第33話
第33話 鏡の向こうに映るもの


 (なんか、沈黙が重いんですけどー……)
 マグナとトリスを待ちながら、私はただロッカとリューグ、そして店を交互に見ていた。
 足りない分の買い出し……特に薬草は、シャムロックの手当てで使い切ってしまったらしい……もついでにやってくると二人が行ってしまったため、私は双子と店の外にいる。
 けど……これがまたしんどかった。
 なんせ、二人とも一言もしゃべらないんだもの。
 ……やっぱり納得してないのかなあ……さっき私が言ったこと。

 『あの』
 何か言おうと思った私と、ロッカの声が重なった。
 再びの沈黙。
 「あ、その……さん、先にどうぞ」
 「えーと……大したことじゃないからいいよ。ロッカが先に言って」
 「そうですか? ……あの、さっきの話なんですけど」
 「うん」
 「さんは、本当に止めることが……償わせることができると思います?」

 「ロッカは……どう思うの?」
 私は逆に問い返した。
 肯定するのは簡単だ。
 でも、それだけでは足りないような気がした。
 「正直言うと……難しいと思います」
 少し沈んだ顔でロッカ。
 「あいつらは村のみんなを殺しました。僕自身そのことは許せませんし、向こうもそう簡単に罪を償ってくれるとは思えません」
 ほぼ予想通りの答え。
 もちろん、あれだけでわかってくれるとは思ってなかった。でも……

 「……ですが、それでアメルやあなたの身が安全になるというのなら……僕は協力しますよ?」
 「え?」
 驚いてロッカを見ると、彼はかすかに微笑んで。
 「僕達がどうこう言ったところで、あなたはやめる気はないでしょう? だったら、やれるだけやってみるだけです」
 「……ありがと」
 我ながら間の抜けた返事だったと思う。
 まさか、そうくるとは……嬉しいけどさ。

 「ったく……本気でできると思ってんのかよ、テメエらは……」
 一部始終を見ていたリューグは呆れ顔。
 さっきから何か言いたそうだったけど、それ以上は何も言わない。
 「やらなきゃ絶対無理でしょう? そーいうわけだから、また稽古よろしく」
 「……テメエ……邪魔するって宣言した相手に稽古頼むか、普通?」
 さらに頬に汗一筋。

 「だって、どのみち今のままじゃほとんど何もできないもの」
 物理攻撃はイオスの足元にも及ばないし、召喚術もガレアノ達相手では心許ない。
 みんなと違って、私だけどっちも中途半端。
 その上狙われちゃったら、私ただのお荷物じゃない……


 「あんな思いは、もうたくさん……」
 何もできなかった。誰も助けられなかった。
 みんな、私から離れてしまった。
 あの時と同じにはしたくない。
 同じ過ちを、誰にもさせたくない。
 だから、私は……


 「……おい……?」
 「さんっ!!」
 叫ぶようなロッカの声。
 力強く腕を掴まれて、私は我に返った。

 「あ……?」
 私……今、何考えて……?
 どこかから浮かんできた、知らない何かに動かされたような……そんな感覚。

 「……ロッカ?」
 まだ腕を掴んだまま、こちらを凝視している彼に問いかける。
 ロッカはしばらく私を見た後……はーっ、と息を吐いた。
 「ごめんなさい……でも、さんがこのまま消えてしまうような気がして……」

 何言ってるのよ。そんなわけないって。
 いつもなら笑って言えそうなその言葉が、なぜか口にできなかった。
 いや、わかっていたけど認めたくなかったかもしれない。
 さっき何かを考えていたのは誰?少なくとも私じゃない。
 離れたとか、過ちとかって何?
 なんで、そんなことが頭の中に浮かんでくるの?
 どうして……!?

 「おまたせー!!」
 「ごめん、遅くなって……? 顔色悪いけどどうしたんだ?」
 店から出てくるなり、マグナは怪訝そうな顔をした。
 トリスも遅れて気づいたらしく、不思議そうに首を傾げている。
 「どうもしないよ、大丈夫!」
 私は無理して明るい声を出した。
 そうしないと、自分があやふやになってしまいそうな気がしたから。
 「さ、早く帰ろう? 遅くなっちゃっ……」

 「ちょっとぉ〜、そこの悩み多そうな若人ぉ〜〜?」
 突然聞こえてきたのは、やけに間延びした声。
 マグナとトリスは顔を見合わせ、私は発生源を探して辺りを見回した。
 「そうそうそこのあなたよぉ、ア・ナ・タぁ〜〜。にゃはははははっ!!」
 ……この笑い方は……
 おそるおそるそこに視線を移すと……美人なんだけどどこかだらしない感じの女の人。
 っていうか……酒臭い……

 『メイメイさん!?』
 「って、あらあ? マグナにトリスじゃないのぉ。お友達?」
 と言いつつ私を指さす。
 「え、あ……そうですけど……」
 「おい、誰だよこの女?」
 いかにも「酔っ払い」とか「怪しい」とかいう単語を省いたっぽい口調で尋ねるリューグ。
 ロッカはといえば、あまりの酒臭さに鼻を押さえている。

 「ああ、この人は……」
 「『酔っ払いの変な女』とは失礼ねぇ〜〜、このメイメイさんに向かってぇ」
 説明しようとしたトリスを遮って、メイメイはずいっ! とリューグに向かって身を乗り出す。
 ……この人が占い師だと何人が信用するだろうか……
 まだテレパシーでもあるっていう方がそれっぽい気がするんだけど。

 「あのー……それで、何の用なんですか?」
 私に用があるのは確かみたいなので、とりあえず聞いてみると。
 「あ、そうそう。うーん……」
 今度はこっちに向き直って、メイメイは私の顔をじー……と見た。
 ……うぅっ、やけに真剣で怖い……
 「これはまたずいぶん……」
 「……何なんですか……?」
 「面白い顔ねぇ」
 「……は?」
 いきなりへらっとした顔に戻ってしまったので、こっちもつい間抜けな返事を返してしまった。
 あれだけ真剣に見ておいて、それだけっすか……?

 「というわけで! 面白そうだから占ってあげる!」
 メイメイはそう言うなり、私の手を掴んで歩き出した。
 ……って、私の意思は無視!?
 「あ、ちょっとメイメイさん!!」
 「今、お酒の持ち合わせがないんだけど……」
 あわてたようなトリスとマグナの……特にマグナの……言葉にさらに胡散臭そうな表情になる双子。
 まあ、確かに知らないとそう見えるだろうけど……って違う!!

 「ああ、お代はいいわよぉ。ちょうどヒマしてたところだし」
 ……ヒマつぶしかい、私は……
 「あなたにとっても悪い話じゃないと思うけどぉ? 悩みがあるんでしょう?」
 まあ、そりゃああるけど……でも……
 「まあ、すぐに解決することはできないかもねぇ。でも、何も知らないよりは何か知っていた方がいいんじゃない?」
 言われて、私は少し考えてみた。
 そういえば、私自身マグナ達から聞いた話と、断片的に感じたものでしか「誰か」のことは知らない。
 四人の顔を見回してみると、マグナとトリスも小さくうなずいた。
 双子の方は複雑そうに私を見ていたけど。





 で。
 「おい、本当に大丈夫かよ」
 「腕は確かだよ。……多分……」
 メイメイの店の中。
 なんか不安になりそうな会話を背に、私はメイメイと向かい合って座っていた。
 メイメイは真剣な顔でサイコロを転がして、紙になにやら書く作業を繰り返している。
 サイコロっていっても数字じゃなくて漢字……じゃなくて、シルターン文字か……が書いてあるから、多分占い用のサイコロなんだろうけど。
 でも……ちょっとイメージしてたのと違う……

 やがて終わったらしく、筆を置いて少し考え込む。
 「うーん……」
 「……どうなんですか?」
 「悩みのせいもあるんだろうけど……感情的になりやすい時期なのよねぇ。だから見通しが悪いし、足下もふらついている。慎重に事を行うのが吉、って出てるわ」
 「はあ……」
 感情的かあ……確かにそうかも。
 一応覚えておこう。

 「さて」
 メイメイは道具を片づけると、今度は八角形の鏡を一枚取り出した。
 「運勢を見たところで、本題に入りましょうか。この鏡を見ていてくれる?」
 私はうなずくと、視線を鏡に向けた。
 普通の鏡に見えるけどなー……?
 メイメイの呪文が聞こえてくる。
 それから……



 『……よいのだな』
 どこかで響く声。
 「……はい」
 答えるのは少女の声。

 『わかっているとは思うが、あの者は……』
 「わかっています、そんなの……」
 少女の声が遮る。
 それ以上は聞きたくないかのように。
 「それでも……もう他に誰もいなくなってしまった……」
 嗚咽が少し、しばらくの間混ざる。

 「怒る……いえ、恨まれるかもしれませんね。覚悟はしてます、それだけのことを頼むのだから」
 さっきよりは明るい口調。
 でも、なんだか泣き笑いのように聞こえた。
 「それでも、信じたいんです……」
 それきり沈黙。
 そこに漂うのは悲しみ。だが、かすかな希望を感じさせるような何かもあった。

 おもむろに、少女が何かをつぶやき始めた。
 すぐに呪文だと気づいた。
 空間に歪みが生じ…




 「もしもーし? もう終わったけどぉ?」
 「あ……」
 あれ? 何か見えたような気が……
 …………えーと…………
 思い出せない。

 「たまーにいるのよねえ、何か見える人。たいてい忘れちゃうけど。ま、それが普通だから気にしなくても大丈夫よぉ」
 にゃははははっ♪とメイメイは陽気に笑う。
 そう言われるとかえって気になるんだけどな……

 「で、結果なんだけどねぇ」
 全身に緊張が走るのが自分でもわかった。
 マグナ達も身を乗り出す。
 ごくり、と誰かがのどを鳴らした。

 「……よくわからなかったのよ」
 「「「「「……はぁ?」」」」」
 「なんかぼやけてると言うか、ごちゃごちゃになってると言うか……かろうじてわかったのが男の子三人に女の子一人、それと天使が見えたって事ぐらい。あ、あと森も見えたかな」
 天使に森……
 ……………………
 ……まさかね。

 「……なんだ、結局わからず終いかよ」
 「こういうことだってあるわよぉ。んー、でもさすがに後味悪いか……」
 少し考えたあと、メイメイはぽんと手を打った。
 隅の方にある引き出しをごそごそと探り、「おっ、あったぁ」と何かを取り出す。
 「いろいろ大変みたいだからねぇ。これ、あげるわ。特製のお守りよ」
 メイメイから渡されたもの…それは銀色の鎖状のネックレスだった。
 シンプルな鎖だけど輪の一つ一つに何か刻まれていて、それが不思議な輝きを作り出している。

 「いいんですか? もらっちゃって……」
 「いーのいーのぉ。そのかわりぃ……今度お酒持って遊びに来てくれると嬉しいわねぇ、にゃははははっ」
 「……って、ちゃっかり要求してるじゃねえか、この酔っ払い……」
 ぼそりとリューグがぼやく。
 慣れてるマグナとトリス、そしてロッカもこういう人だとわかったのかノーコメント。
 ……まあ、いいか。

 「考えておきます。……それじゃ、ありがとうございました」
 「また、何かあったら来てねぇ〜」
 軽く頭を下げてから、私は席を立った。
 結局時間食っちゃったからなあ……いいかげん戻らないとネスがキレる。
 「お世話になりました」
 「また来ますね」
 「マグナとトリスもまたねぇ〜〜♪」
 妙にハイテンションで、ぶんぶん手を振るメイメイ。
 さすがに慣れない相手だったせいか、どこか疲れたような双子に手を引かれながら私はメイメイの店を後にした。





 達が去ってから十数秒ほど経っただろうか。
 メイメイは店の奥から出てきた人物に視線をやった。
 「……あれでよかったの?」
 「うん。ごめんね、こんな事頼んじゃって」
 そこにいたのは……少年。
 年の頃なら十代前半くらいだろうか。だが、その顔には少年らしからぬ表情が浮かんでいる。
 エクス=プリマス=ドラウニー。それが彼の名。

 「それで……メイメイから見てどうだった?」
 「んー……なかなかかわいい子よねぇ。マグナの他にも二人男の子がいたけど、誰が彼氏なのかしらねぇ?」
 「……そういう事じゃなくて……」
 やや呆れながらエクス。
 冗談よぉ、とメイメイが笑った。

 「はっきり言って……危ないわね。もう少し遅かったら間に合わなかったかも……」
 先程とは打って変わって、真剣な口調。
 エクスの表情が曇る。
 「あれも、ないよりはマシだろうけど……あと一、二回、あの子が強い刺激を受けたら……」
 「最悪の事態もあり得る……か」
 どんよりした沈黙が降りる。

 「……ねえエクス」
 「何?」
 「どうしてあの子達のこと、そんなに気にかけるの? あの事に関係するから……ってだけじゃないでしょ?」
 けだるげな口調だが、その瞳には強い光があった。
 エクスはそうだね、と前置きをして。
 「助けてって……言われたような気がしたんだ」
 言葉だけが虚ろに響く。
 「大切な人に忘れられるのって……どれだけ辛いことなんだろうね?」






 星を眺める。
 大したことではないが、ずいぶん久しぶりな気がする。
 帰った途端にお説教から励ましの言葉までを一通り聞かされ、その後もあっち付き合えこっち手伝えと引きずり回された。
 さっきようやく解放されて一人になったわけだが、不思議と気分は重くならなかった。多少は元気が出てきたかもしれない。

 「おい」
 「さん」
 声に振り返ると、ロッカとリューグがいた。
 星を見に来た……わけないか。ロッカはともかく、リューグは。
 「ん、何?」
 応じながらも、大体の見当はついていた。昼間のことだろう。

 「……まだ、気にしてんのか?」
 「うーん……気にしてないと言ったら嘘になるけど……今のところは大丈夫」
 イオス達のことはあかなべで宣言したとおりだし。
 「誰か」のことも、メイメイの店を出てからはそんなに不安に思わなくなっていた。
 覚えてはいなくても、あの時見えたものは私に何かを残したのだろうか。

 それに。
 「みんなもいるし、ね」
 さんざん引っ張り回されたのだって、彼らなりの気遣いだってことは知ってる。
 やり方は違っても、「元気出して」って気持ちは伝わってきたから。
 一人じゃないんだって今更ながらに実感した。
 全部は話せなくても、ちょっと背中を預けるくらいはできるんだ、って。

 ロッカはしばらく私を見ていたけど、ふと表情を緩めた。
 安心したような笑顔。
 そしてちらりとリューグを見ると、二人で小さくうなずきあった。
 「一つ、頼みがあるんです。これ、預かっててもらえませんか?」
 そう言ってポケットから取り出したのは、大きめの指輪が二つ。

 「父さんと母さんの形見なんです」
 「え、そんな大事なもの……」
 「だから預けるんだよ」
 リューグに遮られ、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
 だからって…………なんで?

 「全てが終わるまで、持っていてほしいんです。その時が来たら……返してください」
 「いいか、絶対にテメエが返せ。他の奴に返させたりしたら承知しねえからな」
 ゆっくりとその言葉を頭の中で繰り返して……気づいた。
 それまで死んだり、いなくなったりするな。そう言いたいのだと。
 こうしたからといって必ず果たされるわけじゃない。
 だけど、それを果たそうとする思いや力は生まれる。それだけでも意味がある。

 「……うん、必ず返す」
 指輪を手に取りながら、私は誓いの言葉を口にした。



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やっと出せましたメイメイさん……
話中に出てきたサイコロ占いは易の一種です。こういうやり方もあるそうで。筮竹の方はややこしかったんでパス……
エクスも再登場。なにやら意味深なこと言ってますが……種明かしはいつの日か(苦笑)
あー、やっとトライドラいける……