
 なんとなく、かつての自分達を重ねてしまったからかもしれない。

 「また会えますよ」
 カウンターの向こうから、シオンがのんびりと言った。
 それでも、手はすばやく調理をしているあたりさすがである。
 「ねえ?」
 「……そうでしたね」
 苦笑するトウヤ達。
 さすがシノビ……と訳のわからない感心をしながら、とりあえず彼らは話題をこの街の豊漁祭へと切り替えた。





 余談だが。
 数時間後、なかなか同僚が帰ってこないことを訝ったとある黒の旅団兵が探しに出たところ、街道から少し外れた所で黒こげになった上あちこちに痣……中には小動物の足跡のようなものもあったが……のできた仲間が倒れているのを発見した。
 すぐさま駐屯地に運ばれ救護兵の手当てを受けたが、どんな目にあったのか「テテがー」だの「カミナリがー」だのと謎のうめき声を彼は発し続けたのである。
 さらに回復後もトラウマとして残ったらしく、味方の召喚術にすら過剰反応する有様だった。
 彼自身が何も語らなかったため様々な推測が一般兵の間に飛び交ったが……結局真相が明らかにならないまま、三週間後には本人の心に傷跡だけを残して忘れ去られたのだった。



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小休止&ちょっと暴走編。
やはりああなったら一番黙ってないのはリューグだと思うので……コマンド付きでどつかれてますが(苦笑)
トウヤチーム&シオンもお久しぶり。ハヤト達もはやく出したいなー……
……でも、まだ終わりません。次回はやっとあの人登場。